少女の旅
精霊少女視点の旅です。
* * * * * *
腹も満ちたことだし、話し相手も寝に行ってしまったことだし、いつまでも焚火を見つめている訳にもいかない。妾も天幕で休むことにしよう。
思い切り伸びをした後2、3秒目を閉じ、精神統一。
その後にぱちりと指を鳴らす。
するとお気に入りの緑のドレスは一瞬で、白の綿の寝間着と三角のナイトキャップに早変わりした。―うん、我ながら魔法が上手くいった方だろう。そう思いながらナイトキャップの中に長い髪の毛をしまう。
天幕の中に入ると、天幕の中のスペースの半分は横になったユースフの体が占領していた。
本当に人間というのは、図体だけはでかいものだ。
妾は暗がりの中間違ってユースフの体を踏まないようにふわふわと空中を飛んで、ユースフが妾のために用意してくれていた小さな寝床―きれい目なターバンをくるくると巻いて鳥の巣状に整えたものの中に舞い降りた。
たっぷりの綿の布地の中にぽすりと大の字で寝転がる。
妾は旅支度を手伝ったりはしていないが、今日は初めてのことがたくさんあったのでかなり疲れていた。
今まで長い間生きて来たので、こうした旅は正直幾度となく経験してきた。
けれどほとんどの旅は今回のような駱駝一頭だけの貧乏旅ではなく、裕福な豪商の率いる百頭の駱駝と十分な装備、長槍を携えた衛兵のついた優雅な旅だった。
…それに。
ただの荷物としてではなく、旅人として旅をするのは今回が初めてのことだ。
「なかなか楽しいものなのだな。旅人というものは…」
話し相手がいるというだけで。
妾の存在を認めてもらえるというだけで。
妾はゆるゆると目を閉じて、微睡の国へ旅立った。
………………
…………
ぱちり。瞼を開く。
眠れない。
天幕の片隅からぶつぶつと何か小声で呟いている声がして、地味にうるさいのだ。
寝ぼけ眼を擦りながら、妾はそちらの方向を見やる。
ユースフの寝ている寝袋が、枕元に当たる部分で不自然に盛り上がっている。
その枕元には菜種油のランプが灯っていて、明かりの側でユースフが何かを必死で書きつけているのが見えた。
彼のぶつぶつ呟く声は、書きつける内容を確認するために発しているのだろう。
声は小さいので何を言っているのかまでは分からない。
…一体何を書いているんだか。
書いてある内容を少しだけ覗いてみるか。
―少しくらいなら許されるだろう。なにせこちらは寝ている所を起こされた側なのだから。
はてさて。何を書いているのかな?
旅行の計画だろうか。
…それか家族への手紙だろうか―もしもそうだったら流石に見るのはやめよう。
あとはオトシゴロの少年だから、官能小説という線もありうる。
妾はわくわくしながら音を立てずにユースフの頭上に移動し、彼が手元で書きつけている内容を少しだけ、本当にちょっとだけ盗み見た。
なになに?
―革命歴504年、狼月の4日目
…今日の日付が書いてある。どうやら日記のようだ。
本文を読み進めていこう。
―ここのところ、不思議な出来事を次から次へと目撃する事になった。
ほとんどは光輝く手乗りサイズの少女に関連する出来事だ。
何と。妾について書いているようだ。
これはきちんとすべて目を通しておかなければなるまい。
ふむ。記されている言葉自体はこの国の共通語だが、文字は南部の限られた遊牧民しか使わないタフィッグ文字が使われている。
妾や官憲に盗み見されないようにするための工夫らしい。中々やるな。
しかし童は数百年を生きた精霊。年の功で、この大陸で使われる言語のほとんどは習得している。
残念ながら、書かれている内容はお見通しだ。
更に読み進める。
―この経験を誰かに話す事は決してないだろう。国の思想信条である合理主義と真っ向から食い違う内容なため、誰かに話せば自分はもちろん、下手をすれば話を聞いてくれた相手までもが狂人として当局に連行されてしまう。話した相手自身に通報される可能性も高い。
―しかしこのまま自らの経験を心の内にのみ留めるという選択をしたならば、俺の見聞きした出来事は時と共に風化し、俺の死と共に消え去り、誰にも顧みられなくなってしまう。それは余りに勿体ない事なので、とりあえずこうして日記として紙に書き留める事にした。
―まずは自己紹介といこうか。ジュバイルの息子ユースフ—それが俺の名前だ。
俺がこの奇妙な少女と出会った経緯を語るためには、物語を少し前の時間に遡らなければなるまい。
ユースフの日記も、本来は前話に入っていたものです。
文章の構成を考えなおそうということで、既に掲載している部分を書き直して次の話に載せたり、面倒なことをしています。
既に読んで下さった方に対しては申し訳ない事ですが。
今後も度々こうして、既に掲載している部分を書き直すことはあると思います。
すみませんが、よろしくお願いいたします。




