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聖王伝  作者: 竜人
第四章 新たなる脅威
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第96話

翌日の朝に、兵舎の近くには多くの人が集まって居た

訓練の為の狩に出る兵士に、それに物資を渡す為の商人達も集まって居た

今日から北と東の森で狩をするので、その成果で素材が沢山集まるのを期待して、多めに物資を供出するからだ

物資を出した分、見返りとして素材を回してもらおうという考えだ

その他にも一塊の集団が集まっていた

今日から加わる予定の魔術師達の集団だ

魔術師達は予定されていた以上の人数が集まって居た

それは呼ばれていない生活魔法の使い手まで来ていたからだ

彼等はなんとか連れてってもらおうと、直接兵舎にまで来ていた

当然許される事では無いが、彼等は文字通りの研究馬鹿達で、本気で連れてってもらえると思って集まって居たのだ


「あー…

 君達は…何で集まって居るのかな?」

「え?」

「それは…」


ギルバートは呆れながら魔術師達に質問してみた。

フランドールと将軍は部隊の編成に忙しく、アーネストは視線を逸らしている。

このくだらない騒ぎに巻き込まれるのはまっぴらだという態度だ。


「それは殿下に、私達の魔法の修練の結果を見ていただきたく…」

「魔法?

 攻撃魔法を使えるのかい?」

「え?」

「…」


攻撃魔法と言われた途端に、その一行は視線を泳がせ始めた。


「着いて来るって言うんだから、当然使えるんだよね」

「え…」

「私は火を点ける魔法が…」

「オレは水を出せます」


「…」

「私の魔法が魔物に火を点けれるかが…」

「いや、オレの魔法なら魔物を水浸しにして…」

「…」


ギルバートの冷ややかな視線に、魔術師達も次第に口籠っていく。


「それで?

