第83話
ギルバートはこれから行われるであろう戦いに、どの様な助言が必要か悩んでいた
フランドールは初めて会う人物の真意を掴めず、相手に不信感を抱き始めていた
しかし、アーネストは質問したい事を纏めて、それをぶつけようとしていた
彼には彼の考えがあったのだ
アーネストは小さく息を吐き、緊張感を取り除こうとする
これから聞く事次第で、魔物との戦いに大きな成果が上げられるのだ
質問を間違えない様に落ち着こうとする
「先ず…
聞きたい事はジョブについてだな」
「え?」
「おい、アーネスト?」
フランドールとギルバートは驚くが、ベヘモットはニコリと微笑む。
「正解よ
先ずは疑問を解き明かして、有利にしないとね」
そう言いながら、空中から書物を取り出す。
書物は宙を漂い、アーネストの手に渡る。
「詳細はそこに記されているわ
簡単に言うと、その職を身に着けたと認められた者が授かるわ
それに伴い、職に固有のスキルも授かるわよ」
「うーん
大体想定していた内容だな」
「それから、スキルは修練で授かるし、職に固有の上位のスキルも有るわよ
例えばスラッシュの上位や盾で使えるスキルとか…
戦士だけでも数種類あるわよ」
「そうか
無理に無いスキルを練習するより、身に着くであろうスキルを…
あ、でもそれが分からないと…」
ギルバートが利点に気が付いたが、肝心のスキルが分からなかった。
「そうね
それも多少はその本に載っているわ
参考にしなさい」
「ありがとうございます」
ベヘモットの言葉に、フランドールが素直に感謝する。
「それと…
幾つかのジョブの習得条件と、称号についても記されているわ」
「そもそも、称号ってなんなんです?」
「あら?
そこから?」
ギルバートの言葉に、ベヘモットは少し不機嫌そうに答える。
「称号はね、女神様が何らかの功績に応じて授ける物よ
例えば、王子が得たのは勇者に選ばれる候補者が得る称号
一方そちらの勇者さんには、その行動に対する褒賞みたいな物ね
だからスキルの開放も加味されているわ」
「なるほど
それで私はスキルが使える様に…
しかし、私にはジョブとやらはありませんが?」
「それはそのうち…
あなたに合った物が授けられるでしょう
その時には、あなたに世界の声が届くわよ」
「世界の声…」
「そう
ワールドアナウンス、世界の声
女神様からの報酬の言葉よ」
「それで頭に声が響いて…」
フランドールは納得したのか、うんうんと頷く。
それを横目に、アーネストは次の質問をする。
「それでは、その称号やジョブ、スキルを確認する方法はありますでしょうか?
ワールドアナウンスですか?
あれ以外に確認する方法がありますか?
「ええ
有るには有るわよ
ステータス・オープン」
ベヘモットはそう呟くと、人差し指と中指を揃えて、縦に振った。
「こうすると自分の称号とか見れるわよ」
「ステータス・オープン」
「ステータス・オープン?」
「ええっと、ステータス・オープン」
それぞれに試し、何度かやって目の前に半透明な板が現れた。
そこには名前や称号、ジョブ等が記されていた。
ギルバートには本当の名前と、幾つかの称号とスキルが???と表示されていた。
「あれ?
なんだろう、この???って」
「ああ
それはまだ解放されていない物ね
いずれ条件を達成すれば、そこに表示されるわ」
「なんだか色々書いてある
体力とか知力とか…」
「これは他の人からも見えるのかい?」
「それは無いわよ
わたくしのも見えないでしょう?」
「確かに…」
「そうなると、他の人から見る方法は無いのかい?」
フランドールが確認の為に聞いてみる。
「それは…
そうね、教えておくわ
鑑定というスキルを身に着けると、見る事が出来るわ」
「それは、どの様にして身に着けるんです?」
「そうねえ
本にも載っているけど、或る程度の知力と信仰心を持って、女神様に祈りを捧げると授かるわよ
そういったスキルもあるから、後で調べておきなさい」
「あれ?
スキルが身に着かない…」
「信仰心が足りないんじゃないか?
