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聖王伝  作者: 竜人
第三章 新たなる領主
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第80話

冒険者ギルドから飛び出し、邸宅の中へ走り込む

その間にもギルバートとの距離は開く

彼は階段を駆け上がると、自室へと飛び込んで支度を始める

魔物と戦う為に装備を身に纏って行く

自室から飛び出したギルバートは、その手に2本の剣を握っていた

片方は最近愛用用していた長剣で、もう一方は見た事も無い武骨な大剣であった

ギルバートは追い付いたフランドールに長剣を渡し、自らは大剣を背負った


「これはオークをも倒せた剣です

 あなたを守ってくれるでしょう」

「君は?

 君はどうするんだい」


フランドールの言葉に、ギルバートは無言で背中の大剣を叩いた。


「な!

 ギル、それはまだ試作なんだぞ!」

「構わんさ

 こいつの実力を知る良い機会だ」


ギルバートはそう呟くと、止めようとするアーネストの手を躱し、再び走り出した。

見ると既に階段を駆け下り、邸宅の出口へと向かっていた。


「は、早い!!」

「くそっ

 身体強化も上がっているのか」


二人は慌てて走り出すが、その差はどんどん開いていく。

後ろからは廊下を走るなと執事の声が聞こえた。


「あの剣は何です?」

「え?

 試作のオーガの骨で作った剣ですよ」

「オーガ?」


フランドールはまだオーガを見た事が無かった。

話では身の丈3ⅿほどの巨人と聞いていたが、それがどれほどの化け物かは知らなかったのだ。

ただ、ギルバートの身長に近い大きな剣を見て、それがどれほど扱い難いかは想像が出来た。


「あんな大きな剣を抱えて、上手く戦えるんでしょうか?」

「さあ?

 でも身体強化は付与されているから、大丈夫では?」


アーネストは走りながら答えていたが、その胸の内は実は不安であった。

身体強化が掛かっているので、今までの剣の様に振り回せるだろう。

しかし、実際は身長160㎝ぐらいのギルバートが、長さが130㎝もある大剣を振るうのだ。

膂力が足りて振り回せるにしても、地面に当たったりして不便だろう。

慣れていなければ思わぬ失敗もしそうだ。

フランドールの腰に下がった長剣も、1ⅿ近くの長い物であったが、今度のはそれよりも大きい。

上手く振り回せるのだろうか?


二人の心配を他所に、広場を抜けて城門に着く頃には、ギルバートは城門の外へ出ていた。


「うりゃあああ」


ギルバートは気勢を上げながら突っ込むと、大剣を横薙ぎに振るっていた。

その一撃に、突進していたワイルド・ボアが2匹、頭から両断される。


ズドン!

ブギイイ


城門の前は既に戦場となっており、30匹ほどのワイルド・ボアが駆けていた。

その背にはコボルトが乗っていたが、弓兵の的確な射撃に半数は落ちていた。

城門からフランドールが見た時には、既に大勢が決しようとしていた。


「くっ

 せりゃああ」

ザヒュッ!

ブギイイ


突っ込んで来たワイルド・ボアに対し、フランドールは抜刀しながら横へステップをして躱す。

そこから切り上げて、魔物の頭を切り飛ばした。


「え?」


ステップの軽さも驚きだったが、切り上げた感触が思った以上に軽かった。

身体強化の効果が、フランドールの予想を上回っていたのだ。

実は模擬戦とオークとの戦いでフランドールの地力は上がっており、それに身体強化が加わった為にその力は大きく上がっていた。


「フランドール様、危ないですよ」


守備部隊の兵士が駆け寄り、更なる追撃の魔物を倒して行く。


「ぬう

 せりゃあああ」

ザシュッ!

ブギイイ


フランドールも体制を整え、突進する魔物の胴を切り裂く。

見回せば魔物は数匹まで減っており、コボルトも全滅していた。

前に出ていたギルバートの方を見ると、森へ向けて身構えていた。

魔物が粗方片付いたのに、何を警戒しているのだろうと思い、フランドールはそちらへ向けて歩き始めた。


数歩歩いたところで、地面が揺れている事に気付く。

そして地面を揺らしながら、大きな足音が聞こえてきた。


ズシンズシン!

グガアアア


森の上から大きな顔が現れ、恐ろしい吠え声を上げた。

その恐ろしい形相には牙が生えており、頭には1本の角が生えていた。

巨人の食人鬼、オーガが姿を現した。


グガアアア


横から更に2匹の顔が現れる。


「くそっ

 将軍が向かった側以外にも居たのか」

「退がれ!

