第777話
朝日が差し込み、世界樹の城に穏やかな朝が訪れる
それは魔物が去った事で、束の間に訪れた平安である
しかしこれを守る為には、元凶を断つしか無いのだ
そしてイチロ達は、その元凶を討つ為に旅立とうとしていた
世界樹の城の前に、飛空艇が停まっている
精霊達は既に、この地に顕現して集まっていた
そして最後の決戦の地、女神の世界への入り口を開こうとしていた
世界樹の城の前は、緊張感で静まり返っていた
「いよいよ決戦だ」
「ああ
その前に、先ずは無事に辿り着けるかだ」
「大丈夫だ
オレ達なら行ける」
「また…
何を根拠にそんな…」
「いや
オレも大丈夫だと思うぞ」
「イチロ?」
今回はギルバートだけでは無く、イチロも大丈夫だと言っていた。
「何を根拠に?
向こうはどうなっているのか分からないんだぞ?」
「そうだなあ…
勘?」
「はあ?」
「そもそも、エミリアが予言しているんだ」
「エミリアってセリアを救い出してくれた?」
「ああ
彼女の予言では、オレ達は…
オレは女神との戦いで重要な役割がある」
「それが予言だと?
無事に辿り着ける根拠だと?」
「ああ
オレは妻を信じているからな」
「そうか…」
アーネストは実際に、その女性が現れたところを目撃している。
だからこそ予言が、信用出来る物だと理解していた。
「おい
アーネスト」
「あん?」
「そのエミリアって方は…」
「ああ
話に出ていただろう?
亡くなられたイチロの奥さんの一人だ」
「そうじゃない
何で亡くなられた方が、セリアを助け出してくれたんだ?」
「それは…」
アーネストは説明し掛けて、イチロの方を向いた。
「いや、そうだな…」
「ん?」
「ギル
世の中にはな、言葉で説明出来ない事がある」
「何だそれは?」
「つまりそういう事だ」
「あ!
おい!」
アーネストはそう言って、ギルバートにはそれ以上の説明をしなかった。
ギルバートも最初は、食い下がって説明を求める。
しかしアーネストは、それ以上の説明を拒んだ。
それはこの事象には、複雑な事情があるからだた。
「何だよ
教えてくれてもいいだろ?」
「しつこいな…
それよりも儀式に集中しろ
後少しで開かれるぞ」
「う…
分かったよ」
もう少しで、女神の居る場所への入り口が開かれる。
それでギルバートも、しつこく追及するのを止める。
精霊達は一ヶ所に集まり、集中して精霊力を一点に集める。
座ったり立っていたり、中には宙に浮く者も居る。
彼等は一心に精神を集中して、精霊力を放ち続ける。
そして世界樹の城の前に、不可思議な空間が見え始める。
「ぬう…」
「後少し」
「見え始めたぞ」
「これは…」
それはとても不思議な光景だった。
何も無い空間に、大きな山が浮いているのだ。
そしてその上に、白亜の美しい神殿が建っている。
それはどことなく、女神の神殿に似た雰囲気を持っていた。
「あれが神殿?」
「山が宙に浮いている?」
「あれでは歩いて行けないな」
「いや
それよりも、落ちたらどうなるんだ?」
山は何も無い空中に浮いていて、その周りは何も見えない深淵と虚無が広がる。
山の上は明るく、光に覆われている。
しかしその下は真っ暗で、落ちたらどうなるか分からない。
恐らく虚無に飲み込まれて、そのまま落ちて行く事になるだろう。
「下は何も無いのだろう」
「それじゃあ落ちたら?」
「下が無いんだ
永遠に落ち続けるか…
あるいは…」
「あるいは?」
「消えて無くなるか」
「消えて?」
「ああ
この世に存在しない場所だ
オレ達も存在出来ないだろう」
「だから消えると?」
「分からないが、そうだろうな」
「…」
イチロの言葉に、周りに居た者は震えを感じる。
この世に存在しない場所というのも恐ろしいが、消えて無くなるというのも恐ろしい。
死ぬのでは無く、この世から消えるのだ。
それは死よりも恐ろしく、避けられない事なのだろう。
「いいか?
あそこには決して落ちるなよ
どうなるか分からないからな」
「あ、ああ…」
「個人的には興味を惹かれるが…」
「おい!
アーネスト!」
「だからと言って、行きたいとは思わないさ」
「そ、そりゃそうだろう」
「ああ
オレも遠慮するよ」
イチロですら、その得体の知れなさに顔を顰めていた。
「あああああ…」
「ふううん、ぬううう」
「やああああ…」
バチバチバシュッ!
シュオオオオ…!
