猫みたいな後輩の話
スリスリ。ギュウ。
「優お前さ。彼女いるんだよな?」
「ん? ああ、いるな」
「どんな子なんだ?」
「ん、そうだな……猫みたいな子だな」
「猫?」
「そう、猫」
「……つまり?」
「まぁ、そうだな……」
★ ★ ★ ★ ★
「……」
スリスリ。スリスリ。ギュウ~。
「多摩さん。多摩さん」
「……?」
スリスリ。スリスリ。ニギニギ。
「くっついてくれるのは良いんだけど、そろそろ離れてくれるとうれしいなぁ~……なんて。昼休みも終わっちゃうし」
ふるふる。
「いやですか」
コクリ。スリスリ。
「……どうしたもんかなぁ」
スリスリ。にへらぁ……。
「……」
とりあえすなでてみようか。多摩さんの小さな頭に手を伸ばす。
「……!?」
ふしゃー!! 威嚇された。
「えぇ……」
俺はなでることすら許されないのか? いやそんなはずはない。もう一度手を伸ばす。
「!!?」
いってぇ!? 引っかかれた。さっきまでのベタベタはどこへやら。ピョイッと俺から飛び退くと、そのまま屋上の入り口に走って行ってしまったのだった。
★ ★ ★ ★ ★
「……な?」
「あぁ、成る程。それは確かに猫だわ」
「いまいち感情が読めないんだよなぁ」
「それでも付き合ってるんだろ?」
「いやまぁ、多分……?」
「多分てお前……。なんかそういう話無いのか?」
「う~ん。あぁ、付き合ってるんだなって実感したようなことはあるぞ……?」
★ ★ ★ ★ ★
「先輩先輩。ここが分からないんですけど」
「待て待て後輩よ。教えてやるからそんなに近づくんじゃない」
ある日の放課後。俺はよく話す後輩に勉強を教えてとせがまれ仕方なく図書館で教えていた。
ていうか無駄にくっつくんじゃないよ。どこもかしこもやーらかいんだから。おまえ。
「いーじゃないですか。私先輩に告白したんですから。見事玉砕しましたけど」
「だったら普通は距離を置くものじゃないのか……?」
「……まさか先輩に彼女がいたなんて思わなかったですから。まあ最初はかなりへこみましたけど。今の私は先輩の愛人枠狙ってるんで。今後ともよろしくお願いします」
「ざっけんなこら」
何が愛人枠だ。そんな枠は1ミリも存在しない。
「だから離れなさいっての」
「いーいーじゃないですかぁ。ほらっ、先輩彼女さんとイチャイチャあんまりしてないみたいですし? そういうときは私が代わりにイチャイチャしてあげますからっ。ねっ? 私、先輩のためならプロの愛人になりますよ?」
「プロの愛人って何だよ!?」
「えへへ~。せんぱ~い……」
「ええい!! いい加減に離れ……ろ……」
「……? 先輩どうかしたんですか?」
気付けばすぐ隣にこちらをじぃ~っと見つめる多摩さんの姿があった。
「……」
「チガウンデスヨ、タマサン」
「…………」
おかしい。無表情でこっちを見ているだけなのに背筋が凍るような感覚に襲われる。
「……もしかしなくても怒ってますよね?」
答えは無く、多摩さんはおもむろにこちらに手を伸ばしたかと思うと――
ガシッ。スタスタスタスタ。
「えっ。あっちょっ。た、多摩さん? あの~?」
「……」
「ちょ、ちょっと待っ――」
ギン!!
「ひぅ!?」
あ、後輩ちゃんが一発で涙目になった。
おぉ……普段無表情の多摩さんが人でも殺しそうな目を向けるとは……。いやまあそりゃ彼氏が他の女の子とくっついてたら怒るよな……普通。うん。
あれ? それだと俺この後怒られるんじゃ? ていうかそれだけじゃ済まないんじゃ?
そう考えると急に怖くなってきた。だがまあ、悪いのは俺だし。諦めて素直に怒られるとしよう。
グイグイと多摩さんに引っ張られながら人気の無い校舎裏まで連れてこられてしまった。
そしてジリジリと壁際まで追い詰められる。トン、と背中が校舎の壁にぶつかったところで多摩さんの動きが止まった。
「えっと、多摩さん?」
突然動きを止めてしまった彼女に戸惑いつつ声をかける。
じ~……。
「あ、あの~?」
ジリジリ。ジリジリ。
何も言うことなく距離を詰めてくる多摩さん。
「と、取り敢えず今回の件は完全に俺が悪かったから謝らせていただけると幸いなんですがぁっ!!?」
ギュ~~!! スリスリスリスリッ!!
「待て待て待て待て!! いきなりどうした!?」
スリスリスリスリッ!!
「いや、あの、ちょっ」
やっばい何これ!? めっちゃ抱きしめられてる上に超顔押し付けられてるんですけど!? おおぉぉぉ……!?
「……は」
「ん? 何か言ったの?」
「……せんぱいは」
「え?」
「……せんぱいは、私と付き合ってます」
「お、おう」
「でもせんぱいは、他の女の子とくっつきました」
「えっと、ごめん……」
「だから、上書き、です。くっついた分の222倍せんぱいにくっつきます。においも、つけます。せんぱいは私のものだって、身体に教え込みます」
いつになく饒舌な……。というかやっぱり怒ってたのね。この子。
「えっと、222倍ってことは、まだまだ続くってこと?」
「続き、ます。せんぱいが私を彼女なんだって思うまで、続けます。逃がしません」
「取り敢えずあの、ごめん。くっついてたこと、謝るよ。あの子とは何もないからさ。二度と無いようにするからさ」
「……」
スリスリスリスリ……。
返事はないが、なんとなく許してくれているような感じがした。そして密着度がより一層上がった気がした。
「……ふぅ」
緊張が解けたのか、ため息が出た。なんとなく手が暇になってしまったため、彼女の頭に手を置いてしまう。
「…………」
また引っかかれるかと思ったが、くっつくのに集中しているのか特に何のアクションもないのでなでてみることにした。
なでなで。なでなで。
スリスリ。スリスリ。
なでなで。なでなで。
スリスリ。スリスリ。
やばい。これは……、この破壊力は……。
まさか嫉妬した多摩さんがここまでかわいいとは思わなかった。
「頭なでるのは、今回限り?」
「……です。今回だけ、です」
「じゃ、今回限りを楽しませてもらおうかな」
そう言ってしばらくの間、俺たちはくっついたままで時間を過ごしたのだった。
★ ★ ★ ★ ★
「ということがあったんだが」
「惚気だな。紛う事なき惚気だな」
友人が目の前でため息をついていた。
「まあ、こんな感じで俺は彼女とお付き合いをしている訳なのだが、猫っぽいよな。多摩さん」
「そだな。気まぐれで物静か。それでいてスキンシップの手段は抱きついて身体を押しつけてくるんだもんなぁ。猫っぽいとか言うお前の話はわかったよ」
「なんか不満そうだな?」
「……羨ましいと思うのはダメなのかな?」
「ふっ。早くお前も彼女を作ると良いぞ。じゃ、俺は多摩さんのとこに行ってくるわ。多分屋上だろうし」
「……お幸せに」
そう友人はつぶやくと、紙パックのジュースをちゅうちゅう飲むのだった。
鳩なんで。猫は苦手ですね。