第797話
アース・シーの世界では、穏やかな時が過ぎて行く
国によっては受け入れられなかったが、魔物も徐々に受け入れられていった
そうして聖王が去ってから、30年の時が過ぎ去っていた
国民の多くが、その存在を物語でしか知らなくなっていた
30年目の式典として、諸外国の使節がクリサリスに訪れていた
その中には、魔物を危険視するフランシス王国の使節も含まれていた
彼等の国民の多くが、未だに魔物を危険な存在として見ていた
それで今回の使節団も、魔物が友好的だと認めさせる物であった
「アーネスト!」
「ぐ…むうっ」
「どうした?」
「分からないの!
それが…アーネスト!
アーネスト!」
「お父様!」
「義父上!
医者を!
誰か医者を呼べ!」
使節を集めたパーティーの中で、突然アーネストが苦しみ出した。
彼は年老いてはいたが、まだまだ亡くなる様な年では無かった。
そもそもガーディアンであるので、その辺の人よりも丈夫だったのだ。
それが突然、パーティーの途中で苦しみ出したのだ。
「ファリス!
一緒に着いて行ってやってくれ」
「分かったわ」
ファリスは医者では無いが、神聖魔法に通じている。
病の根治は難しくても、解毒や苦しみを和らげる事は出来る。
それでイチロは、ファリスを同行させる事にした。
暫くして、ファリスはパーティーの席に戻る。
その顔色は優れず、状態が芳しく無いとすぐに分かった。
「アーネストは?」
「それが…
ここでは」
「分かった
すまない、席を外す」
イチロはこのパーティーでは、警備の責任者でもあった。
そこで国王に合図して、席を外す事を伝える。
ファリスの様子からも、事は余程深刻だと感じたからだ。
「それで?」
「それが…
事前の話では彼の国の…」
「ああ
暗殺者が入り込んでいるという話だな」
「ええ
しかしここには…」
「ああ
居ない筈だ」
イチロの調べでは、確かに暗殺者が入り込んではいた。
しかし警戒が厳重で、さしもの暗殺者も入り込めないでいた。
だからこの急病も、暗殺者の仕業とは思えなかった。
「毒では無いんだな?」
「その筈なんだけど…
分からないの」
「分からない?」
「ええ
医者も病には見えないって
だけど本気で苦しんでいて…」
「計画とは違うのか?」
「ええ
マズいわよ」
計画では、フランシス王国の暗殺者を炙り出す予定だった。
それを突き付けて、彼の国へ開国を要求する予定だったのだ。
暗殺者が入り込んでいたのがバレては、使節団も要求を拒否出来ない。
それで魔物の存在を認める様に、王国に要求するつもりだったのだ。
「マズいな…
向こうも驚いている」
「そうね
暗殺者は来ていないんですもの
それは驚くわ」
「しかしこれでは…」
その時会場に、不意にざわめきが起こった。
「何だ?」
「行ってみましょう」
イチロはファリスを連れて、慌てて会場に戻った。
「ですから、それは誤解だと…」
「誤解ですと?
それではエジンバラの使節団が、噓を言っていると?」
「そうでは…」
「ふざけるな!
それが合図だと言ったではないか!
だからワシは…」
そう言って使節団の隊長は、懐から何かを取り出す。
それは小さな魔道具で、イチロは何かすぐに気が付いた。
「あ…
マズいな…」
「あれってアーネストが作った?」
「そうだ
録音用の魔道具だ」
「これを聞いても、ワシが噓を吐いたと?」
カチ!
機械の音が聞こえて、それから会話が聞こえて来る。
それはどうやら、この隊長とフランシス王国の使節団との会話だった。
「一体何の用なんです?」
「なあに
話は簡単だ」
「それは?」
「これはポイズン・サーヴァントの毒だ」
「ポイズン・サーヴァント?
あの魔獣の?」
「ふん!
何が魔獣だ!
まあ良い
今はこれが重要だ」
「これをどうすると?
まさかワシを…」
「安心しろ
エジンバラと事を構える気は無い」
「むう?
どういう事ですかな?」
「簡単だ
こいつであの生意気な、王国の奴等を殺す」
「な!
何を馬鹿な事を…」
魔道具からは音声で、フランシス王国の企みが聞こえて来る。
それを聞いて、フランシス王国の使節は顔色を変えていた。
「な!
馬鹿な!」
「どうしてそれが?」
「それよりも
私らは、その様な事は申してません」
「これはエジンバラの奴等が…」
「ワシ等がどうしたと?」
「言っていないと言う割には、どうしてと焦っていた様子ですが?」
「衛兵!
こいつ等をひっ捕らえろ!」
「ははっ!」
ガシャン!
