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聖王伝  作者: 竜人
追記 後日談
800/800

第800話

クリサリスの王都では、ギルバートとロバートが戦っていた

ロバートはこの50年の、思いを込めて剣を振るっていた

そしてギルバートは、そんな息子の成長に喜び、その剣を受け止めていた

そうして二人の戦いは、数時間にも及んでいた

ロバートはいつしか、汗だくになって剣を振るっていた

その心の中には、父への不満は薄らいでいた

剣を交える度に、父親の嬉しそうな笑顔が見える

それを見ていると、いつしか怒りや憎しみは薄らいでいた


「はああああ」

「ふん

 はあ、はあ…」

「ど、どうした

 年で、息が、上がったか?」

「お、お前、こそ」

「ぜやああああ」

「ふうんぬうう」

ガキン!


正面から振り下ろした剣が、二人の前で火花を散らす。

鋳潰しているとはいえ、ガーディアン同士の剣戟だ。

常人がまともに受ければ、手首から骨が砕けて、そのまま切り裂かれるだろう。

しかし互いに剛剣を振るい、力は拮抗していた。


「ふはははは

 やるではないか」

「父上も…」

「そうさな

 ガーディアンとしては…

 及第点かな」

「ん?」

「しかしまだまだ」

「何を!」

「ふん!」

バチバチバチ!


突如気合いを入れると、ギルバートの周囲が輝き始める。


「お前には…

 これは見せていなかったな」

「へ?

 はあ?」

「ああああああ…」

「な、何だよ!

 それは?」

「ふはははは

 これこそマーテリアルである証

 聖光輝じゃ」

「聖光…輝?」

「うむ

 いずれお前も、使える日が来るやも知れんな」

「な!

 それじゃあ今までは…」

「ガーディアンの力で戦っておった」

「な!

 舐めやがって!」

「静まれい!」

「あぐう!

 が、あああ…」

ビリビリビリ!


ギルバートの発した気合に、ロバートは身体が硬直する。

普通の咆哮や気迫なら、ロバートも影響を受けなかっただろう。

しかしマーテリアルが相手では、格が違っていた。

ギルバートの発した気迫に、ロバートの身体は委縮していた。


「な…

 なんだ…よ」

「すまんな

 手を抜いた訳では無い」

「ちく…しょ…」

「しかし聖光輝では、ガーディアンでもひとたまりも無いからな」


事実気迫だけで、ロバートは身動きが取れなくなっていた。

あの状態で切り掛かられていれば、そのまま切り裂かれていただろう。


「そうじゃな

 もう50年待とう」

「はあ?」

「次の50年後に、再びここに来る」

「な、何を…」

「その時にはあの様な…

 ふざけた馬鹿者は居ない様にな」

「あ、あれは…」

「言い訳は良い

 本来ならば、世界を滅ぼしても良いのじゃぞ」

「な!」

「ワシはその為に…

 この世界を見守る為に聖王となった」

「父…上」

「世界が再び、誤った道を進むなら

 ワシは実の子でも滅ぼすつもりじゃ」

「何で…

 そんな…」

「それがワシが滅ぼした、女神との約束じゃからじゃ」

「やくそ…く?」

「ああ

 二度と人間が過ちを犯さない様に

 そして魔物なんぞという誤った存在を無くす様に

 ワシは約束したんじゃ」

「魔物が…誤った存在?」」

「ああ

 本来ならば、彼等は人間と同等であるべきなのじゃ

 それを悪の象徴の様に扱って…」


ギルバートは、そもそも魔物という言葉が誤りだと感じていた。

そうして差別する事で、彼等は悪意の象徴の様に扱われていた。

しかしそれは、決して正しい解釈では無い。

むしろ魔物の方が、人間より平和を望んでいたのだ。

彼等が狂暴になっていたのも、全てが女神の仕業だったのだから。


「だからと言って…

 それがオレを棄てた事に…」

「棄ててなどいない!

 ワシはお前に…

 お前達に未来を託したのじゃ」

「そんな詭弁…」

「詭弁などでは無い

 ワシは…

 ワシ等は…」

「そうよ!

 ロバート」

「母上?」


ここでセリアが、ロバートに向けて声を上げた。

それに驚き、ロバートは構えていた剣を下ろす。


「しかし母上!」

「違うのよ

 ギルは…

 お父さんは何度も悩んでいたのよ」

「セリア

 言うな」

「え?」

「お父さんはね、あなたを信用して任せる事にしたの

 勿論アーネストが居た事もあったわ」

「セリア!」

「いいえ

 これは言っておくべきなの

 だからあなたは、言葉が足りないって言われるのよ」

「ぐむう…」


それはアーネストが、生前によく言っていた苦言だった。

ギルバートは口下手で、よく肝心な事を言わなかった。

だからそれで、勘違いされる事もあった。


「アーネストが居て、イチロ達も居る

 何よりもマリアンヌお姉様や、フィオーナ達も居たわ」

「しかし…」

「むしろ寂しがっていたのは…」

「セリア!