 火が点いたり水浸しになって、魔物は倒せるのかい?」

「それは…」

「もしかしたら何某かの手助けには…」

「…なるのかい?」


魔物を倒せるかに言及されては、魔術師達は黙るしかない。

その手段が無いから選ばれなかったのだから。


「悪いけど遊びに行くわけじゃないから

 魔物を倒せる攻撃魔法が使えない以上、危険だから連れて行けないよ」

「しかし、我々も遊びではないんです」

「そうですよ

 真剣に魔物に使えるか調べたいんです」

「それなら、なおさら連れて行けないよ

 君達を守る為に、兵士を危険に晒すわけにはいかないからね」


ギルバートはそう言うと、魔術師達に帰る様に促した。

魔術師達はなかなか納得しなかったが、最終的には兵士は守らないし、最悪の事態になれば魔物の囮になると言われれば退くしか無かった。

実際に着いて来られたら、碌に役に立たない魔術師では囮役にしかならないからだ。


「ふう

 これがアーネストが疲れていた理由か」

「分かったかい?」

「ああ

 ああまで愚かだとは思わなかったよ」


「あれでも、生活魔法の研究には役立っているんだよ

 魔石を使った道具の開発も携わわっているしね」

「そうなのかい?」

「ああ

 だが…優秀な分、他では無知で困るんだ

 魔物がどんなに危険か…理解出来ないわけでは無いんだろうけど」

「困ったもんだな」

「ああ」


余計に集まっていた魔術師達を追い返した後、アーネストは魔術師達の部隊を分け始めた。

ミリアルドの部隊には攻撃的な魔法を得意とする者を集める。

逆にミスティの方には拘束や補助の魔法が得意な者を組ませた。

そして自分の部隊には、あまり威力が無い者や訓練中の技量が未熟な者を主に集めた。


「これは何か意図が有るのかい?」

「ああ

 それぞれの役割分担を明確にして、実戦で役立つ為の訓練だからね

 明日は半々でも試してみるつもりだよ」

「なるほど

 先ずはどう運用するか試したいんだな」

「そういう事」


二人は魔術師達を集めると、部隊毎に並ばせてから説明を始めた。


「えー…

 今日から3日間、魔物との戦闘に参加してもらう」


「これは魔物の侵攻に備えて、魔術師として魔物との戦闘を行うに当たって、如何に有効的に魔法を使うか学んでもらう為の訓練だ」


「この訓練で、諸君らには魔物との戦闘に有効な戦術を身に着けてもらおうと思う」

「はい」


ここで黙っていた魔術師達の中から、一人が挙手して質問をしてきた。

それは20代の女性の魔術師で、補助魔法の集団の先頭に立っていた。

恐らくは、彼女がミスティという女性だろう。

アーネストの話では、慎重で落ち着いた女性という話だったが、ここで率先して質問してきた理由が気になった。


「なんだい?」

「はい

 質問がございます」

「うん

 構わないから言ってみてくれ」

「はい」


「魔物との戦闘に慣れるという事でしたが

 先ずは、私達も戦場に出て戦うのでしょうか?」

「あ…」


なるほど

これからの魔物との戦いについて確認しているのか


ギルバートはミスティが思ったよりも優秀で、頭の回転が早いと思った。


「そうだね

 直接は戦場に出る者は少ないだろう

 ほとんどが城門から魔法を発動する事となる」

「分かりました」


「そうなると

 今日からの訓練でも、多少は離れた場所からの魔法の行使が目的と考えてよろしいですか?」

「そうだね

 その際には、近くに護衛の兵士も控えるから

 安心して戦場へ向けて魔法を使ってくれ」

「はい

 それを聞けまして安心しました」


うん

アーネストからも説明の予定があったが、ここで彼女が聞いてくれたのは良い

結果として全体に訓練の主旨が伝わったと思う


「他には質問があるかい?」


「そうですね

 私とミリアルドが分けられたのは、単に攻撃と補助の違いでしょうか?」


「そうだなあ

 二人がリーダーになって、色々と戦術を組んでもらうのもある」

「はい」


「それとは別に

 明日は2部隊を混ぜて組んでみようとも思っている」

「それは…どういった意図でしょうか?」


ミスティは用途別に部隊を分けたのは理解出来た。

しかし、明日の混成部隊に関しては、どの様な目的か怪しんでいた。

下手に組み合わせを変えるよりは、同じ部隊で訓練をした方が効率は良さそうだったからだ。


「一つは今後の為だ」

「今後の…ですか?」


「ああ

 魔物を無事に退けた後、その後も魔物を狩る必要があるだろう

 その時の為の訓練でもあるんだ」

「魔物の侵攻の後…

 そこまで考えられて」


ミスティは納得できたのか、ふむふむと頷いていた。


「それに、城門では一度に立てる人数も限られる

 2部隊で交代制になるだろうから、その組み合わせを考える上でもこの3日の訓練は重要だ

 2人でどの様な組み合わせが良いか相談して決めてくれ」

「はい」

「任せてくれ」


ギルバートの言葉に、ミスティとミリアルドは元気良く返事をした。


「他にはあるかな?」

「他ですか」

「ああ

 君の質問で、あらかたの説明が省けたから

 他に確認しておく事はあるかな?」

「はあ

 そうですね」


「アーネストさんの部隊はどうするんです?」

「いつも通りで良いよ

 私は予備部隊として訓練をするつもりだ

 彼等はまだ、強力な魔法を行使できないからね

 この訓練で実地に励んでもらうつもりだよ」

「そう…」


アーネストの部隊の魔術師達に、ミスティは意味ありげな視線を向ける。


「ひ、ひぃっ」

「あわわわ」


その視線に、数人の魔術師が怯んでしまった。

彼等は頑張っているつもりではあるが、ミスティから見ればまだまだだ。

だから普段から冷たく扱われ、一部の魔術師達からは恐れられていた。


「なら、あなた達はアーネストに迷惑を掛けない様にしないと…ね

 でないとどうなるか…」

「ひい」


ミスティは優しく微笑んでいるだけだが、彼等からは恐ろしい笑みに見えているらしい。

数人が怖がってフードを目深に被ってしまった。


「あー…

 そういう事だ

 君達は頑張って…?

 実戦で活躍出来る様に魔法を磨いてくれ」

「はい」

「頑張ります」


魔術師達は力なく返答し、チラチラとミスティの方を見ていた。


行軍の準備が出来て、兵士達と魔術師達は顔合わせをした。

被部隊で別れて集まり、それぞれの得意分野や魔法の効果範囲、何が出来るか等を話し合う。

そうしてどの様な編成をするかを決めて、部隊の行動指針を決めるのだ。

誰が前に出て、誰が魔術師を護衛するか。

そして、魔術師もどの様な行動を求められるかを説明された。


これに関しては、ミスティの方では順調に行われていた。

元々後衛で補助や拘束を目的にしているのだ、それを行う手順や合図の説明だけで済まされた。

それはこの部隊の魔術師達が落ち着いた者が多いのも理由だったかも知れない。

それに対して、将軍の部隊では説明が手間取っていた。


「だから、オレ様が前に出て魔法をぶつければ…」

「だからそれは駄目だって

 外したらどうするんだ」

「オレ様が外すわけがねえだろ」

「そうだ

 オレ達は攻撃魔法を外さねえんだ」


ミリアルドを始めとして、数人の魔術師が先頭に出ると言って聞かなかった。

どうやら自分達の魔法で魔物を倒せるつもりの様だった。


「やれやれ

 どこからその自信が出るのやら」

「はあ」

「オレ達が全員ってわけじゃあ無いんですぜ

 そりゃあミリアルド達は強いんですがね」

「普段から酒場で暴れてるし」


「そんな奴等が、どうして今まで大人しくしてたんだ?