部屋の隅に待機していた、兵士達が雪崩れ込む。
「嘘だ!
こんな…」
「私は何も…」
「ふざけるな!
裏切りやがって…」
フランシス王国の使節は、口々に喚き立てる。
しかし機械からは、その後の会話も聞こえて来る。
「それで使節団を集めたパーティーでな、これを王族に飲ませるのだ」
「そんな事が本気で出来ると?」
「ああ
簡単な事だ
実は専属の暗殺者達も、この国に入り込ませてある」
「バレていないと?」
「ああ
バレる筈が無い
クリサリスの馬鹿共は、戦争が終わったと良い気になっておる
ここがチャンスじゃ」
「悪い事は言わない
そんな馬鹿な企みは止しなさい」
「ふん!
成功した時に、分け前をと思っていたが…
手伝う気は無いのか?」
「ありませんな」
「そうか
ならば黙っていてもらう為に…」
「今ここで、ワシを殺せばマズい事になりますぞ?」
「むう…
脅迫する気か?」
「いいえ
しかしバレるのが確実になりましょうな
ワシはフランシス王国の使節に、呼ばれたと言って出ております」
「くそ!
いいか!
絶対に黙っていろ」
「はは
言わなくともバレていますぞ
恐らく既に、バレているでしょう」
そう言って機械の、録音は終わっていた。
「この後ワシは、そのまま黙っておった
しかし企みは、既にバレておったな」
「ふざけるな!
貴様が喋ったのだろうが!」
「ワシが?
その必要も無かったですぞ」
エジンバラの使節が、クリサリス国王の方を見る。
その手には既に、暗殺者の捕まった内容が記されていた。
その内容書の様子から、最初からバレていた様子だった。
「去年の秋から入っておったな
バレないと思ったのか?」
「な!
何で?」
「泳がせておったのじゃ
見張りを付けてな」
「それじゃ計画も?」
「ああ
今日来ておらんのも、既に捕縛しておるからじゃ」
「な…
それじゃあ先ほどの騒ぎは?」
「うむ
貴様等には関係無い」
使節団の一行は、観念したのかそのまま連行される。
しかしながら、アーネストの急病は謎のままだった。
「すまない
前宰相が急病になった為に、思わぬ騒ぎを起こしてしまった」
「しかしフランシスで無ければ、どこの国が…」
「恐らくは年齢から来る、何らかの病かと」
「それにしては苦しみ方が…」
「そうですぞ
大丈夫ですか?」
「ううむ…
しかしのう
折角のパーティーが台無しになる」
「それは構いません」
「そうですぞ
アーネスト殿の事が心配です」
各国の代表は、そう口々に出して心配していた。
それで国王も、パーティーを途中で中止とする事にした。
彼からしても、アーネストは妻の父親になるのだ。
義父が病に倒れた以上、吞気にパーティーを続ける事は出来なかった。
「義父上は?
病室か?」
「は、はい」
「しかし…」
「すぐに向かう」
使節団を部下達に任せて、国王は病室に向かう。
しかしそこでは、泣いているジャーネ達が部屋の前に集まっていた。
「ジャーネ?
どうした?」
「お父様が…
お父様が!
うう…」
「アーネスト!
ああ…」
「お義母様!
まさか、そんな!」
バタン!
しかし病室の中では、アーネストにシーツが掛けられていた。
その顔は見えないが、シーツの端に見える腕は紫色をしていた。
「国王様…
手は尽くしましたが…」
「毒の正体が分からず…」
「馬鹿な!
義父上はガーディアンだぞ?
それがこんな…
簡単に?」
国王は愕然として、その場に膝から崩れる。
そうして翌日から、国葬が行われる事となった。
フランシス王国からも、急遽国王が来訪する事となる。
使節がやらかした事もだが、隣国の元宰相の葬式である。
国王として顔を出さない訳にはいかなかった。
例えその席で、不利な公約を結ぶ事になろうとも。
「そういう訳でな
今は国をひっくり返した様な騒ぎだ」
「そう…ですか」
「イスリール?」
イチロは魔道具を使って、離れた場所に居るイスリールと会話していた。
これはイチロが、アーネストと作った魔道具の一つだった。
他にも幾つか、アーネストと開発した魔道具はあった。
それらの開発もあって、アーネストは人類にとっては重要な人物となっていた。
そのアーネストが、突然の病に倒れて亡くなったのだ。
しかもどうやら、毒を使われた形跡もあった。
「やはりそうなりましたか…」
「イスリール
どういう事だ?」
「ギルバートも警告していました
いずれはこうなるだろうと」
「ガーディアンか?」
「ええ
人類にとっては、強過ぎるガーディアンは危険なのです」
「しかしアーネストは…」
「ええ
様々な魔道具を開発していますね
それがさらに脅威なのでしょう」
「だが…
暮らしは良くなって…」
「ですが恐ろしいのです
無知ほど恐ろしい物は無い
あなたも知っているでしょう?」
「それは…」
イチロも、その事については思い当たる事は幾つもある。
しかしまさか、自分達がそうなるとは思っていなかった。
考えてみれば、アーネストは警戒していた。
そのアーネストが、こうしてあっさりと亡くなったのだ。
「オレ達も…
危険だと?」
「そうですね
出来得るならば、自然にその国を離れた方が…」
「しかし!
