第77話
フランドールは初めてオークの姿を見た
それは本当に豚の頭をしており、首から下は筋骨隆々とした戦士であった
そしてオークは待ち構えており、吠え声を上げて向かって来た
ノルドの森の中で、30ⅿほどの開けた場所があった
ちょうど木々が生えておらず、茂みや草叢も無かった
そんな見易い場所に待ち構え、オークは私兵達が近付くのを見ていた
私兵達の眼は、狂気に侵されて濁っていた。
魔物を下に見て、簡単に倒せると思っていたのだ。
しかしその判断は誤っていた。
オークはそれまでの魔物とは違い、その身体も頑丈だし、膂力も強力であった。
一人目の私兵が剣を振り翳し、奇声を上げながら切り込んだ
「ひゃはー!
死ね…」
グガアアア
ブン!
グシャ!
振り上げた剣は棍棒に弾かれ、刀身を半ばからへし折られる。
そのまま棍棒が顔に当たり、私兵の頭が砕け散った。
「え?」
グシャッ!
「うりゃああ…あぶっ」
ベシャッ!
続いて飛び掛かった私兵が棍棒で殴られて頭を潰され、そのまま後続の私兵にぶち当たる。
勢いよく飛んだ死体が当たり、そのまま飛んで木に叩き付けられた。
その姿を目の当たりにして、私兵達の勢いが止まる。
木に叩き付けられた私兵は、頭や上半身から血を流しながら倒れた。
恐らく死んでいるだろう。
「え…」
「ひっ!」
「不味い!」
フランドールと守備部隊の兵士達は危険を感じ、抜刀しながら前に進み出た。
その間にも私兵達の前にオークが近付き、一人、二人と手斧や棍棒で殴り殺された。
「ひっ、ひえええ」
「たすけてええ」
瞬く間に7名も私兵が殺され、残りの8人も慌てて逃げ始めた。
しかしすぐに追いつかれて、さらに2人が殺されてしまった。
そこでようやく兵士が前に出て、フランドールも剣を振るって手斧を弾く。
「せりゃああ
くっ」
ガキーン!
「早く、早く逃げろ!」
「ひいい」
フランドールは剣で手斧を弾いたものの、その一撃の重さに手が痺れていた。
何とか助かった私兵は、後方に居る仲間の元へ這って逃げた。
その足元には失禁した跡が残っていたが、それを気にする間も無かった。
グガアアア
「くうっ
ブレイザー」
ガ・ガキーン!
オークの一撃をスキルでなんとか弾く。
しかし一撃の重さが違うので、弾くのがやっとで攻撃に転じられなかった。
「くそっ
ギルバート君と同じぐらい重いな」
さすがにこれ以上は受けれそうにないので、素早く身体を傾けて体捌きで躱す。
それでもなかなかの早さなので、避けるのも一苦労であった。
隙を突いて数撃切り掛かっても腕や胴に切り傷を与えるのがやっとであった。
「くっ
このままでは不味い」
フランドールは一人で1匹を相手にしていたが、残りの5匹は守備部隊の兵士達が戦っていた。
守備隊の兵士達は必死になって戦い、やっと1匹が倒されたがまだ4匹と戦っていた。
このまま戦っていても勝てるか分からない。
必死に手斧の一撃を躱しては、素早く腕を狙った一撃を返すの繰り返しをするのがやっとだった。
その後も数回腕に傷を与えてやっと手斧が落ちた時、魔物は素手で組み付いて来た。
「くそっ
させるか!」
フランドールは必死に躱したが、オークの猛攻の前に足を滑らせる。
上に圧し掛かるオーク。
上から大きな拳が振り下ろされ、それを必死に躱す。
それを2回、3回と躱したがいよいよ不味くなってきた。
両手を組んで、止めと叩き付けられそうになった時、オークの動きが不意に止まった。
ズグリ!
グ…ガ?
気が付けば、オークの胸から剣が生えていた。
そのまま口から血を吐き出して倒れて来た。
フランドールはそのままオークの死体に圧し掛かられて、動けなくなる。
「大丈夫ですか?」
気が付けば守備部隊の兵士達が集まり、オークの死体をどかそうとしていた。
周りを見れば、いつの間にかオークは全て倒されていた。
大きな傷は無いが、集団で囲んで隙を突いて急所を狙って倒した様だ。
「さすがですね」
「いや、防戦一方だったよ」
「それでも初めてで生き残れたのはさすがです」
「そうですよ
次に戦う時には倒せそうですよ?」
「そうか?
