第88話
救援の要請を伝える為、兵士は南に向けて走った
一人はフランドールの元へ
今一人はギルバートの元へ向かって走った
ギルバートの元へ向かった兵士は、途中でオークに出くわして戦闘になった
オークは3匹だったが、一人で相手にするには厳しく、少しづつ交代する事になる
こいつを倒さなければ救援を呼べない
兵士は必死に攻撃を避けながら、オークに手傷を与えていた
兵士がようやく1匹のオークを倒した頃、彼は左肩と右足に傷を負っていた
既に10分以上時間が掛かっていると思う
このままでは将軍達の身も危険だ
しかしオークの猛攻は続き、足も負傷しているので走って抜けるのも難しい
兵士が必死に攻撃を躱していると、向こうから声がした
「大丈夫か?」
「おわっ
オークに単身で挑むとか、何を考えているんだ」
慌てて向こうの兵士が飛び出し、片方のオークに頭から叩き付ける。
もう一方のオークにも兵士が向かい、オークは伝令の兵士から離れる。
伝令の兵士は気が抜けたのか、その場にへたり込む。
「た、助か、った」
「大丈夫か」
「無茶しやがって」
兵士達が駆け寄り、伝令の兵士を助け起こす。
助け起こしながら革袋を差し出し、伝令の兵士は革袋から水を呷る。
それで一息着いたのか、彼は伝令の使命を全うしようと伝えた。
「オレの事は良い
頼む、将軍が危ない」
「なに?」
「どういう事だ?」
「向こうでオーガが出た」
「オーガぐらいなら将軍なら大丈夫だろ?」
「いや、1匹ではないんだ
6匹は居た」
「な…」
「ううむ」
「すぐに救援に向かおう」
後方からギルバートが合流して兵士に状況を確認させる。
「周辺はどうだ?」
「はい
オークは3匹だけです
周りには居ません」
「伝令の怪我は思ったより軽いです
ポーションで治療しておきます」
兵士はテキパキと対処し、周囲の安全も確保する。
その間にも手当は終わり、伝令は包帯を巻いたが立てる様にはなっていた。
兵士は頭を下げて礼を言った。
「すいません」
「良いんだ
君を置いて救助には行けないからね」
ギルバートは伝令の兵士の肩に手を置き、優しく声を掛けた。
「それでは、すぐに将軍の元へ行こう
なあに、将軍なら簡単にはやられんさ」
「ええ
あの人なら笑って殴り合っていそうです」
「オーガとか?」
「え…」
「急いだ方が良さそうだな」
確かに、将軍なら簡単にやられはしないだろうが、相手がオーガで数も多い。
時間を掛ければそれだけ被害が大きくなる。
ギルバート達は伝令の兵士を先頭にして、森の中を急いで移動した。
一方その頃、フランドールは将軍の近くまで来ていた。
こちらの伝令の兵士は、魔物にも遭遇せずに辿り着き、すぐさまに救援に向かえた。
「あちらです」
「ああ
魔物の姿が見えて来た
みんな気を付けて向かえ」
『はい』
既に木々の向こうにオーガの頭が見えており、その数は4匹を確認出来た。
兵士達はそれぞれ分かれて向かい、森の中に開けた場所に出た。
そこは元々は30ⅿほどの開けた場所だったが、今はオーガが暴れた為に木々が倒されて、100ⅿ近い広場になっていた。
ブン!
ドサッ!
フランドールが広場に出た時、大きな木が唸りを上げて飛んで来た。
「うおっ」
フランドールはそれを躱し、広場に飛び込んだ。
既に1匹は倒され、もう1匹に将軍が切り掛かっている。
周囲を見ると、兵士が2人倒れていたが、まだ生きてはいる様子だった。
残りの兵士達も、オーガを挑発したり攻撃して、将軍に近寄らせない様にしていた。
フランドールは手近なオーガを探し、先ずは左のオーガに狙いを定めた。
駆け出しながら抜刀し、気勢を上げながら向かって行く。
「ふおおおお」
グガッ?
フランドールの声に反応し、オーガが顔をこちらに向ける。
足元で牽制していた3名の兵士が、フランドールの声に反応して場所を空ける。
「つぇりゃあああ」
ボオウウ!
