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2.リリアナ、恋に落ちる


 硬直する俺を無視して、リリアナが大きく頷いた。


「は、はい!妹のリリアナ・ハーティスです。初めまして、騎士様――ですよね?」


 おそるおそる確認するリリアナに、エリクが優しく微笑む。


「ええ、そうですよ。ジェイドと同じ、第一騎士団に所属しています。エリクと申します」

「エリク、様……」


 噛みしめるように奴の名を呟いたリリアナは、はっとして今度は頭を下げた。


「い、いつも兄がお世話になっています」

「いえいえ。世話になっているのは僕の方ですよ。ね?ジェイド」


 向けられた視線が、ほんの一瞬、妖し気に煌めく。

 まるで、面白がるみたいに。

 このを隠してたんだ、と笑われたような気がした。


 ああくそ。

 数十秒でいいから時間を戻したい。

 そうしたら何が何でもリリアナとこいつを会わせはしなかったのに。


 と、リリアナがちらちらとエリクを見上げながら、俺の袖を引いた。

  

「お、お兄ちゃん。せっかく来てくださったんだもの。あがって頂いたら?」

「あ、ああ、そうだな」


 気は進まないが、俺も礼はせねばと思っていたことを思い出した。

 しかし。


「すみません、リリアナさん」


 意外なことに、そこは奴も常識人だったらしい。

 エリクは眉尻を下げて、心底無念そうに断りを述べた。


「すごく嬉しいお誘いだけど……今夜はもう遅いから帰りますね」

「あ」


 リリアナは言われて、時刻を思い出したらしい。

 みるみるうちに、元気をなくしていく。


「そ、そうですよね。こんな時間ですものね。あたし、ごめんなさい」


 しゅんとしてしまったリリアナに、エリクがそっと声をかける。


「謝ることはないですよ。それじゃあ、リリアナさん。よかったら明日、お邪魔してもいいですか?」

「!え、ええ。明日はお仕事もお休みですし!お待ちしてます……!」


 花開くようなリリアナの笑顔に、エリクはその両目を見開き、数秒、沈黙した。

 俺がなんだこいつと思った頃、やっと口を開く。


「……ええ。僕も楽しみにしてますね」

「はい……っ」


 普段夜会だの舞踏会だので平然と歯の浮くようなセリフを並べ立てているこいつにしては、珍しい反応だった。

 てっきりリリアナは奴のタイプドンピシャだと思っていたのだが――俺の勘違いだったのだろうか。


「それじゃ、僕はこれで。おやすみなさい」

「おやすみなさい。帰り道、お気をつけて」

「ありがとう。ジェイド、戸締りはしっかりね」

「ん、ああ。じゃあな」


 最後に軽く手を振ると、エリクは本当に背を向けて行ってしまった。

 閉ざされた扉の前で、俺は両腕を組み、首を傾げる。

 

 ……おかしい。

 あいつが、こんなにもあっさりと引き下がるなんて。


 王立騎士団に入って六年。

 奴と知り合って二年とちょっと。

 あいつの華やかな恋愛遍歴をさかのぼれば、間違いなくうちのリリアナは奴の好みそのもののはずだった。

 性格は明るく見た目は可愛い系の令嬢ばかりを奴は恋人にしていたから。(稀に例外もありはしたが)


 明るく可愛く素直なリリアナに会わそうものなら、すぐにでも口説きにかかるに違いない。そう確信していた俺は、長年エリクを警戒し、リリアナの存在すら匂わせないように努力していた。

 なのに、ふたを開ければこれだ。


(気にしすぎだったか……?)


 まあ、好みでないならないで、それに越したことはないのだが、なぜか釈然としない。

 安堵すべきなのに、リリアナのどこが駄目なんだと思ってしまう。


(まあ、いいか)


 それより今夜は母の誕生日なのだ。

 ゆっくりと過ごそうと俺はきびすを返した。


 と、その背にリリアナの声をがかかる。


「ね、お兄ちゃん」 

「ん?」


 振り返れば、顔を真っ赤にしたリリアナが、もじもじと腹の辺りで指をいじっていた。


「なんだよ」

「あの、ね。エリク様ってクッキーとか、好きかな」

「好き好んで食べるところは見たことねえけど」

「そっかあ。あ、じゃあ何が好き?お茶請けなにがいいかな。紅茶派?コーヒー派?」

「なんでも出されたもん飲むと思うぞ」

「だめよ。好きなものに合わせなくちゃ。お兄ちゃんの同僚なんでしょ?失礼があったらいけないじゃない」


 リリアナの分かりやすすぎる反応に、胃が、痛む。

 一目ぼれというものだろうか。

 まったく。

 どうしてたった数分話しただけの相手に、そこまで好感をもてるのか、不思議でならない。


(でもま、俺なんか目があっただけで怯えられるしなあ) 


 第一印象の影響力にため息が零れる。


「リリアナ。悪いことは言わないから、エリクはやめとけ」

「……」

「あいつモテるぞ」

「っ……そんなの、わかるわよ」

「わかるのか」


 やっぱ女に好かれる顔なんだろうなあ。

 俺にはよくわからんが。

 

