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ライラ  作者: karan
3/6

少年の旅

主人公ユースフと精霊少女の旅の様子です。

前章より前の時間軸になります。(本来この部分は前話に入れていたのですが、加筆修正したら長くなったので前話とは分けました。)


― ― ―      ― ― ―   ― ― ―      ― ― ―

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頭全体にぐるぐると巻き付けたターバンの隙間から太陽を眺めながら、駱駝に乗った少年が夕暮れ時の砂漠を進んでゆく。


砂漠に落ちる日がゆっくりと、だが確実に陰っていく様子をみて、少年は駱駝の手綱を引いて歩みを止めた。

―今日はもうこれ以上は進めまい。ここで駱駝を休ませ、自分も野営の準備を始めよう。


この場で野宿することを決めた少年は相棒の駱駝から降り、駱駝を跪かせて、その背から荷物を降ろし始めた。


「なあユースフ、今日はもう休む準備を始めるのか?まだ日も出ているのに。」


少年の耳元で少女の声が響く。少年―ユースフは荷をほどくのに苦労しながら答えた。


「冬場は特に日が短いから、十分明るくても暗くなるまですぐなんだ。視界が確保できる内にやるべきことは沢山ある。薪を集めて天幕を張って。駱駝に草を食べさせたりな。」


「ふうん。しかし、人間というのは生きていくだけで大変なものだな。…妾にも手伝えることがあればいいのだが、このような小さき身ではそれも出来ぬ。」


「はは。お前一人だったら薪を準備するだけで一晩かかるだろうな。」


ユースフはこの小さな少女が、少女からすれば丸太のような大きさの木の枝を抱えて、顔を真っ赤にしながらよたよたと歩く様子を想像して少し笑った。


「…そうだな、その代わりにランプ係になってもらおうか。お前は一晩中光ってるし、菜種油も消費しないし、火を使わないから安心安全だしな。」


精霊であるこの少女は、全身がぼんやりと光っている。ランプになれそうだな、とユースフは前々から思っていたのだ。


「ふふっ。 ならばせいぜい頑張って、勤めを果たしてみせようぞ。気合いを入れればもう少し天幕の中を明るくできるかも知れぬ。」


「それは心強い。」


しばし後火を熾し、天幕を張り終えて、駱駝も草地に放し終えて。大きく伸びをしながら少年はようやくひとごこち付く。


今日も一日疲れた。ようやく夕飯の時間だ。


ユースフは天幕の開口部にあぐらをかいて座り、日が沈みゆく光景を眺めながら背嚢の中から玉ねぎと今日の分の干し肉を取り出した。


干し肉で玉ねぎを包んで竹串に通し、ちょっと火に炙ってから革水筒の酒と交互に食べ始める。


「お前は本当に食事は必要ないのか。」


一人だけ夕飯を食べているのが何だか申し訳なくて、ユースフは少女に話し掛けた。


「人間と同じようには食べられないからな。精霊の身ゆえ。」


少女はユースフのもつ干し肉の串に触れてみせた。

すると彼女の小さな手はするりと干し肉の向こう側に通り抜けてしまう。


―出会った当初は彼女の見せるこうした怪奇現象の数々に度肝を抜かれっ放しだったが、ユースフは彼女としばらく過ごしている内に段々慣れてきた。―そもそも、身長20センチくらいの人形のような娘が動いたり話したりする事自体、大いなる怪奇現象だ。


