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聖王伝  作者: 竜人
第四章 新たなる脅威
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第81話

夜が明けたのを感じて、フランドールは眠い目を擦って起きた

昨夜の事は朧気にしか覚えていないが、オーガの恐ろしさを忘れたくて酒が進んでいた様な気がした

そのせいで少し頭が重い

ふらつきながら寝台から下り、冷たい水で顔を洗った

ダーナの城門を朝日が照らす頃、住民達も朝の支度を終えて家を出ていた

広場には屋台も出て、朝から威勢の良い声が響く

昨日あった惨劇を忘れたかの様に、城門では今日も森へ向かう住民が集まっていた


「昨日の今日なのに、よく行く気になるな」

「しょうがないよ

 今日の糧を得る為にも、森での収穫は欠かせない

 後は自身の運に賭けるしか無いんだ」


分かっている事だが、裕福で無い住民の生活は逼迫していた。

森で採れる野草や果物。

猟が出来る者なら野鳥や猪等も狙っている。

それを街に持ち帰り、翌日には家族が街で売って収入を得る。


以前は魔物が居なくて、森もそこまで危険では無かった。

しかし魔物が出る様になってからは、守備部隊が出ているとはいえ、やはり魔物の犠牲になる者は後を絶たなかった。

特に昨日は、珍しくオーガが5匹も出た為に、被害は大きくなった。


「昨日の被害は、住民が24名と旅の商人が6名

 後は護衛の冒険者が12名って話だ」

「それは判明してる人数だろ?

 実際はもっと居るんじゃないのか?」

「だろうね」


アーネストは書類を纏めると、ギルバートの前に出した。

ギルバートはその書類に決裁の印を押すが、その手が止まる。


「この女性が…

 昨日の人か」

「ああ

 結局、旦那も子供も見つからなかった

 恐らくは魔物に…」

「そうか」


書類には見舞金の金額だけが書かれている。

それ以上の補償は仕様が無いのだ。

それに、こんな被害は日常茶飯事となりつつある。

早目に手を打たないと、被害は増えるだろう。


「今はオーガは散発的だが…

 その内増える可能性は高いだろうな」

「ああ

 オークの時がそうだったからな

 さすがにオークほどは増えんだろうが、それなりには出るだろうな」


アーネストの返しに溜息を吐きながら、ギルバートは決済印を押し終わる。

そこへ朝食の準備が出来たとメイドが伝えに来る。

いつもなら朝食までは寝ているのだが、今日は早くから目が醒めて、バルコニーで街を見下ろしながら作業をしていた。

主な作業は昨日の被害状況の確認と、そこで得た魔物の素材の確認だった。


「オーガが5匹

 コボルトが…50匹分?」

「実際の総数は分からないよ

 死体の数だから」

「そうなると、ワイルド・ボアの数も怪しいな」


ワイルド・ボアの肉は最近人気が出ている。

城門で回収した数は出ているが、中にはちょろまかした者も居るだろう。

数が思ったよりも少ないのだ。


「将軍が向かった側にも居たんだろ?

 それなのに76匹?

