第98話
北の森に向かった部隊は、南下して来るオーガの群れに遭遇する
それは大きな集団では無かったが、幾つかの群れに別れて移動していた
中には他の魔物に負けて逃げて来たのか、負傷している魔物も居た
エドワード達がオーガを討伐している頃、フランドールはオーガの集団と遭遇していた
そのオーガ達は小柄な者が多かったが、総数は12匹と多かった
それに加えて、ワイルド・ボアを狩ったいたのか、その場には10匹が逃げ回っていた
魔術師達は土の防壁を立てたりしてワイルド・ボアの突進を抑え、その間にオーガを倒す事となる
「私は使えませんが、彼は土壁を作れます
高くはないですが、魔物の足を止める事ぐらいは出来ます」
「任せてください」
「それじゃあ、魔物があっちに向かったら頼む」
「はい」
魔術師がさっそく呪文を唱え始め、後は発動を待つだけとなる。
その間に、ミスティ他数名の魔術師が防御用の魔法を施す。
風の魔法を応用した防壁を展開し、個人には打撃に対する衝撃を緩和する魔法を掛ける。
「これで準備は出来ましたが、過信はしないでください
あくまでも衝撃を吸収する魔法です
棍棒や拳を防ぐわけではありませんから注意してください」
「十分ですよ」
「これで少しはマシになります」
実際にはオーガとの戦闘意にも慣れていたので、油断しなければ被弾はしなかった。
それでも地面が抉られた時に出来る、飛び散った石等の礫を防いでくれる。
飛び散る礫は大きく、それだけでも危険なのだ。
「私達は身体強化をほとんど使えませんから
この防壁の中に退避しています」
「それでも、多少は攻撃魔法は使えます
可能な限りは牽制や足止めに使いますので頑張ってください」
「ありがとうございます」
フランドールは礼を言うと、ワイルド・ボアの動きを見詰める。
なるべくオーガと自分達から離れた場所に足止めし、混戦を避ける為だ。
ワイルド・ボアの一匹がオーガが1匹居る方へ向かって突進した時、フランドールが合図を送った。
「今だ!」
「アース・ウォール」
魔術師の声に合わせて地面が盛り上がり、高さ60㎝程の土壁が出来上がる。
ワイルド・ボアは気付かず走り抜けたが、その後を追っていたオーガは躓き、2匹が地面に倒れた。
「行くぞ」
「おお!」
フランドールを先頭にして、兵士達は手近なオーガ3匹に向かって行った。
後続の兵士達は鬨の声を上げて、奥に倒れたり膝を着いたオーガに向かって行った。
フランドールは1匹の腕を切り飛ばし、追撃を躱しつつ跳躍する。
「うおおお
バスター」
ズバン!
グガアア…
その間にも兵士達が2匹の脚や腕を切り裂き、切り飛ばし、地面に倒れたところで止めを刺す。
そして後続の兵士達も、倒れたオーガが起き上がる前に、首を刎ねて止めを刺した。
跪いていたオーガも、すぐに兵士達に囲まれて、腕や脚を切られていた。
腕や脚を失ったオーガは倒れ、すぐに止めが刺される。
「残るは4匹と、土壁の向こうの1匹だけだ」
「おお!」
「油断はするな
散開しつつ、腕や脚を狙っていけ」
「はい」
「うおおおお」
残る4匹のオーガは、最初は奇襲に驚いていたが、仲間を殺された事で怒って向かって来た。
ウガアアアア
ゴアアアア
その間にも、魔術師達は土壁の向こうのワイルド・ボアに、風の刃やマジックボルトを放っていた。
威力こそ低かったが、次々と撃ち込まれる魔法に傷付き、半数以上が倒されていた。
「向こうはもう良いでしょう
次はオーガを拘束します」
「はい」
向かって来るオーガに魔法が放たれる。
「ソーン・バインド」
「スネア―」
「マッド・グラップ」
茨の蔦が脚に絡まり、地面に窪みが出来て脚を取られる。
1匹が倒れた向こうで、地面がぬかるんでもう1匹が膝まで沈み込む。
倒れたオーガは兵士に任せて、フランドールは健在なオーガに向かった。
「うおおおお」
グガアアア
ブン!
オーガの太い腕が振り抜かれて、フランドールに迫って来る。
「危ない!」
「ふん!」
ズシャー!
グガア
急な横っ飛びをしながら、フランドールは身体を捻りつつ剣を叩き付ける。
振られた剣はオーガの腕に叩き付けられ、手首から切り落とす。
そのまま宙を移動すると、地面を蹴って前へ出る。
オーガは痛みとフランドールの動きに動揺して、左腕を上げて顔を庇った。
その位置からは顔は切れないだろうが、先ほど仲間が切られたのを見ていたから、咄嗟に顔を庇ったのだ。
しかしフランドールは狙いを切り替えて、そのまま剣を構えて脚を切り飛ばした。
「っせい」
グガアアア
オーガはバランスを崩して、左に向けて倒れる。
すかさず他の兵士が駆け付けて、その胸に目掛けて剣を突き立てた。
「すりゃあああ」
ザス!
