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聖王伝  作者: 竜人
追記 後日談
796/800

第796話

王都の石畳が出来てから、また数年が経っていた

この頃には王都には、新しい馬車が走っていた

石畳が整備された事で、鉄の車輪に魔獣の皮で作られた馬車が出来た

それが街中を走って、交通も随分と便利になっていた

王都に作られた石畳は、やがてクリサリスの他の街にも作られる

こうして少しずつだが、王国は豊かになって発展する

それを見て、他の王国でも石畳を真似し始める

チセはそれで、友好国に技師として向かう事が多くなった


ボフン!

「うわっぷ

 また失敗だ」

「大丈夫か?」

「ああ

 何とかな」

「ぷっ

 真っ黒だぞ」

「お前こそ

 はははは」


工房の中では、男達の笑い声が響いていた。

声の主はアーネスト、イチロだった。

その隣には、まだ見習いのターニャも立っている。

チセが居なくなった事で、この三人で開発を進めていたのだ。


「よし!

 後はこれを載せて…」

「気を付けろ

 重たいぞ」

「よい…しょ」


三人は苦労して、重たい金属の機械を車輪の付いた台車に載せる。

それから台車の金具で、機械を上に固定してゆく。

ここ数年で開発した、ネジが大いに活躍していた。

それで機械の小型化や、物を固定する技術も向上していた。


「そこの金具に固定してくれ」

「おじさん

 あんまり固く締めないでよ

 そこは稼働する場所だから」

「しかし固定しないと…」

「ここは…

 そうだ!

 ベアリングだ!」


ターニャはそう叫ぶと、慌てて機械の詰まった箱をひっくり返す。

そこを漁ってから、中から幾つかの丸い輪っかを取り出す。


「これがベアリングだよ

 母さんが言っていた…」

「そういえば、動く場所には使えって…」

「違うよ

 回転する場所だよ

 動く場所はシャフトで…」

「良いから

 それを使えば良いんだな?」

「ええ

 これを固定して…」

「ふむ

 ネジの代わりに、こいつが回るのか」

「そう

 これで油を差しておいたら、こいつが回ってくれるの」


ターニャが器用にベアリングを組み込み、シャフトや車輪が回る様に固定する。

それから油を差して、その部分が回るか確認する。


「これで…よし!」

「これで動かせそうか?」

「後は魔石ね」

「ふふん♪

 そこは抜かりは無いぞ」

「おお!」

「大っきい魔石」

「大型のキマイラを倒して来たんだ」

「お前がか?」

「ああ

 肩慣らしにな」

「肩慣らしって…」


もう魔物と、大規模な戦いは行われていない。

数ヶ月に一回ぐらい、調査の為に騎士団が出発する。

しかしその調査団も、魔獣との戦闘は滅多に無かった。

ここ数年のクリサリスは、平和そのものなのだ。


「何だってそんな?」

「オレな…

 これが最後の仕事なんだ」

「最後の?」

「おじさん

 宰相辞めるの?」

「ああ

 そろそろ年だからな」

「何言っているんだ!

 まだロバートも…」

「マリアンヌ様も居る

 そろそろ頃合いだ」


王女マリアンヌも、年齢を理由に引退した。

アーネストはガーディアンなので、まだまだ現役を維持している。

しかしそれでも、普通なら引退していてもおかしくない年なのだ。


「だってな…

 式典もあるだろう?」

「ジャーネに代わりをさせようと思う」

「大丈夫なの?

 ジャーネお姉ちゃんだと…」

「そうだぞ

 まだまだ危なっかしくて…」

「そろそろ頃合いだろう?

 なんせ王妃になるんだ」

「しかしだなあ…」

「もう…

 決めたんだ」

「そう…か」


アーネストはそうきっぱりと言って、イチロ達の言葉を聞かなかった。


「それじゃあどうするんだ?」

「そうよ

 お父さんみたいに、ここに籠るの?」

「いや

 世界を旅する」

「はあ?」

「世界って…」

「ああ

 世界だ」


アーネストはここを出て、単身であちこちを巡るつもりなのだ。


「しかし危険…」

「オレはガーディアンだぞ」

「それはそうだけど…」

「だからキマイラも倒してみた

 今のオレが、どこまで出来るのか」

「そりゃあ…

 そこまでの力量があればな」

「お父さん!

 何言って…」

「男が決めた事だ

 周りがごちゃごちゃ言う事じゃあ無い」

「だけど…

 おばさんやジャーネは?」

「もう話してる」


実は少し前に、アーネストはフィオーナに伝えていた。

フィオーナは気が付いていたのか、黙って頷いて聞いていた。


「やっぱり行くのね…」

「フィオーナ?」

「それはガーディアンだから?」

「気付いていたのか?」

「ええ

 この数年前からね

 あなたが年を取らない事を、気にしていたから…」

「フィオーナ…」


アーネストは、ここ数年年を取っていなかった。

それで髭を蓄えたり、髪を白く染めていた。

しかしどんなに装っていても、壮年のまま年は変わらなく見えていた。


「難しいの?」

「ああ

 このままじゃあ…

 オレだけこのままになる」

「イチロだって…」

「イチロは勇者だ

 神に選ばれた存在だ」

「あれほど選民思想を嫌っていたのに?」

「こればっかりはしょうがないだろう?

