第95話
魔術師ギルドで会談という名の質問攻めにあった後、アーネストは疲れ果てて邸宅へと向かった
ギルバート達に結果を報告する為だ
あまり気が進まないまま、二人が食事をしている食堂へと通された
食堂ではギルバートがフランドールと会談していた
食事はほとんど終わっており、幸いにもジェニファーや娘達は引き上げていた
会談の内容は本日狩ったアーマード・ボアの事で、食材としての可能性を談義していた
「アレの装甲は固いのですが、中の肉は柔らくて極上です
魔力が通っているからか、並みのワイルド・ボアよりは旨いですね」
「なるほど
そうなると、その肉は陛下への献上品にしてもよろしいでしょうな」
「献上品ですか?
そうなると輸送の手段が問題になりそうですね
まさか干し肉にして献上するわけにもいきませんし…」
「うーん
そうだなあ
魔法で凍らせるのはどうでしょう?
寒い地域では凍らせて鮮度を保つ方法があると聞きました
それを真似して凍らせて運ぶんです」
「なるほど
凍らせて運ぶか…」
しかしそこで、別の問題がある事に気が付く。
「あ!
でも、それには魔術師が付き添う必要がありますね」
「ん?
そうか…
一度凍らせても、王都まではもたないか」
「そうですね
氷の魔法を習得した魔術師が必要になります」
「そうなると、どの道魔物の侵攻が終わるまでは送れないか」
「ええ
侵攻終わるまではもちませんから、終わった後にまた狩らないといけませんね」
「そうだなあ
だが、そうそう上手く狩れるかな?」
「うーん
難しいですね
上手く出てくれれば良いんですが」
そんな話をしていると、アーネストが到着した。
「お!
お疲れさま」
「どうでしたか?」
「いやあ、疲れたよ」
アーネストは食卓に着くと、疲れたのか突っ伏した。
それを見て二人は顔を見合わす。
「どう思います?」
「そうとう話か拗れたのかな?」
二人は魔術師達が出陣になかなか応じなかったと思い、心配をし始めた。
「もしかして、魔術師達は狩に出るのを嫌がっているのかい?」
「それだと部隊の編成を考え直さないと」
「いや
それはなかった」
「ん?」
アーネストはもそもそと置き直すと、不満そうに呟く。
「寧ろ率先して出たがっていたよ」
「え?」
「それじゃあ…」
「問題は戦闘に参加したいんじゃなくて、魔法を試したいんだ」
「え?」
「どういう事だい?」
そうこう話していると、調理された料理が運ばれて来る。
メインはアーマード・ボアのステーキで、野菜は取れたての夏野菜が蒸されて添えられていた。
旨そうな料理を前に、渋面だったアーネストの顔も綻ぶ。
「ああ
今日はアーマード・ボアが狩れたんだ」
「それで早速調理させてみたんだ
温かい内に試してみてくれ」
「へえ
それじゃあ早速」
アーネストはナイフとフォークを手に取ると、早速ステーキを切り始める。
両面はしっかりと焼かれており、切り口からは熱々の肉汁が溢れた。
「ん!
はふはふ
旨い!」
香辛料は高級な為に、この街では領主でもそんなに多用は出来なかった。
それでも熱々の肉汁に岩塩と胡椒が絡み、そこに振られたハーブが効いてて食欲を増してくる。
口の中で肉厚の切れ端は柔らかく噛み切れ、そこから甘みを伴った肉の旨味が口中に広がって行く。
「これは旨い
ワイルド・ボアなんて目じゃないな」
「ああ
ワイルド・ボアよりも肉がしっかりしているのに、そのくせ柔らかくて旨いんだ」
「どうやら魔力を多く持った魔物の方が、旨味は増すみたいだね」
「ええ
文献にもそう記されていました
んー、旨い」
肉は厚めの物を用意してあり、300gをゆうに超える大きな切り身だった。
それでもよほど美味しかったのか、アーネストはあっという間に食べ終わってしまった。
「これは贅沢だな
幾らでも食べられそうだ」
「ああ
私もフランドール殿も、2枚も食べてしまったよ」
「え?
良いなあ…」
「安心しろ
既に2枚目も焼いてもらっている」
「ああ…」
アーネストが野菜を肉汁のソースで食べていると、2枚目が運ばれて来た。
「うう…
旨い!」
「良かった」
「上手く狩れて良かったよ」
「しかし、食べ終わってなんだが…
献上しなくて大丈夫なのか?」
「ん?
