第776話
結局ギルバートは、騎士達の説得に失敗した
イチロは予測していたので、仕方が無いと首を横に振る
騎士達はそもそも、ギルバートを迎えに来たのだ
それにここに残ったとしても、国に帰る術は無いのだ
最後の決戦を前に、一行は準備を進める
特にチセは、負の魔力に染まった光の欠片を前に苦戦していた
それは刻まれた魔法文字を、書き換えれば済む事では無かった
深く負の魔力に侵されて、聖剣から魔剣に変わっていたからだ
「ようやく終わった…」
「チセ!」
「はみゅう…
これで眠れる」
「大丈夫か?」
「何よ、大袈裟な…
昨日も寝てたじゃない」
「剣の事が気になって、ちゃんと眠れてないのよ
これでイチロと一緒に寝れるわ」
「あのなあ…」
チセは欠伸を嚙み殺しながら、イチロに剣を差し出す。
「はい
まだ魔力が馴染んで無いから
無茶はしないでよ?」
「ああ
分ってる」
チセはイチロに剣を渡すと、眠る為に寝室に向かった。
「へえ…
すっかり負の魔力は消えたな」
「ああ
さすがはチセだ」
イチロはそう言いながら、鞘から剣を抜き放つ。
その刀身は白銀に輝き、美しく力強さを見せる。
しかしイチロは、首を傾げて刀身を見詰めていた。
「あれ?
これは光の欠片じゃ無いぞ?」
「そうそう
忘れていたけど、負の魔力を変換して足りない素材を継ぎ足したわ
それはもう、あなたのクラウソラスよ」
「え?
だって欠片が…」
「その分を補う、オリハルコンと魔力が手に入ったのよ?」
「あ…
黒騎士の…」
「そう
彼の魔石も使って、無理矢理加工したのよ
お陰でまだ不安定だわ」
「そ、そうなのか?」
「ええ
魔力が馴染むまでは、無理に振らないでよ」
「分かった」
イチロは頷いて、剣を鞘の中に戻した。
「なあ
試しに振らなくて良いのか?」
「聞いて無かったのか?
魔力に馴染まさせなければならない」
「暫くの間、しまっておけば良い」
イチロはそう言って、剣を背中に背負った。
強力な魔剣や聖剣は、使用者の魔力に馴染ませる必要がある。
そうしなければ、その者の魔力で傷むからだ。
それでイチロは、剣を背中に背負ったのだ。
「こうして背負っておけば、剣が魔力を受けて馴染むんだ」
「へえ…」
「魔力を受けて馴染むって…
そうしないとどうなるんだ?」
「それは強度や威力に影響するな
そもそも魔剣や聖剣は、使用者の魔力を利用する」
「ギル
お前も光の欠片を使っていただろう?」
「いや…
そんな事考えた事も無かった」
「いや!
段々と切れ味が上がっていただろう?」
「そうか?」
「気付いていなかったのか?」
ギルバートは、以前に光の欠片を使っていた。
途中でアスタロトに、強化してもらった事もある。
しかし何よりも、剣の威力が上がったのはギルバートの魔力に馴染んだからだ。
だが肝心のギルバートは、その事に気が付いていなかった。
「はあ…
お前って奴は…」
「何だよ!」
「ひょっとして、今の炎の剣の意味も…」
「その可能性が高いな」
「な、何だよ」
ギルバートは、チセに新たに打ち直された剣を渡されていた。
必ず7日7晩、身近に置く様に言われていた。
それは先に話した通り、ギルバートの魔力に馴染ませる必要がある為だ。
この魔剣の力を発揮するには、彼の魔力に馴染ませる必要があるのだ。
「その剣はな、お前のクローン…
黒騎士が使っていた物だ」
「知っているよ
チセさんから聞いたよ」
「はあ…」
「イチロ
こういう奴なんだ」
「そうだな…」
「おい!
なんなんだよ!
さっきから!」
イチロは溜息を吐きながら、ギルバートに説明する。
「この剣はな、魔力を切り裂く事が出来る」
「ああ
そう説明された」
「それは何でだと思う?」
「え?」
「ほらな」
「ああ」
「おい!」
「元は黒騎士が使っていたんだ」
「それも聞いたが…」
「あいつは…
彼は高潔な騎士だった」
「そうなのか?」
「ああ
聞けば魔物の為に戦っていたんだ」
「それも魔物を庇って、自らが負傷もしていた」
「そう…なのか」
戦場で生き残ったドワーフ達から、黒騎士の戦いぶりは伝え聞かされていた。
黒騎士は基本は、あまり前に出て来なかった。
それは彼が、指揮官と言うよりも魔物の再生を行う必要があったからだ。
その方法は、とても褒められた行為では無かった。
しかし魔物側からすれば、傷付き倒れた魔物を蘇らせる救世主だった。
「その剣にはな、元は負の魔力を集めて魔物を生き返らせたり、癒す効果があった」
「それも使う度に、自身は負の魔力に侵されるんだ」
「何だよそれ?
