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File.2 会者定離

 気がつくと自分の部屋で寝ていた。とりあえず一通り、なるべく小声で錯乱してからそこそこに吐いて、状況を整理することにした。

 自分の全く違う二面が同時に発揮されていることに、とても驚いた。錯乱しながら近所迷惑に気を使うなんて、小器用を通り越して、狂っている。不気味だった。

 自分の記憶を探ろうとしたが、混乱していて明日する勉強ばかりが浮かんできた。仕方ないので死んだ時に見たものでも思い出せないかと思って自分の指を針で刺して血を流してみた。

 普通に痛かったし、しかもまた吐いた。

 もう二度とやりたくなかったので、思い出したことをその時にきちんと整理することにした。まあ、そうでなくてもそうするつもりだったんだけど。

 彼女は多分、僕の母校に在校している生徒だ。制服がそうだった。後輩が自殺。見た目から見るにおそらく中学二年生くらい、5歳ほどの年の差だと思うので、面識はないだろうが、とても大学受験中に背負い込みたいような問題じゃなかった。

 できれば忘れてしまいたいと、そんなとんでもないことすら考えた。日本は自殺大国なんて揶揄されるほどの国なんだから、あの子も有象無象の自殺者の1人に過ぎないだろう、なんて、一瞬でも考えてしまった。

 嫌悪感でまた吐くかと思ったけど、胃が空っぽだった。

 さてしかし、母校に行けば彼女のことはわかるだろうか。身体特徴は分かっているし、スカーフの色が今は何年生が何色なのかを確かめられれば、最悪学年だけでもわかるはずだった。

 まっくもって、受験期間にやるようなことじゃない。本当に、一分一秒でも惜しいような時期なのに。

 だけどそれでも、やっぱりこれは、動かなくていいことではないだろう。多分じゃなくて、確信を持って。

 時計を見ると昼頃だった。そういえばお腹が空いていたので、何か食べて行こうかとも思ったけど、また吐くといけないのでやめておくことにした。

 それに、こんな気分なら通る飯も通らないだろう。早く終えようと思って食べ始める食事なんて、いいものじゃない。

 もしもそうやっている間に彼女が死んでしまったらと考えると、楽にはしていられなかった。人が死んでいる時に自分は笑っていたなんて、そんなにおぞましいことはない。

 世界中で人は死に続けているのに、何を言っているんだろう。

 着替えるのも時間が惜しかったけど、流石にパジャマで行ったら話せる女子中学生とも話せないだろう。いや、話せる女子中学生っていいかたはなんとも妙だけど。っていうか変態臭くすらあるけれど。

 適当に手に取った服に着替えたら、僕は、家から飛び出した。

 なんかこんな表現はおかしいとは思うが、今更のことなので言わせてもらう。気付いたら母校が目の前にあった、という感じの印象だった。

 多分道中も相当焦っていたんだろうから、周りが見えていなくて、そんな印象を受けたんだろう。どうやら、僕の二面性はここでは発揮されなかったらしい。近所迷惑よりも交通事故の方が深刻なのに。

 いや、僕は何を言っているんだろう。

 校舎の中に入ると、まるで知らない世界に迷い込んでしまったかのような違和感を受けたが、見知った先生を見かけると異様に安心した。

 自転車を止めに行った時に自転車小屋を見て今の学年と色は理解していたので、向こうから話しかけてきてくれた元担任の先生に二年生に肩口で切りそろえているかわいい女の子はいないかと聞いた。

 普通に引かれて、恩師に引かれた僕は傷ついた。いや、恩師だったかはよくわからないけど、懐かしいと思ってあった人に引かれたら傷つくものだ。

 しかしこれはこちらも言い方が悪かったと思い直して、弁明をした。

 実は妹の友人が忘れ物をしたから届けようとしたのだ、と言った。よくもこんなにすらすら嘘が出てくるものだと、自分で自分に感心した。

 そして一瞬でバレた。

 僕に妹なんていない。いるのは姉だ。そして社会人だ。女子中学生の友人がいたとしてもうちに連れてくることはない。ところで女子中学生とフルで呼ぶのはそろそろやめようか。なぜか妙に変態くさい。

 女子中学生に執着しているみたいだ。そんなことはない。

 ウソを暴いた先生は結構深刻に僕のことを疑っているような目をし出したが、しかし僕の中学時代の素行が功を奏したらしく、事情を聞くと言ってくれた。

 しかしそう言われても事情は説明のしようがないので、探している女の子がいるんだ、というふうにだけ言った。二年生の写真が載っているものでも見してもらえないかと言ったが、それは丁重に断られた。

 正しい判断だと思う。

 そういえばと思い出して、その女の子はピンクがメインカラーのスマホケースを使っていたと伝える。落ちた後、彼女の横に落ちていたのだ。見るも無残に割れていたが、色まで違うってことはないと思う。