 こっちでも50匹近くは狩ってただろ?」

「ああ

 明らかに少ないな」


アーネストもその辺は予想していたらしい。

ギルドを介さずに、闇で捌いている者も居るのだ。


「例の選民思想者達との関係者

 奴らの資金源にもなっている」

「そいつは…」

「大丈夫だ

 将軍が動いている」

「しかし厄介だな

 これだけ大っぴらに動いているとなると、それだけ大きいって事だろう?」

「ああ

 それに大分根深く街に潜入している様だ

 葬儀の時のは上っ面の一部だ」


「むむ

 そういえば、奴等もその仲間なのか」


アルベルトの葬儀の時に、反乱分子が動いていた。

その時にも幾らか捕まえてはいるのだが、まだまだ仲間が残って居る様だ。

今回の選民思想者との密会で、目立った組織は炙り出された様だが、それ以外の組織も街に潜伏していそうだ。


アーネストが書類を渡し、ギルバートは書面に書かれた名前を見て驚く。

その名前には誕生日のパーティーに出席していた面々も入っていた。

それもギルバートに言い寄っていた少女の親族の名前が入っていた。


「これは…」

「どうやら本気でこの街の利権を狙っているらしい

 ここと…ここは既に捕まえている

 後はまだ捜査中だ」

「うん

 こっちは葬儀の後で捕まえたな

 しかし…怖いな」


話ながら書類を返し、食堂へ向かって歩き始める。

食堂には既にフランドールが着いていて、メイドが食事の準備を進めていた。

テーブルには黒パンと野菜スープ、ワイルド・ボアの肉をスライスしてサラダに乗せてあった。

別に籠に盛ったフルーツも用意されており、セリアとフィオーナはそちらを見ていた。


「おはよう」

「おはようございます」


二人が挨拶すると、フランドールも挨拶を返し妹達は籠を見詰めながら返事をした。

ジェニファーは俯いていて、気分が優れないのか小声で答えた。


「おはよう

 昨日はよく眠れましたか?」

「ええ

 疲れていましたから」

「そう…」


「母上?」

「ごめんなさい

 少し気分が優れなくて…」


そう言ってスープを少しとサラダを食べて、少し休むと早めに食堂を出て行った。

ギルバートは心配して、メイドに様子を見てくれとお願いした。


それからしばらくは、妹達がフルーツをメイドに切ってもらっているのを眺めていた。

ギルバートにとっては、母親も心配だったが妹の様子も気になったのだ。

今は家族に危害は加わっていないが、そのうち事態が悪化したら危険かも知れない。

そう思うと、フランドールに相談した方が良い気がしてきた。


「フランドール殿

 少し話したい事があるんですが」

「ん?

 どうしたんだい?」


フランドールは食べ終わったサラダの器を下げながら返事をする。


「ここではなんですから、後で執務室によろしいですか?」

「ああ

 構わないよ

 丁度聞きたい事もあったし」


ギルバート礼を言って席を立つと、先に執務室に向かった。


「おい!

 どうしたんだい?」


アーネストがパンを口に放り込み、慌てて追いかけてきた。


「ああ

 ちょっと心配事があってな」

「妹には聞かせれない事か?」

「鋭いな…」

「まあな

 あそこで話せないとなると、妹には聞かれたくないんだろ?」

「ああ」


ギルバートは口籠り、執務室に入る。

ソファーに座ると、向かいにアーネストも座る。


「それで?

 何が不安なんだ?」

「それが…

 今朝の話した件なんだが」

「ん?」


「もし…

 もし、危険な思想者が狙っているとしたら…

 家族が狙われるだろう?」

「ああ

 だから将軍にも巡回を頼んでいる」


「しかし、それでも万全とは言えんだろう?」

「そりゃあ…」


そこまで話していると、ドアがノックされた。

フランドールが入ってきたので席を勧める。


「それで、相談とは?」

「ええ

 これなんですが…」


ギルバートは今朝の書類を出し、フランドールに見せる。


「これは?」

「この街に住む不穏分子と、それに面会していた私兵のリストです」

「はあ?」


フランドールは不意を突かれたからか、間の抜けた声を出す。

それから改めてリストを睨む様に見詰め、私兵の側のリストも見る。


「これは…

 確かに私の私兵達だが…

 本当かい?」

「ええ

 街の警備兵達が張り込み、調べていた物です」

「うーん…」


フランドールは悩み、思わず唸ってしまう。

確かに、一部は態度が悪い札付きの者や素行の悪い兵士だ。

しかし、中には態度が良い兵士やとてもじゃないがその様な行動をしそうに無い者も入っていた。


「これが全部、危険な人物なのかい?」

「いえ

 勿論不審な行動を見て記録されていますが、中には偶々入った者もいるかも知れません

 ただ…それでも、来てすぐに尋ねるのは些か不自然かと」

「あ…

 そうだよな

 王都から来ているのに、ここに親戚や兄弟が居るワケがないか」

「そういう事です」


そう言われて、フランドールは唸りながらリストを見直す。


「それで…

 どうする?」

「そこなんですよね」


「まだ何もしていないので、こちらか不審だと責めれないし

 かと言って、家族に何かあってからでは…」

「そうか…」


二人は良い案が無く、頭を抱える。


「それなら、当面は将軍に頼むしか無いだろ?

