第85話
将軍は残された私兵を集めると、訓練場に集めた
騎士は96名で騎兵が48名、歩兵は282名残っていた
そこから騎士は別として、騎兵と歩兵が集められる
反乱分子は騎兵に多く、歩兵は平民がほとんどで選民思想はそれほど浸透していなかった
また、騎士は厳しい戒律があり、貴族から寄越された者以外は比較的まともな者が多かった
歩兵は後方で見学となり、騎兵が前に呼ばれる
何が起こるのかは事前に話されていなかったが、先の反乱が絡んでいる事は容易に想像できた
だからだろう、騎兵はみな緊張しており、ここで逆らえば自分達も牢に入れられると怯えていた
最初の頃、田舎の兵士と侮って選民思想に先導されていた者も、ここでは既に大人しくなっていた
兵士の練度の差も見ていたし、何よりも魔物の恐ろしさを実感して大人しくなっていたのだ
これから魔物と戦うには、彼等ダーナの守備部隊に協力してもらわなければ生きていけないだろう
「ん、おほん
集まってくれて、先ずはありがとう」
将軍が前に出て、演説を始める。
その隣にはハウエル部隊長が立ち、その後方にはフランドールも来ていた。
一度は邸宅に戻って休んでいたが、残った私兵達が心配で見に来たのだ。
「君達のほとんどが、会議に出ていなかったから状況が分からないと思う」
その言葉に、騎兵達はコクコクと頷き、兵士はざわつく。
「静かに!」
ハウエル部隊長が声を上げて静まらせる。
「えー…
実は、こちらに大規模な魔物の群れが向かっているという情報が入った」
「え?」
「何だって!」
「そんな」
「静かにしろ!」
再びざわつきだし、ハウエル部隊長が諌める。
「これは確かな情報で、ここから北に向かった半島より、こちらに向かっているらしい
期間は2週間ほどで到着する見込みだ」
「その影響か、ここ数日魔物が活発に動いている
ゴブリンやコボルトは南に避難し、オークが北から南下している」
ハウエルの言葉が効いているのか、今度はそれほど騒がない。
しかし明らかに動揺していて、兵士の中には絶望してその場にへたり込む者もいた。
「それから、北からオーガも南下している様だ」
いよいよ絶望したのか、さらに蹲る兵士が増える。
「しかしだ、オレはこれを好機と思っている」
「え?」
「??」
この発言には兵士も騎兵も困惑していた。
何故なら、自分達が敵わない危険な魔物が多数、こちらに向かっている。
それなのにそれを好機だなんて。
この男は何を言っているんだ?といった顔をしていた。
「君達がそう思うのは尤もだ」
再び騎兵や兵士達がコクコクと頷く。
「しかしな
危険な魔物が増えるという事は、それだけ良い素材が手に入るって事だ」
「それに…
君達が鍛えられ、より強い戦士になれるチャンスでもある」
これにはみんな、ポカーンとした顔をして将軍を見た。
「論より証拠だ
おい!」
将軍の合図でギルバートの剣と似た大剣が持ってこられる。
それを軽々と持つと、将軍は思いっきり振り回す。
オーガの骨を削ったそれは、長さ150㎝もある大きな剣で、厚みも5㎝ほどあった。
それを難なく振り回す様を見て、改めて兵士達は震え上がった。
「重そうだろう?」
騎兵の方を向いて尋ね、騎兵はコクコクと頷いた。
そこでその騎兵に来いと手招きをする。
「ちょっと、そこの君
そうそう君だ」
「この剣を持って
そうそう」
騎兵は言われるままに剣を持つ。
ずっしりと重たい剣は、構えるのがやっとだった。
「うーん
まだ固いな」
「君は魔力は使えるかい?
魔石を使ったランタンとか」
騎兵は頷く。
「では、ランタンを灯す要領で…
そうだ!
うんうん」
「え?
あ、ああ!」
将軍に促された騎兵が、不意に素っ頓狂な声を上げる。
すると彼は、それまで重かったのが嘘の様に、軽々と剣を持ち上げた。
「え…」
「そう
こいつには魔法が込められている
身体強化の魔法だ」
次の騎兵を手招きし、その騎兵も同じ様に剣を持ち上げる。
「今のダーナの兵士の武器は、これほどでは無いが魔法が施されている
そして、君達にもこの装備に慣れて、使いこなしてもらう」
「す、すごい」
「これなら…」
「魔物と戦えるかも?」
「ん!
