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聖王伝  作者: 竜人
追記 後日談
791/800

第791話

聖なる魔王、聖王

ギルバートはその名を得て、この世界を去って行った

文字通り、アース・シーでは無くこの世界からだ

彼は世界の境界を越えて、異空間の世界に戻って行った

アーネストは執務室で、机の前で書類とにらめっこをしていた

彼の目の前には、山の様な書類が積まれている

それは魔物と人間の、暮らしの上での問題が書かれている

彼はここ数日で、この問題を解決しようと躍起になっていた


コンコン!

「アーネスト」


ノックの音がして、イチロが執務室に入って来る。

彼の後ろには、心配そうな顔をしたフィオーナが立っている。

ここ数日のアーネストの様子を見て、心配してイチロに相談したのだ。

イチロもアーネストの、思い詰めた様子を気にしていた。


「アーネスト!」

「…」

「どうしたんだ?

 返事ぐらい…」

「うるさいな

 聞こえているよ」

「だったら…」

「忙しいんだ

 後にしてくれ」

「後にって…

 お前なあ…」


アーネストはそう言いながら、真剣な表情で書類を睨んでいる。


「どうしたんだ!」

「良いから黙ってろ

 オレは忙しいんだ」

「忙しいって…

 ここ数日変だぞ?」

「うるさいな!

 忙しいんだ!

 黙ってろ!」

「何が黙ってろだ!

 何があったんだ!」

「オレは忙しい…」

「ギルバートか?」

「え?」

「フィオーナ?」


ギルバートの名が出て、フィオーナが思わず声を上げる。

彼女はギルバートが、アーネストと再会した事を知らなかった。

アーネストはまだ、彼と話した事を内緒にしていた。


「何でフィオーナが?」

「心配してたからだろうが!

 お前なあ…

 ジャーネにもまともに話していないだろうが?」

「オレが?」

「あなた!

 一体何があったのよ?」

「そうだぞ!

 どうしたんだ?」

「う、うるさいな!

 兎に角オレは…」

「良いから話せ!

 そのまま書類を睨んでいても、何も解決は出来ないだろうが!」

「しかしだなあ…」

「あなた!

 ねえ、お願い…うう…」

「うむう…」


フィオーナにすがり着かれて、アーネストは困った様な顔をする。

このまま黙っていても、フィオーナは泣き止まないだろう。

それにイチロは、怒った表情でアーネストの肩を掴んでいた。

そこでアーネストは、溜息を吐きながら話し始める。


「あの日…

 ギルに会ったんだ…」

「お兄様と?

 何で?」

「フィオーナさん

 黙ってて」

「え?

 だって…」

「話せない事情があるんだな?」

「いや…

 そういう訳では…」

「ん?」

「しかし話すというか、説明するにしてもな…」

「お兄様は、ギルバートは何処なの?」

「いや、だからそれでな

 いや、どう言ったら良い物だか…」

「帰って来れなかったのか?」

「帰って来れない訳じゃあ…」

「それじゃあ、どうして?」

「だからな、そこが問題なんだ」

「ううむ…」

「すまない

 フィオーナ

 イチロと話させてくれ」

「私は?」

「フィオーナさん」


イチロは優しく微笑み掛けて、フィオーナを部屋の外に出した。


「はあ…

 それで?」

「ううん…

 難しい話だな」

「どうしたんだ?

 あいつは帰って来なかったのか?」

「ああ…えっと…

 式には参列してたんだ」

「ん?

 居たのか?」

「ああ

 黒騎士に紛れていた」

「ああ…

 なるほど」


イチロはすぐに、それと無く事情を察した。

しかしそれでも、今ここに居ない理由が分からなかった。


「しかしそれなら、どうしてここに居ない?」

「そこが問題なんだよ」

「む?」

「それがな、マーテリアルとガーディアンに関わる問題だ」

「マーテリアルとガーディアン?」

「ああ」


アーネストはそう言うと、ギルバートとの会話を掻い摘んで語った。

それはマーテリアルとガーディアンの寿命の事だった。

マーテリアルやガーディアンは、通常の人間とは寿命が違う。

それが大きな問題だった。


「何でだ?」

「オレやあんたはこのままでは…

 なかなか死ぬ事は無いだろう」

「むう?」

「ガーディアンで数百年、マーテリアルになればそれよりさらに長くなるらしい」

「何でだ?」

「はあ?

 先代のイスリールに聞いていないのか?

 古代竜の因子を受け継いでいるだろう?」

「あ!」

「それに精霊の因子もある」

「ぬう!

 しかし…」

「ああ

 カイザートは短命だった

 しかしそれは、彼を恐れた臣下によっての暗殺だ」

「それがオレ達にも?」

「無いとは言えんだろう?」

「ぬう…むむむ…」


イチロはそれを聞いて、言葉を失って唸る。

確かにイチロんも世界でも、創作ではあるがそういう話はあった。

それに寿命を除いても、大きな力を持っている。

それだけでも通常の人間にとっては、とても恐ろしい事だった。


「しかしそれと、帰らない事とは…」

「それに加えて魔物だ」

「魔物?