そうなら良いんだが…」
フランドールはオークの下から引き出され、手を貸されて立ち上がった。
確かに生き残ってはいたが、最後は殺される寸前であった。
次に遭遇したら、先に相手の攻撃手段を潰す必要があると思った。
実際に急所を突けば倒せるのだから、問題になるのは膂力による一撃だろう。
それで私兵達は亡くなったのだから。
「そちらの被害は?」
「腕が折れた者が1人
後は打撲程度ですから支障は無いかと」
「そうか」
フランドールは私兵達を見る。
既に戦意は失っており、人数も半数になってしまっていた。
「これでは戦闘は無理だろう
仲間の死体を運びたいんだが…」
「そうですね
このままでは亡者になる可能性があります
街に救援を呼びますね」
そう言って兵士の内2人が走り出した。
残された兵士達はオークの死体を一ヶ所に集め、私兵達の死体も移動しやすい場所へ移した。
生き残った私兵達は俯いており、数名は恐怖に泣き出していた。
「これが…
お前達が侮っていた魔物だ」
「私でもあんな様だ
これより強い大型の魔物
どれほど恐ろしいのだろう…」
フランドールの言葉に、私兵達はビクリと怯えた反応を示す。
内心は馬鹿にしていた兵士達に助けられた事も言おうかとも思ったが、そこまで言う必要も無いだろうと判断した。
実力の差は十分に見れただろう。
それに追い詰めるより、今は自身の未熟を理解させて、更なる訓練を課す方が良いと思った。
「こいつ等も素材を取るのかい?」
「ええ
魔石と骨が使えます」
「そうか」
「良かったら、このオークの魔石はフランドール様の武器にお使いください」
「良いのか?」
「はい
フランドール様が1匹を引き付けていただけたので、我々も楽に倒せました
ですから、このオークはフランドール様の取り分です」
「はは
そうなると、次は私が倒さないといけないな」
「はい」
兵士達はフランドールを立てて、その活躍を認めていた。
例え倒せていなくても、十分に働いていたからだ。
それに、元々ギルバートから素材の提供の話は出ていた。
運よくオークも見つかったので、魔石の確保も出来た。
街からの応援を待ちながら、フランドールは兵士達とオークの事を話していた。
やはり危険なのは、強い攻撃力による一撃を受ける事だ。
それ以外は耐久力も素早さも無いので、数人で戦うのが重要だと教えられた。
そうこう話していると、別方向に進んでいたギルバート達が帰って来た。
「あれ?
こっちはオークが出たのか」
「はい
何とか倒せました」
「そうか」
ギルバートは周囲を見て、大体の状況を確認した。
「今日は戻った方が良さそうだな」
「はい」
「街には連絡は?」
「はい
既に2人出ています」
「それなら、ここで待つ事にしよう」
ギルバートはそう言うと、ポーチから干し肉を取り出して休憩を始めた。
「ギルバート殿
よろしいですか?」
「ん?
ええ」
「本日は訓練の為にありがとうございました」
「いや
大した事じゃあないですよ
お役に立てて良かった」
「はい
自分達の未熟さを学びました」
「?」
「私兵達の怠慢ぶりもそうですが、私もオークにやられそうになりました」
「え!
どういう事だ!」
「殿下、申し訳ございません」
「彼等を責めないでくれ
私が未熟だったのが悪いんだ」
フランドールは先の顛末を語り、オークに殺されそうになったのはあくまで自分のせいだと述べた。
ギルバートは最初、フランドールを優先して守る様に命じていたのにと怒っていたが、フランドールの説得に応じて許す事とした。
それを言うなら、フランドールから離れた場所にいたギルバートにも責任があるからだ。
「しかし災難でしたね」
「ええ
オークがあんなに強い魔物だとは思っていませんでした」
ギルバートはフランドールの言葉に頷く。
これまでゴブリンやコボルトしか見ていなければ、オークもその程度と勘違いするだろう。
しかし、オークの攻撃力はかなり高く、油断していると一撃で殺されるのだ。
私兵の被害がこの程度ですんだのは、フランドールが頑張ったからだろう。
ギルバートは魔物の胸を切り裂き、心臓の辺りを切り開く。
そこから紫水晶の様な魔石を取り出すと、フランドールの手の上に置いた。
「これが…」
「オークなら大体が魔石を持っています
このサイズならフランドール様の剣の加工にも使えそうです」
「ありがたい」
「剣に身体強化が付与されれば、オークなんか目じゃないと思いますよ」
「身体強化か…」
「それでなくとも、切れ味や耐久も上げれます
今まで苦戦していた魔物でも、強化した武器なら楽に戦えますよ」
「そう…なのか?」
「ええ」
「ただし、強化の内容は慎重に選んでください
自分に合った戦闘スタイルにしないと、使い勝手の悪い武器になりますから」
「そうだな
手数で攻める私が、一撃の威力に拘って振り難い武器にしては無駄だからな」
フランドールは元々、軽いステップで躱して、カウンターで一撃を与える戦法が得意だ。
だから重要になるのは、身体強化と耐久性だろう。
その後も暫く、魔物との戦闘方法等を論じていたが、迎えの兵士達が来たので移動を開始した。
先に負傷者と戦死者を運び、それから魔物の遺骸を運ぶ事となった。
オークと戦った時が正午を過ぎた頃だったが、城門に着く比には時を回っていた。
私兵達の遺体は城門前の広場に並べられ、本人を識別出来る物だけ引き取られた。
葬儀をするにも親族は王都の方だし、遺品として送れる物は引き取られた品だけだった。
そういうのは、大体が名前入りの短剣やアクセサリー、階級章等であった。
集められた遺体は焼かれ、亡者に成らない様に清められてから墓所へ送られた。
魔物の遺骸はそのまま商工ギルドが引き取り、解体と素材の利用は明日に話し合う事になった。
埋葬を行うのは明日にする事として、夕刻が迫っているので今日は解散となった。
ギルバートはフランドールを誘って、歩きながら邸宅へと向かっていた。
「すみません
こんな結果になって」
「いえ
私の方こそ、私兵の暴走等があってご迷惑を掛けました」
街に戻った時、着いて行った私兵は大人しくなっていたが、残っていた私兵が大変だった。
フランドールを暗殺しようとしたと騒ぎ出し、ギルバートに切り掛かってきた者までいた。
中にはこの機に乗じて、街の占拠を計っていた者も居たのだ。
それは将軍が騎士を出して抑えたが、ここにきて私兵の一部がフランドールを害しようとしているのが判明した。
「選民思想だっけ?
