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聖王伝  作者: 竜人
終章 戦いの果てに
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第790話

翌日、国王への墓前での報告は厳かに行われた

アーネストも式に列席して、王女の傍らに控えていた

そうして式は、午前中に行われた

その後は、王城で賑やかにパーティーが行われた

パーティーの会場では、女神は王女の隣に座っていた

その横には黒い鎧を着た、騎士が数名控えていた

護衛は要らないと言ったが、騎士が数名同行したのだという

彼等は魔族の中から、選ばれた騎士だった


「それで?

 そのごアルフェリアはどうなりました?」

「そうね

 彼女がしっかりと治めているわ」

「大丈夫なの?」

「ああ

 反省しているしな」

「あ~ん♪

 ん~美味しい」


ゾーンはケーキを頬張って、嬉しそうにニコニコしていた。

本来ならば、女神には味覚も感情も無い。

しかしゾーンは、敢えて味覚も作り出していた。

それは人間の生活を真似して、もっと理解しようとしていたのだ。


「大…丈夫よね?」

「ううむ…

 少し不安だ」

「はへ?

 どうしたの?」

「何でも無い」

「ほほほ

 そう、何でも無いわ」

「へ?

 変なの?」


そう言いながら、再びゾーンはケーキを頬張る。

その姿は、小さな妖精の姿をしている。

彼女はその後も、この小妖精の姿のままだった。

それは力の無い姿の方が、人間が安心するからだ。


「それで…

 その後はどういった具合に?」

「うむ

 それぞれの領土をしっかりと決めてな

 往き来や移住は認めるが、侵略戦争は行わせない

 そういう取り決めで納得させた」

「納得…したんですか?」

「ああ

 したさ

 聞かない者には…」


女神はそう言って、後ろに控える黒騎士を見る。

彼は黙って頷き、我々がどうにかすると胸を張っていた。


「彼等は?」

「人間の中から、選抜した騎士達だ

 彼等が神殿の警護をしている」

「人間って…」

「人間だ

 魔族も獣人も…魔物も関係無い

 等しく人間と呼ぶ事に決まったのじゃ」

「それはあの事と?」

「ああ

 そうじゃな…」


最初はクリサリスの住民も、魔物が一緒に住むというのは敬遠していた。

しかしアーネストと女神の説得もあって、彼等の移住を認めたのだ。

そうして住み始めて、既に5年の月日が過ぎようとしていた。

彼等はすっかり受け入れられ、今ではクリサリスの民となっていた。


しかし最初は、やはり揉め事も多かった。

特に魔物に、家族を殺された者達は反対していた。

しかし魔物も、呪いが無ければ大人しいものだった。

そんな魔物達の姿を見て、人々の考え方も少しずつ変わって来た。

彼等も被害者であり、人間を恐れていたのだ。


「それじゃあアルフェリアも?」

「ああ

 もう暗黒大陸なんて言わせない

 理想の世界にしてみせるわ」

「はあ…」

「本当に大丈夫なの?」


小さな妖精が、ケーキの皿の横でドヤ顔で胸を張る。

しかし前科があるので、マリアンヌは不安そうに見詰める。


嘗て暗黒大陸と言われた場所も、今ではすっかりと変わっていた。

魔族中心の世界では無く、全ての人間が行き来する様になっていた。

そして獣人達も、今では大人しくなっていた。

彼等が荒んでいたのも、狂化の呪いの影響だったのだ。


「獣憑き…

 こういうのも嫌なんだが…

 彼等も呪いが解けている」

「そう

 良かったわ」


王女はこうして、暫く女神と近況報告をしていた。

実は昨晩にも、ある程度の事は話していたのだ。

しかしこれは、公式の場で話す必要のある事だった。

こうして話をする事で、彼の大陸が安定したのだと安心させる為だった。


「女神も王女も…大変だね」

「それはあんたもだろ?」


少し離れた席で、マリアーナ皇女が他人事の様に呟く。

彼女はすっかり、クリサリスの貴族となっていた。

それで最近では、求婚や領地経営の問題で忙しかった。


「何で?」

「そろそろ身を固めろ」

「そ、それは…

「アンネリーゼは子供も産まれてたぞ?」

「わ、私は私に見合う…」

「そんな事言ってたら、一生独身だぞ?」

「あうう…」


アンネリーゼは、いつの間にか貴族の彼氏が出来ていた。

そしてアーネストが帰って来てすぐに、その貴族と早々と結婚していた。

それは彼女なりの、皇女への思い遣りだった。

彼女が結婚すれば、皇女も焦って結婚するだろうと考えたのだ。


「誰か私より強くて、格好良い男は居ないの?」

「お前より強いって…

 それじゃあガーディアンしか居ないぞ?」

「ガーディアン…

 みんな結婚してる…」

「そうだな

 結婚してないのは、エルリックぐらいだろう?」

「あんなおじいちゃん、嫌よ」


ガーディアンであるイチロは、その後騎士として貴族に迎え入れられる。