 魔物がどうしたって?」

「はあ…」

「彼等は人間と対等に…」

「それは一部の魔物だろう?」


アーネストはそう言って、魔物との問題が書かれた書類を放り出す。

そこには共存を拒んだ、危険な魔物の事が書かれている。

そして問題は、実はその魔物の事では無かった。


「これに加えて…

 あっちの魔物の問題だ」

「あっち?」

「向こうの世界だよ!

 ゾーンが創った…」

「え?

 あの世界…」

「ああ

 そのまま今も、残っているんだ」

「まさか?」


そのまさかだったのだ。

ギルバートはその後、疑似空間の維持に成功していた。

それで今回の、式典にもこっそり同行していたのだ。

空間の維持が成功したので、転移での往き来も出来る様になっていた。

しかし逆に、それがギルバートの足枷にもなているのだ。


「成功したのか?

 あれをそのまま…」

「ああ

 今も残っているってさ」

「それなら気軽に、往き来が…」

「それは難しいみたいだ

 月や星の重力の問題

 それに魔力や精霊力の濃度の問題もあるらしい」

「それでも帰って来れるんだろう?」

「そうだな

 帰ろうと思えばな」

「帰ろう?

 え?」

「帰って来ないんだよ

 魔物が残されているから」

「へ?」


ギルバートは、残された魔物の面倒を見ていた。

そのままでは、彼等は餓死してしまうだろう。

ファクトリーを稼働させて、食料になりそうな魔物を創造する。

そして魔物を率いて、それらを狩る事も教えていた。


「ファクトリー?

 しかし魔力が安定しなくて…」

「そうだな

 だからまだ、不安定な状況らしい」

「ううむ…」

「それにな、精霊力で栽培も行っているとか」

「イーセリアか?」

「ああ

 だから二人共、あの世界から離れられないって…」

「ううむ…」」


事情を聞いて、イチロは取り敢えずは納得する。

この辺りも、アーネストがギルバートから聞いた事情のままだった。

しかしそれでも、アーネストは納得が出来なかった。

そしてイチロも、複雑そうな表情で聞いた。


「しかし…

 それでも帰って来れるのでは?

 いずれは安定もするし…」

「はははは

 同じ事を言うんだな」

「ん?」

「オレもそう言ったさ」

「そうか

 それなら…」

「だが、奴は首を横に振ったんだ」

「え?」

「このまま魔物の面倒を見るってな」

「馬鹿な!

 あいつは人間で…」

「そうだな…」


しかしギルバートは、この世界への帰還を拒んだのだ。

そのまま向こうの世界に残り、魔王として魔物の面倒を見る。

彼等が出した答えは、その様な事だった。


「何でだ?

 何で残るんだよ?」

「そこなんだよな

 あの馬鹿…」

「そもそも同情して残るなんて…」

「そうじゃ無いんだ!」


アーネストはここで、暫くイチロと話をする。

それは彼が、ギルバートから聞いた話をそのまま語った物だった。

そうして話を聞くと、イチロは顔を険しくしていた。

それはあの日に、アーネストが見せた表情そのものだった。


「馬鹿な!

 何でそんな事を…」

「だろう?

 オレもそう言ったさ

 そしたらあいつ、イチロなら分るって」

「え?

 オレが?」

「ああ

 これが一番良い道なんだって」

「しかしだな!

 あいつが…

 あいつらがやる必要が…」

「自分だから出来るって

 どうなんだ?」

「どうなんだって…

 ううむ」


イチロはそう聞かれて、返答に困って顔を顰める。

確かにギルバートの話は、イチロの世界でも言える事ではあった。

しかしそれを、そこまでギルバートが背負う必要は無いのだ。

そこまで来れば、それは女神が背負うべき仕事なのだ。


「何であいつは…

 そこまで背負うおうとするんだ?」

「負い目…なんだろう」

「負い目?」

「ああ

 クローンとはいえ、あいつの息子の様な者が大勢を…」

「違う!

 断じて違うぞ!」

「それは分かっている!

 しかしあいつは…

 心の整理が出来ないんだろう」

「むう…」


ギルバートのクローンである、黒騎士によって多くの者が殺された。

それは暗黒大陸の事であって、このアース・シーの事では無い。

しかもその出来事は、女神ゾーンによって行われた事だった。

決してギルバートが、その責を負う必要は無いのだ。


しかしギルバートは、その事を今でも悔やんでいる。

自分が軽率に、女神ゾーンの挑発に乗ってしまった。

その事でクローンが作られて、多くの者が殺された。

そしてアーネストや、その他の者達に心配を掛けたのだ。


「しかしだな…

 それで帰って来ないってのはどうなんだ?」

「そうなんだよな

 却って心配掛けているってのにな、そこが馬鹿なんだよな…」


心配や迷惑を掛けたから、責任取って居残る。

しかしそれで、さらに心配を掛けている事に、ギルバートは気が付いていないのだろう。


「だけどな、それを言っても曲げないぞ?