ただし」
再び静まり返り、全員が将軍を見る。
「こいつを作るには素材が足りていない
言っている意味は…分かるな?」
『はい!』
今度は騎兵だけでなく、兵士達も強く頷く。
「今配れるのは、こっちだ
これでもなかなかの剣だぞ」
そう言ってハウエル部隊長は長剣を差し出し、兵士達にもたせてみる。
「すげえ
長剣なのにこんなに振り易い」
「ショートソードと比べたら、格段に使い易い」
兵士達が喜び、オレにも振らせてくれと順番に持ってみる。
「おほん!」
将軍が再び咳払いをし、みなが注目をする。
「喜ぶのは…ってかそんな物見たら誰でもはしゃぐか」
「でもな、もう一つ重要な事がある」
ここでハウエル部隊長が前に出て、剣を構えた。
「諸君らもここの兵士のスキルは見たと思う
だがな…
君達は大きな勘違いをしている」
「ブレイザー」
シュバ、バッ!
「君達はスキルを覚えたが、まだ使えていない」
「え?」
「オレは振れていますよ?」
「そうですよ!」
「いや、違うんだ
フランドール様」
促されて、フランドールが前に出てスキルを出す。
「ブレイザー」
ズバ、ザシュッ!
それは先日とは打って変わった、力で出したスキルではなく、綺麗な線を描いた鋭い技だった。
「この様に
本当に会得すれば、力ではなく自然に出せる様になる」
「私も先日まで、本当のスキルの会得は出来ていなかった
スキルを会得した者は、声が聞こえている筈なんだ」
「声?」
「何だそれ?」
「お前分かるか?」
「スキルを会得するには、魔物と何度もスキルを使って戦うか
称号やジョブという職を授かる必要がある
これは結局、魔物と戦う事でしか身に着かない」
これは一部嘘であったが、分かり易いのはこの方法であった。
兵士達は驚き、暫くざわざわと相談していた。
「あのう…」
「すいません」
「なんだ?」
二人の兵士が代表として、将軍に尋ねた。
「つまるところ、武器を得るにしても、スキルを身に着けて強くなるにしても
魔物と戦わないといけないって事ですか?」
「うむ」
「でも、オレ達じゃオークなんて…」
「まあ、いきなりオークは大変だろう
先ずはコボルトに勝てる様になろう
そうすればスラッシュやブレザー辺りは身に着くだろう」
「オークは十分に強くなった者が向かえば良い
先ずはコボルトに勝てる様にならんとな」
ハウエル部隊長がそう言い、ニカっと笑ってみせた。
それを見て、兵士は安心したのか、仲間と頑張ろうと声を掛け合い始めた。
「うんうん
上手く纏まって良かった」
「ええ
一時はどうなる事かと思いました」
将軍が頷いていると、フランドールが安心したのか溜息を吐いた。
「そうですな
いくら出自が不明瞭な者が混じっていたとはいえ、あれだけの逮捕者が出ると大変ですな
まあ、まともな兵士も沢山いて良かったですな」
「はい」
「彼等はフランドール殿を慕って集まった兵士
彼等を生かすも殺すも、あなたの手に掛かっています
ゆめゆめ、その事を忘れないでください」
「はい…」
将軍は大きく息を吸うと、大きな声で宣言した。
「それでは
明朝より魔物討伐の訓練を行う
守備部隊からも同行の兵が出るので、明朝の8時に南の門前で集合する様に
なお、武器はそこで支給するので、傷薬や携帯食のみ持参で集合」
「諸君らにはこれから準備と休息の時間を与える
くれぐれも遅刻しない様に
それでは解散」
将軍の通達事項が伝えられ、私兵達は各自で行動に移った。
それを満足そうに見ながら、将軍は振り返った。
「そう言えば、殿下の姿が見えませんね」
「え?