そうして王国で、警備の仕事に就いていた。

彼には既に、数名の妻が居た。

王国の法律では、多重婚は貴族か王族のみだった。

そこでイチロは、貴族として迎え入れられたのだ。


また、戦いに同行した騎士達は、帰国後早々に身を固めていた。

彼等にもあの戦いで、思うところがあったのだろう。

そうして強いと思われる者は、あっさりと結婚してしまった。

結婚していないのは、後はエルリックぐらいだった。


「はあ…

 良い男は居ないの?」

「自分で探せ」


アーネストはそう言って、席を立ち上がった。


「何処に行くの?」

「ちょっと…な」


アーネストの視界の隅で、女神はバルコニーに向かっていた。

話しが一段落して、涼みに向かったのだ。

それを追う様に、アーネストもバルコニーに向かう。


「はあ…

 まだ追い掛けるの?

 ギルバートも災難ね」


マリアーナはそう言って、グラスの葡萄酒を飲み干すのだった。

その後に酔った彼女が、騎士に絡んだのは言うまでもない。


「イスリール!」

「アーネストか…」

「ギルは?

 ギルのその後は?」


アーネストは開口一番、気になっていた事を口にする。


「はあ…

 ギル、ギル、ギル…

 お前はいつでもそうじゃな」

「仕方が無いだろう!

 あれっきりなんだ」

「そうじゃのう…

 あやつも少しは…」

「え?」

「父の墓へ向かえ

 あいつはそこじゃ」

「な!

 帰って…」

「私の騎竜を貸してやる

 厩舎に居る筈じゃ」

「父の墓って…」

「お前が一番、分かっておるじゃろう?」

「くそっ!

 あいつ…」


アーネストは吐き捨てる様に、怒りを露にしていた。

そのまま走り出すと、王城の厩舎に向かって走って行った。

この時に、もう少しアーネストが冷静だったら、騎竜が居るのはおかしいと思っただろう。

黒騎士の一人が、そっと女神に近付く。


「分かっておる

 お前も早く、行ってやれ」

「…」


黒騎士は黙って頷くと、そのまま姿を消した。

彼は女神しか使えない筈の、転移の魔法を使ったのだ。


「不器用な奴等じゃ…」


女神はそう言って、可笑しそうに微笑んでいた。


「ギル…

 ギル!」

「アーネスト様?」

「騎竜は?

 女神の騎竜は何処に?」

「騎竜?

 ワイバーンでしたら、こちらに用意されていますが?」

「それだ!

 借りるぞ!」

「あ!

 アーネスト様!

 祝宴は?」

「そんなの後回しだ!

 オレは行くぞ!」


アーネストはそう言うが早い、厩舎の前に居たワイバーンに跨る。

それは何時でも出れる様に、鞍も着けて用意されていた。

アーネストが飛び乗ると、ワイバーンはそのまま駆け出す。

そして王都の広い空に向かって、翼をはためかせた。


「う、ぬおっ!」

アギャアアア


ワイバーンは一声鳴いて、そのまま空に登って行く。


「はあ…

 全く、損な役回りだ」


厩舎の男は、そう言って帽子を脱ぎ去る。


「イスリールの言った通りね」

「ああ

 無事に着けよ」

「ふふ

 まるであの二人、恋人みたいね」

「ああ

 それだけ強い絆があるんだ」

「絆か…」

「私達の子供達も?」

「ああ

 そうだな」


イチロはそう言いながら、小さくなる騎竜を見送った。


「ギル

 ギル!

 どうしてなんだ?

 何で帰ってこない?」


アーネストは、逸る気持ちを押さえながら、騎竜を駆ってオウルアイに向かう。

そうして夕闇の中に、彼はオウルアイの城門に到着する。

アーネストは騎竜から飛び降りると、城門の兵士に呼び掛けた。


「な、何だ?」

「ワイバーン?」

「クリサリス王国宰相、アーネストだ!」

「アーネスト様?」

「何でワイバーンに?」

「良いから開けてくれ」

「しかしワイバーンなんてどうして?」

「女神に借りたんだ」

「女神様?」


兵士達は驚き、慌てて城門を開く。

夕闇に染まる城門は、固く閉ざされていたのだ。

城門が開くやいなや、アーネストは駆け込む。

そうして兵士に、騎竜の手綱を手渡した。


「こいつを頼む」

「頼むって…」

「どうしたら…」

「大人しいから、兵舎の脇にでも留めて置いてくれ」

「あ!

 アーネスト様!」


しかしアーネストは、そのまま慌てて街の中に駆け込む。


「どうする?」

「どうするったって…」


残された兵士達は、途方に暮れて騎竜を見上げる。

騎竜であるワイバーンは、兵士達を見て顔を擦り付けて来た。

人懐っこいのか、暴れる様子は無かった。

兵士は肩を竦めて、その騎竜を兵舎の脇に繋ぎ止めるのであった。


「ギル

 ギル!」


アーネストは念じる様に呟きながら、丘を駆け上る。

そこはオウルアイや、その前のダーナの死者を祀った墓が置かれている。

その場所には、ギルバートが嘗て父と慕っていた、前ダーナ領主アルベルトの墓がある。

そこにきっと、ギルバートが待っている筈なのだ。


「ギル!