まだ魔物の事が…」
「そうですね
クリサリスは収まりましたが、まだまだでしょう
ですがあなた達にも…」
「危険は承知だ!
しかしギルバートに…
あいつ等にこの世界を…」
「そうですね
世界が平和になった事を、見せたいのでしょう?
ですが危険ですよ?」
「分かっている
分かっているさ…」
イチロはそう言って、自分に言い聞かせる様に呟いた。
国葬はしめやかに、しかし大きく行われた。
実はアーネストは、あれから魔導車の開発を成功させていた。
しかし高額な為に、まだまだ実用的では無かった。
代わりにイチロの提案で、魔導機関車の開発を進めた。
こちらは王国の、各所を走り始めていた。
各国の使節が、クリサリスを目指すには理由があった。
それがこの、魔導機関車の導入を願っての物であった。
魔物を認めないフランシス王国が、使節を送り込んだのもこの為だった。
王族を亡き者にして、攻め込む口実を狙っていたのだ。
しかし目論見は失敗して、逆に弱みを握られる事となった。
そんな事が、この国葬の裏側では行われていたのだ。
「義父上
あなたの仇は取りましたぞ」
「ロバート
そんな事を言わないで」
「しかし…」
「お父様なら、そんな結果は望まれていなかったわ」
「だが、これであの国も…」
「そうね
魔物を受け入れるしか無いでしょう
ですがこのまま、上手く収まるでしょうか?」
「そうだな
無理矢理受け入れさせたんだ
暫くは揉めるぞ」
「良いんだ
父上や義父上を…
彼等の望んだ世界を実現させるんだ
こんな困難ぐらい…」
「ロバート…」
まだ若き国王は、そう言って拳を握り締める。
この世界を去った父や母、そして亡くなった義父の為に。
必ず魔物の存在を認めさせる。
そうしてこの世界から、争いを無くそうと願っていた。
「アーネスト
結局ギルバートに会えなかったな…」
「イチロさん
あなたもこの国を…」
「ロバート!」
「危険なんだ
彼等はガーディアンなんだぞ?
カイザート皇帝の事もある」
「そうだな」
「でも…」
「だがな
オレはまだ居るぞ」
「え?」
「まだ…
やり残した事がある
それを終えるまでは…な」
「イチロさん」
イチロはそう言いながら、ペンダントを握っていた。
それからは、フランシス王国でも魔物の受け入れが始まった。
最初は反対する声が、王国のあちこちで上がっていた。
フランシス王国では、先年に国王が殺されて変わっていた。
その事もあって、国内は大いに荒れる事となった。
しかしエジンバラや、周辺国の介入もあって次第に収まって行く。
そうして少しずつではあるが、ギルバート達の理想は現実の物となりつつあった。
魔物が人間と共に、平和に暮らして行ける世界。
アース・シーはそうして、初代の女神が目指した世界に変わって行った。
「イシュタルテ様
見てください」
イスリールはそう呟き、魔道具から流れる映像を見詰める。
そこには髭を蓄えた、初老の男性が立っている。
「どうですかな?
魔導機関車の様子は?」
「ふふ
見事ですよ、イチロ」
「ふおっふおっふおっ
それは重畳」
「ですが良かったのですか?」
「ん?」
「最初に乗りたかったのでは?」
「ううむ
ワシは散々乗りましたからのう」
「それは電車でしょう?」
「同じですよ
それに見てくださいよ
あの子供達の笑顔を…」
眩しそうに、イチロは子供達の笑顔を見詰める。
初の大陸横断魔導機関車が、クリサリスからフランシス王国へ向かって発進する。
その記念すべき乗客は、人間や魔物の…いや、人間の子供達であった。
平和の象徴として、彼等はフランシス王国へ留学する為に向かう。
そしてフランシス王国からも、留学生が来る事になっていた。
「これで良いんです」
「アーネストの夢でしたものね」
「ええ
これで約束は果たしました」
イチロはそう言って、満足気な笑顔を浮かべる。
もうすぐ…後数年で、聖王が去ってから50年を迎えようとしていた。
世界は彼が望んだ、世界に変わろうとしていた。
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