第799話
クリサリス王都の北側に、森から出た開けた広場がある
普段はそこに、やって来た隊商が列を成している
しかし今日は、そこには変わった一団が姿を見せていた
聖なる魔王、聖王が引き連れる魔物の集団が集まっていた
妖精の門を越えて、聖王がその姿を現わせた
その傍らには、いつの間に増えたのか兄弟姉妹が並んでいる
その光景を見て、国王ロバートは呻いていた
未だに両親は、兄弟を増やしている途中なのだ
「あらあら
負けていられないわね」
「ジャーネ…」
「おい!
さすがにワシでも…」
「大丈夫よ
お父様が残した秘薬があるわ」
「秘薬って…」
「あら?
あれはあなたが持っていたの?」
「ええ
もうお父様も必要無いって
昔に渡されたの」
「まあ…
いつの間に無くなっていたと思ったら…」
「あの?
お義母様?」
「え?
あらやだ
その頃の話しよ」
「そうね
今さら必要だって言われたら、さすがに私も引くわよ」
「ほほほほ…」
「こ、怖え…」
ロバートは引き攣りながら、フィオーナ達を見ていた。
ズシンズシン!
再び儀仗が打ち鳴らされて、兵士達は国王夫妻から視線を戻す。
気が付けば聖王は、巨人の間に並んで立っていた。
「アース・シーの者達よ!
私は還って来た!」
「父上!
今さら何の用ですか?」
ギルバートの言葉に、負けずにロバートが声を上げる。
「何の用?
それは勿論」
「人間が」
「行く道を誤っていないか」
「誤ってなどいません」
「どうかな?
それを確かめに来た!」
二人の掛け合いに、周りに居る者達は固唾を飲んで見守る。
しかしそこへ、予期せぬ闖入者が割り込んで来た。
「貴様が聖王などと名乗る愚か者か!」
「な!
何で奴等が?」
「そんな
まだ数日は掛かる筈ですよ?」
「そうです
日にちを偽って伝えましたから」
「しかし来ているぞ」
その者達は、東の森から姿を現わした。
来ているローブや鎧の文様から、西方のフランシス王国の者だと思われる。
そしてその先頭には、若きフランシス王国の王太子が立っている。
この記念式典に、物申そうと越境して侵入して来たのだ。
「あの馬鹿…」
「本当に懲りないですね」
「はあ…
未だに選民思想が抜けていないのね」
「ねえ
あの人達は誰?」
「ああ
フランシス王国の王太子達だ」
「聖王を認めないと、わざわざ乗り込んで来たんだ」
「馬鹿な人達…」
フランシス王国自体は、魔物を受け入れ始めていた。
しかし一部の王族が、未だに根強く反抗を繰り返していた。
そしてその代表が、この若き王太子であった。
国王はそれを知って、ロバート王に報せを寄越していた。
息子が馬鹿な真似をしない様に、止めてくださいと。
「貴様が聖王か!」
「何だ?
この場に相応しくない痴れ者か?」
「はあ…
ロバート?」
「違いますよ!
それはフランシス王国の馬鹿王子でして…」
「親にも反抗して…か?」
「そうです
まさか越境して来るとは…」
「ふん
ちょうど良いか」
聖王はそう言うと、オーガの戦士に視線を送る。
「アレン
2人連れて黙らせろ」
「気絶で良いですか?」
「ああ
殺さない様に気を付けろ」
「そうですね
うっかり殺しては、問題になります」
「うむ
任せるぞ」
「はい」
オーガの戦士は、流暢な公用語で応えた。
そうして兵士を二人連れて、王太子達の前へと向かう。
「な、何だ?」
「人喰い鬼か」
「魔物め…」
「ふん
未だにその様な妄言を吐くか」
「隊長
こいつ、殴って良いですか?」
「気を付けろ
この手はすぐに死んでしまう
手加減をしろ」
「はい」
「な!」
「手加減だと?」
「舐めやがって!」
フランシス王国軍は、騎兵が2個師団と歩兵が200名程であった。
これがクリサリスの軍ならば、オーガでは太刀打ち出来ないだろう。
しかし彼等は、魔物を舐め切っていた。
このオーガの戦士達は、聖王の軍の兵士なのだ。
「先ずはワシが…」
「あ!
ズルいですよ」
「うがあああああ!」
「ぬ…」
「がはっ…」
ビリビリ!
オーガの隊長であるアレンは、先ずは威嚇の為に咆哮を放った。
しかしその咆哮で、軍の大半が動けなくなっていた。
彼等は王太子の私兵で、そこまでの訓練を受けていなかたった。
だから咆哮一つで、ほとんどの者が動けなくなっていた。
「ああ…あ」
「終わっちゃったよ」
「む?