危険じゃ無いか」
「ああ」
「それでも黒騎士は、魔物の為に使っていたんだ」
「それじゃあ魔物にとっては…」
「ああ
命の恩人であり、自己犠牲を強いても助けてくれる良き指導者だったんだ」
「黒騎士…」
彼は最期まで、名を明かされる事は無かった。
黒騎士という名も、イチロ達が勝手にそう呼んでいるだけだった。
それでも彼の行動は、イチロ達の心にも刻み込まれた。
敵将でありながらも、彼は高潔な騎士として認められたのだ。
「そんな彼の剣を、チセは解呪する事にしたんだ
お前に使ってもらう為にな」
「オレの為に…」
「ああ
黒騎士の剣だったんだ、お前に使って欲しいって」
「そうなんだ」
「ああ」
「しかし黒騎士って、オレの…
クローン?」
「ああ
そうだな」
「それなら馴染ませなくても、オレは使えたんじゃあ?」
「はあ…」
「ギル…」
「おい!」
ギルバートの発言に、二人は明らかに失望していた。
「何だよ」
「黒騎士は確かに、お前のクローンだろう」
「だったら…」
「打ち直したって言っただろう?」
「それにな、いくらお前と変わらないと言っても、実際には差異はあるんだ
例えば黒騎士はな、覚醒していなかったんだ」
「覚醒?
それって…」
「ああ
今のお前は、マーテリアルの力に覚醒している」
「まだまだ不安定で、イチロには負けているがな」
「イチロはガー…」
「ガーディアン」
「そう、ガーディアン
それはオレよりも弱いんだろう?」
「お前が完全に覚醒していればな」
ギルバートは確かに、マーテリアルの力に覚醒していた。
しかしそれは、あくまでも覚醒しただけだった。
ギルバートはこの5年間、女神によって幽閉されていた。
その間にマーテリアルの力を、解き明かす為に様々な実験を施されていた。
しかしマーテリアルの力を、完全に覚醒させる事は出来ていなかった。
それにギルバートは、その実験で身体の一部を壊されていた。
救出された際に、ファリスによって診断された。
その際にファリスも、目を覆う様な負傷が身体のあちこちに見られた。
中には生きているのが、不思議なぐらいの負傷も見受けられた。
「ファリスが診てくれたが…
まだあちこち魔力が乱れているだろう?」
「それにお前…
あの時からマーテリアルの力を使っていないんだろう?」
「いや、イチロには…」
「あんな不完全な物が、マーテリアルの力な訳があるか」
「そうだぞ
あれならオレでもどうにか出来そうだ」
「何だと?」
「はははは
オレはあれから、自身の力を高める修練を行って来たんだ
今ならお前に、負ける気がしないな」
「ぬう…」
「へへへへ」
「やるか?」
「掛かって来い」
「お前等!」
「あ!」
「マズい…」
ギルバートが剣を抜き放ち、アーネストも杖を引き抜く。
それを見て、イチロの額に血管が浮き上がっていた。
二人は慌てて武器を仕舞い、首を横に振って誤魔化そうとする。
「いい加減にしろ!」
「いやだな
本気では…」
「そ、そうだぞ
本気な訳無いじゃ無いか」
「じゃれ合うにしても、場を考えろ!」
「はい」
「すいません」
イチロに叱られて、二人は大人しくなる。
何しろ数年ぶりに再会したのだ、二人共それで気が大きくなっていた。
二人共ここ数日、力比べをしようとして叱られていた。
悪ガキ二人を見張るのに、イチロは神経を使っていた。
「もう
また争っているの?」
「ああ
本当に子供だ」
「そうね
でもイチロ…
嬉しそう」
「そ、そうか?」
「うん
二人共私達の子供みたいなもんだもんね」
「アイシャ…」
矢を運んでいたアイシャが、二人が向き合っているのに気が付いた。
それで苦笑いを浮かべながら、二人を見ていたのだ。
彼女にとっても、二人は子供の様に感じていた。
ギルバート達に、彼等の血が流れているからだ。
「二人共じゃれ合ってないで…
ギルバートは資材を運ぶのを手伝ってちょうだい」
「あ、ああ…」
「アーネストはポーションの調合は?」
「そっちは終わったぞ?
