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聖王伝  作者: 竜人
第四章 新たなる脅威
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第94話

ギルバートが帰還した時、街では小さな混乱が起きていた

事情を聞くとオーガが森では無く平原にまで現れたと知った

実際には、森に出たオーガが平原までコボルトを追って来たわけだが、結果は一緒だった

森に比べれば安全な筈だった平原が、昨日より危険な場所になったのだ

ギルバートはフランドールが帰還するのを待ってから、事後の相談をしようと思った

フランドールの部隊にはアーネストも魔法の運用試験の為に同乗している

明日からの狩場の相談や部隊編成をするにしても、アーネストの意見も必要だろう

彼の方が魔物には詳しいのだ


フランドール達は夕刻前、4時を過ぎてから帰還した。

成果としてはギルバート達と大きく変わらず、オーガが数匹とワイルド・ボアを数匹狩っていた。

違う点はアーマード・ボアが1匹狩れた事と、幾つかの魔物が魔法の炎で損傷していた事だ。


「いやあ

 炎の魔法は加減が難しい

 失敗して素材が駄目になってしまった」

「そうだね

 威力が高くて討伐が早くなる代わりに、魔物の損傷が激しい

 その辺は今後の課題だね」

「そうですね

 素材を損傷しない為には、マジックアローや拘束の魔法の方が良いのかな?」


アーネストはフランドールと魔法の運用について話しており、二人はまだ街の異変には気が付いていなかった。


「ん?

 どうしたんだい?」


ギルバートが将軍と待ち構えて居るのを見付けて、二人はようやく周りの様子に気が付く。

数人の兵士が忙しく動き回り、物資を南の城門へ向けて運んでいた。


「二人を待っていたんだ」

「え?

 どうしたんだい?」

「まさか魔物の侵攻が早まったのかい?」


二人はギルバートの様子に驚き、勘違いをしてしまった。


「予定なら後4日はある筈なのに

 そんなに侵攻が早いのか」

「弱ったな

 まだまだ兵士の技量は未熟なのに…」

「いや、そうじゃないんだ

 そうじゃないんだけど…別の件で問題が」

「問題?」


「そう、問題だ

 南の平原にオーガが出た」

「なんだって!」

「で、被害は?」

「被害は無かった

 オーガは1匹だったし、コボルトを追っていたからそこに奇襲を掛けたらしい」

「そうか…

 良かった」


二人はオーガ出現に驚いたが、被害が無くて良かったと安堵した。

しかし問題はそこでは無かった。


「オーガはエドワード元隊長が退治してくれた

 さすがは元警備隊長だ」

「うむ

 彼が負傷していなければ、本当に隊長として召喚しているのにな

 それでもオーガなら狩れる技量はあるんだ、兵士には見習わせたいよ」


将軍はエドワードを褒めつつも、兵士達に鋭い視線を送った。

兵士達はそれに気まずさを感じて、俯いてしまう。

ベテランの腕利きの隊長と比べるのは酷だが、負傷している隊長でも討伐出来るのだ。

五体満足で元気な兵士には、それぐらいの結果を望むのは仕方が無かっただろう。


「そうか…

 さすがは噂に聞いた隊長さんだ、その腕前を存分に示したんだな」


フランドールもその報告を聞いて、エドワード元隊長の評価を改めて高くした。

しかしアーネストは違っていた。


エドワードが倒したという事は、兵士達ではどうしようも無かったのではないか?

寧ろこれからの討伐で影響が出ないだろうか?


アーネストはそんな不安を感じていた。

古傷で思う様に動けない隊長でも、オーガは倒せるとなれば奮起をするだろう。

しかし、逆に隊長の技量との差を感じては、自分達では討伐は無理ではと尻込みしないだろうか。

それか結果として討伐に影響し、失敗したら更に自信を無くしてしまう。


「それで

 ここで待っていたとなると、明日からの狩場の相談かい?」

「ああ」

「それと兵士の振り分けもだな」


「狩場としては、隊長からは東の森に出てみたいと相談されている」

「東へ?

