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聖王伝  作者: 竜人
第二十四章 王の帰還
785/800

第785話

女神ゾーンは、突然苦しみ始めた

感情の隙を見せた事で、負の魔力に憑りつかれてしまったのだ

彼女は関節を奇妙に、変な方向に向けて動く

それは負の魔力に取り込まれた、黒騎士の動きに似ていた

女神はイチロの封印を破っていた

しかしその女神は、今は負の魔力に包まれていた

それを使って封印を破ったのに、彼女はその魔力に憑りつかれしまったのだ

それは彼女が、イチロの話を聞いて取り乱してしまったからだ


「マズい!」

「え?」

「どうなったの?」

「負の魔力に負けたんだ」

「え?」

「イチロの事を聞いて、隙が生まれたんだな…

 感情の乱れた隙を突いて、あの黒い靄に支配されようとしてる」

「え?

 だって女神なんでしょう?」

「ああ

 しかし人の負の感情は…

 人間の感情は強かったんだろうな

 そもそも封印を破ったのも…」

「あ…」

「それじゃあゾーンは?」

「もう狂気に取れ憑かれた化け物だ

 女神じゃなくなったんだ…」

「え?

 あれに負けたって言うの?」

「ああ

 支配されているな

 見てみろ」


アーネストの言う通り、ゾーンは負の魔力に支配されていた。

眼は黒く濁り、表情は虚ろに変わっていた。

しかし奇妙な、背筋も凍る様な笑い声を発していた。


「きけ?

 きくけけけけ…」

「うう…

 ゾーン?」

「ギル!

 気を付けろ!」

「気を付けろたって…」

「それは狂気に侵された、アモンと同じだぞ」

「アモン?

 あの時のか?」

「ああ

 王都を襲った時、あの時のアモンと同じだ」


嘗て魔王アモンは、負の魔力に侵されて襲って来た事があった。

その時のアモンは、人間では有り得ない動きをしていた。

狂気に憑りつかれた者は、負の魔力に操られて滅茶苦茶な動きをするのだ。

そして女神も、今まさにその状態になっているのだ。


「気を付けろ!

 あり得ない動き方をするぞ!」

「分かった!

 しかしどうすれば…」

「倒すしか無いな…」

「馬鹿な!

 ようやく彼女の心が…」

「ああ

 動かされていたな

 しかしそのせいで、隙を突かれて乗っ取られてしまった

 こうなってしまっては…」

「どうにかならないのか?」

「アモンも…

 感情を取り戻すまで、かなりの数の人間を殺したんだ

 そいつが元に戻るかは…」

「そんな!

 それじゃあ!」

「ああ

 破壊するしか無いだろう」

「何とか…」

「きしゃああああ」

「危ない!」

「ぬわっ!」


ゾーンは突然、身体を後方に倒した。

そしてそのまま、身体を逆向きの四足歩行にして、シャカシャカと迫って来る。

それはあまりにも不気味で、人間では出来ない動き方だった。

女神だからこそ、そんな関節の動きをしても問題が無いのだ。

そしてそれだからこそ、悪夢に出そうな動きで向かって来る。


「何だ?

 何て動き方だ!」

「人間じゃ無いからな」

「だからってこんな…」

「気を付けろ

 どんな動きをするか…」

「しゃああああ

 ふしゃしゃあああああ」

「わっ!

 うおおお

 ぬわっ」


女神はその状態から、ぴょんと飛び上がる。

そして首がぐりんと動いて、背中側に向いた。

それだけでも気持ち悪いのに、そこからさらに手刀や蹴りを放って来た。

ギルバートはそれを見て、必死に攻撃を躱した。


「こなくそ!」

「ふしゅうううう」

ガキン!


女神はギルバートの攻撃を、黒い靄を盾の様にして防ぐ。


「な!」

「黒い靄を盾に?」

「しゃはああああ」

「ぬおっ

 このっ!」

ギャキン!


ギルバートは、再び攻撃を躱しながら切り付ける。

しかし女神は、それを身体をくねらせて躱した。

そうして反撃とばかりに、雷撃を放って来た。


「ふしゃあああ」

「うわあああ」

「危ない!

 魔力の盾(マジック・シールド)

バチバチバチ!

バシュン!


雷撃が放たれたのを見て、アーネストが魔法の盾を展開する。

本来は自身の目の前に出すのだが、アーネストはギルバートの目の前に出した。

出された魔法の盾は、一撃で破壊されてしまった。

しかしギルバートは、それで雷撃の直撃を免れていた。


「アーネスト」

「気を付けろ!

 女神は雷撃も使って来るぞ!」

「しかしいつ撃って来るか…

 ぬおっ!」

「ふしゃああああ

 しゃしゃあああああ」

ブン!

バチバチ!


再び女神は、四つん這いになって走って来る。

そうしてぴょんと飛ぶと、背中を向けたまま手足で攻撃して来る。

ギルバートがその攻撃を避けると、女神はまた雷撃を放つ。

その雷撃を、ギルバートはまともに受けてしまった。


「ぬぐわあああ」

バリバリバリ!