この程度か?」
「ぐ…
むう…
ふ…ざけ…」
「おお
良かった良かった
一人は動ける様だな」
「ですがこの程度では…」
「そうですよ…」
オーガの戦士達も、あまりの弱さに拍子抜けしていた。
一気に熱が冷めて、戦う意欲も失っていた。
「聖王様
これでよろしいですか?」
「ああ
まさかこの程度とはな」
「無理も無いわよ
あれから50年も経っているのよ?」
「平和ボケってやつ?」
「イチロおじさんが言っていたね」
「弱過ぎるわ」
ギルバート達も、あまりの不甲斐なさに呆れていた。
そこでギルバートは、ロバートの方を見る。
「まさかお前の軍も、この程度では無いだろうな?」
「な?
ふざけるな!」
「そうか?
平和ボケしてるって、イチロが言っていたぞ?」
「舐めるなよ…」
「あなた
止しなさいって」
ロバートは、ギルバートの挑発に顔を紅潮していた。
それにはロバートなりの、父親への思いがあった。
「どうした?
違うと言うなら、示して見せろ」
「言われ無くとも…」
「あなた!」
「止しなさい」
「いいえ
もう勘弁出来ない!
騎士団を集めろ!」
「は、はい」
「あなた…」
「そもそも、私を置いて行っておきながら…」
「それは事情が…」
「何が事情だ!
その割には向こうで、新しい家族を作って…
それに母上も!」
「私?」
ロバートの怒りは、母であるイーセリアにも向いていた。
「何故です?
何で私を棄てたんです」
「私はそんな…」
「事実でしょうが!
私一人を残して、二人は異世界に?
そこで仲良く、私以外の家族と幸せにですか?
どうして私だけ!」
「ロバート…」
「あ…
拗らせちゃったか?」
「そうね
やっぱりもっと、一緒に居てあげるべきだったのよ」
「だがなあ…
あの頃は無理だったぞ?
それに次に戻れた時も…」
「もう
ギルが放って置くから」
「お兄ちゃんグレたの?」
「切れちゃった?」
「お母さんに甘えたかったんだね」
「言ってやるな
余計に…」
「うるさい!
うるさいうるさい!」
ダンダン!
どうやら聞こえたらしく、ロバートはさらに顔を赤らめる。
そして悔しさから、地面をダンダンと踏み鳴らす。
「国王様」
「騎士団の準備は整いました」
「よし!
目に物見せてやる」
「え?」
「国王様?」
「ロバート様
無茶です」
「ええい
ワシが…」
「先に騎士を向かわせろ」
「開門!」
「開門!」
ギギギギ…!
兵士達は数人掛かりで、出て行こうとする国王を押さえる。
その間に騎士団が、聖王の軍に向けて進む。
それを見て、聖王の軍からはコボルト達が前に出る。
この程度ならば、自分達で十分だと判断したのだ。
「な?」
「コボルトの兵士?」
「舐めやがって…」
「気を付けろ
それでも聖王の軍だ
どんな猛者か…」
「負けられるかよ」
「そうだぜ
人数も半分の50人だ
負けられるか」
騎士団は総勢、4個師団の100名が集まっていた。
一方のコボルト達は、半数の50名が向かって来ていた。
両者は中央でぶつかると、激しく切り結ぶ。
しかし両軍の武器は、死傷しない様に鋳潰して刃を無くしていた。
ガキン!
ギン!
ガイン!
「うおおおおお」
「りゃああああ」
「おおおおお」
「あおおおおん」
両者は激しくぶつかり、最初は拮抗するかと思われた。
しかし次第に、練度の差が現れ始める。
クリサリス軍は近年、魔獣との戦闘も少なくなっていた。
その為に身体強化は出来ているが、持久戦には向いていなかった。
再三に渡る騎士の突撃を、コボルト達は左右に別れて躱す。
そうして躱した後に、後方から攻撃を繰り返す。
そうこうする内に、次第に騎士は落馬して動けなくなる。
動けなくなった騎士は、そのまま盾で殴られて気絶する。
「あ…」
「ああ…」
「実戦に慣れていないんだ」
「そんな
そんな筈は…」
「長く魔獣との戦闘も無かったから…
攻撃も単調なのよ」
それは素人であるフィオーナから見ても、同じ様な攻撃の繰り返しだった。
だからコボルト達はすぐに慣れて、追撃を繰り返していた。
一方で騎士達は、何で攻撃が当たらないか分からない
だから少しずつだが、削られて行った。
「何だ
奴等も大した事が無いな」
「王子
我々の方が…」
「そうですよ
奴等は向かって行っています」
「うるさい!
貴様等が不甲斐ないから…」
「そんな…」
「無理ですよ
あんな戦闘慣れした奴等に…」
「クリサリスの田舎騎士共が戦えているでは無いか」
「そうは言いますが…」
フランシス王国の兵士は、指揮官が悪いと思っていた。
しかし相手が王太子なので、それをいう事は憚れた。
代わりにクリサリスの騎士を見て、自身に足りない物を見出していた。
それは魔物にも恐れず、向かって行く気持ちだった。
それはクリサリスの騎士が、それだけ魔物に慣れていたからだ。
「うおおお…がふっ」
「わああああ
うがっ」
「くそっ!
