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聖王伝  作者: 竜人
第二十四章 王の帰還
771/800

第771話

イチロ達は、何とかギルバートを説得する

ギルバートは遂に、イチロ達と戦う事を諦める

セリアを人質に取られていたが、ギルバートも本当は戦いたく無かったのだ

自身にそっくりなクローンが、人々を殺す様を苦しみながら見ていたのだ

ギルバートは戦意を失い、剣を降ろしてうずくまる

そして涙を流しながら、アーネストが彼を抱き締めていた

こうして戦いは、終ったかの様に見えた

しかしそこに、思わぬ人物が姿を現した


「くっ…

 ゾーンめ…」

「はん

 麗しきお涙頂戴劇かい?

 気持ち悪い」

「何!」


そこには老婆の姿をした、女神ゾーンが立っていた。


「ゾーン!」

「ふふふふ…

 さすがに分かるかい?」

「ああ

 女神は独特の魔力を放つからな」

「む?

 そこまで知っているのかい?」

「ああ」


イチロは女神イスリールから、女神について色々と聞いていた。

だからこそ彼は、この老婆が女神ゾーンだとすぐに気が付く。

それは生命力の無い、生きた人形の様な存在だ。

しかし起動する為に、この世界では魔力を流用していた。


普通の生き物は、生命力と魔力を持っている。

しかしこの老婆からは、生命力が一切感じられない。

魔力を生命力の代わりにして、動いている機械人形なのだ。

だからこそイチロは、この者を女神だと判断していた。


「何しに来た…

 と聞いても無駄か?」

「そうさねえ

 その出来損ないを回収に来たのさ」

「させないと言ったら?」

「こっちには精霊女王が居るんだよ?」

「返す気も無いクセに」

「ほほほほ

 そうだよ

 あんな便利なカード、そう簡単には手放せないねえ」


ゾーンはギルバートを、便利なカードと表現していた。

彼女は女神を至上の存在と信じていて、人間を道具としか考えていなかった。

そこが既に、他の女神達とは違うのだ。

彼女達は人間を、子供の様に大切に考えていたのだ。


「さあ、ギルバート

 一緒に来な」

「い、嫌だ!」

「セリアがどうなっても?」

「ぐうっ」

「ギル!

 おのれ…」

「止せ!

 ここで何をしたって、無駄なんだ」

「ほほほほ

 お前はよく分かっている様子だねえ?

 一体何者だい?」

「ふん

 話す義務は無いな」


ゾーンはギルバートに、自分の元へ戻る様に命じる。

しかしギルバートは、既に人間を殺す気は無かった。

悪い人間は許せなかったが、全ての人間を憎んでいる訳では無い。

だからこそゾーンの行動は、ギルバートにも許容出来る物では無かったのだ。


しかしゾーンは、セリアの名を出して脅して来る。

それに対して、アーネストが魔法を放とうと身構えた。

そんなアーネストに、イチロは無駄だと制止する。

イチロは、女神がどんな存在か理解していたからだ。


「その言い方…

 不遜な態度…

 待てよ?

 覚えがあるぞ?」

「どうだろうな?

 そんなしわくちゃ婆さんなんて、見た事が無いがな」

「むう?

 何処だったか…」

「はん!

 耄碌して思い出せないか」

「ぐぬう…」


ゾーンからすれば、イチロは見た事がある者だった。

彼女が端末の一人だった頃、彼女はイスリールを通して見ていたのだ。

そしてイチロの行為こそが、ゾーンに人間が悪だと認識させていたのだ。


あんなに人間の為に尽くしたイチロを、人間達は化け物として殺そうとしていた。

中にはイチロに好意を感じて、庇う者も居たのだ。

しかしイチロは、予言を信じて彼等を殺した。

それを見て、彼女はイチロも危険な存在と感じていた。

それで彼女は、この頃から人間を滅ぼそうと計画を始めていたのだ。


彼女からすれば、彼こそがこの壮大な計画の、実行を決めた存在だった。

しかしまさか、彼が甦るとは思っていなかった。

イチロが封印された顛末は、イスリールだけが知っている。

彼女はその時の出来事を、そのまま自身のメモリーと共に葬ったのだ。

アモンの持っていた記録は、アスタロトが別の角度から撮影した物だった。

だからゾーンは、イチロが生きているとは知らなかったのだ。


「あんた!

 一体何者だい!」


イチロはニヤリと笑い、ゾーンを見ていた。

イチロの方でも、彼女が自身の事を知らないと確信していた。

そうなれば、そこを使って付け込む事も出来る。


「くっ!

 何者なんだい!」

「答える義務は無いな」

「くそ!

 ギルバート!

 さっさと着いて来なさい」

「嫌だ!

 もう…人を殺すなんて嫌だ!」

「何を子供の様な…

 イーセリアがどうなっても良いのかい!」

「くっ…」

「そうはさせないぞ!

 ここで止めを刺させてもらう」

「おい!