 あいつはそれだけの苦労をして来た」

「そうね

 あの人の知っていた人達は…もう…」

「ああ

 それにこの国の人だって」

「そうね

 それじゃあイチロさん達も?」

「いずれはこの国を去るかもな

 女神の下へ向かうだろう」

「そう…」


イチロ達も、ここ数年は年を取っていなかった。

全てでは無いが、ガーディアンは一定の年齢で成長が止まる。

イチロも成人した辺りから、成長が止まっている。

彼等は青年や若い女性の姿のままで、この先も生きて行く事になる。


「私も…

 いいえ、無理ね」

「フィオーナ?」

「私には…

 私達の家系には、ガーディアンの血は流れていないのね?」

「あ、ああ

 そうだ…」


そしてフィオーナは、順当に年を重ねていた。

この頃は皺も増えて、腰も曲がり始めていた。


「もう…

 お婆ちゃんだもんね」

「そんな事は!」

「良いのよ

 私が一番分かっているわ」

「しかし…」

「慰めは止めて

 惨めになるわ」

「だが、オレは…」

「分かってる

 今でも愛していてくれる事は

 でもね、こんな皺くちゃのお婆さんに…」

「そんな事は無い!

 お前の魅力は…」

「良いのよ

 構わずに行って

 ただし浮気は駄目よ」

「う…」

「好きになったら…

 その時は本気で愛しなさい

 私達の事は忘れて」

「フィオーナ…」


このまま連れて行っても、彼女の時は止まらない。

いずれ遠からぬ時に、彼女は迎えが来るだろう。

だからこそ彼女は、ここで生涯を閉じようと願っていた。

アーネストに着いて行って、足手纏いにはなりたく無かったのだ。


「良いのか?」

「良く無いわよ?

 私やジャーネ達を捨てるのよ?」

「捨てるって…」

「ふふ…

 冗談よ

 でもね、私達は残るわ」

「フィオーナ…」

「それが一番なの」


ロバートも成長が止まり、ジャーネと年齢が並んで見える。

二人は成人した辺りで、そのまま成長が止まっていた。

その二人が今、婚約を正式に発表する。

このまま暫くは、二人が王位に着いて国を纏めるだろう。

その為にも、フィオーナはこの国に残ろうと思っていた。


「他の子達は…

 ジャーネとは違うは」

「そうだな

 アルバートもエルリックも、ガーディアンの力に覚醒させていない」

「このままで良いのよね?」

「そう…だな

 もう、争いは起こらない」

「そうよね…」


ジャーネの下には、二人の男の子が生まれていた。

その子達も、そろそろ成人を迎えようとしている。

しかし過度な訓練も、戦いの経験もほとんど無かった。

だから他の子達は、ガーディアンの力に目覚めていなかった。


「このまま…

 ガーディアンの必要の無い時代が来る

 オレはそう信じている」

「そうね

 その方が良いわ」


この世界には、もうガーディアンの様な存在は必要無い。

二人はそう考えていた。


「そういう訳でな…」

「馬鹿な!

 ジャーネは兎も角、フィオーナさんを置いて行く?」

「何考えてるの?

 おじさん」

「そうは言ってもな、もう決めた事だ」

「しかし…」

「そうよ

 このままじゃあフィオーナさんが…」

「そうじゃ無い

 オレは年を取らないんだ

 なのにフィオーナは…」

「あ…」

「え?

 どういう事?」

「ママ達とは違うんだ

 フィオーナさんは普通の人間なんだ」

「え?」

「年を取って…

 いずれは衰えていく

 そして亡くなるんだ」

「でもそれって、アーネストおじさんだって…」

「アーネストはオレ達同様に、ガーディアンなんだ

 だからこの先も…」

「え?

 それって私達も?」

「ああ

 お前達にも、色濃くガーディアンの特徴が出ている

 だから成長が止まっただろう?」

「あうう

 それじゃあこの胸も?」

「馬鹿!

 それは分らん」


ターニャは成長が止まって、まだまだ平たい胸を恨めしそうに見る。

シフォンやティナの二人は、順当に胸が大きくなっていた。

しかしターニャは、そのまま平たいままだった。


「これからかも知れんだろう?」

「でも!