ギルバートは背中に雷撃を受けて、苦痛にもんどりうった。

そこに向かって、女神はシャカシャカと地面を張って来る。

近寄る女神を見て、ギルバートは慌てて飛び起きる。

しかしその前に、アーネストが放った雷撃が、女神に直撃した。


雷撃(サンダーボルト)

「ぎゃあああああ」

バチバチ!

バリバリバリ!


女神はギルバートに集中していて、すっかり油断していたのだろう。

そして女神は、全身をを金属で作られている。

その外側に人間の様な皮膚を持っているが、中身の金属は電気を通し易い。

だから雷撃は、女神を直撃していたのだ。


「今だ!

 せやあああああ」

バキン!



ギルバートは、転げて起き上がった体勢から、跳躍する様に女神を下から切り上げた。

女神は躱し切れずに、左腕の肘から先を失っていた。

しかし女神は、着地するなりすぐに向かって来る。

背中を下に向けて、四つん這いになってシャカシャカと這う様に向かって来る。


「くそっ!

 食らえ!」

「しゃひゃあああああ」


女神はぴょんと飛ぶと、軽々とその攻撃を躱す。

そうして距離を取ると、また四つん這いになって這って来る。


「気持ち悪いな…」

「関節が人間とは違うからな」

「だからって何も…」


アモンはまだ、獣の様な動きに変わっただけだった。

しかし女神は、既に人間離れをした動きをしていた。

そしてさらに、女神は人間離れした動きをした。

何と首をぐりんぐりんと、振り回し始めたのだ。


「な?」

「ふしゃしゃああああ」

ガギガギガギン!

ズシャシャッ!


女神の金属製の髪は、地面に深々と切り傷を刻み込む。

ギルバートは、咄嗟に剣を前に翳してそれを防ぐ。

しかし髪は剣を叩いて、激しい衝撃を与える。

剣は魔力で守られたが、鎧には幾筋かの傷が刻まれた。


「ぐわっ!」

「大丈夫か?

 ギル」

「だ、大丈夫だ!

 しかしもはや…」

「ああ

 さすがは女神だ…」

「そうじゃないだろう!」


人間離れした動きに、アーネストは舌を巻いていた。

そしてギルバートは、呆れた様にその攻撃を受け止める。

二人が戦うその後ろでは、アイシャ達が未だに泣いている。

これ以上は、女神を好き勝手にはさせられなかった。


「イチロ

 うわあああ…」

「起きてよ!

 何でよ!」

「目を覚まして!」

「無駄だ!

 封印の影響か…

 あるいは未だに封印されているのか?

 兎も角、意識を取り戻しそうに無い」

「何でよ!」

「精霊が来るまで起きないだろう

 早くイチロを連れて…

 くそっ!

 雷撃!」

バチバチ!


女神が再び向かって来たのを見て、アーネストは雷撃を放つ。

しかし女神は、その事も意識して髪を振り回していた。

いや、あるいは偶然そうなったのかも知れない。

兎も角、雷撃は女神が振り下ろした髪に吸い込まれる。

そして振り下ろした状態で、地面に向けて抜けてしまった。


「な?

 何だと?」

「髪に吸い込まれた?」

「くそっ!

 どうなっているんだ?」


この世界には、避雷針という物はまだ無かった。

だからアーネストは、その原理を理解出来なかった。

分かった事は、雷撃も髪によって打ち消されるという事だった。


「くっ!」

「ふしゃああああ」

バキバキバキン!


女神の髪の攻撃で、ギルバートの鎧がさらに傷付く。

ギルバートの鎧は、アダマンタイトに魔物の素材を加えた合金で出来ている。

その硬い鎧を、女神の髪はいとも容易く切り刻む。

高速で動く髪が、鋭い刃の様に叩き込まれるからだ。


「ギル!」

「くっ!

 このままでは…」

「させない!

 風の障壁(エアー・シールド)


女神は髪を振り乱し、ギルバートの鎧を刻み始める。

このままでは、ギルバートの身体も危険だった。

そこにセリアが、精霊の力を借りて魔法を放つ。

空気で出来た障壁が、ギルバートの前に張られた。


それは空気の障壁なので、女神の髪を包んだ。

そうして速度を落として、髪の衝撃を無くしたのだ。

威力の落ちた攻撃は、軽く鎧を叩くだけとなる。

そしてこの好機を、ギルバートは逃さなかった。


「うおおおおお!」

「ふしゃああ…

 がぎゃああああ」

バギャン!


ギルバートは、袈裟懸けに肩から振り下ろす様に剣を振るった。

それは女神の髪を切り裂き、その肩に深々と食い込んだ。


「おおおああああ!」

「がぎゅげがぎゃああああ」

バキバキ!

メキャ!

バギン!


鈍い音が断続的に続き、ギルバートは力任せに剣を振り抜く。

聖光輝を纏った剣は、女神を包む黒い靄ごと切り裂く。

そうして肩から胸に、胸から腰に向けて斜めに切り裂く。

遂に女神ゾーンは、その身体を破壊されたのだ。


「ああああ!」

「ぎゅああああ…」

バキン!