 あそこは今は、魔物が少ないんじゃないかい?」


「そうだな

 昨日まではオークぐらいしか居なかった」

「そうか

 オーガが森から出て来たとなれば、東の森にも来ている可能性があるのか」

「オーガが?」

「ええ

 恐らくは北から南下して来ているんでしょう

 ですから東に出て、オークとオーガを狩りたいと」


隊長の言い分は分かる。

兵士の技量を上げる為にも、今の平原よりは東の森の方が魔物が都合が良いだろう。

既にコボルトでも倒せる様にはなっている。

このままオークを倒せる様になれば良いのだが…。


「しかし危険ではないかい?」

「そうだねえ

 オーガがどれくらい移動して来ているのか

 それが多いなら危険だろう」


フランドールもアーネストも、オーガが多く来ていては兵士が危険だと判断した。

それはギルバート達も同じだった。

それでも兵士の技量を上げる為には、多少の危険も冒すしか無いのだ。


「お二人の言葉ももっともだ

 しかし、今技量を上げる為には、危険を冒してでもやるしか無いのでは?」

「それに、そこも含めて兵士の編成を考えたいのです」


「なるほど…

 今の編成では危険だが、オーガに対抗できる手段があれば…」

「その為の編成の変更ですか?」

「ああ」


「オーガを討伐出来そうな騎兵達を数人

 歩兵部隊の護衛に回せないかと」

「うーん

 それは良い考えだと思いますが

 そうなれば北に向かう部隊の人数が減りますね」

「そうです

 そこが問題になります」


3人はそこで考え込んでしまった。

今の人数はオーガ相手では過剰になる。

しかしワイルド・ベアが出たら危険になってしまう。

出来れば北に人数を回して、少しでもワイルド・ベアの討伐に慣らしておきたい。

そこでアーネストが口を開いた。


「あのお

 これは提案なんですが」

「何だ?」

「何か良い策があるのか?」


「ええっと

 策と言うか…」


アーネストは少し悩んだが、思い切って提案してみた。


「素材の状態が多少悪くなるかも知れませんが

 どうでしょう?

 魔術師部隊を作ってみては?」

「魔術師?」

「魔術師達を戦場に立たせてみるのか?」

「ええ

 魔術師達を部隊として編成し、東の森のオーガ対策にするんです」


アーネストの考えはこうだ。

まだ人数こそ少ないが、そこそこ攻撃用の魔法を使える者が出て来ている。

彼等を同行させて、魔物との戦闘に慣れさせるのだ。

上手く魔法で倒せる様になれば、城壁からの攻撃でも役に立てる様になる。

いや、寧ろ城壁から攻撃魔法を運用させる為にも、今から慣れておく必要があるのだ。


「うーむ

 しかしそうなると、体力の無い魔術師達を同行させる為に、行軍速度は遅くなるだろうな」

「それに

 魔力が切れたら只の人

 その辺も考えないといけませんね」

「ええ

 ですから、効率的な魔力運用や魔法の発動練習も兼ねて、同行させてみてはどうかと

 まあ、初日は大変でしょうが…」


「なるほどな

 だが慣れれば、残りの魔力も考えて行動出来るな」

「それに、魔物に臆する事無く魔法を使える様に、魔物に対峙した時の練習も出来る」


ギルバートと将軍は納得したが、フランドールは懐疑的だった。

確かに、アーネスト程の魔力があれば、オーガ相手でも十分に太刀打ち出来るだろう。

実際に今日、アーネストはオーガに臆する事無く魔法をぶっ放していた。

それが出来れば、魔術師達はかなり頼れる存在になるだろう。


「だがしかし、本当に大丈夫だろうか?」

「と言うと?」

「実際に魔術師達がオーガを目の前にしたら…

 驚いて腰を抜かさないかい?」

「あ…」

「それは…」

「そこが問題なんですよね」


そこで4人は再び黙り込む。

正直なところ、屈強な戦士である兵士達でも、あの大きなオーガの前では尻込みしてしまう。

普段は街の中に居て、安全な場所でのんびり魔法の研究をしている魔術師達が、実際の戦場で役に立つのだろうか?

こればかりは、実際に連れて行って試すしか無いだろう。

私は大丈夫だと言う者でも、腰を抜かして逃げ出すかも知れない。


「これからギルドに出向いて、有志を募ってみます

 何人集まるか分かりませんが、集めれる様なら東の森に向かいましょう」


「そうだな

 先ずは何人が来れるか」

「度胸がある魔術師なんて…何人居るのやら」


結局、部隊編成はそのままにして、明日の魔術師達の集まり次第で歩兵達が東の森に出るかを決める事になった。

そこでアーネストは、早速ギルドに顔を出す事にした。


「では、行ってきますが期待はしないでください

 報告は夜の食事時にでもしますね」


アーネストはそう言って、いそいそとギルドへ向かって行った。


魔術師ギルドに到着すると、中には多くの魔術師達が居た。

普段はそんなに居ない筈なのに、今日はほとんどの魔術師達が集まっていた。

その人数は総勢で76名も集まって居た。


「あれ?

 何でこんなに居るんだ?」


「おう、アーネスト坊

 待っていたぞ」


ギルド長はニコニコと笑顔でアーネストに近付くと、早速今日の狩の事を聞き始めた。


「どうだったい?

 狩は上手く行ったのかい?」

「え?

 ええ…まあ」

「ん?

 どうしたんだ、浮かない顔して」


「狩自体は上手く行きました

 ただ、素材が幾らか燃えてしまって」

「ああ、なるほど

 炎の魔法は使えねえか」

「ええ」


「そうなると…

 お前さんが最近調べた、雷の魔法も不味いかな?」

「そうですね

 気を付けないと同じ様に燃やしてしまいますね」

「ふうん

 そうなるとマジックアローが一番良いのかい?」

「ええ

 後は拘束系や睡眠や混乱の雲ですね」

「そうか…

 そっちはまだ、使える奴は少ないな」


ギルド長はそう言うと、集まっている魔術師達を順番に見る。

そうしながら手元の羊皮紙に何やらメモ書きを取り、熱心に頷く。


「何をしてるんです?」

「ん?