そうですね
私と入れ違いになったのかな?」
「さっきまで捕縛の様子や、収容者の尋問を見学していたんですが…」
将軍はキョロキョロと辺りを見回す。
「将軍」
「ん?」
「つかぬ事を伺いますが…
将軍は彼の出自の事を…」
「あ、ああ…
知りましたか」
「ええ」
「そうですね
掻い摘んで程度ですが」
「そうですか」
フランドールは遠くを見る様に、ぼんやりと呟く。
「彼は凄いな
その出自もだけど、それでもあんなに剣の腕も立ち
そのうえ性格まで…」
「そうですか?
剣ならフランドール様も…」
「いや
私では足元にも及ばないよ」
「そうでしょうか?」
「ええ」
「私は殿下の幼少より見ていますが、あれは努力家ですよ」
「え?」
「フランドール様は殿下が天性の才能を持っていると思われていますが
殿下は必死で努力していたんです
それこそ、幼少時は身体が弱く、何度か死にそうになっていましたからね」
「そう…なんですか?」
「はい」
「そうか…」
「身体が弱く、非力な自分を責めて
頑張って来たんです」
「それでも…
私は自分が嫌になる」
フランドールは悲しそうに頭を振る。
「私は彼の素質と、人に好かれる性格
まさに上に立つ人間とはああいうものなんだろう」
「そうですね」
「だけど
それを見ていると、彼を恐れ、妬んでしまう」
「そうですか」
「羨ましいんですね
私は平民で、精一杯努力してきたつもりだったのに
あんな少年に負けるなんて…って」
「そうですね
オレがもう少し若ければ、嫉妬したかも知れません」
将軍はそう相槌を打ったが、そこから続けた。
「でもね、あなたはあなたでしょう?
比べてどうするんです?」
「へ?」
「あなたが敵対するんなら、確かに脅威ですし、羨ましいでしょう
でも、あなたは殿下に友誼を示した
違いますか?」
「そりゃあ…
確かに友達になろうって…」
「あれは嘘ですか?」
「いや!違う!」
「なら、何も問題無いのでは?」
「え?」
「剣の腕が立つ
良いじゃないですか
安心して味方になれる」
「あ…」
「性格が良い
助かるでしょう?
多少世間知らずなところがありますが、あなたを兄の様に慕っている」
「こんな私を…」
「ええ」
そこでフランドールは、堪らず涙を溢した。
「私はこんなに醜くて、嫉妬しているのに」
「良いじゃないですか
それを自分で認めて、改めようとしてるんでしょう?」
「私なんかが…
友だと言って良いんでしょうか?」
「良いんじゃないですか?
心配なら本人に聞いてみれば…
まあ、即答で頷きそうですが」
それから暫く、フランドールは涙を流し続けた。
周りでは気を利かせた兵士がそれとなく隠し、見られない様に気を配っていた。
「すいません
取り乱してしまって」
「はははは
フランドール様はまだ若い
若いうちは色々迷って、間違って…
でも、それだからたのしいんでしょ?」
「へ?
あ…はい」
「オレも…
若い頃は馬鹿やって、色々失敗しました
そん時助けてくれたのが、ここの領主様です
「以来、頭が上がんないんです」
「はあ…」
「だから
フランドール様が気に病むんなら、その分親愛と友誼を持って接すれば…
良いんじゃないですか?」
「そんなもんなんでしょうか?」
「オレはそう思いますね」
「はは
何だろう
私は何を悩んでいたんだろう」
「世の中は、自分で思っているよりも単純なんです
あ、これは師匠の受け売りです」
それを聞いてフランドールは笑い出し、将軍も豪快に笑った。
「フランドール様
殿下を友と思うなら
彼を護ってやってください」
「はい」
「彼は…
あの子は思ったより重い運命を背負っている
そんな気がするんです」
「ええ
私の力が及ぶ限り、護ってみせます」
「その意気です」
二人は改めて手を出し、固く握手を交わした。
「そうだ
どうせなら、ここで訓練をやってきますか?」
「え?
ええ…っと」
「なあに
明日の予行演習程度の軽い打ち合いです」
「はは
噂通りの暑い脳筋なんですね…」
「ん?
何か言いました」
「いえ、何も」
そこで二人は構え、大きく息を吐きながら突進した。
それから2時間ほど、訓練場では剣戟の音が響き渡った。
すいません
名前が亡くなった部隊長になっていたので修正します




