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聖王伝  作者: 竜人
第三章 新たなる領主
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第79話

翌日、フランドールは朝早くから起きたが暫く客間に居た

約束の時間までまだあるし、部屋で資料を読む事にした

そこには魔石の活用方法と効果が記載されていた

自分の剣を強化するならどの様な効果があるのか調べていたのだ

期待出来る効果を書き出し、これから頼みたい内容を吟味してみた

そうしている間に時間になったのだろう、ドアがノックされた

フランドールがドアを開けると、そこにはアーネストが立っていた

ギルバートは先にギルドへ向かっていて、アーネストはフランドールが来ていないので迎えに来ていた

フランドールはアーネストに礼を言い、すぐ近くにある商工ギルドへと向かった


「フランドール殿は武器の強化は決まりましたか?」

「ええ

 やはり身体強化は必須ですね」


「そうなりますと、残るは耐久性と切れ味の強化ですか?」

「そうですね

 可能ならそれでお願いしたいです」

「さいわいになかなか良い魔石だった様です

 恐らくは上手く行きますよ」


二人はそんな話をしながら、邸宅を出てすぐ側の建物を目指す。


「こんなに近くにあったんですか?」

「え?

 ああ、そうか

 まだ案内はしていなかったんですね」


「こっちが冒険者ギルド

 向こうが魔術師ギルドで、その先が私の家になります」


「今回向かうのはこっちです

 ここが商工ギルドになります」


「え?

 強化は魔石と魔法を使うんですよね?」

「そうですが?

 それでも加工の必要がありますし、剣の修復も必要でしょうから

 昨日の戦闘で痛んでませんか?」

「あ…

 確かに傷が…」


フランドールは剣に手を伸ばし、抜きそうになったが、考えてみればギルドで見てもらった方が早いだろう。

そのままギルドの入り口へと向かった。


商工ギルドは外観こそ他のギルドに似た2階建ての建物であったが、入ってすぐに商品が並べられたカウンターがあり、その他にも武具や鎧が飾ってあった。

奥のカウンターが来客との打ち合わせ場所となり、その他にも工房や倉庫に続くドアが付いていた。

工房や倉庫は棟続きの建物になっており、工房に続くドアからは槌を振う音が聞こえてきた。

倉庫は3つも併設されており、その内1つは魔物を解体して素材を保管する倉庫になっていた。


「これは…大きいね」

「ええ

 特にここ数年は魔物から取れる素材が増えまして…」

「魔物の素材が多くてね

 毎日の様に倉庫が一杯になるんでさあ」


二人が話していると、続きを補足する様に小柄な男が話し掛けてきた。

小柄で筋骨隆々とした中年の男は、いかつい顔に白い髭を蓄えていた。

フランドールが誰?と見るので、アーネストが男を紹介する。


「こちらがギルド長の…」

「ガンドフと申します

 よろしくお願いします」

「どうも

 先にも一度顔を合わせたと思いますが

 私はフランドール・ザウツブルクと申します

 よろしくお願いします」

「おう

 覚えていなすったか

 ガハハハ」


ギルド長は豪快に笑い、肩には手が届かなかったので腰をバシバシと叩いた。


「あんたは良い貴族の様だから、これからも街を盛り立てて行く為にしっかり頼むぜ」

「こちらこそ

 ともに街の為に頑張りましょう」


二人はしっかりと握手をして、ニッコリと笑い合う。

アーネスト些か暑苦しい展開に顔を引き攣らせたが、二人が意気投合したのを見て安心した。

これから彼を領主として推薦して行くには、必ずギルドの協力が必要になる。

残るギルドでも上手く行けば良いのだがと期待してしまう。


「それで…

 ギルバート殿は?」

「うん?