 だって…」

「そればっかりは、男のオレでは分らん

 ママに聞いてみろ」

「あうう…

 このままなのかな…」

「ごほん」

「あ」

「えっと…」


話しが脱線したので、アーネストが咳払いをする。


「兎も角、これの完成で終わりだ」

「式典は?」

「それは出席するが、あくまでも親族代表だ

 宰相は他の者に任せる」

「後任は?」

「そろそろエインズに任せようと思う

 どうかな?」

「どうかなって…

 大丈夫なのか?」

「ああ

 仕事は教えてある

 後は経験だ」

「しかし…

 親のオレが言うのもなんだが、まだまだだぞ?」

「大丈夫でしょう?

 この頃は責任感も芽生えて来たわ」

「そうか?」

「うん

 だからおじさんの言う通り、後は経験だよ」

「そうだな

 これを機会に任せようと思う」


アーネストの後任は、ファリスの息子エインズだった。

彼もイチロの子供で、ターニャ達の下の子供になる。

もうすぐ成人するに当たって、最近は宰相の仕事を手伝っていた。

今日も大まかな仕事は、エインズに任せてあった。


「そうか…

 あいつが宰相に…」

「ああ

 ロバートが国王になるんだ

 同じガーディアンが側に居る方が良いだろう?」

「しかし出来るのかな?」

「そこは信じてやれよ

 父親なんだろう?」

「親だから心配なんだ」

「そうか?

 まあ、仕事はこなせているぞ

 今日も問題が無ければ、ここには来ないからな」

「そう…だな」

「もう

 もしかしてまた、エインズに押し付けて来たの?」

「押し付けたんじゃあ無い

 信用して任せたんだ

 これぐらいは出来るってな」

「あー…

 またべそ掻いて無いかな…」


ターニャはそう言って、執務室の方を見る。

彼女の予想通り、エインズは困った顔をして書類の山を見ていた。

彼の隣には、慣れた感じで文官が立っている。

そして順番に、新しい法律の審議や、法案の認可を確認して来る。

それを顔を顰めながら、エインズは正否の確認をしていた。


「大丈夫さ

 その内に慣れる」

「なら良いけど」

「そうだな」


三人はそう言いながら、最後の部品を組み上げる。


「出来た!」

「はあ…

 ようやく完成だ」

「何とか間に合ったな」


三人の前には、変わった形の馬車の荷車が置かれていた。

それは馬に繋ぐ為の、轅や軛が付いていなかった。

そのまま荷車単体で、走る事が出来るのだ。


「これが車…」

「少し違うがな

 オレの世界ではガソリンを…」

「また始まった

 良いから動かしてみよう?」

「そうだな

 肝心の動くかどうかが問題だ」

「まて

 これは断じて車じゃあ…」

「はいはい

 おじさん」

「ああ

 魔力を込めるぞ」


アーネストは前の席に座って、下から伸びる棒を握った。

それが動力である、魔石に繋がっているのだ。

それから目の前にある、金属製のハンドルを握る。

これで左右に向きを変えるので、しっかりと押さえておかなければならない。


「行くぞ!」

「良いわよ」

「まて

 まだ話は…」

ギギ…!


軋む様な音を立てて、荷車は少しだけ前に進む。

アーネストが込める魔力で、加わる力も変わって来る。

一気に大量に込めると、危険な加速になってしまう。

そこでアーネストは、慎重に魔力を込めた行った。


ギギギギ…!

ガタン!

「おお!」

「動いた!

 成功よ!」

「まだだ

 この程度じゃあ…」

「そうだな

 慎重に加速して…

 うわあああああああ」

ガタン!

ガギギギ…!


荷車に加える、魔力の総量に問題があったのか?

荷車は急に加速して、一気に走り出す。

そのまま勢い良く、近くの壁に衝突した。


ゴウッ!

バカン!

バギン!

カランカラン!

「っててて…」

「大丈夫?

 おじさん」

「あ、ああ…

 しかし車が…」

「ああ…

 これは…」


壁には穴が開いて、荷車が突き刺さっていた。

騒音を聞きつけて、兵士達が城の庭に駆け出す。

しかし工房の壁を見て、またかよとぼやいていた。

彼等からすると、またアーネスト達が何かやらかしたと分ったからだ。


「すまない」

「片付けはこちらでする」

「ほどほどにしてください」

「女王が怒っていましたよ」

「今度は何を壊したんです?」

「はあ…

 城壁で無くて良かった」


兵士は口々に文句を言ったが、そのまま帰って行った。

ここで何か起こるのは、既に日常になっていたのだ。


「はあ…

 失敗だな」

「そうだな」

「恐らく、何か動かない原因があったのよ

 それで急に動き出して…」

「そうだな

 魔力の量は変わらなかったんだ

 そこが問題だな」


三人はそう言いながら、残骸になった荷車を片付ける。


「はあ…

 式典には間に合わないな」

「そうだな

 まだまだ問題がある」

「次の機会で良いんじゃ無いか?

 それまでここに留まって…」

「そうだな

 これが完成しないのは、オレとしても不満だ」


アーネストはそう言って、残骸になった荷車の破片を拾った。

こうしてアーネストは、今暫く王国に残る事となった。

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