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聖王伝  作者: 竜人
追記 後日談
798/800

第798話

その少女は、老婆の話を聞いていた

それは随分と、古ぼけた物語の本だった

彼女の母親も、この本を読み聞かされて育ったという

彼女もこの物語を、気に入って聞いていた

それはこの王国が、未曾有の危機に陥った時の物語である

英雄的な王が、世界を救う為に立ち上がった

そうして恐ろしい魔獣を屠り、邪悪な神を打ち破る

物語としては、ごくありふれた物だった

違っているのは、その最後の下りだった


「こうして邪悪な女神は滅び、魔物は解放されました

 そうして魔物達は、人間の仲間になりました」

「どうして悪かったの?」

「そうね

 それは別のお話になるわ」

「そのお話もあるの?」

「ありますわよ

 図書館の奥に」

「見てみたい!」

「今度ですね」

「うん」


少女は元気よく返事をして、最後の行を真似して読み上げる。


「こうして…まものとなかよくなり、せいおうはあんしんされました

 かれはまんぞくそうにうなずくと、つまのてをとります」

「そうそう

 上手ですよ」

「どうして王様は、世界から居なくなるの?」

「そうね…

 それはまだ、マーヤには難しいかしら」

「ええ!

 どうしてなの?」

「そうね…

 向こうにも…

 この世界以外にも、魔物の世界があるの」

「魔物の?

 でもさっき、魔物は人間になったって…」

「そうね

 この世界では…ね」

「え?

 それじゃあ向こうの世界は?」

「向こうの世界は、魔物だけの世界なの」

「人間は居ないの?」

「そうね…

 王様は人間よ」

「でも、他は誰も居ないの?

 爺やや婆やも?」

「そうですよ

 ですから喧嘩しない様に、王様が必要だったの」

「王様が?

 どうして?」

「この世界でも、喧嘩しない為に王様がいらっしゃるでしょう?」

「うん

 お爺様も王様」

「そうですわね

 ですから彼等も、王様が必要だったのでしょう」

「ふうん…」


少女は分かったのか、分からないのか微妙な返事をする。

しかしその時、時報の鐘が鳴り響く。

読み聞かせの時間が終わり、昼食の時間を告げる鐘だ。

少女は思い出した様に、お腹が空いている事に気が付いた。


「ご飯の時間♪」

「そうですわね

 今日は何でしょうね?」

「シチュー?

 それともハンバーグ?」

「どうでしょう?

 良い子にしてませんと、駄目だって言われてましたよね?」

「良い子にしてたもん」

「そうです?」

「うん」


懸命に頷く少女を、老婆は微笑ましく見詰める。


「それじゃあ大丈夫でしょう」

「うん」

「はい、ですよ」

「う、はい」

「そうそう」


老婆はそう言って、少女を椅子から降ろす。

そうして手を繋いで、王城の廊下を進んで行く。

厨房の方からは、クリームを煮込んだ匂いが漂っている。

どうやら昼食は、彼女の大好きなシチューの様だった。


「うわあ♪」

「ちゃんと感謝の言葉を述べて」

「はい

 女神様と聖王様に感謝をのべて

 この食事の源になったものに感謝をのべて

 いただきます」

「はい

 いただきます」


老婆がそう言って、少女の器にシチューやパンをよそってあげる。

少女はパンを千切ると、それをシチューに浸して食べる。

柔らかい白パンではあるが、少女にはまだまだ固いのだ。

そうしてすっかりと、シチューとパンを食べ終わる。

その頃には正午を回って、日差しは午後のものに変わっていた。


カランカラン!

ゴーンゴーン!

「あれ?

 変な音がしてるよ?」

「そうですね

 今日がその日ですから」

「そのひ?」


聞き慣れない言葉に、少女はポカーンとした表情になる。


「あの銅鑼の音は、魔獣の襲来を告げる音です」

「魔獣?

 悪い獣の事?」

「そうですね

 ですが今日の銅鑼は…」

「違うの?」

「ええ

 急ぎましょう」


老婆はそう言うと、少女の手を持って小走りに向かった。


聖王ギルバートが去って、今日が50年目の日になる。

この日を想定して、国王ロバートは色々と準備を整えていた。

普段は魔獣の襲来を告げる、銅鑼の音がその合図であった。

そして王都の北西の森から、大きな巨人が姿を現した。


「出たぞ!」

「よりによって巨人?」

「オーガの奴より大きいぞ」

「エランが子供に見えるな」

「やめろよ

 オレでも腰までだぞ」


エランと呼ばれたオーガが、嫌そうな顔をしていた。

確かに彼の身長でも、その巨人の腰の辺りになりそうだった。

まさに大人と子供の差があった。

身長が2mを超えるオーガでも、その程度の大きさになるのだ。

それが本気で向かって来れば、王都の城壁でも破壊されそうだった。


「デカいな…」

「でも2体だけだろ?」

「いや

 あれは先ぶれだ

 見ろ!」


兵士の指差す先には、その後ろに続く魔物の姿が見えた。

キマイラの背中に、オーガが騎乗している。

その後ろには、武装したオークやコボルトも続いている。

そしてそれ以外にも、見た事も無い魔物の姿も見られる。

それが軍隊の様に、整列して姿を見せたのだ。


銅鑼の音に驚き、多くの者が城壁に向かって集まる。

ここ十数年は、この銅鑼の音を聞く事は無かった。

それは魔獣の出現が、この十数年起こっていなかったからだ。

だから王都の住民は、その音に驚いて集まっていたのだ。


「何だ?」

「何が起こったんだ?」

「何かあるのか?」

「そう言えば今日は、記念式典が行われるって…」

「それで鳴らしているのか?」

「おい!

