バイトに行ったら異世界でした。
「長期住み込みバイトか……ありに限りに近いありだな」
俺はスマホに送られてきたアルバイトの紹介メールを、公園のベンチに座りながら眺めていた。
フリーターの俺はこういう求人サイトにいくつも登録しており、良いのがあれば応募して働く、という生活を二年ほど続けている。
大学には行かずに高卒止まりで俺はフリーターをしている。
就職は全くしなかった。
人手不足の昨今、えり好みしなければすぐに正社員として働けるところは多いだろう。
けど、何かに拘束されるより自由に生きたいと思った俺は、就職を拒否。
そのおかげで自分の時間は確保できたけど、空いた時間で特にやることがなく、結局バイト三昧の日々を過ごしていた。
こんなことなら給料や保険もいい正社員になっとけばよかったと少し後悔している。
無趣味で友達も恋人もいない。
家族と仲が悪いわけではないけど、今は一人暮らしだから常にひとりぼっちだ。
こんなやつに自分の時間があったところで、有効活用できないのは明らかだ。
だから、長期の住み込みという環境がガラッと変わる勤務先でも、特に問題はなかった。
「ちまちま働くのも面倒だし、応募するかな」
今しているバイト先を辞めなくてはいけないが、人手は足りてるみたいだしなんとかなるだろう。
俺は気軽な気持ちで応募ボタンを押した。
するとすぐに、応募が完了しました、というメッセージが届いた。
詳しい仕事内容と、勤務先は後日連絡が来るそうだ。
仕事内容は気になるが、今まで様々なバイトをしてきた俺にとって正直、そんなことはどうでもよかった。
どんなに仕事がつらくても何の娯楽もなくて、ただ生き続けられれば俺はそれでよかった。
帰って色々と準備しなないとな。
バイトの期間によっては、アパートの契約とか解約しないとかな。
そんな呑気に思いながら、俺は自宅に戻った。
次の日の朝。
主に着替えを詰め込んんだキャリーケースを持ち、俺は指定の場所にたどり着いた。
埼玉の端っこで、辺り一面畑が広がっており、そんな農道の脇に小さな倉庫のような場所があった。
メールではここに来るように言われている。
ついたら中に入って待ってるようにとも。
仕事先に直接行くかと思っていたが、どうやらここから車か何かで移動するようだ。
誰もいないため、少し不安には感じたがとりあえず中に入ることに。
「失礼しまーす」
中に誰かいるかもしれないので、一応挨拶をしながらドアを開けて足を踏み入れた。
「っぅ、まぶし……」
すると、急に扉の先が輝きだし、目の前が光で真っ白になった。
「あ、キタキタ!!」
光が収まると、俺の目には驚くべき光景が映っていた。
まず、倉庫に入ったつもりなのに明らかに木造建築で、さらにファミレスぐらいは広い部屋になっていた。
中にはテーブルがいくつもおいてあり、奥にはカウンターが設置されていた。
そしてなにより、俺に話しかけてきた人物に俺は戸惑った。
なんだ、この人……いやまず、人なのか。
俺に近づいてきたそれは、俺と同じ二足歩行で身長は160弱ぐらいだろうか。
水色の入った茶色いローブを着ており、顔を見る限りヨーロッパ系の若い女性だった。
こんな西洋の魔法使いみたいな恰好、日本でしていいのはハロウィンぐらいだ。
普通に見れば同じ人間に見えるのだが、俺が違和感を感じているのは彼女の耳の形だ。
俺の倍の長さはあり、先が鋭くなっている。
違和感はあるが不思議と気持ち悪さはなく、彼女が美形のためか逆に神秘的に感じられた。
「あ、あの、求人サイト見てきたんですけど……」
彼女に日本語が通じるか分からなかったので、たどたどしく聞いてしまった。
「うん!! 待ってました!」
元気溌剌な彼女の言葉を俺は全て理解することができた。
しかし、彼女の口の動きを見るからに日本語をしゃべっているようには見えなかった。
感覚としては、吹き替えの洋画を見ているようだった。
「あ、ならいいんですけど……」
場所は間違ってはいないようだが、何故こんな酒場みたいな室内なのかはまだ理解できなかった。
「ねぇねぇ、名前は何て言うの?」