国王への献上か?」
「ああ
こんなに食べたら、残りは少ないだろう」
「それなんだがな」
「献上は侵攻が終わった後で用意しようと思うんだ」
「それは?」
ギルバートとフランドールは、先ほど話していた事を再び話した。
氷の魔法を使える魔術師を用意して、取れたてを凍らせて運ぶという話だ。
「なるほどねえ
凍らせて運ぶか」
「ああ
珍しい魚等も凍らせて運ぶと聞く」
「変に干し肉にしてしまうよりも、鮮度を保って運んだ方が喜ばれるだろう」
「そうだなあ
だが、そんなに上手く行くのか?」
「そこはやってみないと」
「それに魔物が攻めて来るのに、暢気に献上品を運んでなどいられないだろう
王都へはその旨を伝書で伝えるつもりだ」
「うーん
そうなると、是非とも侵攻を無事に退けないとな」
「ああ」
「そこで…
魔術師達の事なんだが」
「あ…」
ここでアーネストは、再び複雑な表情を浮かべる。
ありのままに報告した方が良いだろうが、それでも色々揉めそうだ。
「ええっと
魔術師なんだけど、自分達の魔法を色々試したいんだそうだ」
「うん」
「それで?」
「攻撃だけなら助かるんだが…」
「まさか!」
「え?」
「そう
他の魔法も試したがっている」
「ああ…」
「え?」
ギルバートは多少はギルドに顔を出していたので、魔術師達の言いそうな事が想像できた。
しかし、フランドールは魔術師というものをよく分かっていなかった。
「恐らくは、生活魔法や効果が怪しい魔法を試したいんだろう」
「その通り」
「え?」
「連れて行きたいのは攻撃魔法が優秀な魔術師達だが、性格には問題がありそうだ」
「そうだな
オーガを前にして、焚き火用の火付け魔法とか使われてもな…」
「それ…
本気なのかい?」
「魔術師ってのは研究馬鹿なんで
知識を得る為なら、魔物の前でも何をしでかすか分かりません」
「それは…困る」
「ええ
だから問題なんです」
三人は黙り込み、暫し考え込んでしまった。
「しかし、てっきりオーガを怖がって来ないのかと思ったけど
それよりも魔法を試す方が大事なのか」
「そうなんだよ
まさかあそこまでとは…」
「それで、オーガに向けて魔法を放つのは大丈夫なのかい?」
「うーん
まだ分かりませんが、恐らく恐怖よりも探求心が勝れば、平気なんじゃないですか」
「そんなものなのかい?」
「ええ
彼等なら有り得ます」
フランドールは二人から聞いた話で、改めて魔術師達の認識を変える事にした。
魔術の研究の為なら、オーガの前で横になるぐらいでもしそうだ。
いや、下手をしたらオーガの攻撃の前に嬉々として飛び出しそうだ。
「うーん
これは逆に、危険じゃないかい?」
「そうですね
ですが、オーガとの戦闘に慣れる為にも、狩には連れ出さないと」
「あー…
それもあるのか」
今度はフランドールが悩み、頭を抱えてしまった。
「厄介だが、一度は連れ出してみないと」
「うーん…」
「それで
具体的には何人ぐらい来てくれるんだい?」
「え?
ああ、人数は43人
一応ギルド長から認められた者だけになるな」
「それは、全員が攻撃魔法が使えるって事かい?」
「そうですね
それと馬鹿をしないように、なるべくまともな方の魔術師達です」
「まともな方…」
「ええ」
「どこまで信用できるかは…」
「うわあ」
「大丈夫なのか?」
「ええ
一応私も着いて行きますし、居ない方にはお目付け役が行きます」
「それは信用出来る人物なのかい?」
「え?
…多分」
「う…」
これ以上あれこれ言っても無駄なので、取り敢えずは編成を組んでみる。
アーネストが一番多い15人を率い、残りの13人ずつをお目付け役が見張る。
その二人はミリアルドとラスティといい、そこそこ魔法が使える魔術師であった。
ミリアルドはギルドでオレ様と言っていた人物で、炎の攻撃魔法が得意であった。
ラスティは女性の魔術師で、風の攻撃魔法を得意とていた。
「人柄はラスティが慎重派で、ミリアルドは攻撃的です
どちらをフランドール殿に着けますか?」
「そうだなあ
ラスティをフランドール殿に任せて、ミリアルドは私が見張ろう」
「それでよろしいですか?」
「うん
少し心配だけど、それでお願いするよ」
こうして人員を振り分けて、早速明日の朝から連れて行く事となった。
その上で、アーネストはもう一つの注意事項を伝える。
「それで、明日の狩なんですが
ギルドからも幾らかマジックポーションは持ち出します」
「ん?