 殿下ならそこに」


ギルド長が指差す先に、長椅子に座ってぼんやりしている姿が見えた。

思わずフランドールは声を掛けようとするが、アーネストが慌ててその手を掴んで止める。

見ると悲痛な表情で首を振っていた。


「え?」

「すみません

 今はそってしておいてやってください」


フランドールは訳が分からなかったが、深刻そうな表情を見て黙って従った。


「取り敢えず、話はきいている

 問題の武器を見たいんじゃが?」

「あ…

 これなんですが」


フランドールはギルド長に促され、剣を剣帯から外して差し出す。

ギルド長は受け取ると、小柄な体に似合わず軽々と剣を引き抜いた。


剣を正面に掲げると、真剣な表情で見詰め、やがて表面を指でなぞり始める。

一通り見ると、今度は斜めに構えて松明の明かりに当ててみる。

次に確かめる様に表面を叩いてみたり、刃がぐらつかないか刀身を掴んだりもする。

暫く熱心に調べてから、一人の職人を手招きする。


「おい!

 カンタック!

 ちょっと来い!」


職人を呼び付けると、表面の傷の加工と、欠けた刃を治す為の加工を依頼する。

その上でフランドールに振り向き、2、3日掛かると告げた。


「どうやら相当な馬鹿力で殴られたな

 傷もだが根元にも来ている

 一旦火に掛けて打ち直さんとならんな」

「そうですか」

「強化に関してはそれからじゃ」


「そうなると、どれくらい掛かりそうだい?」

「うーむ

 加工を修理の時に加えれば…

 4日、いや5日で完璧に仕上げよう」

「分かりました

 それでお願いします」


フランドールはギルド長に頭を下げて、強化の内容も伝えた。

その間もギルバートは長椅子に座っており、アーネストがチラチラと見て気に掛けていた。

話し合いが済み、フランドールはアーネストの方を向いた。


「ギルバート殿はどうしたんだい?」

「うーん

 奴には内緒ですよ

 気にしちゃいますから」


アーネストは小声で説明を始めた。


「あいつ…

 親父さんが死んでからまだ間もないから」

「あ…」


「時々ああやって…

 思い出しているんだろうな」

「そうか」


「だからああなっている時は、声を掛けずにそっとしてるんですよ」

「そうだな…」


二人は掛ける言葉も失い、ただ黙って見ている事しか出来なかった。

そうこうしていると、ギルバートの方が気付いた様で、苦笑いをしながら歩いて来た。


「どうしたんですか?