 危ないから外に出るな!」

「ここで待機していろ」

「どうしてだ?」

「何かの行事だろう?」

「良いから外に出るな!」


兵士達は慌てて、外に出ようとする住民を止める。

中には城壁の、物見櫓に上ろうとする者も居た。

兵士達はそれを押し留めて、何とか安全な場所に誘導しようとする。

そんな中で、老婆が少女の手を引いて櫓に向かう。


「おい!

 そこは危ないぞ!」

「ええ

 分かっております」

「何が…」

「良いから

 あれはフィオーナ様だ」

「フィオーナ…

 国王様の義母の?」

「ああ

 先の宰相、アーネスト様の奥方だ」

「それでは少女は?」

「ああ

 ミリアリア王女様の娘さんだ」

「そんな方が何で?」

「分からん

 分らんがしかし、お通しして差し上げろ」

「あ、はい」

「どうぞ」

「はいはい

 あなた達はしっかりと見張ってね」

「は、はい」


兵士達は敬礼をして、老婆と少女が櫓に入るのを見送る。

そこには既に、警備兵達が詰め込んでいた。

中には城壁の護りを預かる、警備隊長の姿もあった。

老婆はその隊長に近付き、話し掛けた。


「どうです?

 魔物の姿は見えますか?」

「え?

 何を…

 これはフィオーナ様」

「ええ

 この子に見せてあげたくてね」

「しかしここでは…」

「大丈夫

 この子にも遠視の力はあるわ」

「ガーディアンの?」

「いえ

 そこまでは…

 ですがここから森ぐらいなら…」

「そうですか?

 では、こちらに」


隊長に案内されて、北側の窓から外を眺める。

そこには2体の、ヘカトンケイルが歩いて来ていた。

その姿は大きく威容で、全身を金属製の鎧で固めている。

その巨人の兵士は、真っ直ぐ森を抜けて開けた場所に出る。

そうして膝を屈すると、静かに跪いて後続の到着を待つ。


「うわあああ…」

「あれはヘカトンケイルね」

「ヘカトンケイル?」

「ええ

 夫も戦った事があると…

 この世界で一番大きい巨人ですって」

「あれが…」

「確かに大きいですな」

「おっきい!」


少女も感嘆して、思わず声に出して眺める。


「その力は山をも砕き

 振り回す腕は大木よりも太い…

 アーネストの言った通りね」

「アーネスト…

 曾祖父(ひいおじい)ちゃん?」

「ええ

 私もあの人から、聞いただけですから

 この目に見たのは初めてよ」

「へえ…」


少女は怖がりもせず、じっとその巨人を見詰めていた。


「だ、大丈夫…ですかね?」

「ええ

 あれがお兄様の…

 ギルバートの兵士ならば」

「聖王様の?」

「ええ

 ご覧なさい」


フィオーナの指差す先に、武装したオーガやコボルトが姿を現す。

彼等は綺麗に整列して、列を乱さない様に行進する。

そうして巨人の前に出ると、綺麗に並んで道を作る。

その奥からは、ローブを纏ったオークも姿を現した。


「来たみたいね」

「え?」

「あ!

 あそこ…」

「異界を渡る…妖精の門ね」

「妖精の?」

「何だかふわふわしてるよ?」

「異世界から直接来る気ね」

「異世界?

 女神が作ったとされる?」

「ええ

 魔物の…

 彼等の世界から…」

ドシン!

ズシンズシン!


不意にヘカトンケイルが、手に持った儀仗を地面に突き立てる様に打ち鳴らす。

威嚇するつもりなら、ここで大声で咆哮を放つだろう。

しかし彼等は、黙って主の登場を待っていた。

儀仗を打ち鳴らすのは、聖なる魔王の登場の合図であろう。


「う、うわあ」

「何だ何だ?」

「地震か?」


外ではこの振動で、地震かと騒ぎになっていた。

彼等は身に慣れない振動に、驚き狼狽えていた。


「さあ…

 来るわよ」

「ふわふわして…

 何か見えてきたよ?」

「お、おお…」

「何だ?