 それ以上は頼む…」

「もう

 自分が一番、息子に会えないって嘆いていたのに」

「え?」

「止めろよ

 ワシにも威厳というものが…」

「このまま勘違いされたままで良いの?」

「それは…」

「父上?」


いつの間にか、ギルバートは顔を赤くしていた。


「しかし何故です?

 そんな事情があるのなら、言ってくだされば…」

「いずれ話すつもりじゃった」

「もう!

 アーネストが居なくなったからでしょう?

 フィオーナぐらいしか話していなかったじゃない」

「だからそれは…」

「父上…」


ロバートはここで、父親の狼狽える姿に驚く。

彼の知る父親は、威厳のある王者の姿だけだった。

それがこうして、人間臭いところもあったのだ。

それを始めて、彼は目にする事が出来たのだ。


「しかし…

 何故です?」

「むう?」

「それなら事情を話して、こっちに住めば…」

「それは…」

「良い

 ワシが話す」


ギルバートはそう言うと、被っていた兜を外した。


「あ!」


それを見て、ロバートは驚愕していた。

兜の下から現れたのは、ロバートよりも若い男の顔だった。

ギルバートは女神との戦いから、年を取っていなかったのだ。

いや、年を重ねてはいたが、年齢を感じさせる老け方をしていないのだ。


「な、何で?」

「これがマーテリアルである事だ」

「そう

 そして私も…」

「母上?」

「ワシ等は年を取らない

 いや、正確には長命であるというべきか?」

「そう

 ギルはマーテリアルであり、私は精霊の血を濃く受け継いでいるわ」

「な…」

「そしてお前は、そのワシ等の血を受け継いでおる」


それはロバートにとっては、驚くべき事実であった。

しかしロバートは、年を重ねていた。


「しかしオレは…」

「マーテリアルに目覚めておらんからな」

「マーテリアルに

 それでは父上の様にマーテリアルになれば…」

「ああ

 そこで年齢を重ねる事は無くなるだろう」

「もう

 言葉が足りない」

「そ、そうか?」

「場合によっては、少し若返るって…

 イスリールが言っていたでしょう?」

「う、うむ

 そうじゃったかな?」

「それじゃあ…

 このままなら年老いて死ねる…と?」

「そうではあるが…」


ギルバートは言い難そうに、言葉を濁した。


「それならば、オレはなりません」

「え?」

「ロバート?」

「オレはこのまま、年老いて死にたいです」

「ロバート!

 しかしそれでは…」

「オレにはジャーネが居ます

 そして子供達や孫まで…」

「孫?

 もう孫が…」

「ギル

 もう50年も経っているのよ?」

「しかし孫とは…」


その様子を見て、フィオーナはマーヤの手を揺する。


「マーヤ

 曾祖父ちゃんのところに行きましょう」

「え?」

「彼に…

 ギルバートのい姿を見せてあげなさい」

「い、良いの?」

「ええ

 もう危なく無いわ」

「フィオーナ様…」

「大丈夫

 下に降りさせてちょうだい」

「は、はい」


フィオーナは曾孫の、マーヤの手を引いて降りる。

そして城門を潜って、二人は広場に向かって進む。


「ほら

 あれが孫娘の一人だ」

「お、おお…

 フィオーナにそっくりな…」

「はは

 それはオレ達の孫なんだ、似もするさ」

「孫が…

 それならなおさら!」

「嫌だ!

 オレは普通に死にたいんだ」

「しかしお前…

 既にガーディアンに覚醒しているんだぞ?」

「ああ

 だからこの先、常人よりは長生きをするだろうな

 しかしそれ以上には…」

「嫌か?」

「ああ

 オレには無理だ

 父上の様に、いつまでも生き続けようとは思わない」

「しかし…」

「くどい!」

「そうか?」


ギルバートは残念そうに、そして寂しそうな表情をする。


「いいだろ!

 他にも兄弟が居るんだ

 あいつらがいれば…」

「それは…」

「でもね

 ギルは本当にあなたの事を…」

「それは…そうかも知れないけど、オレは嫌だ

 普通は無理でも、せめてガーディアンとして死にたい」

「そう…か…」

「はあ…

 だから言ったでしょう?

 この子はあなたに似てるって」

「むう…」


ロバートがその気になれば、マーテリアルになれる可能性は十分にあった。

しかしロバートは、妻であるジャーネ達と共に老いて死にたいと思っていた。

ガーディアンであるので、通常の人間の数倍は長生きするだろう。

しかしそれ以上は、長生きをしたいとは思わなかったのだ。


「それよりも…

 本気なのか?」

「むう?」

「50年後に再び来るって…」

「それは本気じゃ

 人間は過ちを犯す」


ギルバートはそう言って、こちらを窺うフランシス王国の王太子達を睨む。


「しかし人間を滅ぼすってのは…」

「それは最悪の場合じゃが…

 止むを得ん場合には…」

「ちょ!