何でマジックポーションが必要なんだい?」
「ああ…やはり…」
アーネストのマジックポーションの発言に、フランドールは怪訝そうに尋ねる。
「魔術師達は魔力が切れたら只の人です」
「え?」
「つまり、魔力切れをしたら役に立たない…
いや、足手纏いの恰好の的ですね」
「え?
まさか…」
「そのまさかです」
「しっかりと自分の魔力を把握して行動してくれれば良いんですが
恐らく好き勝手に魔法を放って、魔力切れを起こして倒れるでしょう」
「それは…」
「そうならない為に、マジックポーションが必要です
魔力切れをさせない様に使わせてください」
「ああ
なんて面倒臭いんだ」
フランドールは思った以上に使え無さそうな魔術師達悲嘆して、再び頭を抱える。
それを横目に、二人は苦笑いを浮かべた。
「まあまあ
そこさえ目を瞑れば、彼等は強力な攻撃魔法を覚えて戦ってくれます」
「そうですよ
上手く使えば強力な攻撃手段になります」
ギルバートとアーネストは魔術師達のフォローをする。
確かに、遠距離から攻撃魔法で牽制も出来るし、拘束や睡眠等の魔法でサポートも出来る。
要は使い方次第なのだ。
話し合いはこれで終わったが、フランドールはアーネストが疲れていた理由が分かった様な気がした。
確かに、こんな面倒な話を抱えれば、気分的にも疲れ果てるだろう。
アーマード・ボアの肉が効いたのか、今は元気になっているが、フランドールはアーネストに同情をしていた。
そして、明日は自分がそうなるかも知れないと思い、憂鬱な気分になった。
フランドールはメイドに頼んで、強めの葡萄酒を用意してもらった。
「明日の事を考えると、飲まないとやれないよ」
溜息を吐きながら、3年物の葡萄酒を呷る。
「フランドール殿
あまり飲み過ぎないでくださいね
余計に頭痛で苦しみますよ」
「う…」
フランドールに忠告しつつ、ギルバートも一杯だけ付き合う。
アーネストもグラスに半分ほどもらい、軽く呷った。
「大人が酒に逃げたくなる気持ちが…
少しだけ分かった」
「おいおい
これぐらいの事で」
「そうですか?」
「うーむ
言いたい事は解るが、実際はもっと嫌な事が沢山あるぞ」
「うへえ
大人になりたくねえ」
「はははは」
フランドールにからかわれて、アーネストは渋面を作った。
ギルバートはそんな二人を眺めつつ、確かに大人は大変だと思っていた。
それは父であるアルベルトを思い出したからであり、父の仕事を見ていたからだ。
今は三人で役割分担を出来ているが、いずれはフランドールが一人で切り盛りしなくてはならない。
それは従者達がサポート出来る様になっても同じだ。
大事な事は、最終的には全て領主が決めて、それの責任も負わないといけない。
アルベルトも、よく酒を飲んでは仕事の愚痴をジェニファーに溢していた。
ジェニファーはそれを、事情は理解出来なくても優しく微笑んで聞いていた。
そういう意味では、フランドール殿も早く、そういった相手を見付けなくてはならないんだろな
フィオーナとの婚約話も出ていたが、あれはあくまで領主を継ぐための事だ
こうして正式に代行となったからには、フィオーナ以外の婚約者でも問題無いだろう
それに…フィオーナではまだ子供過ぎて、フランドール殿のお相手は無理だろう
ギルバートはそう考えながら、侵攻を無事に退けたら、改めてフランドールに話してみようと思った。
自分は王都へ行かないといけないし、ここはフランドールが治める事になるのだ。
国王と面会した後にでも、その話をしてみるのも良いだろう。
この街を安定して治めてもらう為にも、やれる事はしなくてはと思っていた。
だが…全ては魔物の侵攻を退けてからだ
先ずは、明日の狩で成果を挙げなくては
ギルバートはグラスの葡萄酒を呷り、決意を改にしていた。