ガ…グガア…
フランドールが振り返ると、残りのオーガも倒されていた。
脚を取られた魔物はすぐさま腕を切られて、抵抗出来なくなったところで首を刎ねられた。
無事な方のオーガも、兵士数人に囲まれては仕方が無く、すぐに腕や脚を切られて倒された。
「残るは1匹とワイルド・ボアだな」
「そのワイルド・ボアもほとんどが負傷しています」
そこからは消化試合だったので、魔術師達が各々の魔法で拘束したり、直接攻撃して倒した。
兵士が倒しても良かったのだが、今回の目的が魔術師達の修練が為だからだ。
魔術師達は慣れない攻撃魔法を行使して、狙いを合わせて放つ。
最初は慣れて無いし、追尾能力があるとはいえ動く的を狙うのに苦労していた。
しかし、数回放って行けば慣れてきたのか、魔物に当たり始めた。
「おお
命中したぞ」
「はあはあ
やっと…」
「ああ、倒せたな」
全ての魔物を倒す頃には、魔術師達は多くの魔力を消耗して疲れていた。
「よし、ここで休憩しよう」
「え?
ここでですか?」
「ああ
幸い周りには魔物は居ない
今の内に休んでおこう」
兵士達が野営の準備をして、焚火に魔法で火を点ける。
その火に解体したワイルド・ボアの肉を串焼きにして、次々と火で炙って行く。
「兵士のみなさんも火魔法を使えるんですね」
「ん?
ああ、アーネストが使えた方が便利だと教えてくれたんです
今では魔力も上がってきたのか、簡単な火付けや水汲みは出来る様になりました」
「なるほど
確かに魔法は使っている方が向上します
それに魔力も上がるという研究報告も挙がってますね」
「ええ
魔力が多い方が、戦闘でも役立ちますからね」
兵士達は消耗が少ないので、魔物の肉で腹を満たすだけで済んでいた。
しかし、魔術師達は魔力をほとんど消耗していた。
これは慣れない戦闘でペース配分を間違えたのもあったが、最後の練習で使ったのが主な原因だった。
傷付きほとんど動けなくなったワイルド・ボアを的にして、魔法の練習をしたからだ。
魔術師達はワイルド・ボアの肉に舌鼓を打ちつつ、マジックポーションを呷っていた。
消耗した魔力を回復する為だ。
マジックポーションが効いたのか、魔術師達の顔色も良くなり、談笑する余裕も出来て来た。
「オーガってすげえな」
「ああ
兵士のみなさんは、毎日あんなのと戦っているのか…」
「私は1日でもキツイわ」
「そうだな」
「だが、あんなのが街に入り込んだら、それだけで大変な事になる」
「だから俺達は、少しでも魔物を狩らないとならない」
「そうだよな」
「あんなのに街で襲われたら…ゴクリ」
「最初はオレ達もそうだったさ」
「そうそう
こいつなんか、ひいひい言いながら逃げてたもんな」
「こらっ!」
「はははは」
倒れたオーガに果敢に立ち向かい、首を刎ねた兵士が顔を赤らめて怒る。
そんな彼でも、初めてオーガを見た時は、失禁して腰を抜かしていたのだ。
彼は顔を赤らめつつも、チラチラと魔術師の一人の女性を見ていた。
好みの女性だったのか、彼女の前で格好つけたかったのだ。
だからこそ、彼は果敢にオーガに向かって行ったのだ。
「それでも
そんなオレでも
女神様の加護とスキルのお蔭で、今ではオーガを倒せる様になれた」
「うん
スキルとジョブの力は偉大だな」
「ああ
オレもジョブに目覚めてから、オーガが怖くなくなったよ」
うんうんと頷く兵士を見て、ミスティはなるほどと頷く。
「確かに、この戦闘でもみなさんの力は上がっていますね
私達の中にも、ジョブやスキルを身に着けた者が居ます」
ミスティは鑑定の魔法を使って、みなのスキルやジョブを見ていた。
その中には、新たに魔法のスキルを身に着けたり、魔術師のジョブを授かった者も居た。
「それは戦闘で魔法を使っていた事が大きいでしょう」
フランドールがそう呟きながら、話の輪の中に入って来る。
「戦闘ですか?」
「ええ」
「これはアーネストから聞いたんですが
戦闘は精神や身体に大きな負担を強いります
その上で魔物を倒した時、魂の力が大きく向上する様です」
「魂の…力?」
「ええ」
「魂が鍛えられ、それで能力が向上し、スキルやジョブが得られるそうです」
「なるほど
魂が鍛えられる
城壁で撃ってるだけでは、叶いそうにない事ですね」
城壁でゴブリンやコボルトを狙い撃ちしていた時は、大きな能力の向上は無かった。
しかし、ここで1回戦闘しただけで、ほとんどの者が大きく向上していた。
ジョブやスキルは、その最たるものだろう。
「そうなると
魔物と対峙して魔法を使った方が、我々魔術師も大きく向上するんですね」
「ええ
私も半信半疑でしたが、今日の事で確信しました
魔術師も魔物と戦うなら、戦場で危険に立ち向かう必要があるんだなと」
「そうですね
少なくとも、城壁でのんびりと魔法を撃つよりは良さそうです」
「え?」
「これからは、魔物の侵攻など関係無く、強くなりたい魔術師は戦場に出るべきですね」
「ちょ!」
「待って!」
「ギルドに戻ったら、私がギルド長に進言しておきます」
「そんな」
「私は…」
「オレは、貴女やミリアルドとは違うんですよ」
同行していた魔術師のほとんどが、ミスティの発言に首を振る。
しかしミスティは冷ややかな視線で見据えて、冷たく言い放った。
「何ですか?
