第97話
ギルバート達が出発を準備している時、歩兵達も準備をしていた
彼等には魔術師達は着いていなかったが、代わりに騎兵達が護衛に就いていた
人数こそ1部隊につき8名と少なかったが、オーガとも戦えるようになった戦士達だった
彼等が一緒に居る事で、歩兵達の士気は上がっていた
彼等は24名ずつに分かれ、5部隊が東の森に出る事となっていた
エドワードを隊長として、5部隊が東の森に出撃しようとしていた
各部隊にはオーガとの戦闘が目的とされており、他の魔物は別働の部隊が引き受ける事となっていた
別動隊は弓兵と歩兵が12名ずつで編成されており、城門の近くで待機していた
ここで伝令からの指示を待っており、指示が来ればコボルトやワイルド・ボア、ゴブリンを殲滅する様に準備をしていた
こうした準備をする事で、慣れていない兵士達にオーガと戦闘をさせようという事だ
「準備は良いですか?」
「はい」
「いつでも行けます」
「うむ」
「しかし…
行けますが、本当にやるんですか?」
「ん?」
「こう言ってはなんですが
自信はありません」
「そうですか」
「それでは、私がまた…」
「いけません!
隊長はまだ、お身体の具合が…」
「そうは言っても、あなた達は自信が無いんでしょう?」
「う…」
「それならば、隊長である私が戦うしかないでしょう」
「いえ
我々がやります」
「そうです」
「これ以上隊長に、無理はさせられません」
エドワードがわざと弱気な発言をする事によって、兵士達は自分達が頑張らなければと強く思った。
これは兵士達との信頼関係があればこその事だ。
信頼する上司を守る為に、兵士達はやる気を漲らせていた。
「こうなったらやるぞ!」
「そうだ!」
「これ以上、隊長に無茶はさせられねえ」
「それに、オーガに比べたら…
ボブの母ちゃんの方が…」
「おい!
そこで何で、オレの母ちゃんが出るんだ!」
「そうだそうだ
母ちゃんを目にしたボブに比べたら、オーガなんて怖くねえ」
「おい
オレの女房をオーガと一緒にするなよ」
「そうだな
オーガより怖いもんな」
「貴様あ!」
「ははは
確かに」
揶揄われたボブは怒っていたが、それで兵士はすっかりリラックスしていた。
因みに、ボブの奥さんとはアーネストの家のメイド長の姉で、怒らせたら怖い奥さんの代表だった。
昔は冒険者をしていて、熊と戦ったという武勇伝もある女性だ。
彼女に比べれば、ミリアルドの奥さんはまだ優しかった。
「はははは
それは良いんだが、君達の準備は良いのかね」
エドワードはそろそろ頃合いと見て、部隊を引き締めに掛かる。
もう5分で8時の鐘が鳴る。
そうすれば、危険な魔物が潜んだ森に出なければならない。
そろそろ気を引き締めねばならないだろう。
『はい』
エドワードの言葉に、兵士達は一斉に引き締まった顔になり、返事をした。
「それでは、そろそろ出発しましょう」
エドワードの合図に合わせ、城門が緩やかに開き始める。
同時に、北の城門も将軍が合図を送り、緩やかに開き始めていた。
「全体!
進め!」
「全体、進めー!」
『おおっ!』
歩兵達が声を合わせて返事をして、ゆっくりと城門を潜って行く。
それに合わせて、弓兵が2部隊前に出て、付近の魔物が居ないか牽制をする。
森の入り口から数匹のゴブリンが、兵士の声に釣られて顔を出した。
しかし、あっという間に矢で射られて絶命する。
普段は城門の上からだが、それでも毎日の様にゴブリンやコボルトを狩っているのだ。
弓兵達の射撃の腕前も、以前に比べれば格段に上がっていた。
弓兵の中には射撃手やハンターという弓のジョブを得た者も居て、そういった者が指揮をして魔物を狩っていた。
彼等はジョブを得る事でスキルも身に着けていて、新たに開発された強力な長弓も扱えていた。
それはオーガの筋肉と骨で作られていて、身体強化と命中率の向上が付与されていた。
しかし、並みの弓兵では引く事が出来ず、身体強化も使えなかった。
恐らくジョブが使える為の条件で、他の歩兵や騎兵も上手く引けなかった。
森から出て来た魔物は、速やかに弓兵の手で倒された。
そうして森の入り口に移動すると、森の中の様子を伺っていた。
「どうですか?」
「はい
どうやら、数㎞四方には魔物は潜んで居ません」
「そうですか」
「しかし気を付けてください
魔物は常に移動しています
こうしている間にも、こちらに向かって来ているかも知れません」
「そうですね
付近を警戒しつつ、左舷は第1、第2部隊が入ってください
右舷には第4、第5部隊が向かってください
第3部隊は私と共に、こちらに向かいましょう」