エネルギーが収束する音がして、やがて空中に大きな入り口が出来る。
それは空間に穴を開けて、向こう側と無理矢理繋いだ状態だった。
「さあ
急いで抜けろよ」
「無理矢理抉じ開けたからな
長時間はもたんぞ」
「これってどうやって戻るんだ?」
「ん?」
「だって、入り口ってこのまま…」
「ああ
じきに消えてしまう」
「それじゃあどうやって?」
「さあな」
「さあなって…」
精霊達にしても、こちらから穴を開けるので精一杯なのだ。
向こうからこちら側に、穴を開ける事は出来ないだろう。
それに穴自体も、長時間は維持出来そうには無かった。
表面の空間も揺れていて、周りに広がった境界線も不安定だった。
「つまり地獄への片道切符って訳だ」
「じご…」
「何だ?
そりゃ?」
「つまり、行く事は出来るが帰りは保証出来ない
そういう事さ」
「むう…」
「オレは行くぞ
これがオレの運命だからな」
「そうよ!
私達はこの為に、長い時を封印されたのよ」
「ああ
全くだ」
「一発ぶん殴らないと、我慢が出来ないわ」
イチロ達は、そう言って飛空艇に乗り込む。
「オレも行くぞ
ギルはどうする?」
「行くに決まっているだろ!」
「しかし戻れないんだぞ?」
「それでもだ!」
ギルバートも、大股で飛空艇に向かって行った。
アーネストは肩を竦めると、精霊達の方に向き直る。
「それでは、ロバートとエルリックをお願いします」
「ああ
気を付けてな」
「ワシ等も同行出来ればのう…」
「精霊王とドワーフ王の事は任せてくれ」
「この地には魔物を近付けさせん」
「お願いします」
アーネストは頭を下げると、飛空艇に向かっていった。
「遅いぞ!」
「さあ、出発するぞ」
「ああ
行こう!
最後の決戦へ」
アーネストは舵を握り、正面の入り口を目指す。
「レーダーには入り口も、その向こうも映っていないわ」
「それはそうだろう
そこから先は、別次元の世界なんだ」
「大丈夫かしら?」
「信じて進むしかない
アーネスト」
「ああ
入るぞ」
バチバチ!
チリチリ!
激しく放電を繰り返し、飛空艇はゆっくりと入り口に入る。
その向こう側は山の麓の端っこで、ギリギリ地面が足元に見える。
しかしその先には、何も見えない深淵が広がっていた。
「レーダー回復
周囲の映像が入ったわ」
「くっ…
これは?」
ガクンガクン!
ガタガタ…ギシギシ!
不意に飛空艇は止まり、進めなくなった。
「何だ?
どうした?」
「分からない
分からないが進まないんだ」
「イチロ
ここの磁場や重力はおかしいわ」
「何だって?」
ファリスがレーダーの周囲にある、高度や磁場、重力を示す針を指差す。
それはくるくると回って、不安定な状態を表していた。
「何だ?
どうしたんだ?」
「どうやらここの、重力や磁場は不安定な様ね」
「まさか?
無理矢理作った空間だからか?」
「そうね
それか元々が世界が違うから?」
「そうだな
妖精の隧道も、時間の流れが違うんだ」
「なるほどな
物理法則が狂って…
いや、違っていても不思議じゃないのか」
なんとここは、元の世界とは物理法則が異なっているのだろう。
それで重力を利用した、飛空艇の移動が困難になったのだ。
「どうする?」
「全く動かないのか?」
「そうだな…
無理そうだ」
「降りられるのか?」
「そうね
地面の上ではあるから、降りれるとは思うけど…」
「試しに出てみるか?」
「だけど危険だわ」
「魔物は?」
「居るわよ
お待ちかねって感じよ」
「そうか…」
レーダーには、ゆっくりと迫りくる魔物の群れが映っていた。
それは赤い光点で示され、敵対的である。
「魔物はどのぐらいの数だ?」
「そうね…
ざっと千体は居るわね」
「多いな…」
「勇者さんよ!
オレ達に任せてくれないか?」
電線管から声がして、騎士達が戦うと言って来た。
「しかし数が多いぞ?」
「だが、あんた達は先を急ぐんだろう?」
「オレ達は大丈夫だ
ハイランド・オーク達も居る」
「イチロ
先に向かって」
「アイシャ?」
「私とミリアが援護をするわ」
「しかしここに残るのは…」
「良いから行って!」
ミリアとアイシャが、飛空艇に残って援護をすると言って来た。
彼女達はバリスタと、レーザーキャノンを操作出来る。
それで飛空艇から、魔物を狙い撃ち出来るのだ。
「私達は後から向かうわ」
「イチロ
私も残るわよ」
「私も」
「ファリス
チセ」
「アーネストとギルバートは、イチロと先に進んで」
「分かった」
「セリア
行くぞ」
「うん」
騎士とハイランド・オーク達が、先に降りて魔物を牽制する。
その間にアイシャとミリアが、バリスタやレーザーキャノンで魔物を攻撃する。
真ん中を貫く様に攻撃して、二人は道を作ろうとする。
それを支える様に、騎士やハイランド・オーク達が前に出て魔物を牽制していた。
「うおおおおお」
「こなくそ!」
「たかだかオーガぐらい…」
「馬鹿!
