第93話
ワイルド・ベアとの遭遇から3日、ギルバートは将軍達と北の森を捜索していた
フランドールとアーネストも捜索には加わっていたが、別の部隊と一緒に行動していた
あれからワイルド・ベアには遭遇出来なかったが、代わりにオーガと何度か交戦で来ていた
その成果もあってか、兵士達は以前よりも士気が上がっていた
北の森ではオーガとの戦闘が行われていたが、南の平原は比較的平和で魔物も少なかった
兵士は毎日ゴブリンやワイルド・ボアを狩って過ごし、少しづつ戦闘に慣れてきていた
そうした事もあってか、緊張が続かず油断していた
今日もエドワード元隊長に指揮されて、多くの歩兵と弓兵が森に来ていた。
彼等は今日もゴブリンを狩っていて、些かその数にうんざりしていた。
「はあ
今日も小鬼と追いかけっこか」
「そう言うなよ
お前もうんざりしている様だが、みんな同じだ」
数人の兵士が倒したゴブリンの遺骸を処分しながら、溜息混じりに愚痴を溢していた。
そこへ別の部隊の兵士が駆け込んで来た。
「大変だ!
コボルトの群れとオーガが出たぞ」
「何だって!」
ここに来て、これまで出なかった大型の魔物が出現したのだ。
それも厄介なコボルトの群れと共に。
「エドワード隊長は何処へいらっしゃる?」
「隊長なら向こうの警戒に残っている
そっちの林の中で魔物の痕跡を探っている」
「分かった
至急相談して来る」
伝令の兵士が隊長代行を呼びに駆け出す中、残った兵士達は仲間の無事を祈った。
「隊長
エドワード隊長」
「む?
何だね、騒々しい
ここにはまだ魔物が潜んで居るかも…」
「それが緊急なんです」
兵士は息を吐きながら、事の経緯を伝える。
「向こうでオーガに追われたコボルトの群れが現れ、みんなは身を潜めていますが危険なんです」
「なんと!
遂にここまでオーガが出て来たのか」
今までは草原で見晴らしも良く、林や森の中に集落を築いた魔物を狩っていた。
見晴らしが良い分、危険な魔物が住み着く事も無く、安全に魔物との戦闘訓練が出来ていたのだ。
それがオーガとなると、まだ兵士達には荷が重かった。
「それで
兵士達はどうしている?」
「はい
向こうの森の外れから出て来たので、慌てて森の中に避難してます
ただ…オーガが暴れていて危険なんです」
「そうか…
下手に近付けば危険だが、森の中も危険だろう
どうしたものか…」
幸いにも森に逃げ込んだ為、兵士達は今のところ無事らしい。
しかし、いつ見つかるか分からない。
それに逃げ出したコボルトが森にも潜んで居るかも知れない。
「オーガだけなら、コボルトを蹴散らして食ったら、それで満足するだろう
しかし兵士達が見付かれば…」
「どうします?」
エドワードは兵士達を集めて、助けに向かう事を決断した。
「止むを得ん
この場は殿下に任されたみなの命が懸かっている
全員装備を点検して、救出に向かうぞ」
「は、はい」
「しかし、大丈夫なんでしょうか?」
「うーむ
分からん」
「ほとんどがゴブリンやワイルド・ボアぐらいしか相手にしていません」
「コボルトならなんとかなりそうですが…」
「オーガなんてとても」
「しかしな、仲間は見捨てれんだろう?」
「はい…」
エドワードは平原を移動しながら、兵士と相談を始めた。
本来は隠れて移動したいところだが、生憎と平原な為に遮蔽物が無い。
加えて早急に現地に着かなければ状況も分からない。
早足で移動しながら、兵士と弓兵に配置を指示する。
「先ずは私を先頭に、歩兵でオーガの注意を引く
弓兵はその間にオーガの眼や急所を狙うんだ」
「大丈夫でしょうか?」
「うむ
並みの矢なら効かんだろうが、今回は良い素材が手に入っているから、弓も矢も以前とは違う
それに眼や弱い部分を狙えば、少しは効くだろう」
これは賭けだったが、これで効果が無いなら、次の魔物の侵攻でも役には立たないだろう。
これは言わば前哨戦の様な物だった。
「兎に角、目や首筋、関節など効きそうな場所を狙って撃つんだ
それなら…
見えてきたぞ」
ウガアアア
ギャン
オーガは大木の様な腕を振るい、コボルトを殴り殺していた。
グルルル
グガアアア
一撃でコボルトの胴や頭が潰れて、その命が奪われて行く。
オーガは武器を持っていなかったが、その膂力は十分に危険なものだった。
しかしコボルトも負けられないと反撃し、粗末な剣や槍で向かって行く。
恐らく死んだ兵士の持ち物であったろう武器は、碌に手入れもされていない為あちこち痛んでいた。
それがオーガの一撃や、固い表皮に当たって壊れていく。
武器を失ったコボルトは、戦意を失って逃げ出すか、オーガの拳に打ち砕かれた。
「これは…酷いな」
「あのコボルトが一撃で…」
コボルトの群れは、最初は50匹以上居た様だ。
だが、その半数近くが死んでおり、死体はほとんどが原型を留めていなかった。
腕や脚など致命傷を避けれた者も、撃たれた衝撃で起き上がれていない様子だった。
まだ戦意は残っているものの、その攻撃は軽傷で、大きな傷は与えれていなかった。
「止むを得ん
このまま突っ込んで、オーガに少しでも手傷を与える」
「行くんですか?」
「ああ
あそこの開けた場所なら、コボルトを避けつつ攻撃出来るだろう」
エドワードは右のコボルトが少ない場所を指して示し、そこからオーガに攻撃する事を提案した。
しかし、コボルトはまだ20匹は残っており、それは危険な行為でもあった。
「乱戦になるかも知れんが、手傷を与えてオーガが退けば、なんとかなるかも知れん」
「分かりました」
「うう…怖えな」
「しかし、やるしかないだろ」
兵士達は恐怖で竦みそうな脚に力を込めて、歯を食いしばって戦場を見る。
「良いか
武器に魔力を込める事を忘れるな
そうすれば身体強化が加わってなんとかなる…筈だ」
普段は優しい言葉遣いのエドワードだが、今回は危険を孕んでいる事を重々承知しているので、厳しい言葉遣いで兵士を激励する。
「それでは行くぞ」
『はい』
「掛かれー!」
『おう!』
「うわああ」
「喰らえええ」
ギャウ?
