第82話
フランドールはギルバートの話を聞いて、彼の家族を守ろうと思った
それは今の事ではなく、彼がここを発ってからもだ
自分が守る事になるこの街で、一生を賭けて守ろうと思った
それはギルバートへの友誼だけではなく、その父親に対する尊敬の念も込められていた
大切な家族と街を守る為、その身命を賭した前領主
彼の遺志を継いで、共に守って行こうと思ったのだ
フランドールは剣帯から長剣を外し、ギルバートの前に置いた
昨日の戦闘の後に、そのまま忘れていたのだ
フランドールはその剣をギルバートに返そうと思って差し出した
「フランドール殿?」
「昨日はそのまま持って行ってしまいました
これは貴方の剣です
お返しします」
「いえ、そういう訳には…
これはあなたの剣が返ってくるまで持っていてください
それまでは代わりと言ってはなんですが、使ってください」
「しかし、それでは貴方が剣が無いのでは?」
「いえ、これがあります
それに普段はこっちもありますから」
ギルバートは脇に置いた大剣と小剣を示し、小剣を引き抜いて渡して見せた。
「こっちは父上から頂いた剣です
特殊な付与はありませんが、耐久性は高めてあります
そこらの兵士相手では折る事も出来ませんよ」
「ほう
なかなかよく鍛えた剣ですね」
フランドールは小剣を見て、素直な称賛を持った。
簡素で飾り気は無いが、しっかりと鍛え上げられた逸品だった。
「しかし、その大きな剣では扱いが難しいのでは?」
「え?
ああ、こいつは身体強化の付与が強力なんで、振り回すのは容易なんです」
フランドールから返された小剣を仕舞い、今度は大剣を手渡す。
フランドールは注意しながら大剣を引き抜いたが、それは思ったよりも軽く感じた。
「え?」
「軽く感じるでしょう?
魔力が有る者が持てば、その魔力で軽く感じてしまううんですよ
まあ、大抵の者は多かれ少なかれ、魔力は持っている筈ですから
持って驚くんですけど」
アースシーの人間は、ほぼすべての者が魔力を持っている。
それは少なくても生活に問題が無いのだが、多い者は逆に体力が少ないという特徴がある。
恐らく、体力が少ない者が苦労しない様に、女神様が授けているというのが通説だった。
「これは…
しかし、大きいから取り回しが難しいですね」
「ええ
そこは慣れるしかありませんが」
「それでも、これであの巨人を倒すとは…」
フランドールは慎重に剣を構えてみせる。
持つのは簡単だが、地面に触れずに扱うには注意が必要だ。
「その鬼殺しの大剣はスカル・クラッシャーと名付けました
なかなかの名剣でしょう?」
「スカル・クラッシャー??」
「うわっ
それはないわ…」
フランドールもアーネストも、剣の名前を聞いて微妙な顔をする。
「へ?」
「もっと他に名前がありませんでしたか?」
「さすがに物騒だな」
二人共苦笑をしている。
「へ、変かなあ?」
「うん」
「ええ」
「…」
「兎に角
切れ味もよくしてあるし、耐久性もオーガの骨とは思えないほど上がっている
スキルが使えるフランドール殿なら、オーガでも楽に倒せますよ」
「え?」
「あ…そうか
スキルについて、まだ話していませんでしたね
アーネスト」
ギルバートがアーネストに振り向くが、アーネストは頭を振る。
「ここでは危険だろう
外でやろうぜ」
「そうだな」
ギルバートはフランドールから剣を受け取り、外へ向かおうと促す。
三人は連れ立って邸宅を出て、守備部隊の訓練場へ向かった。
歩き出しながら、フランドールは苦言を呈する。
「そのう…
スカル・クラッシャーでしたっけ?」
「え?」
「どうせならボーン・クラッシャーではダメですか?
些か物騒過ぎる様な」
「そうだよな
骨砕きの方がしっくりするな」
「うーん…」
「まあ、ギルバート殿がそれで良いなら、変える必要がありませんが」
「ただ、銘を紹介する度に引かれるだろうな」
二人が苦笑をする姿を見て、ギルバートは本気で改名を考え始めていた。
訓練場入ると、ギルバートは木剣を持ち、一本をフランドールに渡した。
最初にギルバートが開けた場所に立ち、スキルを出して見せる。
「いくつか使える様ですが…
スラッシュ
ブレイザー
スラント
それから…バスター」
ズドン!
最後のバスターは、まだ将軍とギルバートしか使えない。
「え?
ええ??」
フランドールは各スキルの様子を見て、困惑する。
「やはり、まだ使いこなせていないみたいですね」
「そもそも、スキルを知っているだけでしょう
まだスキルを習得した者が居ないのでは?」
「うーん
そこからか…」
「そもそも、スキルの習得とは?
どういった事なんですか?」
ギルバートはスラッシュの構えを取り、そのまま振るう。
「これは…
スキルのスラッシュを真似た技です
完全なスキルではありません」
「それでも威力があるから、普通は十分に使えると思ってしまうんだよね」
アーネストが補足する。
「本当にスキルを使える様になったら
頭の中に声が響きます」
「スキルが使える様になりました
または称号を獲得した時に使える様になるみたいです」
「称号…」
フランドールはあの声を思い出し、剣を構えてみせる。
「そう、構えてから意識をスキルに向けて…
慣れるまでは声に出して使ってみたら良いですよ」
「スラッシュ!」
シュバッ!
