第90話
午後の狩で早速成果を出して、フランドールの率いる部隊は意気揚々としていた
周囲には他の魔物は居なくて、警戒する兵士達も安堵する
このまま後始末は他の部隊に任せて、更に奥へ進もうという事になった
まだ時間はあるので、もう1回は戦えそうだったからだ
その頃、将軍は集団で逃げて来たコボルトを狩りつくしていた
数は50匹を超えていたが、何かに怯える様に、コボルトは兵士達に向かって来た
その為、ほとんど逃げ出す事も無く、次々と倒されていった
それが一段落着く頃、後方からワイルド・ボアが集団で向かって来た
最初こそ驚いた様子だったが、ワイルド・ボアは集団で向かって来る。
その数は18匹で、何かから逃げて来た様だった。
将軍は知らなかったが、これはフランドールが取り逃がした獲物であった。
「くそっ
これなら盾を用意しておけば良かったな」
「ええ
しかしどこから逃げて来たんですかね?」
「さあ?
おおかた、どっかの部隊が取り逃がしたんじゃねえのか?
ムキになって突進して来やがる」
ブモオオ
ブヒイイ
次々と突っ込んで来るワイルド・ボアを躱しながら、兵士は着実に足を削っていく。
四肢を切られたワイルド・ボアは、そのうち動きが鈍って首を狩られる。
突進が出来なくなった猪は格好のスキルの的だった。
「粗方片付いたな」
「はい」
「しかし、残念ながらコボルトの死体は、ほとんどが踏みつけられました」
「あ…
ううむ
しょうがない、魔石だけ探しておけ」
見るとほとんどのコボルトの遺骸が、駆けまわるワイルド・ボアに踏み潰されてぐちゃぐちゃになっていた。
皮は素材として使えたのに、踏み荒らされて無残な姿になっている。
仕方が無いので、まだ胴が原型を留めている遺骸から、魔石が無いか調べてみる。
といっても、ほとんどのコボルトが魔石も持てない下級の魔物だ。
胸を裂いて、心臓の辺りを探るが、なかなか魔石を見付ける事は出来なかった。
「なかなかありませんね」
「うむ
あれば儲けもんと思って調べるしかないな
所詮はコボルトだから」
以前はゴブリンどころか、コボルトでも恐ろしい魔物であった。
しかし、いつの間にか私兵達も、コボルトを雑魚として楽に倒せる様になっていた。
これは偏に、無理してでも森に出て、狩を訓練として行っていたからだろう。
今ではオークでも、ビビらない者がほとんどになっていた。
「しかし、コボルトは何に怯えていたんだ?」
「そうですね
ワイルド・ボアは向こうから来たし、オークも今は見当たりませんね」
「他にも魔物が居ないか、周囲を探って…」
グボオオオ
突然咆哮が響き渡り、ドスドスと鈍い足音が聞こえ始めた。
兵士達は大物の襲来に警戒し、将軍を中心に陣形を組み始めた。
「何だって、オレの方にばっかり来るかなあ…」
将軍は今日の不運を嘆いていた。
その頃、ギルバート達も魔物と遭遇していた。
こちらは下級の魔物に遭遇せず、奥へと踏み入っていた。
そして凶暴な咆哮を聞いて、兵士の内の数人が恐慌をきたしたり、恐怖に蹲っていた。
グガアアア
ゴバアアア
「ひいい」
「うわああ」
「しっかりしろ!
ここで怯んでいれば、魔物の恰好の標的にされるぞ!」
ギルバートも少し怯んだが、気を持ち直して兵士を叱咤する。
魔物の咆哮には、原初的な恐怖を抱かせる効果がある様で、ほとんどの兵士が恐れを抱いていた。
そして小さな木をへし折り、魔物がその姿を現した。
グガアアア
「で、でかい…」
「ひいい、熊だ」
「熊の化け物…」
その姿は大きな熊で、2mを大きく超える巨体が姿を現す。
ざっと見た限りでも、2m50㎝の熊と、3m近くの熊が2匹現れた。
3mクラスの方は成体と思われ、赤茶色と黒の毛皮に覆われた巨体が印象的だった。
小さい方はまだ未熟なのか、黒い毛に覆われていた。
「熊…
ワイルド・ベアか」
グガアアア
その質問に応える様に、大きい方の熊が1頭、後ろ脚に立ち上がって咆哮を上げる。
ビリビリと大気を震わし、その声に物理攻撃力があるのかと思わせる威力だった。
「殿下、お気を付けて」
守備部隊を率いていたハウエルが前に出て、剣を抜き放つ。
それに合わせて、守備部隊でも戦意を挫かれていない者達が剣を抜く。
ギルバートも背中からスカル・クラッシャーを引き抜き、正面に構えた。
グバアアア
ワイルド・ベアが咆哮を上げて、巨体を揺らして襲い掛かって来る。
「正面に立つな!