不甲斐ない」
「ロバート
もっと訓練に工夫すべきだったわ
これでは勝てないわよ」
「お義母様、分かっています
しかしこんな…
ここまでの差があるとは…」
ロバートは城壁の櫓から、悔しそうに歯嚙みをしていた。
「どうした?
クリサリスの騎士はこんな物か?」
「くそっ!
こうなればワシが…」
「駄目ですよ!」
「そうよ
あなたが出て行ったら…」
「しかしこのままでは…」
「行かせてやりなさい」
「お母様?」
「お義母様?」
「男には、やらねばならない時があります
今がその時でしょう?」
「しかし…」
「ロバート
危険だわ」
「いいや
行かせてくれ」
ロバート王の真剣な顔を見て、警備隊長は道を開ける。
「気を付けて行ってください」
「うむ」
「あなた!」
「行かせてくれ」
「でも…」
「良いのよ
ジャーネ
聞き分けなさい」
「お母様…」
ロバート王は剣を手にすると、城壁の下へ駆け下りる。
そして繋げてあった馬に、飛び乗り支度をする。
「見ておれ
ワシの力を見せてやる」
「国王様
お気を付けて」
「うむ
行って来る
はいよ!」
ロバートは鐙を蹴り、馬を走らせた。
「我こそはクリサリスが国王、ロバートなり!」
「ふっ
お前が出て来るか」
「聖王よ
ワシと一騎打ちじゃ!」
「はははは
オレと戦うと言うのか?」
「ああ
ワシを棄てた積年の恨み
今晴らしてくれよう!」
「捨てたって…」
「ロバート…
それは違うのに」
「はあ…
まだまだ子供だな
行って来る」
「はい
ほどほどに叱ってあげて」
「ああ」
「お父さん
お兄ちゃんは…」
「大丈夫だ
軽く小突いて来るだけだ」
「もう
どうしようも無いわ」
「そうよ
拗ねているだけよ」
「でも…」
「父さん
なんならボクが…」
「いいや
ここは父親の役目だ
お前達は見ていなさい」
「はい」
「は~い」
ギルバートは合図をして、オーク達に馬を用意させる。
それは魔獣の馬で、角の生えた美しい白馬だった。
ギルバートはその馬に、鞍も着けずに飛び乗った。
「頼むぞ
ロシナンテ」
「ブルブル」
白馬は分かったと、返事をする様に鼻を鳴らした。
そうしてギルバートが首筋を叩くと、軽快に戦場へ駆け出した。
「見ろ
聖王が出て来たぞ」
「何て美しい馬だ」
「それに角も生えている」
「今、奴を倒したら…
あの馬も奪えるな」
「止めてください」
「そうですよ
勝てる筈も無いでしょう?」
「恥の上塗りですよ」
「うるさい!
こうなったら」
「止めてください」
フランシス王国の王太子は、この期に及んでまだ戦おうとしていた。
しかし兵士達は、その佇まいから聖王が並みの戦士では無いと感じていた。
だから向かって行こうとする、王太子を必死に抑え込んでいた。
「はあ!
さあ!
掛かって来い!」
「来たな!
食らいやがれ」
ブオン!
ガキン!
遂に二人の王が、戦場で剣を交えた。
それは怪我をしない様に、刃を居潰している剣ではある。
しかしお互いに、常人を凌ぐ力量と剣裁きを身に付けていた。
国王ロバートは、言うだけあってなかなかの剣裁きを見せる。
「せやああああ」
「ふん
なかなかやるな」
「父上こそ
子作りばっかりでは無かった様ですな」
「な!
あれは、そのう…」
「隙あり!」
「甘い!」
ギン!
ガキン!
動揺するギルバートの隙を着いて、ロバートは素早く突きを繰り出す。
それをギルバートは弾いて、そのまま袈裟懸けに切り降ろす。
しかしロバートも、素早く態勢を整えてそれを弾く。
お互いが笑みを浮かべて、力任せに切り結ぶ。
「あ…
危ないなあ」
「子作りですって」
「ふふっ
お父さん動揺してる」
「だけどねえ…
私達もう、成人しているのよ」
「お兄様ったら、私達を見た目通りの子供と思っているのね」
「そうね
私達は精霊の血が濃いのに
ロバートったら…」
「ふふ
お母さんに甘えたくって、拗ねているのよ」
「まだまだ子供だわ」
セリア達は、ロバートの心情は理解していた。
しかしそれには、どうしようもない理由があったのだ。
決してロバート一人を、ないがしろにした訳では無い。
むしろセリアは、いつも心配をしていた。
「でも…」
「何だか嬉しそう」
「そうだな
父さんとあんなに、まともに戦ってもらえるんだ」
「そうだよ
羨ましいぐらいさ」
「そうね
あの子…認めてもらいたかったのね」
多くの者が見守る中、二人の王の剣戟は続けられていた。
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