エドワードの指示に従い、5つの部隊はそれぞれに別れ、森の中に入って行った。
森の中は朝とは言え、木々の枝に遮られていて薄暗かった。
そこへ兵士達が分け入って行き、木陰や茂みに魔物が潜んで居ないか確認して行く。
今のところは順調で、魔物の影は見られなかった。
「ふむ
魔物は居ませんねえ」
「そうですね
昨日の様に突然は現れませんし、他の獲物を追っている気配もありませんですね」
エドワードと兵士達は周囲を警戒しつつ、ゆっくりと森の中へ入って行った。
その間にも、第2部隊がゴブリンの集団を発見し、その背後を追いつつも伝令を出していた。
集落があれば、それを潰す必要があるからだ。
もう一方で、第4部隊もコボルトを発見していた。
しかしこちらは、鼻が利くので兵士達が発見されていた。
数は5匹と少なかったので直ちに駆逐された。
そのまま見付からなければ、後を追って集落や仲間を発見できたのだが、コボルトは鼻が利くのでそれは難しいだろう。
伝令が動き、状況は逐一隊長に伝えられた。
「第2、第4は接敵しましたか
こちらは居ませんねえ」
「はい
今のところは静かなものです」
「弱りましたねえ
ゴブリンは嫌ですが、せめてコボルトかオークぐらいは狩りたいですね」
「はあ」
エドワードは敵に合わない事を残念がっていたが、兵士はなるべく遇いたくないと思っていた。
オーガもだが、オークやコボルトでも数が居れば厄介だからだ。
兵士達は魔物が出ない様に祈っていたが、そういう時ほど裏切られるものだ。
先行して偵察していた兵士が、小走りで戻って来た。
「い、居ました
オーガです」
「お!
遂に出ましたか」
嬉しそうなエドワードに対して、兵士のテンションは低かった。
「数は恐らく、5匹だと思います」
「そうですか…」
「5匹も居るんでしたら、我々だけでは厳しいですね
他にも居るかも知れません、第5部隊を呼んでください」
「分かりました
すぐに伝えます」
直ちに伝令が立てられ、第5部隊が向かった方角へ小走りで向かった。
その間にもエドワードは指示を出し、魔物との距離と地形を確認させた。
オーガは2m50㎝から3m近くと大きいので、遠くからでもある程度の所在は確認出来る。
見付からない様に回り込み、第5部隊と挟み撃ちにする事で作戦も決まった。
作戦の伝達の為に二人の兵士を残し、騎兵達に周囲の警戒を任せて移動を開始した。
それから10分ほどで移動を完了して、第5部隊と突入のタイミングを合わせる為にその場に待機した。
「それでは行きますよ」
エドワードが合図を送り、それと同時に部隊が動き始める。
第5部隊にも合図が伝わり、向こう側からも物音が聞こえ始めた。
「突撃!」
「うおおおお」
「わああああ」
エドワードの掛け声に合わせて、一斉に鬨の声が上がる。
グガ?
ガアアア
オーガも兵士の声に気付き、周囲を見回す。
しかし気付くのが遅れた為に、既に足元まで兵士は肉薄していた。
「喰らえ、スラッシュ」
「ブレイザー」
ザシュッ!
ズバッ!
グガアアア
1匹のオーガが左脚を切り裂かれ、バランスを崩して倒れ込む。
そこに合わせて、頭や首元へ攻撃を加えようと兵士が群がった。
「危ない!」
騎兵の一人が気付いて、慌ててオーガの左手に向かって切り掛かった。
オーガが痛みに腕を振り回して、危うく兵士に当たるところだったのだ。
騎兵の機転が利いて、間に合った為に事なきを得たが、あのままでは兵士は殺されていただろう。
幸か不幸か、右足と右腕には兵士が切り掛かっていたので、殴られたり蹴られたりする者は居なかった。
1匹目が首を切られている間に、2匹目にも兵士が向かっていた。
「喰らえー!
っく!」
グガアア
ガコーン!
一人の兵士が、オーガの右脚の踝に切り掛かろうとしていたが、逆に気付かれて蹴られていた。
兵士は必死になって踏ん張っていたが、切り掛かった態勢のまま後ろに吹っ飛んだ。
しかし、オーガがそちらに意識を向けている間に、他の兵士が反対から切り掛かる。
「おらー!
スラッシュ」
ザシュッ!
グガアアア
「こっちもだ」
左脚の脛を切られて、痛みに膝を着いている間に、別の兵士が右腕に切り掛かる。
「そりゃあ」
ザシュッ!
ガアアアア
右腕に兜割りの様な縦切りが決まり、肘の下で半分切れた腕が力なくぶら下がる。
これで右腕も振り回せなくなり、左腕で殴ろうと身構える。
グガアアア
ブン!
しかし、痛みに怯んだのか、振られた左腕は弱々しくて遅かった。
兵士はギリギリで躱し、その腕を切り付ける。
「おらあ
ブレイザー」
ズバッ!ザシュッ!