魔力の籠った斬撃が放たれ、炎が刀身から放たれる。
「おお!」
「すげえ」
ザシュ!
グガアアア
炎は無知の様に撓り、魔物の左腕を切り落とした。
魔物はまさか炎が飛んで来るとは思っておらず、しかもそれが剣の様に攻撃力があるとは思っていなかった。
炎は魔物の腕を焼き切り、地面にも炎と傷跡を残す。
その炎は左脚も焼き、兵士達もその場から離れる。
「危ない!」
「ここは危険だ
離れよう」
兵士達は邪魔になると判断し、オーガの脚元から離れる。
「はああっ」
フランドールは駆け出しながら横目で見て、兵士が剣筋の先に居ない事を確認する。
そのまま跳躍し、魔物の頭の高さまで跳び上がる。
身体強化の効果か、フランドールの身体は軽々と3ⅿ近くまで跳び上がれた。
グガアア
ブン!
オーガはそれを見て、右手を握り込んで拳を振り抜く。
拳は空を打ち抜く様に、フランドールの身体に向かって行く。
それを身体を捻りながら、フランドールはスキルを発動させた。
左に剣を傾けて、拳に向かってスキルを放つ。
その軌道上に魔物の頭が入る様に計算に入れて、タイミングを合わせて放つ。
「スラーッシュ」
ブォン!
ザシュッ!
グオオオ、ガア
フランドールの身体は跳躍した体勢から、急に引っ張られる様に宙を前方に向けて移動した。
そのまま剣で拳を断ち切り、魔物の頭部に向かって飛来する。
ズドン!
グ…
オーガの顔が顎の辺りから切り飛ばされて、頭は声も無く宙を舞う。
頭を切り飛ばしたフランドールは、そのまま宙を飛んだ後に地上に着地した。
ズシャッ!
「ふう…」
魔物は頭を失い、崩れる様に倒れる。
周囲を見ると、将軍が戦っていたオーガも倒されており、残りは3匹となっていた。
将軍は次のオーガに向かっており、フランドールも次の標的を選ぶ。
残りは兵士が戦っていたが、幸いに怪我人は増えていない様子だった。
先に負傷していた兵士も、駆け付けた兵士達が救護して手当てを受けていた。
このまま次の魔物を倒しても良いが、それでは兵士の訓練にならない。
多少酷だが、ここは見守って危険が無い限りは介入しない方が良いのだろう。
それに、先ほどの事を考えれば、下手に炎の力を開放しては却って危険だった。
単独で立ち向かうなら有効だが、乱戦には向かない能力だと確認が出来た。
それだけでも収穫と考え、ここは静観しようと剣は仕舞う事にした。
気が付けば、フランドールは昨夜の会話を思い出していた。
それはアーネストと話したスキルの新たな情報で、非常に興味深い物だった。
それはこんな会話から始まった。
「フランドール殿
スキルについて興味深い事が分かりましたよ」
「興味深い事?」
「ええ」
「以前から気になっていたんですが…」
そう言ってアーネストは付与のされた剣を引き抜く。
「このダガーには身体強化の魔法が込められています」
「へえ」
「私は魔力が沢山ありますから
普通に効果がある筈です」
「うん、そうだね」
「ところが…」
そこでアーネストが魔力を込めるが、依然として重そうにしていた。
「?」
「だめですね…
やはり発動しない」
「え?」
「どうやら魔術師は身体強化が使えないみたいなんですよ」
「なんと
それでは不便ではないですか?」
「ええ
その代わり、身体能力を上げれる魔法はあります
この剣に使ったのと同じ魔法を掛ければ、ほら
そこまで強化は出来ませんが、少しは軽くなりました」
「なるほど」
フランドールはアーネストの話はその事だと思っていたから、素直に感心した。
「ところで
今日は教会でお祈りして、やっと鑑定の魔法を覚えました」
「ほおう」
「それでですね、早速色々と使ってみたんです」
「なるほど」
「それでですね、ここからが興味深い事なんです」
「ん?」
アーネストは何か思うところがあるのか、ニヤリと笑ってから鑑定を使った。
「鑑定
ふむ…やはり」
フランドールの方をしげしげと眺めて、何事か納得して頷く。
「どうされましたか?」
「いやなに、あなたも身体強化が出来るんだなって」
「え?」
「鑑定で見ましたが、あなたのスキルに身体強化がありますよ」
「それは…
剣があるからですか?」
「いえ
今は剣を持ってませんし、恐らくは自身のスキルかと」
フランドールはそう聞いて、改めて自分のスキルを使おうとしてみたが、使い方が分からなかった。
「どうすれば…
そのスキルを使えるんです?」
「え?