 退がれー!」


兵士達ではさすがに荷が重い。

兵士達は城門へ向けて撤退しつつ、残党のワイルド・ボアを狩っていった。

そして代わりにギルバートが残り、オーガと正面から睨み合った。


「危ない!」


堪らずフランドールも駆け出し、ギルバートの側へ向かった。

アーネストも援護をするべく、呪文を唱え始める。


「大気に漂いしマナよ

 その力を顕現し、我が指先へと宿れ

 食らえ!マジックボルト!」


アーネストの指先から魔力の塊が打ち出され、魔法の矢となって右奥のオーガの顔に当たる。


ズドドド!

グガアア


オーガが顔を押さえて、苦悶の声を上げる。

その隙を突いて、ギルバートは剣を肩に担いで駆け出した。


「うりゃあああ」


「そんな、無謀な」


フランドールは、正面から突っ込んで行くギルバートを見て驚愕する。

見れば左のオーガもギルバートを狙っている。

このままでは2対1になる。


「くそっ!

 はああああ」


フランドールもオーガの気を引く為に、気勢を上げて突っ込んで行った。


正面のオーガはギルバートに向けて拳を握り、正面から殴りつけた。

左のオーガはフランドールの声に気付き、迎え撃とうと前へ出る。


グガアアア

ズドーン!


ギルバートはギリギリまで引き付けて、ステップで拳を躱す。

摺り抜けた拳は炸裂音を立てて地面に叩き付けられ、周囲の木を砕いて地面を陥没させた。


「ふん

 はーっ」

ザヒュッ!

グガア


ギルバートは避けた右腕に飛び掛かり、身体を捻りながら大剣を振るった。

大剣は見事に腕を切り裂き、右腕の肘から先が切り落とされた。

ギルバートはそのまま体制を切り返し、二の腕を駆け上がる。

オーガは痛みに悲鳴を上げながらも、左手で叩き落とそうとした。


ガアアア

ブン!


しかしギルバートはそれを躱し、空中で左手を足場にして飛び上がる。


「ふううう

 ブレイザー」

ザクッ!

ズシャーッ!

グオオオオ


大剣は肩から切り裂き、胸の辺りから切り上げた。

オーガは断末魔の叫びを上げて、胸を左手で押さえながら崩れ落ちた。


ズズーン!


大きな音を立てながら、1匹目のオーガは死んだ。

その音に気付き、右のオーガが顔を押さえながら拳を振るう。

しかし目が見えていないのか、その振るう拳は空を切っていた。


ギルバートがオーガと戦っている間に、フランドールもオーガと向かい合っていた。

彼の本音としては、これほどの巨大な魔物は初めてで、内心は気圧されていた。

しかしギルバートを守りたい一心で飛び出していた。

恐ろしいが倒すしかないと覚悟決めていた。


ウガアアア

ドゴン!

ズガアン!


身体強化が効いているのか、振るわれる拳をなんとか躱し、オーガの脚元まで近付く。

堪らずオーガも足で踏み潰そうとする。


ガアアア

ドーン!


「ふん

 スラッシュ」

ズバーッ!


振り下ろされた右足を躱し、左足にスキルのスラッシュを叩き込む。

剣の切れ味にも助けられ、その一撃は左脚を脛から切り落とす。

足を失った為、オーガはバランスを崩して腰を着く。


グガアアア

ドスン!


「もういっちょ!

 スラッシュ」

ズガッ!


すかさず左腕にもスラッシュを決めて、腕を失ったオーガはよろけて仰向けに倒れる。


グガアアア


オーガが倒れた隙を逃さず、フランドールは止めを狙った。

剣を上段に構え、跳躍しながら倒れた首元へ叩き付ける。


「ぬりゃあああ」

ズドーン!

グ…ガア…


オーガは苦悶の声を発して、そのまま息を引き取った。

首から多量の血が吹き出し、フランドールの周りも夥しい血が降り注いだ。

その中で気が抜けたのか、フランドールは膝を着いた。

それと共に、恐怖が甦ったのか身体が震えだす。


「な…なんとか、倒せた」


飛び散る鮮血を浴びながら肩で息をする。


ポーン!

勇者の称号を得ました!


頭の中で不思議な声が響く。


なんとか倒せた

一歩間違えば、自分の方が挽肉になっていただろう

それほど恐ろしい相手だった

これがオーガか

ギルバートはこんな化け物を相手に戦っていたのか


今さらながら、ダーナの兵士の強さが分かった様な気がした。

先のワイルド・ボアも十分に手強かったし、オーガ等と戦うのは正気とは思えない。

それでも街を守る為、この街の兵士は戦っているのだ。

ここで戦っていれば、自分達はもっと強くなれるだろうか?