グゴオオオ
ブレイザーが見事に決まり、肘と手首の2ヶ所で切り裂かれた腕が力なく垂れ下がる。
オーガは必死になって両腕を振り回すが、既に切り裂かれた腕は痛みで力が入らず、また振り回した事で傷が広がっていた。
兵士達は振り回す腕を避けながら、執拗に腕と脚に切り付けた。
切られる度に、オーガは力を失っていって、やがて隙を見付けた兵士によって、膝を足場にして首を掻き切られた。
「おっと
そりゃあ」
ズバッ!
グガ…オオ…
こうして2匹目も、瞳から生気が失われて倒れた。
そうこうしている間に、第5部隊も2匹目を倒しており、残りは1匹だけになっていた。
残りの1匹にも兵士が向かっており、既に足には無数の切り傷が付いていた。
既に出血もしているので、脚にも力は入っていなかった。
それでも腕には傷が少なかったので、振るわれる腕に近付くのが難しかったのだ。
「ようっし
ここはオレの技を見せてやる」
先のオーガを倒した事で自信を持ったのか、一人の兵士が剣を握る手に力を込めて、正面からオーガを睨みつけていた。
「うおおおお」
兵士は気勢を上げながら駆け出し、オーガの正面に向かった。
「な、何をする気だ!」
「危ないぞ!」
数人の騎兵が声に気付き、慌てて止めようと動き始める。
しかし兵士までの距離があり、兵士にオーガの右拳が当たるまでに、間に合いそうな者は居なかった。
グガアアア
「うおおお」
ダン!
兵士は身体強化の力を借りて跳躍し、振るわれたオーガの腕に飛び乗った。
拳が空振り、地面を抉っている間に、兵士は腕を駆け上がって行く。
予想外の兵士の行動に、オーガは戸惑って攻撃の手が止まった。
そのまま兵士は駆けて行き、オーガの肩でスキルを発動した。
「すりゃああ
スラッシュ」
ザシュッ!
ガア…
一瞬、オーガは左腕で兵士を掴もうと腕を上げたが、兵士はスキルの力で素早く前へ出ていた。
剣が首筋を切り裂き、兵士はスキルで移動しながら、左肩の先を駆け抜けた。
オーガの左腕は空を掴み、そのまま力なく倒れた。
ズズーン!
巨体は倒れて、最後の巨人が死んだ事を告げる。
辺りには他の魔物は居なく、また、この戦闘音で恐れて逃げ出していた。
今のこの付近には、オーガより危険な魔物は居なかったのだ。
「今のは危なかったな」
「そうだよ
上手く避けれたから良かったが、下手したら死んでるぞ」
騎兵達は魔物に止めを刺した兵士に、一応注意をしていた。
倒す事が出来たとはいえ、些か危険な行為だったからだ。
幾ら身体強化が出来ていたとはいえ、まともに攻撃を受けていたら重傷は免れなかっただろう。
事実、軽傷とはいえ、他の兵士はオーガの振り回した腕に当たって怪我をしていた。
身体強化が出来ていない者は、巻き上がった石の礫で怪我をしている者も居た。
「そうですよ
今のは危険でしたよ」
「はあ
隊長の見様見真似で、出来ると思ったんです」
「そうですね
確かに身体強化があれば、アレは可能でしょう」
「そうですよね」
エドワードの言葉に、兵士は嬉しそうにする。
しかしエドワードは静かに首を振った。
「それでも
もう少し手傷を与えてからやっても良かったんじゃありませんか?
もし少しでも見誤れば、君は死んでいましたよ」
「は…はい」
「君の技量は見事でしたが、今後はもう少し自重してください
でないと私の心臓がもちませんよ」
「はい」
エドワードの諌めの言葉に、兵士はしゅんとして大人しくなった。
「とは言え、オーガを無事に倒せたのは見事でした
おめでとう」
エドワードはそう言うと、パチパチと拍手をした。
それに釣られて、他の兵士達も拍手をして、兵士を褒めた。
「すげえな」
「よくあんな事を思い付いた」
「立派だったぞ」
「いやあ
咄嗟に身体が動いたんですよ」
兵士は照れながらも、自分が倒したオーガを見た。
確かに、どうかしてたかも知れない
思わず向かって行ったけど、もう少し手傷を負わせて、動きが鈍くなってからの方が安全だったよな
兵士は今更ながら、自分が無謀な行為をしたんだと実感していた。
上手く決めれたけど、何で自分が隊長の様に出来ると思ったんだろうか分かっていなかった。
しかし、彼はオーガを倒した事で称号とジョブを得ていた。
それがオーガを倒す前なのだか、後なのだかは夢中で気が付かなかったが、気が付けば自分の頭の中に戦士としてのスキルや力がある事が理解出来ていた。
「さて
先ずは5匹を討伐しました
次に向かいましょう」
「え?」
「まだやるんですか?」
「当然でしょう?」
「…」
「今日は何匹狩れるのか
他の部隊に負けない様にしましょう」
エドワードはニコニコと言っていたが、兵士達はげっそりとして聞いていた。
今日の分は上げましたが、時間があればまた上げます