王都ではそんな物が流行っているんですか?」
「お恥ずかしい
まさかあんなに紛れ込んでいるとは…」
他の貴族から命じられたのか、フランドールを暗殺して、それを擦り付けてダーナに挙兵しようという計画まであるらしい。
それは一部の貴族らしいが、逆にその貴族を貶める為の虚偽の申告の可能性もある。
先の城門での一件も、その集団の仲間らしい。
今は一纏めに捕らえて、守備部隊の牢屋に収容されている。
「王都の貴族が選ばれた民ですか?
それなら他の貴族や平民はどうなるんでしょう?」
「そうですね
考えれば、取り立ててやると言われても、自分がその中に入れないと分るでしょうに
浅はかな考えをする者は、その辺が考えられないんでしょう」
フランドールが平民から上がった貴族なのが気にくわない。
だから彼を殺したら、成功者は家臣として仕官させる。
そうは言っても、本当に仕官させてもらえるか怪しいものだ。
犯罪者として斬首されるのが落ちだろう。
それなのに、その言葉を信じて行動を起こしている。
「やはり差別的な思想が根付いているのが問題でしょうね
どうやら王族にも敵対しているみたいですし」
「それは深刻ですね
彼等はどこまで入り込んでいるんですか?」
「恐らくは王宮の騎士にも居るかと…
規模はどうであれ、そういう思想は以前からありますから」
元になっているのは、帝国時代にあった選民思想らしい。
帝国の民以外は奴隷にしても良い下級民族だという思想が、王族や貴族を上級民族という思想に繋がっている様だ。
それが建国や支配の強化には便利なのだが、一つ間違えれば住民同士の確執を生み、やがては奴隷制度や選民思想えと至ってしまう。
この辺はアーネストも危険視しており、ギルバートも忠告を受けていた。
もっとも、ギルバートは本当は王子であり、選民思想からすれば主となる崇められる側だ。
ギルバート自身は嫌がっていたが、選民思想の者達が真相を知れば、彼を担ぎ上げて事を起こそうと騒ぎ出すだろう。
「兎に角、取り敢えずは目立った危険思想を持つ者は捕らえました
後はゆっくり改革して行くしかないでしょう
今残っている者達は大丈夫そうですし」
「ええ
彼等は大丈夫と思います
少しは影響があるとは思いますが、これから考えを正して行きます」
二人がそんな事を話している内に、気が付けば邸宅の門前に着いていた。
「それでは、湯に浸かってから食堂に来てください
他にも話す事がある様ですから」
ギルバートがそう言い、その先にはアーネストが待ち構えて居た。
「おかえり」
「ああ
もどったよ」
「どうやら大変だったらしいね」
「既に報告は行っているだろ?」
「ああ
それに関しても話がある
一休みしたら食堂で話そう」
ほらねとギルバートがフランドールに笑い掛ける。
フランドールも分かったと返事をして、客間へと引き上げた。
フランドールと別れた後、アーネストがギルバートに話し掛けた。
「ギル
城門でも色々あったと思うが、他にも報告が有る」
「ああ
入った奴等以外にも、この街に居るみたいだな」
「そうだ
アルベルト様の時にも居たが、どうやら相当前から入り込んでいる様だね
将軍にも調べてもらっている」
「そうか…」
アルベルトの葬儀の時にも居たが、どうやら不穏な勢力は選民思想者と繋がっているらしい。
それでアルベルトやギルバートの命も狙っている様子だ。
どうやらここの支配者に取って代わろうという算段らしい。
そこへフランドールが現れ、フランドールの始末まで考え出した様子だ。
早目に手を打たないと、事態はややこしくなりそうだった。
「食事の時に話す内容じゃないな
そちらは後で相談で良いか?」
「妹達には聞かせたくないか?」
「ああ
それもあるが、母上にこれ以上心配を掛けたくない」
「そうか」
「それなら、食事時は楽しい方の報告だけにするよ」
「ありがとう」
二人はそう言って中に入って行った。
色々考えて、少し話数と長さを変える事にしました
今年中には新しい展開に入りれそうです