 ギルバート!」


アーネストはその丘にある、墓の前に人影を見付ける。

それは黒い鎧を身に付けた、騎士の姿だった。


「ギル?」

「アーネスト…」

「何だ?

 その姿は?」


ギルバートは、まるで嘗ての黒騎士の様に、黒い鎧を身に纏っていたのだ。


「どうしたんだ?

 まるで…」

「そう

 私は黒騎士の代わりでもある?」

「へ?」

「彼の意思

 そして女神の意思

 それらを成就せねばならない」

「な、何を言っているんだ?」


アーネストは、理解出来ないと首を横に振る。


「アーネスト

 誰かがやらねばならないんだ」

「はあ?

 何をだ!」

「人間を見張り、魔物を導く者だ」

「な!

 何を言っているんだ!」

「だからオレは…」

「ふざけるな!」


アーネストは、思わず絶叫する様に叫ぶ。


「帰って来るんだろう?」

「すまない…」

「何がすまないだ!」

「オレはもう…」

「ふざけるな!

 みんな待っているんだぞ!」

「そう…だな」

「っ!」


アーネストは、その友の顔に固い決意を見て取った。

彼がこんな表情を浮かべる時は、何があっても曲げられない。

アーネストは友の決意を見て、涙を流しながら訴える。

この涙で、決意を変えてくれないかと。


「ギル…

 みんな待っているんだぞ」

「ああ」

「イチロ達もな、子供が出来てな」

「ああ」

「それにマリアンヌも…」

「立派に治めてくれている様だな」

「え?

 お前…」


ここでアーネストは、女神の後ろに控えていた騎士を思い出す。


「お前…

 まさか?」

「ああ

 バレなかったな

 冷や冷やしたよ」

「おま!

 ふざけるなよ!

 なんで…」

「あそこでバレたら…

 オレが帰って来てると知ったら

 みんな離してくれないだろう?」

「当たり前だ!」

「だからこっそりとな」

「何がこっそりだ!」


アーネストは今度は、怒りで顔を真っ赤に染める。


「まさか他の騎士は…」

「いや

 さすがにクローンはな…

 あれは魔族や獣人、魔物から選ばれた騎士だ」


ギルバートが紛れていると、バレない様にみんな黒い鎧で統一したのだ。


「お前なあ…」

「はは

 すまんな」

「みんな怒るぞ?」

「だろうな」

「どうしても…」

「ああ

 あそこから人間が、道を踏み外さないか見守るつもりだ」

「しかしお前だって…」

「アーネスト…

 マーテリアルの寿命は知っているか?」

「へ?」

「少なくとも数百年は生きれるそうだ…」

「数百…」

「そしてな、精霊女王はさらに長生きだそうだ」

「セリア?」

「ああ…」


ここでアーネストは、もう一つの理由を理解した。

このまま戻っても、ギルバートの存在は人間にとって危険なのだ。

国王が数百年も、国を治める事となる。

そうなれば、無用な混乱を招くだろう。

場合によっては、カイザートの二の舞いに成り兼ねない。


「それじゃあ…」

「ああ

 ここには居れない」

「だって…」

「お前だって…

 イチロもそうだな

 いずれ国には居られなくなるぞ?」

「オレもか?」

「そうだな…

 ガーディアンも人間の数倍の寿命らしいぞ?」

「ははは…

 そんなに…長生き出来るのか…」


アーネストは、笑いながらも困惑していた。

もしかしたら、自分も人間の世界では生きられないかも知れない。

そう思いながらも、ギルバートに着いて行く気にはなれなかった。


「オレは…

 娘達が…」

「そうだな

 お前は残るべきだ」

「お前こそ!」

「もう…

 決めたんだ」

「そう…か」


ギルバートは寂しそうに微笑み、アーネストに右手を差し出す。


「今度見える(まみえる)時は…

 50年後か、100年後か…

 人間が治める国が、乱れていないか見に来るつもりだ」

「それまで魔物を?」

「ああ

 オレが魔物の国を、治めるつもりだ」

「魔王…」

「そうだな」

「いや…」


アーネストは少し考えてから、そっと呟いた。

「聖なる守護者にして魔物の王

 聖魔王?」

「何だか語呂が悪いな」

「それじゃあ…

 聖王!

 これならどうだ?」

「聖王…

 良い響きだ」

「ああ

 お前らしいよ」

「そうだな

 これからは、そう名乗らせてもらおう」


ギルバートは頷いてから、アーネストと固く握手を交わす。


「次に来る時まで…

 人間の世界を頼むぞ」

「ああ

 任せておけ」

「それじゃあな

 クリサリス聖教王国宰相、アーネストよ!」

「ああ

 聖王、ギルバートよ!」


二人は悪手を交わして、それぞれの道を進み始める。

こうして聖なる守護者にして、魔物の王、聖王の物語は始まった。

これで物語は、一応の終わりとなります。

切りが良い様に、もう10話ほど後記を書こうとは思っています。

最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。


ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。

また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。

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