 ああ、使える奴と魔法の種類を記録していてな

 また魔物が来るらしいじゃないか

 その時にどいつがどこに立つか決めとかねえとな」


ギルド長はそう言いながらもメモを取り、次にカウンターの上の地図とにらめっこを始めた。

地図には既に数名の名前が記されており、そこへ新たな候補を書き加えてゆく。


「あのお…

 今日はどういった集まりなんですか?」

「ん?

 ああ

 こいつ等も魔物の事が気になっていてな

 それを報告して欲しいんだ」

「報告ですか?」

「ああ

 どの魔物にどの魔法が有効か

 それと使っちゃならねえ魔法があるかだな」

「はあ…」


「これとこいつ…

 よし、これで良いだろう

 ではこっちへ来てくれ」


ギルド長はアーネストの裾を掴み、ギルド長が演説する為の演台に引っ張る。

そしてそこに立たせると、背中をバシバシと叩いた。

ギルド長は老齢だが背はしゃんと伸びている。

しかし身長が低いので、150㎝ぐらいしか無いアーネストよりも低かった。

だからこそ演台が必要だったのだ。


アーネストはここで報告しろと言う事だと判断して、みなの前で話し始めた。


「えー…

 それでは報告させてもらいますね」


それから1時間ほど、アーネストは報告と言う質問攻めにあってしまった。

最初は大人しく聞いていたものの、さすがは研究馬鹿が集まるギルド。

一通りの結果を聞いた後は、各自の魔法の持論や効果を挙げて、それが有効か質問された。

実戦に有効な魔法なら兎も角、中には戦闘に関係無さそうな魔法まで上がっていた。

一々真面目に答える必要は無かったが、ここは研究馬鹿の集まる場所。

答えなければ後々しつこく付き纏われる。

しまいには、アーネストは苛立ちを爆発させてしまった。


「ですから、この洗濯用の洗浄魔法がどの様に作用するのか…」

「ああ!

 いい加減にしろ

 そんなに知りたきゃ一緒に戦場に出ろ!

 そこで試せば良いだろう」

「え?」

『それだ!』


アーネストの一言に、ほとんどの魔術師達が沸き立つ。

そして次々と演台に詰め寄っては、ギルド長に許可を求め始めた。


「ギルド長、私を出させてください」

「いえ、私の方が役に立ちますぞ」

「いやいや、私の洗濯魔法の方が…」

『お前は引っ込んでろ!』


ギルド長は集まる魔術師達にもみくちゃにされ、一段落着く頃にはボロボロになっていた。

ようやく騒ぎを落ち着かせると、ギルド長はアーネストの方を向いた。


「それで…どうなんじゃ?

 殿下は許してくれるかのう」


アーネストは少し思案した。

確かに、最初は魔術師達に協力を得るつもりでギルドに顔を出した。

まあ、顔を出さずとも、この様子では遅かれ早かれ召喚されていただろうが。


だが、戦場で魔法を試したいと、戦場での戦いの協力要請では内容が違う。

このまま彼等を連れ出して、果たして無事に済むのだろうか?

いや、かなり不味い気さえしてくる。


「えー…

 ギルが、殿下が望んでいるのは攻撃魔法による支援で、それを使える者が必要なんだ

 だから攻撃魔法以外は駄目だよ」

「それなら、オレ様の得意の炎の魔法はどうだい」


「んー…炎か」

「しかし炎は駄目じゃろ

 素材が焼けてしまう」

「そこは調整して…

 駄目かい?」

「いや、素材に関しては出来れば欲しいけど、危険を避ける為なら止むを得ないだろう」

「よし!

 それならオレ様は行けるな」

「なら、私も雷の魔法が使えます」

「オレも眠りの雲を出せる」


そこから我も我もと一気に43名が立候補して来た。


「良いのかい?

 相手はオークやオーガ

 強力で危険な魔物だよ」

「やらいでか

 オレ達は街を守る為に魔法を研鑽している」

「それに、今度の侵攻に対する予行演習だよね?」

「だから実戦で魔法をばかすか撃たないと練習にならないや」

「おいおい

 撃ち過ぎて倒れるなよ」


攻撃魔法が使える魔術師達は、明日から魔物と戦えるとあって気合も十分だった。

思えば、今までは城壁の中から消極的に防衛の為にしか撃てなかった。

それが憎き魔物を相手に、思う存分魔法が使えるのだ。

中には日頃の夫婦生活や子供の反抗期のストレスを抱えた者も居たのだが、それでも乗り気だった。


ただ、生活魔法しか使えない者はしょげていた。

水を溜めたり、火を起こしたり、裏方で働くには十分だったが、戦場では活躍出来ないからだ。

いや、寧ろ危険な足手纏いにしかならないだろう。

老齢の魔術師がボソリと呟く。


「わしの…

 選択魔法は使えんかのう

 洗浄だけに戦場では役に…」

『お前は(あんたは)黙ってろ!』


魔物の群れが到着する予定まで、あと4日であった。

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