それとも雑念があるとか…」
「きっと教会で祈らないからじゃないか?」
「ふふふ
他には無いかしら?」
「そうですね…」
ベヘモットの言葉に、アーネストは質問を思案する。
そこでギルバートが代わりに質問する。
「あのお…
そのアモンさんはあなたの様に素直に引いてくれないんでしょうか?」
「アモン?
そうねえ…
彼はわたくしと違って、戦う事が好きだから
戦って納得すれば退くかも知れないけど…
納得するまではしつこいかも」
それからベヘモットは、あいつは粘着質だとか空気が読めないとか愚痴を続ける。
どうやら相当に仲が悪い様だ。
「アモンは頭があまり…
面倒な作戦や策略は苦手だから、案外そのまま突進してくるかも?
「そういえば、ベヘモットさんは色々やってくれましたね」
「ベヘモットで良いわよ
それと、あれは仕方が無かったのよ」
「仕方が無かった?」
「ええ」
「本当はもっと攻めても良かったのよ?
わたくしの役目は、人間の側の結束を促すのと、出来ればスキルや称号を得る者を出したかったの
それはエルリックから頼まれていたからよ」
「スキルや称号ですか?」
「ええ
一人でも現れれば、そこから自然と増えるだろうって
だから無理して、なけなしのアンデットまで出したのよ
あれはまだ、調整中だったのに、王子が簡単に倒しちゃうから」
そこでフランドールが手を挙げ、一番肝心な質問を投げ掛けた。
「あの…そのう
さっきから気になっていたんですが、その王子って?」
「え?」
「あら?」
「しまった!」
「あら…
まだ話していなかったの?」
「ええ…」
三人は気まずそうに向き合い、どうしようか悩んだ。
ここで公開しても良いのだろうか?
しかし、どうせ王都に着いたらバレる事だ、ギルバートは思い切って告白した。
「えーっと…
実はオレ、私はこのクリサリスの王子なんです」
「はあ?」
「死んだ事になっていますが、アルフリートが私の本当の名前です」
「え!」
フランドールは慌ててしゃがみ込むと、深々と臣下の礼を始めた。
「これは失礼いたしました
殿下とは知らぬとはいえ、返す返す非礼な真似をし…」
「いやいや
そんな事は無いですから
それに、王都に着いて公表するまでは、私はここダーナの前領主の息子、ギルバートですから」
「そんな
それでは失礼に…」
「大丈夫ですよ
今まで通りにしてください
その方がこちらも気を使いませんし
それに…
ギルバートはニヤリとアーネストの方を向き、意地悪そうに笑う。
「そんな事言ってたら、アーネストはどんだけ無礼だか」
「おい!
そりゃないだろ」
アーネストは自分に飛び火して、慌てて不満そうに言う。
それを見てギルバートは笑った。
フランドールはその様子を見て、恐る恐る立ち上がる。
「い、良いんですか?」
「ええ
むしろ王子とか言われる方が困ります
くれぐれもこの事は内密に」
「は、はい」
「やれやれ
人間の世界は、色々面倒そうね
わたくしも気を付けますね」
ベヘモットはそう言うと、小さく溜息を吐いた。
「さて
そうなると、問題はアモンさんとやらが、いつここに到着するかだな」
「どうでも良いけど、本気で戦う気なの?」
「ええ
敵わないにしても、住民を見捨てて逃げるワケには行きません
出来得る限りの事をして、可能なら向こうには撤退してもらいます」
「そうですね
戦う前から死ぬ事を考えるのは、負けを決める様なものです
少なくとも、今から準備を始めれば、一矢報いる事が出来るかも知れません」
「そう
なら、わたくしが言える事はもう、後は頑張ってって言葉だけだわ
死なないでね…」
『はい』
ベヘモットは満足そうに頷くと、呪文を唱えて姿を消した。
「来た時も突然だったけど、女神様の使徒ってみんなああなのかい?」
「ええ
転移の呪文が使えるみたいで、それでああして突然来るんです」
「それはまた…」
「いきなり現れるから、毎度驚くんだよな」
「それなら…
その転移でみんなで移動は出来なかったのだろうか?」
「あ…」
「出来るのか?