ゴトン!


左肩から右の腰まで、髪を切り破って斜めに切り裂く。

女神は二つに分断されて、上半身がそのまま地面に落ちる。

しかし下半身はまだ、シャカシャカと不気味に動いていた。

そこには既に、女神の意識は残されていなかったのに…。


「やった?

 のか?」

「ああ

 見事に破壊したな」

「うえええ

 まだ目が動いてるよ」


破壊された女神は、ビクンビクンと痙攣していた。

そしてその身体から、黒い靄が立ち昇る。


「まだだ!

 ギル!」

「え?」

「聖光輝で、その靄を切り裂け!」

「え?

 あ、うん

 うりゃあああああ」

バシュン!

グゴアアアアア…


黒い靄は、まるで生きているかの様に集まり始めていた。

そこへギルバートの、聖なる魔力が篭った剣が振り降ろされる。

靄はまるで生きているかの様に、不気味な絶叫を上げる。

そうして断末魔は、暫く部屋に木霊していた。


ゴアアア…ヒュウウウウ…

キュアアアア…

「うう

 何だ?

 この不気味な声は?」

「亡者の最期の足掻きだな

 しかしオレ達には効かないぞ」


この奇妙な絶叫は、並みの者ならば心臓が凍り付いて死んだだろう。

しかしギルバート達は、紛いなりにもガーディアンである。

さらに幾多の戦いを経て、魔物の咆哮にも慣れていた。

だから不気味さや気色の悪さを感じても、恐怖や死を感じる事は無かった。


「終わった…のか?」

「ああ

 そうだな」

「今度は大丈夫?」

「そうだな

 問題はゾーンが、どの身体で目覚めるかだが…」


しかしゾーンは、姿を現わそうとしなかった。

部屋には無数の義体が転がっているが、どれも動き出そうとしなかった。

そもそもが機能が停止したかの様に、全ての義体は止まったままだった。

そしてゾーンが、そのどれかに入った様子は無かった。


「まさ…かな?」

「どうした?」

「いや

 そのまま消えるとは思えない」

「それじゃあ、まだ何処かに?」

「ああ

 その筈なんだが…」


しかし肝心の、ゾーンが入ったらしき義体が分からない。

いや、そもそもが、この部屋の義体全てが動いていないのだ。

アーネストは意識を集中するも、魔力を感じる事は無かった。

女神といえども、僅かながらの魔力は持っているのだ。


「魔力を…感じない?」

「消えたって言うのか?」

「そんな筈は無い!

 そんな筈は…」

「だったら…」


その時、入り口の扉がゆっくりと開かれる。

そこにはミハイルのクローンと、イスリールが立っていた。


「間に合った様ね」

「イスリール?」

「どうしてここへ?」

「話は後よ

 先ずはゾーンをどうするかね」

「どうするかって…

 ギルが破壊して…」

「それは抜け殻よ」


アーネストは破壊された、女神の義体を指差す。

しかしイスリールは、それは抜け殻だと言った。


「それじゃあ何処に?」

「ここよ」

「え?」

「これが?」

「そう

 全てを失った、女神の成れの果てよ」


そこには小さな、人形の様な物が手の上に座っていた。

それは少女の様な、可愛らしい人形である筈だった。

しかしその表情は、不貞腐れた仏頂面をしている。

その表情のせいで、折角の可愛らしさが台無しであった。


「さあ

 ゾーン」

「何よ?

 今さら私に、何をさせようってのよ」


ゾーンはイスリールの手の上に、不貞腐れて胡坐を搔いていた。


「あなたは…

 反省しているのですか?」

「反省?

 何によ!」

「何って…

 はあ…」


全く反省していない様子に、イスリールは深く溜息を吐く。


「ゾーン

 お前は何でこんな事をしたんだ?」

「何でも何も無いでしょう!

 あんたら人間は、何度叱っても戦争戦争!

 殺し合うばかり!」

「それは違うだろう?」

「そうですよ

 そもそもの理由は何です?」


その理由に関しては、アーネストは予想が付いていた。


「理由も何も…」

「イチロ」

「へ?」

「イスリールをも惚れさせていたのか?」

「な!

 何でそこで!」

「そしてお前も…」

「そんなんじゃ無い!

 そんなんじゃ無いわよ!」

「そうか?

 イチロの正体を聞いた時、お前は動揺していたよな?」

「そんな事は…」

「そしてイチロは…

 お前のせいで…」

「え?」


ここでアーネストは、沈痛な面持ちで振り返る。

ゾーンもそれに釣られて、アーネストの向いた方へ顔を動かした。

そしてその両目からは、大粒の涙が零れていた。


「う…そ…」

「イチロは…」

「嘘でしょ?

 あんた勇者じゃない?

 殺しても死なないって…

 よく言ってたじゃない?」

「全く動かなくなったんだ…」

「そんな…

 いや、いや…

 いやいやいやいや!

 いやあああああ!」


ゾーンは子供の様に、激しく泣きじゃくるのであった。

まだまだ続きます。

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