 それはあんたが一番分かっているだろう?」

「ん?

 何でだ?」

「オレ達はあんたの子孫だぞ?

 頑固さは親譲りだ」

「おい!

 いや…

 そうか…」


そう言われると、イチロも言い返す事は出来なかった。

彼も女神に無理を言って、自らを封印させたのだ。

その事で、女神イスリールが心を壊すとは考えていなかった。

だからギルバートの事も、責める事は出来なかった。


「誰に似たのか、頑固だからな」

「オレのせいか?」

「ああ

 親父」

「止めろ!

 鳥肌が立ったぞ」

「ふふふふ

 責任取ってくれよ」

「おおう!

 止めろ」

「ちょっと!

 イチロ!」

「話はどうなってるの?」


アーネストがイチロを揶揄っていると、アイシャ達が入って来た。


「おう、アイシャ」

「おう、じゃ無いわよ」

「どうなったの?」

「それでハロウィンは?」

「ハロウィン?」

「あ、ああ

 そうだったな」


ここで聞いた事も無い、ハロウィンという言葉にアーネストは眉を顰める。


「アーネスト!

 祭りをするぞ!」

「はあ?」

「息抜きをするんだ

 ここ最近のお前は、思い詰めて仕事のし過ぎだ」

「何を言って…」

「だからこそ、盛大に祭りを行うぞ」

「この前行なったばかりだろう?」

「あれは葬式みたいなものだ

 今回は違うぞ」

「いや、だって問題が…」

「そんなの後だ!

 良いから話を聞け」


イチロはそう言って、強引に話を始める。

ここ、王都クリサリスで、ハロウィンの祭りを行う為に。

それはアーネストの、いや国民全体の息抜きの為の祭りだった。

これから寒くなり、やがて冬の厳しい時期がやって来る。

その前に一年の収穫を祝い、祭りを行うと言うのだ。


「しかしだな、収穫の祝いなら…」

「豊穣を感謝して厳かに行う

 だろ?」

「ああ、そうだ

 豊穣の感謝の宴は、年末の大きな行事だ」

「それとこれは別だ」

「別だって…」

「女神もお認めになられた」

「はあ?」

「イスリールには、事前に話を通してある」

「おま!

 何でそんなに用意の良い…」

「ふふふ

 抜かりは無い」


イチロはそう言って、祭りの話を始める。

祭りと言っても、国民を集めて盛大に祝う訳では無い。

出店に関しては、普段の市を夜間まで開けるだけだ。

そうして国民には、各自で祝う様にお触れが出される。


「はあ?

 祝日みたいな物か?」

「そうだな

 しかし少し違うぞ」

「はあ?」

「先ずな

 夜間には各々で、仮装して街に出歩く」

「何だ?

 そりゃ?」

「イチロの世界での祭りなんだよ」

「魔物や死霊の格好に扮して、街中を出歩くんだって」

「何だってそんな事を?」

「さあな?

 オレも実は、良く分からない」

「はあ?

 お前の世界の祭りだろ?」

「そうなんだが…

 内容は知っているが、実は参加した事が無いんだ」

「何だってそんな物を…」

「良いからよく聞けよ」


イチロはそう言って、祭りの内容を話す。

仮装以外にも、子供達が各家に向かって挨拶に回る。

そうして家の者に、お菓子くれなきゃ悪戯をすると言うのだ。


「トリック・オア・トリートと言ってな

 各家を回ってお菓子を貰うんだ」

「何だってそんな事を?」

「さあな?

 知らんと言っただろ」

「知らないって…」

「オレの世界での祭りなんだが…

 オレの国では行っていなかったんだ」

「何だってそんな祭りを?」

「良いから

 騙されたと思って、やってみろよ」


イチロはそう言って、祭りの内容を書かれた書類を提出する。

それは丁寧な字で、細かく書かれていた。

このままサインをして、認可の印を押すだけで良さそうだった。

問題はその書類が、明らかにイチロの字では無かった事だ。


「おい!

 アイシャさんにでも書かせたか?」

「問題は無いだろう?」

「無いけど…

 自分で書けよ…」


その書類は、アイシャが丁寧に書き込んでいた。

イチロが書いたなら、もっと汚くて誤字が多かっただろう。

アーネストは溜息を吐いて、書類にサインと認可の印を押す。


「外の文官に渡してくれ」

「はい」

「やった!」

「まだ正式には決まっていないぞ?

 マリアンヌの許可も必要だ」

「それならこっちに」

「はあ…

 用意が良いな…」


チセがそう言って、別の書類を広げて見せる。

そこには国王として、マリアンヌの許可が記されていた。

ここに来る前に、女王であるマリアンヌの許可も得たのだ。


こうして月末に、急遽ハロウィンの祭りが開かれる事となった。

それはギルバートが、この世界を発ってから数日後の事であった。

本編は終わりました。

これは時期も近いので、ハロウィンを題材にした話しです。

次もハロウィンの話です。

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