 今まで通りに、警備に巡回させるしかないよ」

「そうか…

 それしか無いよな」

「私も、すぐにどうこうは出来ないと思う

 今は警戒して、相手が襤褸を出すのを待つしかないよ」

「そうですね」


アーネストとフランドールにそう言われ、ギルバートは納得出来ないが頷くしかなかった。


「一応、フランドール殿にも控えを渡せないかな?

 今後の対策にもなるから」

「そうだな

 私兵を纏めるにも、参考にはなるだろう」

「そうだね

 頼めるかい?」


そう言われて、アーネストは羊皮紙を取り出した。

無地の羊皮紙と書類を重ね、呪文を唱え始める。


「お?

 その呪文も完成したんだ」

「何だい?

 それは」

「文章を他の羊皮紙に写す呪文ですよ

 以前は図や絵しか出来なかったけど、どうやら文字も写せる様になったみたいです」

「へえ…

 それは便利だね」


アーネストは呪文を唱え終わり、写した羊皮紙と見比べる。


「うん

 問題無さそうだ」

「え?」


「まだまだ未完成でね

 長い文章では失敗があるし

 偶に文字が抜けてたりするんだ

 まだまだ研究が必要だよ」

「そ、そうか」

「実用化はまだまだの様だね」


ギルバートとフランドールは引き攣った笑いをし、アーネストは理解が出来ずにいた。

内心、二人はそんな呪文を軽々しく重要な書類に使うなと思っていたが、アーネストの方は練習して問題点や改良点を調べたくって使っていた。

この辺のズレが、魔法使いに多く見られる欠点であった。


「では、こちらが写しになります

 全員ではないでしょうが、一応注意しておいてください」

「ありがとう」


「一応確認しておくが…

 それはさすがに原本だよな?

 まさかそれも魔法で写していないよな?」

「何言っているんだ

 そんなの当然だろ」


ここで二人は安心していたが、実は意味は違っていた。

当然魔法で写したに決まっているだろう。

アーネストの心の声は聞こえていなかった。


結局、書類にはダーナの大店が数軒記されており、不正な商品の流れも調べられていた。

それと同時に、私兵の中でもそこそこの階級に居る者も名前が挙がっていた。

彼等は貴族の紹介の者以外にも、王都での大店から贔屓にされている者も入っていた。

それが腕利きの兵士として紹介され、今回の私兵の中にも入り込んでいた。

王都にも不穏分子は紛れていたのだ。

表向きにはなっていなかったが、王家に対して良く思っていない勢力も存在していたのだ。


「私の方でも気を付けるよ

 君のご家族をこれからも守って行きたいからね」

「すいません

 お願いします」


フランドールの言葉に、ギルバートは素直に感謝した。

自分がその内ここを去らないといけない以上、いずれはフランドールに任せないといけないのだ。

父の書類がどこまで本気なのか分らないが、場合によっては妹を嫁がせる必要もあるだろう。

この先がどうなるにせよ、フランドールに今から任せる事にした方が良いだろうと思った。


フランドールの気持ちは兎も角、ギルバートはフランドールを高く買っていた。

人柄もそうだが、腕も人望も申し分なく、さすが父が認めた後継者だと思っていたのだ。

逆にその事が、フランドールを苦しめているとは思ったいなかった。

フランドールはギルバートこそ領主に向いていると思っていた。

この気持ちのズレが、やがては大きな行き違いの元になるとは二人は思いもしなかった。

ちょっと短くなりましたが、キリが良いので

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