 まさか目に血が入っていて視界が赤かったから、なんていうオチでだけはないと信じている。

 とにかく探しておいて、見つかったら相談にでも乗ってあげてくれと言い残して、僕は母校を離れた。

 もう少し話をしたい先生もいたのだが、それは大学に合格してからにしよう。

 さて、僕は特段考えがなくてもこの状況で止まっていられるような人間ではないから、何も当てはなくてもここでは学校から出ていただろうが、考えならあった。

 考えというか、あて。

 彼女を追うならまずそっちに行くべきだろうというのは、学校ではなくあのビルなのだろう。

 だって彼女は平日の昼間に、あの場所で飛び降り自殺をしたはずなんだから。そもそも学校なんて行っていなくても違和感はない。

 むしろ、行っていない方が自然なのだろうか?

 いや、それは違うか。むしろ印象としては、ちゃんと学校に行っていたからこその、というふうにも思えた。

 何にしても、それは本人の問題で、僕がわざわざ口を出すような範疇を超えているんだろう。人は、助けてと言われた範囲と生き死にぐらいを担当すれば、それでいいのだ。

 まあ、生き死にでも十分に首は突っ込みすぎかもしれないけど、知っている人間に死なれるのは心苦しいのだから、仕方がない。

 そんなことを考えているうちに、到着した。

 ビルのすぐ近くの、駐輪場だった。きちんと止めるのは流石に時間が惜しかったので、そのまま走ろうとしたら、自転車を倒してしまった。バタバタと、ドミノみたいに。

 しまったと思った僕はしかし、それを起こそうとすることにはならなかった。通行人が、上を向いているのに気がついてしまったからだ。

 いや、違うな。これじゃ全然正確じゃない。

 彼女が屋上の上でスマートフォンを投げ捨てたのを、見てしまったからだ。

 気がついたら僕は、車道に飛び出していた。今度はすぐ死ねた。

 ぼやけつつあった視界で、彼女が地面に打ち付けられるのを見た。

 気がつくと、自分の部屋で寝ていた。今度は錯乱する暇も吐く余裕も状況を整理する時間も、着替える間すらもなく、僕はパジャマのままで飛び出した。

 パジャマで自転車を漕ぐのは思ったよりもやりづらくて、こんな時に限ってそんなくだらないことばかりが気になった。

 走りつつ、考えた。

 何がいけなかったのだろうか。全部である。

 まず最初に学校に行ったことが間違いだ。今回の彼女の死は事故死だが、しかし元々彼女は、自殺しようとしていたところだったのだ。

 僕が溺死した時一緒に死んだ彼とは、根本的に違う。あまりに、違いすぎる。

 死んだことがなかったことになったのだから彼女の心労の方に、無意識に目を向けてしまっていたのだろうか。多分、そうだろう。それも間違いだ。

 自分で言ったじゃないか、手を出していいのは生き死にだけだ、って。それなのに何で、僕はまず最初に彼女の生死を気にしなかったのだろうか。

 次の失敗は、えっと、何だろうか。まあいいや。失敗の数を数えても仕方がないか。

 そんな無駄なことを考えていたら、到着した。今度は駐輪場にも止めなかった。また倒しそうな気がしたっていうのもあっかもしれないけど、何より時間が惜しかったからだ。

 同じ失敗を繰り返すのは、歴史と姉ちゃんくらいで十分だ。また同じことを繰り返したくない。

 3回も間に合わないのは、イヤだ。一回間に合わなかっただけでも錯乱したんだ、次どうなるかは分かったものじゃない。

 ちらりとビルの上を見た時には、彼女の姿は見えなかった。多分、間に合ったということだと思う。

 3回目にして、やっとか。

 いや、まだ安心できる状況ではない。僕は階段を駆け上がって、そして、屋上に飛び込んだ。

 するとそこには、誰もいなかった。

 早く来すぎたのかと思ったが、それならば悪いことは何もない。彼女が来るのを待てばいいだけの話だ。

 そう思って僕が一息ついた時、その瞬間、僕の意識は途切れた。

 今度は、気がついたら家で寝ていたということはなかった。僕が気がつくと、可愛い女の子が目の前でアワアワと慌てていた。

 アワアワと慌てるって、変な表現だ。

 どうやら、僕は気を失っていたらしい。過度の精神ストレスと、体にかけた負荷が原因だろうか。

 彼女は僕が起きたことに気がつくと、悲鳴をあげた。昨今まれに見る、お手本のような女の子の悲鳴だった。

 落ち着いて、と僕は言ったのだが、落ち着いてくれない。まあ、そりゃそうか。

 まあまあ落ち着きなさいと今度はジェスチャーも交えて僕が言うと、近寄らないでくださいと叫ばれた。謎の敬語だった。普通に傷ついた。

 ほぼ初対面の女子中学生に強めに拒絶されたというだけでも傷つくのに、さらに命を救おうと駆け回った女の子だ。見返りを求めるなんておこがましいと言われても仕方ないかもしれないが、見返りは欲しい。