「でも」とリリアナが続ける。


「おもてなしするくらい、いいじゃない。騎士様なんて、どうせ釣り合わないってわかってるもの」

「……ならいいけど。あんまり深入りすんなよ。あとで泣いても知らねえぞ」

「泣かないったら!目の保養にするだけもの!お兄ちゃんの意地悪」


 言ってリリアナが俺の横を通り抜ける。


「目の保養って。お前……」


 思春期の妹の考えが、よくわからなかった。



 ★


 そうして、翌日の午後。

 約束通りに奴はうちを訪れ、リリアナと母の大仰な接待を受けることとなった。


「まあまあ、よこそおいでくださいました。騎士様なんですってね。うちの息子が世話になっております」

「いえいえ。ああ、こちらどうぞ。一日遅れですが、お誕生日のお祝いです」

「まあ!なんてきれいな薔薇!ありがとうございます」


 エリクから豪勢な赤い薔薇の花束を受け取った母の瞳が、少女のようにキラキラと輝きだす。さすがリリアナの母親であるだけはあった。娘と好みが似ているらしい。――間違っても死んだ親父はこんなキラキラ王子様タイプではなかったと思うが。

 と、リリアナが「いいなあ」と物欲しそうに母さんの抱えている薔薇を眺める。

 その視線に気づいたエリクは、胸ポケットから小さな包みを取り出した。


「リリアナさんには、これを」

「え?あたしにも?」

「お近づきの印に」

「い、いいんですか?」

「ええ」


 おずおずと、けれど嬉しそうにリリアナはその包みを受け取った。


「開けてもいいですか?」

「どうぞ。気に入ってもらえるといいけど」


 手の中で開いたそれに、リリアナは「可愛い!」と笑顔を全開にした。

 それは、花を模した陶器製のブローチだった。

 

「ありがとうございます!エリク様」


 早速ブラウスの胸元につけたリリアナは、にこりと微笑み、エリクもいつもの王子様スマイルで応えた。


 くそ。

 母さんもリリアナも、簡単に絆されやがって。

 とは思いつつも、どうせもう会うこともないだろうと思えば、俺は平然と構えていられた。



 ――しかし、その夜。

 懸念していた問題は起きる。


 半分物置と化していた自室で、城に戻る準備をしている時だった。

「起きてる?」と遠慮がちに訪ねてきたリリアナは、俺の部屋に入ると、言った。


「……ねえお兄ちゃん」

「あ?」

「エリク様って今、恋人、いるのかな」

「……目の保養の恋人が、気になるのか?」


 リリアナは顔を真っ赤にして、下唇をかむ。

 俺は荷造りをする手を止めて、リリアナに向き直った。

  

「リリアナ、お前にあいつは無理だって。これは意地悪で言ってるんじゃないぞ?」


 リリアナは扉に背を預けたまま、ぽつりと呟く。


「……全然望み、ないかな」

「ないない。これっぽっちもない。だいたいあいつ、伯爵家の人間なんだぞ、身分も違いすぎるって」

「え?そうなの?……どうりでなんか、変だと思った」

「変って」

「話し方とか。すごく丁寧なんだもの。騎士様だからかと思ってた」


 あいつの口調も作法も、そりゃ下町の男どもに慣れてるリリアナには変に映るだろう。が、少しばかりエリクを気の毒に思った。


「でも、そっかあ。貴族様だったのね」


 リリアナは自分を納得させるかのように、繰り返す。

 傷は浅いうちに塞いでやるに越したことはない。


「……ごめんな。リリアナ。俺だって協力してやりたいけど」

「ううん。あたしこそ我儘言ってごめんなさい。無謀なこと、するとこだったわ」


 リリアナが無理に笑うのがわかって、情けなかった。

 でもこれは、リリアナのためでもあるのだ。と、俺は心を鬼にする。


「困らせてごめんね」

「いや」


 あいつと違って恋愛経験のない俺は、当たり障りのない言葉しか、出てこない。 


「お前には、きっと他にいい出会いがあるよ」

「……うん、ありがとう」

 

 ごめんな、と俺はもう一度心の中で、謝った。



 


 ――しかしさらにその翌日、事件は起きる。

 王立騎士団に戻り、宿舎の自室で荷解きをしていると、エリクが訪ねてきたのだ。

 ものすごい既視感だった。


「お帰り、ジェイド。昨日はどうも」

「ああ。薔薇とかありがとうな。母さんも妹も喜んでた」

「そっか。それはなによりだ」


 言いながらエリクが、俺のベッドに腰掛ける。

 まだ荷物が散乱していたので、どかそうと俺は奴の肩をつかんだ。


「おい。邪――」

「ねえ、ジェイド」


 しかしエリクは腰掛けたまま、物憂げに言った。

 

「リリアナってさ」


 リリアナ……?

 呼称はどうした、呼称は。

 

「恋人、いる?」

  

 ――お前もか……!


 そう叫びそうになるのを、俺はすんでのところで押しとどめることが出来た。

 

 


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