鋭い風切り音がして、フランドールは数歩前に移動していた。
「…え?」
「それが本物のスラッシュです」
「剣を振り抜きながら、数歩分移動するんですよ」
「ですから、移動を考えながら使う必要があります」
「これが…スキル?」
「威力も格段に上がります
ですから不用意に使わない様に注意してください」
「スラッシュ!」
シュバッ!
「スラッシュ」
シュバッ!
フランドールは繰り返して使ってみせる。
繰り返して試すうちに、段々と安定して移動する様になり、使った後もふらついたりしないで隙も少なくなってくる。
「乱戦で囲まれた時や、少し離れた相手に致命傷を狙う時に有効です」
「ただし出した後には隙が出来ます
それに多用しては疲労が出ますから
ギルもそれで危険な目に遭っていますから、多用は禁物です」
「そうですね
やはりスキルは、ここぞという時に使うのが良いでしょう」
「ふう…
確かに、少しふらつき、ますね」
フランドールは肩で息をして、木剣で身体を支える。
「恐らく、フランドール殿はブレイザーまでは使えるかと
スラントとバスターはまだ練習してませんよね?」
「ええ
どちらも初めて見ました」
「やはり、王都ではまだ公開されていないみたいだな…
何か事情があるのか?」
「安易に知らせるのは良く無いのかも?」
ギルバートとアーネストは真剣な顔をして話し込む。
その間に、フランドールは見よう見真似で、スラントを試してみる。
最初は不格好だったが、そのうち綺麗な線を描いて回してみせる様になった。
「こ、こうかな?」
「ええ
そこから思い切って切り上げます
振り始めだけ意識して、後はタイミングを合わせて切り替えるだけです」
「ふー…
スラント」
シュッシュ、ズバーッ!
小気味の良い音を立て、見事な三角を描いてみせる。
「こうか!」
「ええ
見事です」
「どうやらスキル自体は使えるみたいだな
実際にどんなスキルが使えるか…調べる術があればなあ」
喜ぶ二人を見ながら、アーネストは相手のスキルを見れる方法が無い事を悔やんでいた。
相手の素性やスキルが調べれれば、色々と対策が出来るのに。
そんな事を考えている内に、フランドールは次のスキルを試していた。
「ば、バスター」
しかし、スキルが使える者の様に、身体が自然と跳躍する事は出来なかった。
スキルで出せれば2mぐらいの跳躍が容易に出来るのだが、今のフランドールはせいぜい1mも飛んではいなかった。
「こちらはまだまだ、修練が必要そうですね
使える様になれば、自然と引っ張られる様に跳び上がれる様になります
慣れれば2mぐらいは跳べますよ」
「はあ、はあ…
うーむ、難しいな」
「もしかしたら…
フランドール殿が得た称号には、バスターのスキルは無いのかも知れませんね
称号やジョブ…与えられた職によって違うのかも?」
「ジョブ?」
「ええ」
アーネストはまた新しい単語を説明しだした。
「詳細はまだ分からないけど、どうやらその人に見合った職業が得られるみたいです
例えば戦士とか騎士みたいな…
中には鍛冶師もあるみたいですが」
「商工ギルドで数人、鍛冶師と細工師というジョブを得られたという報告があります
それのスキルはまだ不明ですが…」
「そうか…」
フランドールは頷き、自身の称号について考える。
「私は勇者という称号を得た
それはどういったものなんだろう?」
「恐らくは、勇気ある行動が認められたのかと
果敢にオーガに向かって行きましたからね」
「果敢だなんて…
ただ、ギルバート殿が一人で向かって行くのが危険だと思って
実際は足が震えていましたけどね」
「それでも
自身からあの危険な魔物に向かって行ったんです
女神様もきっと、その勇気に評して称号を与えたんだと思います」
「そうかなあ…」
フランドールは照れながら、それでも満更でも無さそうにしていた。
それを見て、ギルバートは女神の存在に疑問を感じていた。
人間の営みを守り、困難に打克とうとする者に手助けをする優しく聡明な神様。
そうかと思えば、無慈悲に魔物を呼び寄せて、街や城を襲わせてもいる。
それに、なによりも自身の過去を考えると、どうしても納得がいかない。
詳細はまだ不明だが、どうして自分を殺そうとしていたのか?
