4.その、距離
煌々と輝くシャンデリアの下。
着飾った貴族連中でごった返す中、俺はやっとの思いでエリクを見つけた。
あまりの衝撃的な報せに、しばらくその場を動けなかったためだ。
(エリクとリリアナが付き合う?)
冗談じゃない。
遊ぶなら他の女でやれ。
いつもの気まぐれに、リリアナを巻き込むな。
そんな思いでいたからだろう。
「エリク」
我ながら、雅な会場に似つかわしくない声が響いてしまった。
令嬢たちに取り囲まれ談笑していたエリクが、ゆっくりとこちらを振り向く。目が合った瞬間、笑顔がすっと消え、眉を顰められた。
不快に思っているのはこちらだと、俺はエリクを睨み据えながら足早に近づく。
人相の悪さが役立ち、人々はさっと身体と視線を避けてくれた。
エリクと話していた令嬢たちも、同様だ。
俺に気づくと顔面を蒼白させ、次々に去っていく。
場にひとり取り残されたエリクが、俺が立ち止まるのを待って、気まずそうに言った。
「何?」
「わかってるだろ」
まさかこんな場所で掴み合いをするわけにもいかず、エリクを壁際へと誘導する。
そうして並んでいれば、傍目には騎士同士が交流しているとしか見えないはずだった。
「別れないよ」
さらりと言ったエリクを俺は横目に睨む。
「お前ならリリアナじゃなくても選り取りみどりだろ。なんでリリアナなんだ」
「だから、好きになっちゃったからだってば」
「で、いつもみたいに飽きたら別れるんだろ」
正面を向いていたエリクが、ちらと俺を見上げる。
「過保護だなぁ……」
「お前だからだ」
言われて、心当たりがあるらしいエリクは、再び視線を下げた。
長いまつ毛が元気をなくしたように伏せられる。
役柄、エリクと行動を共にすることの多い俺は、自然とこいつの恋愛事情を知ってしまっていた。そしてエリクも、俺に知られていることを知っていた。だから、下手な言い訳は通用しないことも分かっているらしい。
ぽつりぽつりと、言葉をこぼす。
「僕だって、断るべきだって思ったけど……」
隣にいる俺にしか聞こえないような、小さな声だった。
「あの時――告白、してくれた時さ。リリアナ、震えてて。すごく勇気を出してくれたんだろうなって思ったんだ。多分、告白自体、初めてだったんだと思う」
恋人もいないとなれば、確かにリリアナにとってはそれが初めての体験だったろう。
その相手がこいつなんて、と思うと同時、俺はその瞬間のリリアナの胸中を想像し、歯噛みした。
俺は散々、リリアナに無理だ上手くいくわけがないと、忠告していた。
リリアナは、その忠告を聞いていなかったわけではなかったらしい。
それこそ、駄目元だったのかもしれない。
身分の違いすぎるエリクとでは、次、いつ会えるかすら分からない。下手をしたら、二度と会わない可能性だってある。いいやむしろ、その確率の方が高い。
だからリリアナは、玉砕覚悟で、告白をしたのだろう。
――エリク様が、好きです。
そんなリリアナを前に、エリクが葛藤したのも頷ける話だった。
けれど、それでも簡単には渋面を崩せない俺に、エリクが言った。
「リリアナを思えば、僕は確かに断るべきだったと思うよ。ジェイドの心配もわかる。でも、勇気を出してくれたリリアナに、嘘なんかつけなかった」
エリクは身体ごと俺を向く。
「どうか僕を信用して欲しい。リリアナだけは泣かさない。誓うよ」
「……ん」
俺だってなにも、リリアナに言い寄る男を片っ端から薙ぎ払うつもりはない。そんなことは不可能だと知っている。
「……約束、だからな」
「ああ」
エリクが力強く頷いた瞬間、流れていた音楽が変わった。舞踏曲だ。
令嬢たちの視線がこちらに――エリクに集まる。
「安心して。僕はリリアナ一筋だから」
言いながら、これも社交の一環だとエリクはダンスホールに吸い込まれていく。
俺は腕を組んだまま、見知らぬ令嬢と踊り始めたエリクを眺めた。
エリクとリリアナが両思いであることは確かだ。
けれど、こんな姿をリリアナが見たら、いくら社交だからといって、傷つかないでいられるだろうか。
リリアナには、豪奢なドレスも、身を飾る装身具もない。
むざむざとエリクとの距離を実感するだけだろう。
「……どうしたもんか」
俺は独り言ちて、頭をかいた。