頼まれた数は調合した」
「それなら運んで、アイテムボックスに入れてちょうだい」
「あ、ああ…
分かった」
ギルバートもアーネストも、仕事を割り振られて素直に従う。
何故か二人共、アイシャには逆らえ無かったのだ。
二人は無意識に、彼女に母親の面影を見ていたのだろう。
だから頼まれると、断る事が出来なかったのだ。
「アイシャ
助かる」
「ううん
本当は二人が、元気に喧嘩してるところも見たかったの」
「それは勘弁してくれ
ここが壊される」
「ふふ
そこまではしないわよ」
「しそうで怖いんだ」
「大丈夫よ
二人共本気じゃないんだから
子供同士の喧嘩よ」
「そうなら良いのだが…」
アイシャから見れば、二人共まだまだ手の掛かるやんちゃな子供達だった。
だからこそ二人が、本気でやり合うとは思っていない。
しかしイチロの方は、二人が暴れて城が壊れないか冷や冷やしていた。
「大丈夫よ
私達の子供達よ?」
「いや
この世界にもガーディアンの血は流れている
オレ達の子供とは…」
「いいえ
あの子達からは、子供達の血を感じるの」
「子供達の?」
「ええ
きっとあの子達の中に、今も生き続けているの」
「そうかな?」
「そうよ」
「何でそんな…」
「だって私は、あの子達の母親よ
だから確かに、あの子達からも感じるの」
「そう…なのか?」
「ええ
そうなのよ」
アイシャはそう言って、鼻歌を歌いながら矢を運んで行った。
彼女もガーディアンなので、普通の獣人以上に力を持っている。
だから驚く様な量の矢を、ニコニコしながら運んでいた。
それはドワーフでも、運べそうに無い様な量だった。
ギルバートの帰還から、既に10日が過ぎようとしていた。
この間にも、ドワーフやエルフ達によって魔物の動静は見張られていた。
しかし魔物は、散り散りになってにげだしていた。
それでイチロ達は、最後の決戦に向かおうとしていた。
飛空艇には大量の資材が運び込まれ、先の戦いで消費した資材も補充された。
壊れてしまった甲板やバリスタも、ドワーフの手で修理されていた。
船体は自然修復されるが、バリスタや船材の一部は修復されなかった。
そこでドワーフ達が、そういった破損を修理したのだ。
それからエルフ達から、食料や薬草も運び込まれる。
特にポーションは、負傷者に使われて消費されていた。
それでファリスとアーネストを中心にして、ポーションが作成された。
それらの資材が集められて、いよいよ出発の準備が整っていた。
「ドワーフ王
精霊王
お陰で何とか戦えそうだ」
「なんの」
「そうですぞ
ワシ等にはこれぐらいしか出来ん」
ドワーフやエルフも、最終決戦には同行したかった。
しかしその地は、女神が創り出した特殊な異空間だ。
行った先がどうなっているか、こちらからは分らなかった。
だから精霊達は、飛空艇で向かう事を提案した。
そして飛空艇では、そこまでの人数を乗せられなかった。
「ワシ等の方で、その…飛空艇?
あれを再現出来ればのう」
「無理を言うでない
あれは向こうの世界で、魔王が苦心して作った物じゃ
そう簡単には見せられんじゃろう」
実は一部の施設は、ドワーフ達にも見せてみた。
しかしドワーフの技師でも、その詳細は分からなかった。
詳しく調べようとすれば、バラシてみるしか無いのだ。
しかしそれをすれば、直せる保証が無いのだ。
「すまない
これから使う必要があるからな」
「いやいや
確かに非常に魅力的で、残念ではあるが…」
「ユミル!」
「いや、そうじゃない
今のワシ等には、過ぎた物なのじゃろう」
「そうだな
下手に作れてしまうと…」
「ああ
また争いの原因になるじゃろう」
「もう人間同士で戦うのは懲り懲りじゃ」
ユミル王はそう言って、当分は戦いたくないと首を横に振った。
それは魔物との戦いの前にも、人間同士の争いが続いていたからだ。
彼の言葉は、暗黒大陸に住む者の、ほとんどが感じている事だろう。
「ともあれ、準備は整ったのか?」
「ああ
明日に出発する」
「そうか…」
「気を付けて行くのじゃぞ」
「ああ
あんた等も、魔物に気を付けてくれ」
「そうじゃな」
「女神がこのまま、引き下がるとは思えんからのう」
魔物は散り散りになって、逃げ出している。
しかしイチロ達が居なくなれば、再び侵攻して来る可能性は十分にある。
だからこそ精霊王は、エルフの斥候を森に放っていた。
今も交代で、彼等は森を見張っている。
「それでは今夜は…」
「そうじゃな
別れの宴じゃな」
「良いのか?
かなりの食料も…」
「なあに
精霊の加護がある
すぐに収穫出来る」
「そうじゃぞ
魔物が向かって来なければ、森で収穫が出来る」
「そうか
それではお言葉に甘えて…」
イチロ達は精霊王とドワーフ王の行う、別れの宴を受ける事にした。
それは最後の戦いを前にした、彼等の士気を高める物となった。
まだまだ続きます。
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