うーん」
フランドールの素朴な疑問に、アーネストは悩みだした。
だが、転移の呪文が高位の魔法である以上、そんな大勢を転移出来るとは考えれない。
それに、頼んでも断られていただろう。
フランドールは初見で気付いていなかったが、女神の使徒はみな変わり者で、そんなに優しくはないのだった。
頼まれても体の良い断り文句を並べて、あっさり断られていた可能性が高い。
「ここでまごまごしていても、時間の無駄だ。
急いで将軍に相談しよう」
ギルバートはそう言って、先に立って宿舎に向かった。
昨日の今日で、将軍は宿舎で会議をしていた。
オーガの出現は予想外だったが、ここ最近の魔物の移動がオーガの出現が原因なら納得がいくからだ。
今はオーガの対策よりも、補充された兵士や新しく加わるフランドールの私兵の訓練が最優先の事柄なので、オークや森に潜む魔物の討伐を相談していた。
いきなりオークは危険だが、先ずはコボルトの討伐で訓練しようという意見が上がる。
それを唸りながら考え込んでいると、兵士が伝令に走って来た。
「どうした?
今は会議中だが、急ぐ事柄か?」
「はい」
「殿下が至急お目に掛かりたいと」
「分かった
みんな、ここで休憩にする
各自で対策を考えておいてくれ」
将軍がそう言うと、兵士達は意見を交わしながら出て行く。
中には若干不真面目な者も居て、やれやれだとか面倒臭いとか呟いていた。
将軍は目配せをして、その者の所属や名前を記録させた。
「さて
殿下は何の用だろう?」
将軍はそう呟きながら、自分の執務室へ向かった。
そこでは三人が既に座って待っており、将軍は笑顔で挨拶をした。
「これはこれは
殿下にフランドール殿も、お元気そうで」
「オレは?」
「ん?
アーネスト、居たのか」
「ひでえな」
いつもの将軍の言葉に、アーネストが拗ねて脹れたフリをする。
いつもなら、ここでギルバートが笑いながら仲裁に入るのだが、今日は真剣な顔をしている。
その様子に、将軍も真剣な顔になる。
「悪いが、冗談を言ってられる状況じゃなくなった
魔物が侵攻している」
「何?」
「まだ詳細は分からないが、恐らく2週間ほどで着くらしい」
「それは本当ですか?
一体どこからその情報を?」
将軍の質問も尤もだった。
近付いて来ていれば、将軍も報せを受けていたし、既に対策におおわらわだったろう。
しかし相手は、2週間は掛かるほど離れている。
どうやってその情報を手に入れたのか。
また、その情報の真偽を考えると、提供者が誰かも気になった。
「フェイト・スピナー
女神の使徒が現れた」
「使徒…
どっちですか?
前に来ていた赤い奴ですか?
それとも紫の方ですか?」
「紫の方だ
ベヘモットが報せてくれた」
「それが…
当てになるんですか?
奴は以前ここに攻め込んだ張本人でしょ?」
「それは大丈夫だ」
「情報も信用しても良さそうだったよ」
「うーむ…」
将軍は腕を組んで、考え込んでしまった。
「心配は分かる
けど、問題は厄介な奴が厄介な魔物を引き連れて来る事だ」
「と、言いますと?」
「今回はベヘモットではない
アモンという好戦的な使徒らしいよ」
「好戦的ねえ…
どの道攻められるんでしょう?」
「そうだけど、ベヘモットみたいにすぐに引かないかも
よほど好戦的なのか、あのベヘモットがしつこいって嫌そうな顔をしていた」
「そりゃまた…」
将軍が嫌そうに口をへの字に曲げてみせる。
「満足するまで退かないんじゃないかって」
「うへえ…
面倒そうな奴ですね」
将軍が嫌がっているが、更に魔物の情報が告げられる。
「どうやら主要な魔物はオークとワイルド・ボア
それとワイルド・ベアもいるらしい」
「ワイルド・ベアですか?
熊の魔物ですよね?