いや、もっと強くならないといけないんだと、改めてフランドールは思った。


周囲を見回すと、ギルバートが最後の一撃を加えて、オーガが崩れ落ちた。

どうやらアーネストの一撃が効いており、視界を奪われた魔物は難なく倒された様だ。

周囲のワイルド・ボアも片付けられており、魔物の遺骸は街に運ばれていた。


「お疲れ様です」


振り向くと、オーガの返り血を浴びたギルバートが立っていた。


「すごい恰好ですね」

「フランドール殿も」

「あ…」


気が付くと、自分も血塗れで大変な事になっていた。


「早く帰って、風呂に入りたい…」

「同感です…」

「ぷっ」

「く、はははは」


二人は声を出して笑い、それで気が晴れたのか、フランドールは体の震えが治まっていた。


「これで、フランドール殿もオーガを倒せましたね」

「あ…

 そうか…

 倒せたんだよな」

「ええ

 オークに手間取りましたが、オーガは見事な手際でした」

「いや…

 無我夢中で、今でも実感が湧かない」

「それでも、十分ですよ

 あなたは勇気ある戦士です」


「そう言えば…

 何やら聞こえた様な…」

「え?」


フランドールはオーガを倒した時の事を思い出した。

頭の中に声が響いたのだ。


「勇者の称号を得ました…って」

「え?」


「頭の中で声が聞こえたんだ」

「それって…」


それは聞き覚えがある称号の事だが、勇者は初めてであった。

正確にはギルバートのブレイブ・マンも勇者の称号なのだが、勇者という称号自体は初めてだ。


「私が知る称号とは違うのかも知れません」

「君は…

 この現象を知っているのかい?」

「ええ」


「スキルを獲得した時に、同じ様な現象はありませんでしたか?」

「いや

 こんな事は初めてだ」

「え?」


ギルバートは困惑していた。

そうなると、王都の兵士がスキルを獲得したというのは、使える様になっただけなのか?

声を聞いて無いとなると、称号やスキルの獲得を得てない事になる。

そうなると、なるほど、王都の兵士が弱いワケが分かった様な気がした。


「フランドール殿

 スキルを真に使いこなせる様になると、声が聞こえるんです

 スキルを獲得したと」

「え?」


「そして、その声が聞こえていないとなると、スキルは形だけ使える様になっていたと思われます

 実際に称号を得た今、スキルの威力は上がっていると思いますよ」

「それは…

 本当の話なのか?」

「ええ」


「そうなると、今まで私達が使えると思っていたスキルは…」

「形だけの物です

 真に会得したら、強力な一撃になります」


そう言われて、改めて先の戦いを思い出す。

確かにギルバートの攻撃は段違いだった。

同じスキルなのに、自分は武器の切れ味に頼った強引な攻撃だった。


「あなたが授かった称号が、どのような効果を発揮するかは分かりません

 しかし、称号を授かったのなら

 何らかの恩恵とスキルが使える様になっている筈です」


フランドールは拳を握ったりしてみたが、どの様な効果が有るのかは分からなかった。

何かあると言われても、実感が湧かないし、目に見える効果は無かった。


「スキルに関しては、明日にでも試してみましょう」

「そうですね

 さすがに疲れました」


フランドールはギルバートの手を借り、フラフラと立ち上がった。

少し休んだのが効いたか、フラつくがなんとか歩けそうだった。


歩きながら、ぼんやりとオーガの死体を見る。


「しかし、未だに信じられません

 こんな化け物が居たなんて」

「そうですね

 でも…」

「でも?」


「こいつ等はFランク

 魔物としては低ランクなんです」

「え?」

「今は、まだ現れていませんが

 そのうちもっと強い魔物が現れるかも知れません」


「その時に備えて…

 今は信じて力を蓄えています」

「そう…ですか…」


フランドールは頭が混乱するのを感じた。

あんなに恐ろしいと感じた魔物が、実は下の方の魔物だとは。

しかも、もっと恐ろしい魔物が現れるかも知れないと。

ギルバートはもっと鍛えて、そいつ等と戦うつもりでいる。

自分はそこまで辿り着けるのだろうか?

そんな思いを抱えて、フランドールは城門を潜った。


今日の戦闘では死者は出ておらず、将軍の側でも負傷者しか出ていなかった。

しかし、住民と旅の商人に被害が出ており、無残に変わり果てた遺体が収容された。

中には遺品しか見つからない者も居て、遺族は悲しみに暮れていた。

墓は用意されたが、収める物がほとんど残されておらず、魔物の残虐さを現していた。


城門で泣き崩れる遺族たちを見て、フランドールは冥福を祈る事しか出来なかった。

己の無力さを感じ、この時初めて、フランドールは魔物を根絶やしにしたいと思い始めた。

固い決意を胸に、フランドールは強くなる事を女神様に誓った。

当初はこの80話で次の章にするつもりでしたが、もう少し長くなります

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