こいつはギガースって魔物だぞ」
「構わん!
どの道…
ここで押さえる」
「ワシ等も居るぞ」
ガギン!
グオオオオ
ギャオオオオ
ハイランド・オークが、大楯で魔物の攻撃を防ぐ。
騎士達は左右から回り込み、魔物を攻撃して牽制していた。
それで魔物達も、徐々に左右に押され始めた。
そして真ん中が開けたところで、一気にイチロとギルバートが前に出た。
「うおおおおお」
「今の内だ!
行くぞおおおお」
「走れ!
駆け抜けるぞ」
「精霊よ!
私達を守って」
セリアはシルフを呼び出すと、空気の障壁を張った。
これで魔物が攻撃して来ても、多少は防ぐ事が出来る。
風の障壁に守られながら、イチロ達は先に進んで行く。
その後方で、騎士達は魔物と戦っていた。
「良いのか?
ギガースやキマイラだぞ?」
「大丈夫だ
あいつ等もただ戦っていたんじゃ無いんだ
あれから腕も上がっている」
「そうなのか?」
「ああ
黒騎士の連れていた魔物と、戦って生き残ったんだ」
騎士達は黒騎士の連れた、魔物の群れと戦っている。
負傷した者も多かったが、それでも何とか生き残って来たのだ。
そして今回も、ハイランド・オーク達と協力して魔物を押さえていた。
その間にアイシャ達が、バリスタやレーザーキャノンで魔物を射殺して行く。
「うおおおお」
「魔物を行かせるな」
「殿下や勇者殿の為に…」
「道を開け!」
「負けるな!」
「ここは通さんぞ!」
ガン!
ゴガン!
グオオオオ
グガアアア
騎士達の声を聞きながら、イチロ達は前に進む。
その声にギルバートは、後ろ髪を引かれる思いだった。
しかし女神を止めなければ、被害は増す一方だった。
だからこそ心を無にして、一行は前に前にと歩を進める。
「抜けたぞ!」
「このまま一気に…
いや…」
「そう簡単には行かせてくれないか…」
「むう…
何だ?
あの魔物は?」
「リザードマン?」
「リザードマン?」
「ああ
トカゲ人間だな
不完全な竜の因子を組み込まれた人間だ
しかしイスリールも作らない様にしていたのに…」
キシャアアア
ギャオギャオ
「強いのか?」
「ああ
成りは小さいが、あれでギガース並みの強さだ」
「それが数百体か…
マズいな」
「なあ
奴等は火に強いか?」
「ん?
多少は耐性があるが…」
「そうでも無いのか?」
「ああ
弱点は冷気だが…」
「ならばオレに任せろ」
アーネストはそう言って、地面に杖を突き刺す。
「何だ?
何か策があるのか?」
「まあ見てろ!
精霊よ!」
ブオオオン!
アーネストはそう叫んで、両腕を天に向けて広げる。
アーネストの両腕から、魔力が迸る。
魔力の総量は、実はアーネストが一番大きかった。
そして魔法に関しては、恐らくアーネストの方が詳しいだろう。
イチロも色々と学んでいるが、それでも魔法使いのガーディアンの方が上なのだ。
「はああああ…
風の精霊よ!
火の精霊よ!」
「な!」
「え?
精霊を同時に呼んだのか?」
「無茶よ!
アーネスト!」
「我に大いなる力の一端を貸し与え給え」
ゴウッ!
シュバアアア!
アーネストは叫ぶ様に、精霊に助力を乞うた。
「炎の力よ
我が右腕に
風の力よ
我が左手に」
バチバチバチ!
アーネストの呼び掛けに、精霊の力が集まり始める。
右手の中には、火の精霊の力が集まる。
そして左手には、風の精霊の力が集まっていた。
そうしてアーネストは、それを左右から合わせる。
「うおおおおお!
二つの力を合わせて…
大いなる爆炎の力を示せ!」
「な…
爆炎だと?」
「大丈夫なのか?」
「ううん
無茶よ!
そんな危険な事、今まで出来た者は居ない筈よ」
「それじゃあアーネストは…」
「無茶だ
確かに爆炎の魔法は、理論では出来上がっている
しかし危険だから、禁術に指定されているんだ」
「アーネスト!」
「はあああああ…」
バチバチバチ!
シュオオオオ!
魔力が収束して、赤と青が混ざった魔力の塊が出来る。
アーネストはそれを、全力で押さえ込んでいた。
少しでも油断すれば、それは弾けてその場で暴発してしまう。
この魔法は、それほど危険な魔法なのだ。
「…あああああ!
混じって砕けろ!
地獄の爆炎」
アーネストはそう叫ぶと、それを魔物に向かって押し出した。
魔力の塊は、そのまま魔物に向かって飛んで行った。
まだまだ続きます。
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