 ちょっと待てよ」

「勿論、改善されておれば問題は無い

 ワシ等はそのまま帰るだけじゃ」

「しかし…」

「お前なら…

 お前達ならそれが出来る

 ワシはそう信じたから、お前をこの世界に残した」

「だからって…」

「ワシの期待を、裏切らないでくれ」

「父上…」


ギルバートはそう言うと、剣を収める。

その前にはフィオーナに連れられた、マリアーナ王女が立っていた。


「おお…

 本当にワシ等の孫…なのか?」

「ええ

 お兄様と私達の子供達の、孫になりますわ」

「あ、曾孫になるのか」

「ええ

 そうね」

「はははは…

 そうか…そうか…」

「曾祖母ちゃん?」

「さあ

 曾祖父ちゃんに顔を見せてあげなさい」

「う、うん…」

「はははは

 名は?

 名は何という?」

「マリアーナよ」

「ひ、曾祖父…ちゃん?」

「ああ

 マリアーナ

 よく顔を見せておくれ」

「う、うん」


ギルバートはマリアーナを、抱き寄せて抱える。


「はははは

 可愛いなあ」

「ふふっ

 ロバートにもそうしてあげてれば…」

「むう?

 ロバートは男の子じゃぞ?」

「だから駄目なんですよ!

 あなたの息子ですよ?」

「むう…」

「お義母さん

 止めてくださいよ」

「あら?

 そう望んでいたでしょう?」

「それは…」


ギルバートは、嬉しそうにマリアーナを高々と抱き上げる。

そうして降ろした後に、真面目な顔をしてロバートを見た。


「ロバート

 すまなかった

 ワシは父親として…」

「もう…

 良いんです

 分りましたから」

「ロバート…」

「まさか父上が、そんな口下手だなんて…」

「い、いや、それは…」」

「ふふふ

 しようがない人なのよ」

「フィオーナ…

 お前にも苦労を掛けた」

「良いんですよ

 その分アーネストには、愛してもらいましたもの」

「そう…か…」


ギルバートはそう言うと、寂しそうな笑みを浮かべる。


「ワシは…

 行かねばならん」

「ええ」

「曾祖父ちゃん?」

「父上…」

「あれらを守らねばならん」

「そうね」

「もう…

 会えないの」

「いいや

 お前が良い子にしていれば、ワシは再びこの地に現れる」

「父上

 さっきは違う事を言っていましたよ?」

「あ!

 うむ…

 それは…」

「はははは」

「ふふふふ」


ギルバートは振り返ると、魔物達に合図を送る。

それで魔物達は、整列してから森の中に入って行く。

そこから再び門を開き、元の世界に帰って行くのだ。


「また…

 50年後に来てくれるんだな?」

「ああ

 来るぞ

 じゃからその時にまで…」

「ああ

 変えてみせるさ」

「ああ

 期待しておるぞ」


二人はお互いを見て、ニヤリと笑って見せる。

その姿は、やはり親子だと認めざるを得なかった。

それほど二人の笑い方は、そっくりだったのだ。


「フィオーナ

 一緒に来ないか?」

「私は…」

「アーネストにはああ言ったが、どうだ?」

「ですが私は、もう…」

「その寿命が尽きるまで…

 一緒に居てやってくれないか?」

「まあ?

 それじゃあ?」

「ああ

 あの馬鹿が、それを望んでおる」

「ん、ごほん!」


ギルバートの背後で、ローブ姿の一人が咳払いをする。

ロバートはその声に、懐かしさを感じていた。


「父上!

 まさか?」

「内緒だぞ

 あの馬鹿、仮病なんぞ使いおって…」

「それじゃあ!

 あれも?」

「そうじゃな

 それでこっちに来ておった

 そのくせフィオーナが居ないと寂しがっ…」

「えへん!

 ごほん!」

「ふふふふ

 しょうの無い人」

「ああ」

「はあ…

 全く、あなた達は…」


ロバートはそう言って、首を横に振った。


「良いのですか?」

「ああ

 あの馬鹿の為にも…

 頼む」

「そうね

 でも、長生き出来ませんよ?」

「それでも良い

 来てくれ」

「はい」


フィオーナは頷いて、ギルバートの隣に向かおうとする。


「曾祖母ちゃん?」

「ここで…

 お別れね」

「行ってしまわれるの?」

「ええ

 大事な人が…待っているの」

「私よりも?」

「ええ」

「もう…

 会えないの?」

「そうね

 あなたも大人になれば…

 分る日が来ます」

「お、曾祖母ちゃん!」

「元気でね」

「曾祖母ちゃん!」

「さあ

 一緒に見送ろう」

「う…

 うわああああん」


小さなマリアーナには、その別れは理解出来なかった。

しかし悲しくて、声を上げて泣いていた。

そしてギルバート達は、その小さな王女に別れのキスを送った。

女神の愛に包まれて、健やかに過ごせます様にと祈りながら。


こうして聖王は、再び自身の王国へ戻って行った。

50年の後に、再び訪れると約束して。

アース・シーから、彼等は去って行った。

これでこの物語は終わりです。

機会があれば、続編なり書こうと思います。


ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。

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