 ありがとうと言ってもらったりぐらいは、期待したい。

 数分ほど言葉を交わしていると彼女も落ち着いてきて、何とかまともに会話ができるようになる。

 さっきまでは向こうが雪合戦みたいに言葉を投げるばかりで、僕が何がを言っても逆撫でする感じだったので、まるで会話にならなかったが、やっと会話のキャッチボールが始められそうだった。

 というわけで、まず最初に名前を聞いた。個人情報だと言って答えてくれなかった。

 しかたないのでとりあえず、そちらの名前を告げると、しぶしぶなから彼女も名前を教えてくれた。別にそういう意味で名前を教えたわけではなかったが、結果オーライだ。

 彼女の名前は、山岸結衣というらしい。ご丁寧に漢字まで教えてくれた。律儀な子だ。

 そして僕たちは、沈黙した。

 …………………………………。

 いやだってさ、仕方なくないだろうか? 中学二年生って、それもはや僕たちにとっては昔話だよ。しかも女子。話が続くわけもない。

 しかしこれ以上渋っていても仕方がないので、単刀直入に聞くことにした。

 単刀直入に、というのはつまり、自殺しようとしてるんだよね、っていうこと。

 聞いたら異常に、距離を取られた。やっぱり結構傷ついた。そこらへんに放置されていた文鎮で抑えられている遺書を指差して、だから分かったんだと教えてやると、彼女は少しだけ落ち着いた。

 結衣ちゃん、と名前を呼ぶと、また距離を取られる。反応が過剰すぎて、小動物みたいというよりは純粋に何かに怯えているように見えた。いや、僕か?

 悩みがあるなら聞く、と言ったが、それには返事を返してくれなかった。流石にもう、そこまで傷つかなかった。

 とりあえず住所と連絡先を聞き出して、今日は返すことにした。これ以上吹きっさらしの屋上にとどまる必要はないし、流石にすぐ死のうとしたりはしない……と信じたい。

 どうしようか。やっぱりまだ気にかけるべきだろうか。だが、それにしてもここにいる意味はないだろうと、結局一周まわっただけで同じ結論になった。

 連絡先を手に入れるのは難航したが、そこは少々無理矢理にでも手に入れた。その時分かったが、スマホはやっぱりピンクのケースだった。家まで送るのも、だいぶ強引に許しをもらった。

 なんだかどんどんただの怪しい人になってしまっているような気がするが、気のせいだと信じよう。ああ、気のせいだ。

 さすがにパジャマの18歳と制服の女子中学生を並べたまま歩くのはまずいかと思って、少し離れてついて行ったら、ストーカーみたいだからやめてくれと注意された。

 隣に立ってもしかしと言うかやっぱりと言うか、会話は弾まず、ドギマギしている間に彼女の家に着いた。築年数の古そうな、ボロアパートだった。あのビルよりは、うちに近いようだ。

 玄関の前で別れて、彼女が家の中に入ったところまで見てから、僕はやっと自転車を置いてきていることを思い出した。

 ここからわざわざ自転車を取りに行ってから家に帰るとなるとだいぶ遠回りになるが、そこはもう仕方がない、と思ったところでまた思い出した。そういえば今、僕はパジャマを着ているんだった。

 流石に彼女を家に帰した以上急を要するということは、とりあえずはないはずだから、家に帰って着替えてから自転車を取りに行くべきか。

 結局この日は、家に帰ったら寝てしまって、自転車は回収できなかった。

 翌日、朝起きたら妙に、お腹が空いていた。少し考えてから、昨日は晩御飯どころか一食も口に入れていなかったことに思い当たる。

 とりあえず結衣ちゃんにおはようのスタンプを送ってから、何かご飯を食べることにした。

 冷蔵庫にはこれといって何もなかったので、カップラーメンを適当に食べて、勉強に取り掛かる。結衣ちゃんに送ったスタンプには、既読がついていた。

 結局その日は一日中勉強して、ほとんどそれだけで終わった。結衣ちゃんにお休みのスタンプを送ると、向こうからもおやすみなさいと送られてきた。

 その夜は、昨日とはまた違う理由で、よく眠れそうな気がした。

 着信通知で、目が覚めた。時計を見るとまだ午前3時ほどで、僕は何も確認しないで、また眠りについた。

 しかし結局、その30分ぐらい後にまた眼を覚ましてしまった。どうやらあの着信で頭が冴えてしまったらしい。仕方がないので、もう起きることにした。

 しかしこんな時間に起きて何をしようかと思ったが、そういえばあの着信が誰からのものだったのかを確認していなかったことを思い出して、スマホを手に取る。

 不在着信は、山岸結衣。結衣ちゃんからだった。

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