躱しながら隙を見付けろ!」
「間違っても無闇に攻撃をするな
先ずはこいつの攻撃パターンを探るんだ」
ハウエルとギルバートの声を聞き、兵士達は必死に正面から離れる。
ワイルド・ベアの内の1匹が、逃げ遅れた兵士達に向かって行く。
他の兵士が助け起こし、慌てて熊の前から避難させる。
数人がまだ戦意を失っており、腰が抜けた者も居た。
グバアアア
ブン!、ブン!
バキバキ!
グシャリ!
ワイルド・ボアは巨体を素早く動かし、大きな爪を振り回して襲って来る。
その度に大木がへし折れ、地面には窪みが出来上がる。
「なんて攻撃力だ
正面から受けたら一溜りも無いぞ」
「牙にも気を付けろ
こいつが熊なら、噛み付きや腕で押さえつけられると危険だ」
普通の熊でも、抱き着かれたら背骨をへし折られるし、噛み付かれたらお終いだ。
それが魔物になっているので、その威力も格段に上がっているだろう。
しかもこれだけの巨体だ、攻撃範囲もかなり広い。
ハウエルが腕の振るわれる隙を突いて反撃するも、頑丈な毛に阻まれて大した傷を与えれない。
ギルバートも思い切って腕を狙ってみたが、切り飛ばすまでには至らなかった。
グゴオオオ
ブン!
「せい」
ザシュ!
「くうっ
なんて固いんだ」
ガルルル
「せりゃああ」
ズバッ!
「くそっ
これでもダメなのか」
腕は傷つき、骨は見えていた。
それでもその腕を振り回し、さらに凶暴に襲い掛かって来る。
ギルバートは咄嗟に剣を盾にして、熊の強力な一撃を防ぐ。
ゴバアアア
ゴガン!
「くっ」
強烈な爪の一撃は防げたものの、1mほど吹き飛び態勢を整える。
防いだ衝撃で腕が痺れたものの、剣は何とか無事な様子だった。
グガルルル
「うわあ」
「ひいい」
その背後では、兵士達が必死に熊の爪から身を躱し、他の兵士が切り込んでいる。
しかし、それも良い一撃が入らず、なかなか苦戦していた。
「くそっ
兵士だけではまだ無理か
何とかこいつを倒さなければ」
ハウエルは焦っていた。
兵士も心配だが、ギルバートがまだ戦っている。
そうなれば、このワイルド・ベアという魔物は相当強いという事になる。
慣れていないとはいえ、ギルバートの攻撃でも簡単には倒せれていないからだ。
「くっ
せりゃああ」
ザシュ!
グガアアア
ギルバートは詰め寄る魔物を躱して、右から一撃を振るった。
やっと右腕にも手傷を与え、ワイルド・ベアが怯んだ。
ここが好機と捉え、さらに踏み込んで隙を見せる。
ワイルド・ベアは不用意に踏み込んだギルバートを見て、後ろ脚に立ち上がる。
強力な両腕を広げて、一気に掴み掛かろうとしたのだ。
グガオオオオ
しかし、それこそギルバートが狙っていた機会だった。
後ろ足で立てば、強力な突進が出来ないので攻撃範囲が狭まる。
そうとは知らず、ワイルド・ベアは大きく振りかぶって両腕を広げた。
その手が迫る瞬間を見逃さず、ギルバートは後ろへ大きくステップで下がった。
そこで大きく沈み込み、勢いを付ける。
グガアア
「ふっ」
鋭く息を飲むと、呼気をを吐き出しながら跳躍する。
「すりゃあああ
バスター」
一見、無防備な跳躍だが、ワイルド・ベアは大きく踏み出して腕を振るった為に、大きな隙が生じていた。
空振りした腕を上げる間もなく、後方に下がろうにも体勢が悪かった。
ズガン!
ガ、グガア…
ギルバートとしては、ここで頭から切り裂いて着地するつもりだったが、大剣は頭蓋に切れ込みを入れて止まっていた。
思ったよりもワイルド・ベアの身体が頑丈で、強力な一撃でも頭蓋を砕き切れなかったのだ。
それでも頭の一撃で意識が飛んだのか、ワイルド・ベアはそのまま崩れ落ちた。
ズズン!
大きな音を立てて、魔物は巨体を地に伏せた。
「くっ、はああ」
ギルバートも思わず膝を着く。
これまで戦った魔物よりも強く、その戦闘には大きく緊張を伴っていた。
しかし、これで戦闘の均衡は崩れた。
1体が倒れたのを見て、他の魔物にも隙が生じた。
「む!
せりゃああ」
ハウエルは魔物が振り返る隙を見逃さなかった。
素早く跳躍して、ギルバートを真似て頭を狙ってみる。
その剣はスカル・クラッシャーほどでは無いが、希少なオーガの魔石で加工した長剣であった。
切れ味や耐久性では劣るものの、魔物の腕を切り落とすには十分だった。
「バスター」
ズドガン!
ガアアア…
咄嗟に魔物は両手を上げて、頭を庇う様に交差させた。
そこへ長剣が振り落とされ、骨で抵抗されたものの、なんとか両腕は切り落とされた。
腕を失った事で、ワイルド・ベアは攻撃のアドバンテージを失った。
怯んだのか、腰を落として逃げようと後ろを向いた。
そこを見逃さず、ハウエルはさらに踏み込んだ。
頭を狙いたいが、殿下でも割れなかった
それを考えれば、脚を狙って機動力を奪うべきか?