武器と同じです
ただし武器にではなく、全身に魔力を送る感覚で…」
「お?
おお…」
「出来たみたいですね」
フランドールが軽く身体を動かすが、鋭い突きや体捌きで風切り音が鳴る。
「身体が軽いです」
「ええ
それが慣れてくると、効果も上がってきます
今、ギルは身体強化のレベル3になっています」
「レベル?」
「ええ
段階だと思ってください
フランドール殿がレベル1で、ギルは3ですから2段階上の効果まで使えます
スラッシュみたいな技はレベルがありませんが、こういう強化等はレベルがあるみたいですね」
「なるほど」
「そして、ここからもう一つ
このスキルが使えるのは称号がある者か、ジョブで戦士や騎士になった者です
鍛冶師や魔術師は持ってませんでした」
「へえ
戦闘に使うスキルは、戦闘の専門家しか使えないんですかね」
「そう!
まさにそれ
私が面白いと思ったのはそこなんです」
「え?」
「まだ調べている途中ですが、恐らくあなたも思った事が、そのまま答えだと思います
戦闘に必要だから、身体強化が得られる
それも武器に付与された効果を使った者の方が覚えは早いみたいです」
「なるほど
そうなると、ギルバート殿がレベル3ですか?
そこまで上げたのは剣の効果を使っていたからですね」
「いえ、それだけでは無いかと
恐らくですが、ギルも無意識で身体強化を使っています
それも武器と自分のスキルの両方を同時に使っています」
「え?
それってすごく強くなりませんか?」
「そうです
だからギルはあれだけ強いんです」
フランドールは模擬戦でギルバートに圧倒された。
それは彼本来の力と思っていたが、実はスキルの恩恵があった様なのだ。
「それなら…
私も訓練してスキルを伸ばせば…」
「ええ
ギルの強さに追い付けますよ」
昨夜の話は、おおよそこんなものであった。
その後に剣だけ魔力を流したり、スキルだけ使ってみたり、両方を使う事も試してみたが、それは危険なので慣れるまでは使えそうになかった。
それを踏まえて考えてみても、単独ならオーガの討伐も怖くなくなっていた。
勿論、油断してまともに殴られたら無事では済まないだろうが、正面からなら十分に対処できるし、反撃も可能だった。
ここまで強くなれたのは、武器の強化もあったが、周りの協力もあったからだ。
称号を得た事でスキルを身に着けた事もあるが、魔物の狩りに参加させてもらったり、スキルの事を教えてもらえた。
何よりも、今は大きな目標が出来た。
ギルバートを超えて、改めて領主として認めてもらう事。
その為には自分の事もだが、私兵だった者達を率いて鍛えて強くなる。
この街の兵士に負けない、強い兵士を目指して頑張る、それが目標になっていた。
今日ももう少し狩は続けるが、今の戦闘でまた強くなっているだろう。
なんせ、気が付けば2匹のオーガは兵士が倒していたからだ。
将軍が1匹相手にしてくれていたが、その間に何とか倒せた様だ。
「フランドール様
やりましたよ」
「オレ達だけで倒しました」
「こいつは戦士になりましたよ」
私兵達が歓声を上げている。
どうやら数人、戦士のジョブを得られた様だ。
「よくやった」
『はい』
どんな能力を得たのかは不明だが、調べる為にも、帰ったら教会に立ち寄ろう
そして女神様に祈って、鑑定のスキルを授かる様に願おう
フランドールはそう思って、少しだけ頼もしくなった兵士達を見詰めた。