 二人共黙って」

「いや

 丁度用事も終わって帰ろうかと話していたんだよ」

「そうそう

 そろそろ次のギルドを案内しないと」

「?」


「そうだね

 個人的には冒険者ギルドも見てみたいかな?」

「ではご案内しますね」


二人共棒読みな発言をして、ギクシャクしながら歩き始めた。

ギルバートはそんな二人の様子に気が付けず、首を傾げながら後に着いて行った。


商工ギルドを出ると、隣の冒険者ギルドに向かって歩き始めた。

こちらは昼前でも賑わっており、中から声が響いていた。

1階に酒場と受付カウンターが並び、入り口の近くにはクエストを張り出す掲示板が立てられていた。

そこには薬草や鉱石の採取が貼られており、魔物の討伐は2、3枚しか残っていなかった。


「ここは採取がメインなのかい?」

「いえ

 この時間では護衛や討伐のクエストはほとんど無くなっていますよ

 朝早くなら猪や野犬、ゴブリンなんかのクエストがありますね」

「オーク等になると、さすがに兵士達に回りますから」

「そうか

 盗賊とかは無いのかい?」


「盗賊ですか?」

「ああ

 王都では時々あるみたいだが

 ここでは居ないのかい?」

「そりゃあ居ますでしょう

 だけど野菜や肉をちょろまかすぐらいですから」


三人でクエストボードを見ていたら、後ろから声が掛かった。


「ようこそ、冒険者ギルドへ

 フランドール様でしたかね?」

「ああ

 あなたは?」

「ワシはここのギルド長、トーマスと申します」


日に焼けて褐色の肌をした、背の高い偉丈夫が片手を差し出す。

その前身は鍛え上げられた筋肉で覆われ、ガッシリした手が力強く握ってきた。

茶色い短く刈った髪に、頬に入った大きな傷が目立っていた。


「今日は何か依頼ですか?」


男はニカリと笑い、酒場の方へ案内した。


「いえ

 単にここのギルドに来た事が無くて、案内をしてもらっていました」

「そうですか」


ギルド長は笑いながら頷くと、酒場の隅の席を勧めてきた。

4人でそこへ座ると、周りが興味深々という体で見ていた。

不意の来訪に酒場はシンと静まり返ったが、ギルド長が手を振ると再び騒ぎ始めた。

さすがに慣れているのだろう、話を邪魔しない様に騒ぎ過ぎない様にはしていた。


「それで…どうです?

 王都とは違いますか?」

「いや

 どこもギルドはこうだねえ

 この雰囲気も懐かしいよ」

「はははは

 違えねえ」


ギルド長は豪快に笑い、給仕に合図を送った。


「またですか?

 あまり昼間っから飲まないでくださいよ」


中年の女性がエールを4つ持って来て、ギルド長に注意していた。


「良いじゃねえか

 ここ数日は大きな騒ぎは起きていねえ」

「そうなんですけどね

 ほら

 受付でユミルさんが睨んでいますよ」


給仕の女性が視線で示すと、確かに受付の女性が睨んでいた。


「おお!

 怖え…」


ギルド長は震えるふりをしながらエールを呷った。

フランドールも口を着けたが、生温くなったエールは苦かった。


「それで?

 どういったお話が聞きたいんでしょう?」

「そうだねえ

 ここいらの冒険者の質とか、魔物に対して戦えるのかとかかな?」

「魔物ねえ…」


「こう言っちゃあなんですが

 魔物に関してじゃあ、軍も手を焼いていなする

 ですよね?」

「ああ

 まともに戦えるのは、まだまだ少ない」


「それに…

 元々ダーナの治安は良いんですよ

 ですから冒険者って言っても、ほとんどが薬草や鉱山労働者ですよ

 今は魔物に対抗する為の、腕利きを育てている真っ最中でさあ」

「そうか

 やはりどこも、急には魔物とは戦えないか」

「ええ

 いくらスキルを教わっても、一朝一夕では戦えませんって

 それに、大型の魔物に関しては殿下か将軍ぐらいですぜ」

「うむ

 そこは深刻だよな」


「これは…提案なんですが」

「ん?」

「武器や防具がもう少し、もう少し手に入り易かったら

 それなら冒険者の質も上がるんですよ

 碌な装備が無くて、簡単におっ死んじまう奴が多いんです」

「そうか」


「ギルバート殿

 そこは何とかならないだろうか?」

「そうですね…

 現状は軍の拡充が優先です

 それが間に合っていないのに、余剰の武器や防具は有りませんよ

 先ずは軍の装備を整え、それから冒険者の装備になりますかね」

「だよな」


ギルバートの言葉に、今までも聞いていたのだろう、ギルド長はガックリと項垂れる。


「しかし、フランドール様が兵士を連れて来てくださいました

 後は装備と訓練だけです」

「ああ」

「ですから、このまま訓練と並行して魔物を狩って行けば…

 遠からず市場に回せる様になります」


「そうなると、今はひたすら魔物を狩るしかないな」

「はい

 私達も強力しますので、魔物の討伐を頑張りましょう」


ギルバートとフランドールはやる気に満ちていたが、ギルド長は落ち込んでいた。

どの道当分は、冒険者は大変なままなのだ。

こればっかりは仕方が無いだろう。

アーネストが同情したのか、ギルド長の肩を叩いていた。


その後も暫く4人で話し合い、昼にはワイルド・ボアのステーキも食べた。

厚切りを塩と香草だけで焼いていたが、これはこれで旨かった。


「昨日のアーマード・ボアとは、また違った味わいだな」

「肉の食感はこっちの方が上ですからね」

「少し固いんだが、猪の肉に比べりゃだんぜんこっちのが旨いわな」


4人はステーキに齧りつき、肉の旨味を堪能した。


「これが安定して捕れるなら、魔物の出現も喜べるな」

「そうそう

 以前よりも捕り易くなりそうだからね」

「え?