 前の魔物の襲撃でも、そんな奴は居なかったぞ」

「ええ

 普段は行動に問題があるんで、ギルド長に止められています」

「それに…

 あいつの母ちゃんが怖いから

 勝手な事したら怒られるんだ」

「あ!こら!」


ミリアルドは魔術師達が奥さんの事をバラしたのを聞いて、慌てて振り返る。


「ふうん

 そうか、あまり言う事を聞かないと、奥さんに言えば良いんだな」

「で、殿下

 それはそのお…」

「くっくっくっくっ」

「ぷふっ」

「くそお、お前等!」


ミリアルドは歯軋りをして、余計な事を言った魔術師達を睨んだ。

しかし、睨まれた魔術師達はそっぽを向いて口笛を吹く。

この辺りに人望がどうなのかが見え隠れしている。

力で従っているが、決して盲従しているわけではないのだ。

その辺は魔術師らしいと言えるだろう。


「お前らの言い分は分かった

 状況次第では、前に出てもらう事もあるだろう」

「おお」

「ありがてえ」


将軍がこれ以上は話し合いは難しいと判断し、折衷案を提示する。


「しかし、魔物はお前らが思っているより危険な存在だ

 なるべく後方で控えて、どの様な物かよく見聞する様に」

「なるほど

 オレ等が戦うに値するか、よく見ておけという事ですな」

「そういう事なら、大人しく従いますよ」


ようやく大人しく話を聞く気になったのを見て、将軍は溜息を吐いた。

魔術師は変わり者が多くて、研究馬鹿で言う事を聞かない者が多いと聞いていたが、これほどとはと驚いていた。

これならば、まだアーネストの方が素直だろう。

将軍が頭を抱えて溜息を吐くのを見て、隣に控えていたエリック部隊長が笑いを堪えている。

それを横目で確認しながら、将軍は兵士達に出撃の準備を掛からせた。


「それでは、1時間後の8時をもって、北門から出撃する

 各自準備を整えて、城門の前に集合する事」

『はい』

「了解しました」


兵士は装備やポーション等を取りに向かい、魔術師達も準備に掛かった。

ギルドからマジックポーションを持った魔術師も到着し、ポーションを配り始めた。


「やれやれ

 これでやっと狩に出れる」

「だからと言って、勝手な行動は控えてくださいね

 魔術師達の手前もありますし」

「ああ

 分かっていますよ

 今日、明日は、魔術師達の使い方を考える訓練です

 オレ達は護衛を徹しますよ」


将軍は準備を部下達に任せて、ゆっくりと城門前で待っていた。

今日の行軍ではオーガが主目的であるが、アーマード・ボアなら兎も角ワイルド・ベアが出て来ては将軍でも厳しいだろう。

ギルバートやフランドールの様に素早く動けないだろうし、アーネストの様な強力な遠距離での攻撃手段も無い。

出来るのはゆっくりと敵に近付き、強力なスキルで叩き潰す事だ。


「ワイルド・ベアが出るまでの辛抱ですよ

 奴等を相手に出来るのは、私達だけですからね」

「ああ

 分かってますよ

 それまでは大人しく英気を養っておきますよ」


本当は戦場で暴れ回っていたいのだが、部下を沢山持つという事は戦術も広がるが、我慢も多く必要になるのだ。

そうしなければ多くの部下が危険に晒されるし、死ななくて良かった者まで死んでしまう。

それを経験して知ったから、将軍は前以上に慎重になった。


「しかし、魔術師でも色々居るんですな

 あんな好戦的な奴等が居るとは」

「そうですね

 身体強化で突っ込みそうな奴も居ましたね」

「それは…勘弁して欲しいですな

 部下が足並みを乱されて困ります」


ミリアルドの取り巻きの数人が、棍棒の様な杖を身に着けていた。

魔法を上手く発動させる為の魔法発動体である筈の杖が、魔物を殴り殺せそうな棍棒にもなっているのだ。

それを身体強化で振り回して、魔物を殴り殺そうと言うのだ。


「彼等が大人しく後方に控えて居てくれれば良いんですが

 そうは行きませんでしょう」

「むう

 それは困りますな」


「なるべく後方に居させますが、発散もさせないと」

「そうですな

 オーガは危険ですが、コボルトぐらいなら」

「ええ

 それで大人しくなるなら、それも良いでしょう」


二人が談笑しつつ、今後の戦闘の予定を話している間に、兵士達は着々と準備を整えていった。

間もなく8時の時報の鐘が鳴る。

兵士達は出撃の準備を終えた者から、城門に向かって集まっていった。

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