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おちた男

作者: 寺崎 征十郎

これまでの人生、頑張って生きてきたつもりだ。

子供の頃から親の言う事はちゃんと聞いてきた。

わがままだって他の子と比べれば、かなり少ないほうだろう。

学校だって真面目に通った。

授業は真剣に受けていたし、同級生とも積極的に関わっていた。

どのクラスにも話せるやつがいたし、先生方からの印象も良かったはずだ。

なのに、どうしてだろう。


俺の周りには、誰も残らなかった。


学友だと思っていたやつらは、俺を置いて何処かへと去った。

敬ってきた両親も先生も、本当に悩んでいる時に手を差し伸べてはくれなかった。

何故だ。何がいけなかったんだ。

俺は誰かと一緒に居たかっただけなのに。

誰かと笑っていたかっただけなのに。

誰かに頼られたかっただけなのに。


誰かに、必要とされていたかっただけなのに。


俺はたったそれだけの事の為に、頑張って生きてきたつもりだ。

なのに、誰にも必要とされないのなら、俺に生きる意味はあるのだろうか?

分からない。何度考えても分からない。分からないから、死ぬことにした。





寂れかけた地元の商店街。その奥まった場所にひっそりと佇む廃ビル。

そこが、俺が人生を終わらせる場所だった。


屋上の縁に立つと、未だ人の行きかう商店街の様子が窺える。

誰もが何かを求めて、商店街に訪れている。

…あの商店街はまだ、誰かの必要とされている。

それに比べてこのビルはどうだろうか?

人々の記憶から忘れ去られ、誰も近づかなくなって久しい。

誰にも必要とされていない。そんな廃ビルに何か似たものを感じ、俺はここを選んだのかもしれない。


視線を足元に向けると、日の当たらない暗くどんよりとした路地裏が見える。

そのあまりの仄暗さに軽く身震いする。

今からあそこに落ちていくのだ。誰にも気にされない、誰にも必要とされない俺の最後にふさわしい場所だろう。


飛ぶ前に、誰からか連絡が入っていないか、ポケットに入れてあった携帯を確認する。

俺の周りにまだ人がいた頃、この携帯には毎日100件近くの通知が届いていた。

多くの人々に頼られていたあの頃を思い出させるこの確認は、ひとつ俺の未練のようなものだった。


しかし、携帯のどこを見ても、通知の一件も見つからなかった。


――――不思議と残念だとは思わない。

それどころか少し晴れ晴れとさえしている。

これで、唯一といってもいい未練が断ち切れたのだ。

思い残す事なく進むことが出来る。



そうして俺は、一歩足を踏み出した。



終わってみれば呆気ないものだった。

空に片足をかけた瞬間から、俺の身体は重力に従い落下し、何かを思う間もなく地面へと叩きつけられた。

過去の回想が頭を駆け抜けることもなく、痛みを感じる間もなく死ぬなんてこともなかった。

全身に激痛が走る。死んでしまいそうだ。

実際死ぬために飛び降りた訳なのだが、即死出来ないのは想定外だった。

高さが足りなかったのか。当たり所が悪かった、いや、良かったのか。

なんにせよ、中途半端に生き残ってしまったせいで、最後の最後まで苦しむ羽目になる。

踏んだり蹴ったりの人生だった。


身体の、特に強く打ち付けた箇所から血が溢れていく。

自分の存在が薄れていく、そんな感じがする。

それにつれて、頭がシンプルにまとまってきた。

死ぬと決めてから。あるいはもっと前から、俺は考えすぎていたのかもしれない。

友人達は俺の周りから消えていなかったのかもしれない。

大人達は俺にたくさんの助言を与えてくれていたのかもしれない。

それを俺は意固地になって、消えていると、与えてくれていないと、思い込んでいたのかもしれない。

今までには考えつかなかったこの思考に、思わず苦笑を浮かべる。

こんなifに意味なんてないのに。


薄れゆく視界の隅に、ふと光る何かを捉えた。ポケットから零れ落ちた携帯だった。

誰かからのお願いだったのだろうか。最早文字すら読めないので、そうだったらいいなと考える。


なんだ、俺って、ちゃんと必要とされていたんじゃないか…………。


俺の人生は無駄じゃなかった。そんな安堵が、俺の最後の思考だ。


彼の人生は、傍から見れば虚しいものだったのかもしれない。

しかし、彼の中ではそうではなかった。

意識が途切れるその時まで、自分は必要とされていると思っていたのだから。


彼は、幸せのうちに死んだ。

ゆったりと、眠るように落ちていったのだ。


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