 本当ですか?」


ギルバートの言葉に、ギルド長が思わず食いつく。


「南の草原に、ゴブリンやコボルトが移動している」

「このまま増えれば、当然ワイルド・ボアの数も増えるだろう」

「そいつはありがてえ」


「まだ正式な発表ではないが、このまま増えれば狩猟のクエストも頼む様になるだろう」


アーネストのこの言葉に、ギルド長は嬉しそうに頷く。

そこでギルバートが提案し、アーネストが昨夜の魔物の勢力分布図を差し出す。


「これは差し上げれないが、良かったら書き写してみては?」

「そうですな

 おい!

 記録係のアインを呼んで来い」


ギルド長が声を上げ、ほどなく記録係が連れて来られた。

記録係は資料を見ると、その内容に感嘆していた。


「これは素晴らしい

 すぐに写してきます」


記録係は意気込んで、資料を片手に駆け出した。

その先で、薬草の籠を抱えた冒険者にぶつかりそうになる。


「おい!

 危ないだろ!」

「すいません、急いでます!」


その姿を見送り、4人は談笑を続けていた。


時刻は2時を回った頃、不意にギルドの入り口が騒がしくなってきた。

一人の傷だらけの女性が駆け込み、カウンターへ向かう。


「お願いです

 助けて!

 助けてください!」


「何事だ?」

「どうしたんだろう?」

「ちょっと行って来ます」


ギルド長はカウンターに向かい、傷付いた女性に話し掛ける。

ギルバートも気になり、その後に続く。

アーネストとフランドールも席を立ったが、騒ぎに集まった人が多くて近づけないでいた。


「…今も夫が…」

「しかし、城門で話したんじゃろう?

 今頃は警備兵が出ているじゃろう」


「どうしたんですか?」

「あ、で、殿下」

「こちらの女性なんじゃが

 外で魔物に襲われたらしい」

「旦那と子供は行方不明で、他にも何人か居たみたいなんですが…」

「兎に角、警備兵には伝えています」


「そうですか…

 その魔物はどんな魔物でしたか?」

「え?」

「そうじゃな」

「どんな魔物だったんだい?」


女性は必死に思い出そうとするが、怖かったのだろう、ブルブルと震えていた。


「わ、分かりません

 大きな柱みたいな足しか見えなくて…」

「!」

「そいつは!

 そいつは何匹ぐらい居た?」

「分かりません

 分かりません…うう…」


「これは不味い!」


ギルバートは慌てて駆け出す。

それを見て、事情も分からずアーネストとフランドールも追い掛けた。


「おい!

 ギル!」

「どうしたんだい?」


「大変だ!

 大型の魔物が出たんだ!」

「何だって!」


「すぐに支度をして…」

「おい!

 行く気か?」

「ああ

 当然だ!」

「馬鹿か!

 既に将軍が向かっている筈だ

 それにお前が軽々しく動いてどうする

 お前は重要な使命があるんだろう?」

「しかし…」


「それなら私が!」

「いけません

 フランドール様は今、武器を持っていないでしょう?」

「あ…」


「くそっ」


ギルバートは叫ぶなり、城門へ向かって駆け出した。


「おい!」

「待つんだ!」


慌てて二人も駆け出す。

再び現れたという大型の魔物。

街に迫る危機に向けて、ギルバートは駆け出していた。

言い知れぬ不安を胸に秘めて。

次は夜の内に上げますね

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