どんな魔物なんだか…」
「うん
普通の熊でも危険なのに、そいつの魔物だから、相当危険な魔物だと思った方が良いかも」
「うーむ」
「それにオーガや他の魔物が居るかも知れないって」
フランドールが情報の補足をする。
「本当ですか?」
「ああ
今は北の半島から進軍しているらしい
あそこは人がほとんど住んでいないから良いけど…」
「北の半島…
巨人が住んでいるというあの危険な地ですか?」
北には半島が北から北西に向けて伸びており、そこには昔から巨人が住んでいると言われていた。
その為入植や拠点作りは諦められており、長く放置されていた。
一部街に住めない者が北に向かっていたが、その後の消息は不明だった。
生きているのか?
死んでいるのか?
恐らく生きては行けないだろうが、それを確認する術は無かった。
「それで魔物が…」
「?」
将軍は何か思い付いたのか、真剣な表情で話し始める。
「殿下
最近魔物が活発になっています」
「ああ」
「それが北からの進軍が原因なら…」
「まさか?」
「いえ、考えられますね」
フランドールも頷く。
「北からの進軍に、オーガが南に向かい…
それに恐れをなした他の魔物が南下をしたとなれば
以前にも増して魔物が増えるでしょう」
将軍はそう言うと、地図上に駒を置いて示す。
それを見ながらギルバートは答える。
「それが本当なら、今はチャンスなのかも?」
「チャンス?」
「ああ
今なら魔物から進んで接近して来るから、狩に出るのが容易になる
そうなれば訓練にうってつけだ」
「な…
それはそうですが、兵士に危険が!」
「それでも、兵士がこれから戦うのにはうってつけな相手だ
せいぜいこっちの訓練に付き合ってもらうさ」
ギルバートはニヤリとな獰猛な笑みを浮かべた。
将軍はやれやれといった感じで手を上げて頭を振った。
「しかし、そうなると私の私兵も早急な訓練が必要ですね」
「その様ですな
先の話し合いでも、まだまだ腑抜けた者が多く見られました
失礼ですが、フランドール殿はまだまだ彼等を掌握出来ていない様子ですね」
「はい
不甲斐ない限りです」
「こうなると、早急に立て直しをしなければなりません
でないと、奴等が訓練をした精鋭だと危険です」
「そうだな」
「訓練?
精鋭?」
フランドールはその言葉に驚いていた。
彼等が戦っていた魔物は野生で、およそ訓練等程遠いものだった。
「そうです
フランドール殿は訓練された魔物は…
見た事は無さそうですね」
「ええ
聞いた事もありません」
「2年前、この街を襲った魔物は十分な訓練を受けていました」
「それもしっかりと鍛え上げられていてね
ただのゴブリンがオーク並みの戦いをしていたんだ」
「ゴブリンがオーク?」
「そう
筋骨隆々としたゴブリンが指揮して、統制の取れた攻め方だったよ」
「それは…恐ろしいですね」
「ああ
ゴブリンでああだったんだ
それがオークだとどうなるのか…
考えたく無いよ」
ギルバートは溜息を吐き、将軍も頷く。
それでフランドールも本当の事だと伝わり、それの恐ろしさに嫌な汗が流れた。
「このままではいけませんね」
「ええ
早急に軍隊の質を上げなくては」
「明朝から本格的な訓練を始めましょう
オレはこれから兵士に伝えて来ます
そのせいでごたごたが起きるかも知れませんが、こちらで対処してもよろしいですか?」
ギルバートはそれを聞き、将軍の考えに頷いた。
ここで反乱が起きれば、早い内に膿を出し切れるだろう。
「将軍に任せます
必要なら手伝いますから、呼んでください」
「その時は頼みます」
そう言って将軍は会議場へ戻って行った。
それを見送りながら、ギルバートは再びソファーに着いて話し始めていた。
フランドールに名簿を作ってもらい、それを見ながら班分けを行い、翌日からの訓練の振り分けを話していた。
将軍が向かった会議場で、大きな物音がするまで、それは続いていた。
せっかくのクリスマスですが、用事が無いので続きを上げておきます