 あれは?」

「空間が歪む?」

「何か見えるぞ?」


その空間の向こう側には、薄っすらと何かの山の様な物が見える。

それが女神ゾーンが、切り離した山の姿なのだろう。

そこを中心として、異世界を構成しているのだ。

聖王はそこから、空間を越えてこの世界に還って来るのだ。

約束通り、この世界が正しく進んでいるのか見極める為に。


「さあ、胸を張って!

 お兄様に…

 聖王様にこの世界が間違っていないと示しなさい!」

「は、はい」

「聖王様がいらっしゃるぞ!」

「総員城壁に集まり、整列!」

「は、はい!」

「急げ!」

「魔王様にみっともないところを見せるな!」


兵士達は慌てて、城壁に上って整列する。

そこに正装を身に付けた、国王ロバートが姿を現した。

不意に姿を現した国王に、兵士達は列を乱し掛ける。


「こ、国王様?」

「しっ!

 列を乱すな」

「しかし…」

「良いから前を向け!」


「うむ

 見事な整列じゃな

 父上にこの国の姿を…

 しっかりと見せ付けるのじゃ」

「国王様…」

「あら?

 ロバート

 そんな事を言って、平気なの?」

「義母上!

 何でここに?」


格好良く決めているロバートの脇に、いつの間にかフィオーナが顔を覗かす。

それに驚いて、ロバートの顔は驚きに歪む。


「あら?

 マーヤに見せてあげようと思ったの

 お邪魔だったかしら?」

「邪魔とかそうじゃないとか…

 ううむ…」

「ジャーネは?」

「今、向かっておる

 あれも精霊の神殿の行事があるでな」

「ああ

 そういえば、昼の祈りがあるのでしたね」

「ああ

 それの途中でこれだ

 父上は全く…

 こっちの都合を考えない…」

「それは知らないからでしょう?

 報告はしたの?」

「どうやって?

 一方的に向こうに行ったのですよ?」

「女神にお願いすれば、少しぐらいは話せたでしょう?」

「めが…

 話せたのですか?」

「あら?

 ジャーネには伝えていましたわよ」

「いや、そんな事は一切…」

「あらあら…

 気を遣ったのかしらね

 あの子らしいわ」

「うむむむ…」


ギルバートへの連絡は、一切出来ない訳では無かった。

しかし月の引力や、魔力濃度など様々な要素が絡んで来る。

そこで女神に確認して、条件が整う時ならば簡単な会話は出来た。

フィオーナはそれで、一度だけ会話をする事が出来た。

結果は散々愚痴を溢して、セリアを呆れさせる物ではあったが…。


「お待たせしました

 あれ?」

「ジャーネ

 御髪が乱れているわ」

「は、はい

 ですがマーヤが…」

「この子にも見せてあげようとね…」

「マーヤに?」

「ええ

 この子はガーディアンの血を引いています」

「まさか!」

「何ですと!

 それだけは絶対に…」

「安心なさい

 まだ間に合います

 ですがこの子の行く道は、この子が決めるべきです」

「ですがお母様…」

「そうですぞ!

 よりによってガーディアンなんぞ…」

「ほら

 お兄様がいらしたわ」

「むう!」

「ギルバートおじ様…」


空間の歪みが、はっきりとした姿を映し出す。

その向こう側から、漆黒の鎧を纏った男が現れる。


「父上…」

「おじ様…」


ロバートは何か言い掛けて、ギリギリと奥歯を噛み締める。

そして男の横に、少女の様な小柄な女性が姿を現わす。


「あら?

 イーセリア…

 あの頃のままなのね」

「お母様!」

「え?

 あれがイーセリアおば様?」


その姿に、思わずジャーネも声を上げていた。

女神との最終決戦の折には、セリアはもう少し大人の女性になっていた。

しかし今の姿は、どう見ても未成年の少女だった。

とても数十年を生きて、曾孫も居る様な女性には見えなかった。


「そんな…」

「あれが曾祖母(ひいおばあ)ちゃん?」

「ははう…え?

 なのか?」

「まさか?

 私よりも若いわよ?」


そうしてその少女が、三人姿を現す。

そしてロバートの子供の頃に似た、男の子が二人現れる。

そして最後に、若い女性とローブ姿の人物が数人現れた。


「ああ…

 驚いた」

「もう!

 お兄様ったら、子供が居たなんて聞いて無いわよ」

「あらあら

 ちゃっかり増えているわよ

 あなた」

「むう…

 弟や妹か?

 いつの間に…」


ロバートは驚いたのも束の間、次には困惑していた。

いつの間にか、老齢の筈の父の周りに弟や妹が増えている。

彼は既に、子供を増やす様な余力は残っていないのに。

何故か兄弟姉妹が増えてしまっていたのだ。


「あなた

 私達もまだまだ…」

「おい!

 馬鹿な事を言うな

 ワシはもう…」

「そう?

 おじ様はまだ、作れるみたいよ?」

「え?」


よくよく見ると、イーセリアのお腹は少し膨らんでいた。

どうやら今も、兄弟は増えている途中らしい。


「父上…」


ロバートはそう呻いて、顔を覆いながら天を仰いだ。

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