グガアア…ア?
不意に聞こえた鬨の声に、魔物達は思わず振り向く。
そして、兵士達は剣を構えてオーガに向かって行く。
「うおおおりゃあ」
ガキーン!
最初の兵士がオーガの脚に切り付けるが、魔力が十分に通っていなくて阻まれる。
「魔力を込めるんだ
せりゃああ」
ザシュッ!
グオオオオ
エドワードが声を掛けつつ、魔力を込めた剣で切りつける。
それは十分な威力を持って、オーガの右足の付け根を切り裂いた。
オーガは急に加わった人間の兵士達に戸惑い、脚に受けた傷に怯んだ。
それを見たコボルトも、武器を構えつつ逃げ腰になる。
「今だ、撃てー!」
「はい」
そこを見逃さず、弓兵達が次々と矢を放つ。
幾つか弾かれたが、眼や左腕の関節部に矢が通る。
グガアアア
「今だ!」
エドワードはその隙を逃さず、オーガに向かって駆け出す。
先程狙った右足ではなく、今度は左脚に向かう。
グ、グオオオオ
オーガはそれを警戒して右手で殴りかかるが、片目をやられて遠近感が狂ったか、拳は空を切る。
「つ、えりゃあああ」
エドワードは声を張り上げながら、オーガの右足の甲を踏み、膝を踏み台にして右腕に向かう。
そのまま右腕を足場にして飛び上がり、身体を捻りながらオーガの首に剣を叩き込んだ。
ズザン!
グガ…
オーガは一瞬、苦悶の声を上げたが、そのまま大きくよろめくと仰向けに倒れた。
その間にエドワードはオーガの脚元に着地したが、ふらついて膝を着いた。
グギャア
それを見たコボルトが2匹、チャンスと見て向かって来たが、兵士達が横から切り付ける。
「させるか!」
「この野郎!」
ズバッ!
ギャワン
ザクッ!
ギャウウ
「大丈夫ですか?」
すぐさま兵士達が集まり、エドワードを守る様に構えた。
それを見た残りのコボルトは、勝てないと見て逃げ出した。
「すまない
さすがに今のは無理し過ぎた」
エドワードは肩の古傷の痛みに顔を顰めつつ、兵士に肩を借りて立ち上がる。
「本当ですよ」
「いやすまん
年甲斐もなく張り切り過ぎた」
しかし、兵士達は先ほど見たエドワードの剣捌きを褒めて、喜び合った。
「しかし見事な剣捌きでした」
「ああ
あんな事が出来るなんて」
「さすがは元警備隊長です」
「いや、帝国と戦った元英雄ですよね」
「いや、そんな大した者じゃないよ
傷を負って引退した、ただの老兵ですよ」
兵士達の歓声を聞きつつも、エドワードは苦い顔をしていた。
確かに若い頃は帝国とも戦ったし、それなりの武勲も挙げていた。
しかし、今は肩の負傷で思う様に戦えず、先の様にすぐに痛みで動けなくなる。
「そんな事はないでしょう」
「ええ
見事な剣捌きでした」
「いや
剣の強化が無ければ出来なかったですよ」
エドワードは兵士達に支給されている剣を見詰める。
「これがあれば…
君達でも訓練次第で、あれだけの事は出来ます」
「え?」
「古傷で満足に動けない私が出来たんです
君達にも出来る筈ですよ」
「え?