「すえりゃああ
スラッシュ」
ザシュッ!
グボアアア
大きく踏み込んで放った一撃は、ワイルド・ベアの右の腰を切り裂き、右足の麻痺も起こさせた。
ざっくり開いた傷口から臓物が出て、魔物は一気に戦意を失っていた。
骨に邪魔をされなかった事が幸いして、腹を大きく切り裂けたのだ。
そして腹が裂けた事で、痛みで脚を動かせなくなり、魔物は怯んだ様子でハウエルを見た。
こうなれば、後は止めを刺すだけだ。
ただ、気を付けなければ、手負いの獣は危険だ。
ハウエルは慎重にワイルド・ベアに近付いて行った。
「うわっ」
「くひい」
「くそっ
固すぎだろ」
兵士達は、未だに大きな傷を与えられずに、逃げながら囲んでいた。
この個体は一番小さなワイルド・ベアだったが、それでも十分に強かった。
ギルバートは少し休息して呼吸を整えると、大剣を頭から引っこ抜いた。
まだ大きな負傷者が出てないとはいえ、急がないと兵士の身が危険だった。
「んぬぎぎぎぎ
ふんぬ」
ザシュ!
力任せに引っ張り、ようやく引き抜けた。
それだけ、ワイルド・ベアの骨は固かったのだ。
「はあはあ
くそっ」
ギルバートは振り返ると、素早く兵士達の元へ向かった。
気が付けば、魔物の攻撃で木々が倒され、小さな広場になっていた。
しかも足元には木が転がっており、気を付けなければ足を取られるだろう。
そのせいで魔物も苦戦しており、却って負傷者が少なかった。
「つえりゃあああ」
「殿下」
「おお」
ギルバートが声を上げながら背後へ迫り、魔物の注意を引き付ける。
それに合わせて、兵士達も負傷者を運び出した。
「ここは任せろ」
グガルルル
「はい」
「お気を付けて」
見れば腕や脚に裂傷を負った者が数人いて、担いで運ばれて行く。
ワイルド・ベアはそれを一瞬見て悔しそうにしていたが、目の前の危険を把握しているのか、すぐにギルバートに視線を戻した。
油断なく近づき、後ろ足で立っては前足を振るってくる。
ゴガアアア
ブン!ブン!
しかし、先ほどの大きいのに比べれば大人と子供だ。
隙も大きく、攻撃範囲も小さかった。
魔物の背後に立つ兵士に、隙があれば攻撃しろと目配せをする。
しかし、兵士達はさすがに無理だと頭を振った。
それを見て、ギルバートは頷く。
それならば、自分が止めを刺すだけだ。
「ふっ」
グルルル
ブン!
ギルバートのフェイントに掛かり、魔物は立ち上がって右手を振り上げる。
ギルバートが下がったのを見て、一旦前足を下ろそうとするが、その隙を見逃さずに突っ込む。
「せりゃっ
スラッシュ」
ズバッ!
グガアアア
見事に決まり、ワイルド・ベアの右腕が切り落とされる。
成体に比べれば、骨もそこまで固くない様だ。
ワイルド・ベアは痛みで判断を誤り、後ろ足で立ち上がりながら前へ出た。
左手を上げて、鋭い爪でギルバートを切り裂こうと向かって来る。
しかし、ギルバートは素早くスキルを利用して移動する。
「スラッシュ」
ザシュッ!
グオオオオ
スラッシュが決まり、左の脇腹を切り裂きながら駆け抜ける。
魔物は痛みから立ち上がるのを止め、四つん這いになる。
そこを逃さず、ギルバートは追撃をした。
「バスター」
ズドン!
グガアア…
見事に首元へ叩き込み、ワイルド・ベアの頭は地に落ちた。
続いて地面に倒れ伏せ、魔物との戦闘が終了した。
「う、うわあああ」
「うおおお」
「すごい
さすがは殿下だ」
「やった、助かったぞ」
兵士達が歓声を上げ、生き残れた事を喜ぶ。
最初に見た時は、この世の終わりだと思っていたからだ。
中には咆哮で死を予感して、震え続けていた者もいた。
しかし、全員がなんとか生き残れたのだ。
負傷者は8名になり、いずれも腕や脚に、爪で切り裂かれた裂傷を負っていた。
傷は深かったが、腕や脚を失った者は居なくて、ポーションで手当てを受けていた。
一番重傷の者でも、なんとか3日ほどで治りそうな傷だった。
「良かった
大した傷じゃなくって」
「はい
殿下のおかげです」
「オレ…
もう死んだと思いましたよ」
ギルバートは負傷者の様子を見て、今日はこれで撤退する事にした。
負傷者を運ばないといけないし、ワイルド・ベアの遺骸も重要だ。
これだけ頑丈な骨と皮なら、さぞや良い武具の素材になるだろう。
城門に向けて伝令を向かわせて、ギルバートは大きく安堵の息を吐いた。