あなた達は魔術師として大成したくは無いんですか?」
「それは…」
「そのおう…」
「魔力を高めるのも、技術を向上させるのも
魔物を相手にするのが一番なんですよ」
「いや、確かにそうなんだけど」
「オレ達はそこまでは…」
「私も
街を守る為なら
大切な人を守りたいから戦えるけど…」
ここで、先ほどの女性の魔術師から大切な人発言が出て、兵士の一人が愕然とした表情をして落ち込んだ。
その姿を見て、隣の兵士が優しく肩を叩いた。
「う…くうっ」
ミスティは続ける。
「あなた達がどう思おうが勝手ですが、向上心が無いなら諦める事ね
私は一人でも、魔物と戦って鍛えてみせるわ
それが魔術師を…
いえ、魔導士を目指す私の夢だから」
「魔導士…」
「宮廷で雇われる、魔術師の上の存在」
「そう
どうせ目指すなら、それぐらいは夢見ないとね」
先程まで、ワイルド・ボアの肉で明るくなっていた魔術師達は、その言葉に暗く俯いた。
ほとんどの者が、攻撃魔法の習得に躓き、上を目指すのを諦めていたのだ。
だが、一人がミスティの言葉に立ち上がる。
「ボク…
いや、オレはやるぞ
どうせなら、魔導士は無理でも
立派な魔術師と胸を張れる様になってやる」
「そうだな」
「私も…」
「オレも
逃げてばっかりじゃあ、恰好が付かない」
やがて少しずつ熱が上がって行き、魔術師達のやる気が増して来た。
それは兵士にも伝搬し、負けてられないと奮起させた。
「そうね
みんなもやる気が出たのは嬉しいわ
しっかり休んで、魔力を回復しましょう
午後も頑張るわよ」
「はい」
「おう」
フランドールはその様子を静かに見守り、ミスティの手腕に賛辞を送っていた。
ギルバートに彼女の部隊を任された時は、正直女性の指揮する部隊等と侮っていた。
しかし、彼女は冷静に仲間を分析しており、的確な指示を出していた。
そして今も、的確な言葉で全体の士気をも上げていた。
まだもう一人の魔術師とは話していなかったが、彼は彼女の指揮が妥当だと感じていた。
彼女が指揮するなら、兵士達でも従うかも知れない。
辺境の魔術師の中に、思わぬ人材が埋もれていたのだ。
フランドールはこの侵攻が終わった後、彼女に指揮官の推薦をしようと思った。
「それでは、休息も十分な様だね」
「はい」
「午後も引き続き魔物の捜索と殲滅を行う
目標はオークとオーガだが、可能ならワイルド・ベアも討伐しようと思う」
「ワイルド・ベアですか」
「大丈夫なんでしょうか?」
「うむ
危険なのは十分承知している
しかし、その危険な魔物を街に近付けさせるわけにはいかない」
「そう…ですね」
「熊の魔物ですか…」
「一番心配なのは、その機動性から魔術師達が狙われる事だ」
「機動性?
そんなに素早いんですか?」
「ああ
ワイルド・ボア並みには動ける
そしてオーガぐらいの大きさだ」
「それは…」
「要は近付かさなければ
それなら策はあります」
「うん
期待しているよ」
フランドールはミスティの言葉に頷き、その策という物に期待していた。
複数居れば危険だが、2、3匹程度ならなんとかなるだろう。
「それでは野営を片付けよう
出発の準備に掛かるぞ」
「はい」
フランドールの部隊は野営の跡を片付けて、再び進軍する準備を始めた。
野営で時間を使ったが、日はまだ頂点を指しており、まだまだ時間は十分にあった。