 イチロ?」


イチロは先程は、殺しても無駄だとアーネストを止めた。

しかし今度は、止めを刺すと剣を抜き放っていたのだ。

それにアーネストは驚いて、思わずイチロに尋ねる。


「大丈夫だ

 どうすれば良いか、オレは知っているからな」

「どうすれば良いかって?

 私を倒せる気かい?」

「ああ

 倒すのは簡単だ

 その身体は、あくまでも端末だろう?」

「だが…

 だからこそ死にはしないよ?」

「そうだな

 しかし封じる術はある」

「できるかねえ?」

「むう?」


ゾーンはニヤリと笑い、片手を挙げる。

その行動に、後方に控えていた魔物達が集まり始める。

元々魔物は、女神ゾーンが生み出した物だった。

そして狂暴化も、ゾーンが仕込んでいる。


「今ここで、魔物を解き放っても良いんだよ?」

「くっ…

 その手があったか…」

「イチロ!」

「すまない

 追い返す事は出来るが…

 魔物は倒さないと」

「この数をか?」

「ああ」

「それなら…」


これにギルバートも、剣を握って立ち上がる。


「これ以上は…

 好き勝手にはさせない!」

「ほう?

 良いのかい?」

「セリアは取り戻す!

 必ず…」

「出来るかねえ?

 一度は負けたのに?」

「お前にじゃ無い!」

「ふん!

 それならここで…」

「それは困るわ」


女神が振り上げた手を、振り下ろそうとする。

ここで手が降りていれば、この場は再び戦場になっていただろう。

イチロやギルバートは、生き残る可能性は高かった。

しかし多くの者が、魔物によって殺されていただろう。


しかし、不意に再び声が聞こえた。

そこには青白い肌をした、美しい少女が立っていた。

その少女を見て、イチロは声を詰まらせる。

そしてゾーンは、あり得ないと驚愕した表情をする。


「エミ…リア?」

「馬鹿な!

 生命反応は無かった筈!」

「そう?

 それならこちらは?」


少女はそう言って、少し後ろを振り返る。

そこには少女が、小さな毛布を抱いて座り込んでいた。


「せ、セリア!」

「セリア?

 何で?」

「馬鹿な!

 ミハイルが?

 どうしてじゃ?」

「さあねえ?

 見張りはみんな、眠っているわ」

「馬鹿な!

 あり得ん!」

「エミリア…

 なのか?」

「ごめんね、イチロ

 時間があまり無いの」


少女はそう言って、悲しそうに微笑む。


「セリア!」

「お兄ちゃああああん

 うわああああん」

「セリア!

 セリア!」

「会いたかった

 会いたかったよ」

「くそ!」


老婆は狼狽した様子で、慌てて姿を消した。

この場に残っても、危険な状況でしか無かった。

そこで転移を使って、ゾーンはこの場から姿を消す。

魔物はゾーンが消えた事で、狂暴化が解けてしまった。


「今よ!

 魔物を追い払って!」

「あ、ああ…」

「イチロは大型の魔物を!

 アーネストはギルバートさんとセリアを守って」

「どうすれば?」

「防御魔法があるでしょう?

 それを結界魔法を参考に、周囲に張り巡らすの」

「防御?

 魔法の障壁か?」

「良いから早く!」

「あ、ああ

 大いなる魔力の障壁よ…」


アーネストが呪文を唱え始めるのを見て、エミリアはゆっくりと前へ進む。


「エミリア…

 本当に?」

「イチロ」

「な、何だ?」

「さっさと行きなさい!」

「は、はい」


イチロはエミリアの檄に、慌てて魔物に向かって行った。


「へへ…

 本物のエミリアだ

 うおおおおお」

「エミリア?

 本当にあなたなの?」

「ええ」

「だけどあなたは…」

「そうよ!

 私も一緒に居たのよ?

 それに葬儀も…」

「そうね

 あれも私だわ」


エミリアと呼ばれた少女は、苦笑いを浮かべて肩を竦める。


「だって確かに…」

「そうよ!

 遺体が埋められるのも見たのよ?」

「そうね

 確かに私は死ぬのね…

 それは避けられない事実だわ」

「死ぬのね?」

「避けられない?」

「この場に居られるのは…

 数時間かしら?

 今頃元の時間軸で、あなた達が探しているでしょうし」

「どういう事?」

「これが私の…

 予言の正体よ」


エミリアはそう言って、寂しそうな笑顔を浮かべる。

そしてその姿は、徐々に薄くなって透け始める。


「エミリア?」

「どうしたの?」

「時間が…来たの…

 これ…今の…限界…」

「エミリア!」

「ご…ね…」

「エミリア!」


エミリアの声は、徐々に聞こえなくなる。

そしてその姿は、薄くなって消えてしまった。


「どういう事なの?」

「それにあの格好…

 あの鎧って練習用にイチロが作った…」

「そうね

 そういえばそうだわ」


「一体…

 何がどうなって?」

「セリア!