「本当に、それだけと思っていますか?」
不意に、訓練場に艶やかな声が響いた。
それは数年前に聞いたあの声だ。
「何?」
「誰だ!」
三人が振り返ると、そこに一人の男が立っていた。
紫の派手なローブに身を包み、顔には怪しげなマスクを着けていた。
「お久しぶりね
王子とその親友の小さな魔導士さん
それと…そちらは新しい英雄の卵」
男の言葉に、フランドールは訝し気な顔をしてギルバート達を見る。
「どういう事です?」
「そいつは女神様の僕、フェイト・スピナーです
名をベヘモットと言います」
「あら、覚えていてくれたの?」
「ああ、覚えているさ
あの時以来だな」
「ふふふ…」
ベヘモットは艶然と微笑み、優雅に礼をする。
「フランドールさん、でしたね
初めまして」
「どうして…
どうして女神様の僕が?」
「そうですね
今度は何の用ですか?」
「うふふふ
本当は再会を祝してって言いたいけど…
そうもいかないのよね」
ベヘモットはマスクから覗く口元を歪め、残念そうに溜息を吐く。
「今…
こちらに向かって魔物が近付いて来ているわ」
「な!」
「またか!
あんたが来る時は、毎度そうなのか?」
「魔物だって?」
「そうね
あの時はわたくしが命じられて来ていたわ
でも、今度は違うの
わたくしよりも厄介よ」
「はあ?」
「今度はフェイト・スピナーでも一番の武闘派の者が来ているわ
その名もアモン
彼はオークとワイルド・ボアの部隊と、ワイルド・ベアも連れています」
「そんな…」
「それと、オーガも幾つか出していた様ね
他にも居るかも知れない
悪い事は言わない、すぐにここを引き払いなさい」
「ぐ…」
思ったより強力な魔物の布陣に、ギルバートは苦悶に声を漏らす。
オークでも苦戦しそうなのに、ワイルド・ボアが一緒とは。
それに、まだ見た事も無いワイルド・ベアまで居るという。
これでは多くの犠牲が強いられるだろう。
他にも魔物が居るという話が、一刻も早く避難をする必要性を伝える。
「だが分からん
なんであなたがそれを伝えに?」
アーネストが素朴な疑問を呈する。
それに対して、ベヘモットは微笑みながら答える。
「わたくしは今はね、あなた達の見張りから外されているの
2年前の負けからね、その責を解かれたのよ」
「それでも、こんな事を伝える理由が分からない」
「あら、簡単よ
わたくし達は元々、人間の営みを守る為に生まれているの
わたくしの子供達が魔物でも、わたくしは人間を守りたい気持ちがあるわ
いえ、人間達を愛していると言っても良いのかしらね」
そう言ってベヘモットは微笑む。
尤も、碌でも無い人間も居るから、そいつ等は狼の餌にでもするけどとも付け加える。
「しかし、それなら何故
あの時は魔物を率いていたんだ?」
「魔物を?」
「それはね、魔物に人間を襲わせるのは、女神様からの人間への試練よ
人間に試練を与え、結束と団結、生きて行くのに共通の敵と認識させる為」
「なるほど
そういう事なら納得は出来る
しかし、何で再び魔物が攻めて来る?」
アーネストが尤もな疑問を突き付ける。
人間を滅ぼすつもりが無いなら、今責めさせる要因は何だろう。
人間は今、魔物の脅威に対して団結しようとしている。
今魔物が攻めて来るのは、それを阻害している様にしか見えない。
「そこなのよね
だからわたくしは、今回の女神様の行動に疑問を感じ、あなた達に報せに来たのよ
このままわたくしのお気に入りの坊やが死ぬのは、我慢が出来ませんから」
そう言うと、アーネストの方を見てウインクをしてみせる。
それにアーネストは困った顔をして、ギルバートやフランドールの方を見た。
ギルバートはお手上げと手を上げてみせ、フランドールも顔を顰めていた。
「さあ、時間は無いわよ
奴等は北の半島から向かって来ているわ
遅くとも2週間ぐらいで近くに来るわよ」
「2週間か…」
「何を戸惑っているの?
逃げるならすぐに準備をしなさい」
「しかし、2週間では住民全てが逃げ出すには時間が足りない」
「あら?
なんで?
あなた達だけでも逃げなさいよ
聞かない奴等は捨て置けば良いわよ」
「な!
そんな事は出来ない」
「そうです
住民を見捨てるなんて」
「だったらどうするの?
住民を守る為なんて言って、ここに残るつもり?」
「ええ
オレは…この街が好きです
叶うなら、街を守って戦います」
「オレも同感だね」
「私もだ
そもそも、私はこの街を守る為に来たんだから」
「はあ
やっぱり説得は出来そうもないのね…
そう思っていたわ」
ベヘモットは悲しそうに呟くと、小さく溜息を吐いた。
「残念だけど、わたくしは誓約の為に協力出来ないの
ごめんなさいね」
「いえ
わざわざ報せていただいただけでも助かりました」
「そうですね
今回は助かりました」
フランドールとギルバートが礼を言っていると、アーネストがボソリと呟いた。
「協力は出来なくても、助言とかは出来ますか?」
「え?」
「おい!
アーネスト」
「ふふふ
さすがに頭は良いのね」
「ええ
エルリックがそうした様に、あなたも不審に思ったからこそ、ここに来たんでしょうから」
「そうね
わたくしに出来得る限りですが、助言をいたしましょう
それが本来のフェイト・スピナーの使命ですから」
ベヘモットはそう呟くと、真っ直ぐにアーネストを見詰めた。
少し遅れました
今日はクリスマス
時事ネタもあった方が良いんでしょうか?
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