そうなんですか?」
「本当かなあ?」
エドワードの言葉に、兵士達は疑問を抱きつつも、自分達にも出来るのだろうか考え始める。
最初から出来ないと思っていては、どんな事でもやれはしない。
出来ると思って修練に励むから、困難に打克つ事が出来るのだ。
「鍵は渡されているのです
後はやる気と努力ですよ」
エドワードは優しく微笑み、兵士達に自信を与えようとした。
「本当に…出来るんでしょうか?」
「ええ
ただし!
それ相応の努力が必要ですがね」
「あ…」
「努力か…」
「さあ
危険は去りました
私達の手柄を持ち帰りましょう」
エドワードの明るい言葉に、兵士達は頷いて返事をした。
『はい』
かくして、エドワード達はオーガを1体という戦果を挙げて、無事に南の城門へと帰還した。
兵士達は剣の強化方法のコツを掴む為、剣に魔力を伝えながら魔物の遺骸を抱えた。
最初は戸惑ったが、エドワードに言われるままに試してみると、持てないと思っていた魔物の遺骸が数人掛かりで持ち上がった。
「出来ないと思うんじゃありません
出来ると思えば出来る様になるんです」
「これが出来る様になれば、二人でも運べますよ」
事実、最初は6人で抱えていたが、慣れてくると4人で運べる様になってきた。
このまま強化を使い慣れてくれば、戦いは更に優位になるだろう。
城門の兵士は、最初はオーガの死体を運ぶ兵士達にひどく驚いた。
「な、なんだ?」
「オーガ…だと?」
慌てて城門が開かれたが、それをエドワードが窘める。
「気持ちは分かりますが、些か慌て過ぎですよ」
「はあ…」
「でも…」
「私達だけではなく、魔物が周りに居ないか確かめましたか?」
「あ…」
「すいません」
「殿下がいらっしゃったら、叱られていますよ」
注意された兵士は、しょんぼりと項垂れてしまった。
「まあ、何もなくて良かったです
早く入りましょう」
「はい」
一行は早々に門内に入り、城門を再び閉じた。
「他の部隊にも帰還の要請を出してください
まだオーガがうろついている可能性があります」
「はい」
「すぐに向かわせます」
直ちに伝令が用意され、他の狩に出ている部隊に報せに向かった。
「で?
これはどういった事態なんです?」
城門の警備担当主任の兵士がエドワードに尋ねる。
エドワードは先に起こった事を掻い摘んで説明し、いよいよ魔物が南下して危険な事を説明した。
「分かりました」
「これからどんどん強い魔物が増えるでしょう
狩に行くのも注意が必要です」
「そうですね
今日はまだ早い時間ですが、狩は終了にしましょう」
まだ昼過ぎであったが、今日の狩は終了にして、後の行動は相談してからにする事となった。
迂闊に出ては、またオーガの様な大型の魔物が居るかも知れないからだ。
「兵士達の訓練の為には、寧ろその方が望ましいんですがね」
「え!」
「勘弁してくださいよ」
兵士達は、さすがにオーガとの戦闘は自信が無かった。
しかしオーガでは無くとも、オークならなんとかなるだろう。
森のオークが平原に出てくれば、それだけ訓練の幅が増える。
「そうなると…」
「当面はオークで訓練ですね」
「そうでしょうね」
「それなら、明日からは東の森に出ては如何ですか?」
「東ですか?」
「ええ
あそこは昨日まで、オークが少数見付かるだけでした」
「オーガの遭遇の危険がありますが、南よりは強い魔物が出ます
兵士達も大分強くなったでしょうし、鍛えるには良いのでは?」
「そうですね
殿下に相談してみましょう」
城門の兵士達とエドワードが相談する中、兵士達は不安がっていた。
「おい
明日から東の森みたいだぜ」
「大丈夫かな?」
「でも、今日なんとかなったからな…」
「オークなら」
兵士達がひそひそと話していると、エドワードが近付いて来た。
「やるなら徹底的にですね」
「え?」
「オーク等と言わずにオーガも狩りましょう」
「それは…」
「なあに、身体強化を上手に使える様になれば、君達にも出来ます」
「出来るんでしょうか?」
「出来るのかなあ?」
「フランドール様はそのつもりみたいですよ
元々、君達にはオーガをも倒せる様に鍛えて欲しいとお願いされていますから」
「え!」
「フランドール様…」
兵士達は強力な魔物との戦闘と、尊敬する領主代行からの期待に複雑な表情を浮かべた。
「さあ
今日はもう外へ出ませんが、折角ですから訓練場で練習しましょう」
「え?」
「先ほどの経験を活かして、身体強化の訓練です」
エドワードは生き生きとして訓練場へ向かい、兵士達は渋々と従った。
どうせこのままでは実戦では生かせない。
それならば少しでも意識しないでも使える様に訓練をしないといけないのだ。
兵士達は気付いていなかったが、この経験が彼等の技量を大幅に上げていた。
身体強化が使えるという事は、それだけ戦闘では優位に立てるのだ。
訓練は夕刻まで続けられ、帰還した他の兵士達も合流して行われた。
魔物が街に到着する予定まで、あと4日になっていた。
すいません
いろいろあって更新が止まってしまいました
少しづつでも上げる様にします