 セリア…」

「うう…

 お兄ちゃ…

 ギルバート…」

「うう…

 あぎゃあああ」

「え?」

「あ…

 ロバートが起きちゃった」

「ロバー…」

「私達の子供よ」

「オレ達…の?」


そこには、二人だけの時間が流れていた。

その周りでは、イチロが大型の魔物を次々と切り倒す。

ハイランド・オーク達も前に出て、魔物から二人を守る様に盾を構える。

そしてアイシャ達も、次第に迫って来る魔物に身構える。


「エミリアの事…

 気になるけど」

「そうね

 今はそれどころじゃ無いわ」

「そうみたいね」

「ここで負けちゃあ…」

「笑われるわね」

「うう…

 正妻の座は渡さないわよ」


アイシャ達も、魔物を追い返す為に魔物に立ち向かって行く。

魔物は狂暴化していないので、次第に追い返されて行く。

イチロも無理には、魔物を殺そうとしなかった。

彼からすれば、魔物も女神の被害者なのだ。


「追い返せ!

 殺さなくて良い

 追い返すんだ!」

「おう!」

「頼むから帰ってくれ!」

「殺したく無いんじゃ」

ギャオオオオ

グギャアアア


魔物も徐々に戦意を失い、次第に逃げ出し始めた。

そもそもが女神に指示されて、狂暴化して向かっていたのだ。

狂暴化が解けてしまった今、魔物には戦う意味が無いのだ。

それで魔物達は、北東に向かって戻り始める。


「良いぞ!

 そのまま押し返せ!」

「うおおおおお」

グギャオン

ギャンギャン


戦士達は声を上げて、魔物を追い立てる様に進む。

それで魔物も、人間達を恐れて逃げ出し始めた。

数体が逃げ出すと、他も驚いて逃げ出す。

やがて濁流の様に、魔物はその場から逃げ出し始めた。


「何とか…なったな」

「はあ、はあ…」

「生きてる…か?」

「あ、ああ…」

「何とかな…」


魔物が去った後には、ハイランド・オークやドワーフが座り込んでいた。

樹上ではエルフ達が、弓を仕舞いながら座り込んでいた。


「エミリア!

 エミリアはどうした?」

「彼女は去ったわ」

「去った?」

「ええ

 姿が薄くなって…」

「そうね

 あれは転移魔法では無かったわ」

「そうね

 そもそもエミリアは、転移魔法なんて使えたの?」

「え?

 だって彼女、魔族だったでしょう?

 呪文さえ覚えれば…」

「それはどうでも良い

 消えたって…」

「分からないわ」

「私達に分る訳無いでしょう?」

「そりゃあ…

 そうだが」


アイシャ達の言い分も最もだった。

それに重要なのは、彼女がもう、この世界には居ないという事だった。


「エミリア…」

「イチロ…」

「ああ、あ…

 これは私達の出番じゃ無いわ」

「そうね」


ファリスやミリアは、アイシャとイチロを残して立ち去る。

また負傷者が、多数出ているのだ。

彼女達は負傷者を、治療する為に戻って行った。


「エミリア…

 何故なんだ!」

「イチロ…

 エミリアは言っていたでしょう?

 時間が無いって」

「ああ…」

「それにあの子…

 昔の鎧を着てたの」

「昔の?」

「ええ

 イチロが最初に作った、訓練用の皮鎧よ」

「え?

 あれって…」

「そうよ

 ミリアがうっかり燃やしちゃって…」

「そうだよな

 そんなに長くは着ていなかったぞ?」

「そうなのよね

 何であれを着ていたのか…」


エミリアが現れた時に、彼女は簡素な皮鎧を着ていた。

それはイチロが、みんなの訓練用に作った物だった。

しかしミリアが、うっかり精霊魔法で焼いてしまったのだ。

エミリアはそれで、暫くミリアと口を利かなかったほどだ。


「あれを着てたのって…」

「そうねえ…

 そんなに長くは無かったわ」

「何でわざわざ?」

「それは分からないわ

 だけどあの子、相当気に入っていたわよ?」

「あれを?」

「あれって…

 あなたからの初めてのプレゼントでしょう?」

「プレゼントって、訓練用の鎧だぞ?」

「それでもあの子にとっては、初めてのプレゼントだったの

 それも愛するあなたからよ?」

「それは…

 申し訳ない事をした」

「もう!

 だから私達も」

「あ!」


アイシャはそう言って、腰のポーチを見せる。

それは皮をなめして加工したもので、元はそれも鎧の一部だった。


「まさかそれって…」

「そうよ

 ファリスやチセも持っているわよ」

「ちょ!

 恥ずかしいよ」

「だ~め

 私達にとっては、思い出の品なの」


アイシャはそう言って、短い舌を出してアカンベェをする。


「お前達なあ…

 他にも色々あるだろう?」

「それでも良いの

 大切な思い出の品だから…

 自分達で作ったのよ」

「はあ…」


イチロは恥ずかしそうに、頭を掻きながら溜息を溢す。

しかしその顔は、まんざらでも無さそうににやけていた。

まだまだ続きます。

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