彼女は背伸びをして、俺に顔をぐっと近づけた。
俺より少し下ぐらいかと思ってきたけど、喋り方や距離の詰め方といいまるで無邪気な子供のようだった。
「来回玉之助です」
現代では珍しい苗字と名前なので、よく自己紹介の時に突っ込まれていた。
名づけ親は時代劇をよく見ていた祖父らしい。
「タマノスケ・キッカイっか~、覚えずらいからタマね!」
ペットの名前を付けるかのように、すぐに俺のことを略称で呼んだ。
「ま、まぁ、なんでもいいけど」
彼女の言動が余りにも幼稚に見えたから、つい敬語を辞めてしまった。
一応、初対面の人には敬語で話すように心がけていた。
「私の名前は、ククリア・ファタリアン・アントロン・ドゥミー。覚えた?」
「キミの方が覚えづらいわ」
「じゃあ、ククリアでいいよ」
どこの国の名前なのか、一切分からなかった。
聞きなじみがなさすぎる言葉だ。
「えっと、ククリア? 俺は何をすれば?」
状況はよくわからないけど、俺はここに仕事をしに来たんだ。
それを教えてもらわない限りは先に進めない。
「知らないよ、そんなの」
「っえ? でも、待ってったって」
「タマが何をするかはタマし次第! ほら、こっちに来て」
俺はククリアに手を引っ張られ、部屋の隅にある掲示板のようなものを見せられた。
様々な色の用紙が、乱雑に張られていた。
写真がついていたり、文字がびっしり書かれているものなど、多種多様な内容だった。
「これなんかおススメ!」
彼女が指を指した茶色の紙に目をやった。
そこには、仕事の依頼が詳しく記されていた。
~リクエスト難易度 α~
ワーカーの皆様へ
アマンゾフ地帯に増殖スライムが大量発生してしまいました!
近くで農作業をしているんですが、作物を食べつくされて困っています。
倒しても倒してもキリがないので、誰かスライム退治を手伝ってはくれないでしょうか?
報奨金は少ないですが出しますので、どうかお願いいたします!
アマンゾフ地帯農業団体会長より
「す、スライム?」
「そう、難易度はαだから簡単だよ。スライムって言っても増殖するだけの奴だから、初心者でもすぐに倒せるよ!」
「難しいかどうかじゃなくて、スライムを倒すってどいうことだ? あれだろ、ネバネバしてるやつだろ?」
「うん、初級モンスターじゃん。ほら、端っこに絵もあるし」
俺は依頼書の隅に小さく書かれた絵に目をやった。何かの落書きかと思っていた。
そこには、球体をしたドロドロとした液体のようなものが書かれている。
中央には微かに目のようなものがあり、俺の知っている手のひらサイズの物とは似て非なるものだった。
しかも、彼女今、モンスターって言ったよな?
言葉通りなら、怪物ってことだが。
「え、これを倒せって?」
「だから書いてあるじゃん!」
「無理無理、俺にはできないって。そもそも、モンスターなんて知らないし」
「あ、そっか。あっちの世界から来たから知らないのか」
ククリアが気になることを言ってきた。
あっちの世界?
「あっちって、どっち?」
「だから、タマがいた世界。皆はモンドって言ってる。っで、今いるこっちがヴェルト。タマは、別の世界からこっちに来たんだよ。っね、分かった?」
「っえ、嘘だろ?」
「ホントだよ~」
彼女は屈託のない瞳でこちらを見てくる。
論理的に考えてそれはありえない。
いや、逆か。
彼女の姿にモンスターの存在、さらに倉庫ではなく酒場のような場所へ来てしまったこと。
論理的に考えれば、別の世界に来たから、とするのが自然か。
俺の知るかぎり、スライムなんてモンスターは存在しないのだから。
といってもまだまだ半信半疑だった。
そんな俺に確信させるように、ものは進んでいった。
「あ、皆帰ってきたみたい」
「皆?」
俺が後ろを振り返ると、そこには倉庫の小さなドアではなく、三メートルはある巨大な扉があった。
そしてそれが、ゆっくりと開いていく。
俺はそこから現れた、ククリアのいう皆を見て、別世界と言うことを信じるしかなかった。
何故ならその皆の中には、人間が一人も存在していなかったからだ。