肉を通り抜けてユースフの側に突き出された少女の手を見ると、人差し指と中指を突き出してピースサインを作っている。


…この少女は長い時を生きてきた精霊の筈でそれに相応しい豪華な恰好をしているのに、たまにこうして威厳に欠ける行動を見せるのだ。


ユースフはそのギャップに思わず笑いを零した。


「我々精霊は食べ物には触れない。だから直接食べるのではなく香りを嗅ぐことで腹を満たす。こういう風にな。」


少女は炙った干し肉の香りをすうっと吸い込み、にこりと笑った。


「本当にそれで腹が満ちるのか?…人間じゃ考えられないぞ。むしろ余計に腹が減るものだと思うんだが。」


「ああ、本当にこうやって食事を取っているぞ。異国では良く神像の前に香料が供えられているだろ?」


言われてユースフは父親の商売の手伝いで隣国の寺院を訪れたときの事を思い出した。

少女の言う通り確かに、寺院内の石像の足元には夥しい量の乳香が供えられていた。


「あの香料は神様の食べ物だったのか。しかし香りだけを養分にして生きていられるなんてなあ。一体身体の中はどうなっているんだ。」


「さあな。まあ、あまり深く考えずとも良かろ。重要なのは、妾たち精霊は食事の仕方は違えど、そなたたち人の子とこうして食事を共にできるということだ。


…あ、もう日が沈むぞ。」


「?!…あー…。」


言われて慌てて太陽の方向を見るが遅かった。日はもう完全に沈み切った後だった。

日が沈む瞬間を見たくて今まで準備していたのに。


がっかり顔のユースフを見て、少女はくすくすと笑った。


「一瞬遅かったな。 ま、夕日なんぞ明日でも見られるさ。」


…そうは言っても、本来見られるはずだった光景が見られなかったというのはちょっと損をした気分だ。


しょんぼりした気分を少し引きずりつつ、竹串に残った玉ねぎをもそもそと齧る。

玉ねぎだけでは少し味気ない。


―あ、そうだ。


ユースフは少女に声をかけてみる。


「お前、チーズかナツメヤシは好きか?」


「うん?そうだな。どっちも好きだぞ。」


「ちょっと待っててくれ。」


おやつ用の頭陀袋から丸くて酸っぱいチーズ1個と茶色いしわしわの実を2つ取り出して串に差し、火にくべてみた。


煙がでてくるまで暫く待つ。


見ればもう辺りはすっかり暗闇に浸かっている。

はっきりと目に見えるのは焚火の炎と、焚火の周辺の僅かな領域。それに傍らで焚火に手をかざす小さな少女だけだ。


炎がぱちりぱちりと音を立てて揺らめく度に、周辺の影は走馬燈のように現れては消え、ゆるゆると蠢く。


しかし少女の体に影が落ちることはなく、周囲の空間からぼうっと浮き上がって見える。

彼女自身が光を発しているからだ。


こうして見るとこの少女は、紛れもなく人ならざる存在なのだと改めて実感できる。

影法師のように次々に生まれては消える人の子とは違う、永遠の時を美しいまま生き続ける精霊なのだ。


…彼女は人間である俺と普通に会話もすれば、笑顔だって浮かべるのに。ユースフはぼんやりと考える。


精霊という存在そのものというよりも、心の部分では人間と変わらないように思える精霊が、生物としては人間と全く異なるという事実が不思議に思えて仕方がなかった。


物思いに浸っているうちに、甘いような香りがふわりと焚火から漂ってきた。


チーズとナツメヤシの香りが一緒になった独特な匂いだ。


少女は物珍し気な顔になってふんふんと香りを嗅ぐ。


「ナツメヤシは分かるが、チーズの香りはしないな。それにこの酸っぱいような香りは何だ?」


「その酸っぱいやつがチーズだ。」


「これはチーズだったのか。チーズは塩辛くて乳のような香りがするものだと思っていたが。」


「それは農耕民のつくるチーズだろう。遊牧民のチーズはそれとは少し違うんだ。」


精霊の少女と人の子の少年。二人でだらだらと話し込んでいれば時間が経つのも早い。それに粗末な食事でもなぜか美味しく感じられる。


精霊の少女は銀糸の刺繍のついた豪華なドレスを着ている事だし、さぞ舌も肥えているのだろうとユースフは思っていたが、持ってきた食料を喜んでくれているように見えたのでほっとしていた。


…もしかしたら気を使って喜んでいるかのように振る舞ってくれていただけなのかも知れないが、そうだとしても一緒に食べてくれるというのは嬉しいものだ。


ユースフは串で炙ったチーズを試しに玉ねぎと一緒に食べてみる。

チーズを炙ったのも玉ねぎと合わせたのも初めてだったが、炙ったチーズは香ばしく、程よい濃さの味付けは以外と玉ねぎにも合った。


少女はまんざらでもなさそうな表情で口を開いた。


「酸っぱいチーズも、ヨーグルト<ラバン>のようなものだと思えば悪くないな。」


「それは良かった。」


「うん。遊牧民の食事も珍しくてよいものだった。」


「良かった。本当に簡単な食材しかないから、精霊に気に入って貰えるか心配だったんだ。…お前ってすごく豪華な恰好をしてるけど、実は欲がない方なんじゃないか?」


「実はとは何だ。ただまあ、強いて言えば他にラム肉の香り焼きがあれば完璧だった。」


「ははっ。…それは贅沢言いすぎだ。」


腹が少し満たされて、ユースフはだんだん眠気に襲われてきた。


彼は少女におやすみと告げるとテントの中に潜り、寝袋の上にころりと転がって目を閉じた。





………………

…………


ぱちり。


薄暗がりの中でユースフは目を開く。


ダメだ。

全く寝付けない。


身体はぐったりと疲れているし瞼も重たいのに、頭の芯が覚醒していてとても眠れる状態ではない。


ユースフは背嚢の中を漁り始める。暫く経ってから取り出したのは、葦のペンと日記帳だった。






挿絵(By みてみん)




※画像はどちらもユースフです。マスクしている時と素顔を晒している時と。


もちもの

・駱駝

・鞍、手綱、鐙

・山羊革のテントと敷物、毛布、油紙

・一週間分の食料(玉ねぎ/ナツメヤシ/干し肉/チーズ)、酒

・ランプ

・宝石の原石

・工具類

・猟銃、山刀

・地図、筆記用具

等々

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