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聖王伝  作者: 竜人
第二十四章 王の帰還
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第768話

魔物の侵攻は、一先ずは退ける事が出来た

黒騎士を倒した事で、再び黒い靄から魔物が出る事も無いだろう

しかし世界樹の城の前では、新たな問題が生まれていた

それは黒騎士が、ギルバートに似せた偽物だった事だ

黒騎士が偽者だった事から、ギルバートは女神に捕らえられているのだろう

そしてイーセリアも、恐らくはそこに居る筈だ

しかし問題は、女神ゾーンが何処に居るかだった

そして魔物も、このまま諦めて居なくなるかも分からない


「さて

 黒騎士の事はもう良いじゃろう」

「イスリール?」

「それよりも問題は、魔物がどうなったかじゃ」

「魔物は去りましたが?」

「このまま居なくなるのか?」

「それは…」

「アーネスト

イチロ」

「はい」

「何だ?」

「飛空艇を使って、魔物の動向を見てくれんか?」

「そ、そうだな」

「え?

 イスリールは感知…」

「ここでは無理じゃと言ったじゃろう?

 権限が不足しておってな

 完全には把握出来んのじゃ」

「分かった

 ファリス

 アイシャ」

「準備して来る」

「ミリア

 行くわよ」

「う、うん」

「チセは…」

「もう少し待って

 まだ解析出来ていないの」


チセは黒騎士から奪った、魔剣の解析を行っていた。

イスリールの話では、この剣は元は光の欠片(ティリヌス・エスト)だったとの事だ。

そして女神ゾーンが、それを上書きして魔剣にしたのだ。

光の欠片(ティリヌス・エスト)が復活すれば、イチロの力も大きく上がる。

だからチセは、大急ぎでこの魔剣を調べていたのだ。


「ううむ…

 戦闘じゃ無いから、この面子でも問題無いか」

「そうだな」


この任務は偵察なので、戦闘は極力行わない。

迂闊に攻撃して刺激すれば、再び魔物が侵攻して来る事になる。

なるべく上空から偵察して、魔物の動向を把握する。

一行は飛空艇に乗ると、先ずは少し高度を上げる。


「魔物に見付かるとマズい

 アーネスト」

「分かった

 先ずはもう少し上昇しよう」

「頼む」


高度を上げて、アーネストは世界樹の城を見下ろす高さに移動する。

そうして方向を魔物が逃げ出した、北東に向けた。

それから飛空艇をゆっくりと動かして、魔物が消えた森の先に移動する。

しかしそこには、魔物達の姿は見当たらなかった。


「魔物の姿は見えないな」

「レーダーは?

 魔物の魔力はどうだ?」

「そうね…

 この少し先に…

 青い光点(パターン・ブルー)、未発見の反応が見られるわ」

「こちらには気が付いていないか…

 数はどうだ?」

「結構な数が居るけど…

 周りに散らばっているわね」


魔物は指導者である、黒騎士を失っていた。

だから種族ごとに別れて、別々に行動していた。

このまま散り散りになれば、魔物は逃げて行くだろう。


「うむ

 これなら再び向かって来る事は…」

「待って!

 新たな反応が…」

「え?

 あれはどういう事?」


飛空艇の向かう先に、突如黒い渦が見え始める。

それは黒い靄を、そのまま渦巻き状にした様な物だった。

そしてそれが現れると、魔物の反応は再び一点に集まり始める。

まるで再び、黒騎士が顕現したかの様だった。


赤い光点(パターン・レッド)

 敵対反応だわ」

「馬鹿な!

 再び黒騎士が現れたのか?」

「ここからでは分からないわ

 それにレーダーでは…」

「そうだな

 魔力反応は見えるが、その大きさまでは分からない」

「むう…

 急いで戻るぞ」


イチロは指示を出して、直ちに城に向けて引き返す。

そして再び世界樹の城の広場の上空に、飛空艇を停める。

一行は飛空艇から降りると、今見た光景を精霊王やドワーフ王に説明する。


「魔物は北東で、バラバラに散っていた

 しかし再び黒い靄が現れて…」

「何じゃと?」

「黒い靄って…

 しかし黒騎士は…」

「ああ

 そこに転がっている」

「では一体何で?」

「考えられるのは、再び黒騎士を用意したか…」

「それは無いでしょう

 あれだけの時間を掛けて、この程度の不完全な物だったんですよ」

「しかしイスリール

 他に何が居ると言うのだ?」

「考えてみなさい

 ギルバートは未だ捕らえられたままですのよ」

「え?

 まさか?」

「ギルだと言うのか?」

「分かりませんが…

 その可能性はあります」

「しかし…

 ギルが女神に協力なんてするか?」

「それに黒い靄が…

 渦巻きの様に吹き出していたぞ?」

「それだけ強い、負の魔力を纏っているのです

 黒騎士の比ではありませんよ」

「な!」

「こいつ以上だと?」

「ええ…」


イスリールは、この大陸ではほとんど権限を持たない。

だからこそ、細かい魔物の配置や数は把握出来ない。

しかし女神だからこそ、強力な負の魔力の反応には気付いていた。

だからこそあれが、黒騎士よりも強力だと判断していた。


「私には魔物の数は分かりませんが…

 魔力の大きさなら分かります

 ですがあれは…」

「確かにな

 黒い渦巻きだったからな…」

「おい!

 イチロ!」

「アーネスト

 今度は本物のギルバートかも知れん

 それも負の魔力を身に纏ったな」

「そ、そんな…」

「覚悟して掛かれよ」


イスリールの説明では、現れた黒い渦巻きは黒騎士の魔力の倍近くの大きさだった。

それだけでも、その現れた者は黒騎士よりも強い事になる。

さらに黒騎士よりも強いとなると、イチロやアーネストでも歯が立ちそうに無い。

そんな危険な存在が、この先の森に現れたのだ。


「あれよりも…」

「ああ

 今度ばっかりは…」

「しかしイチロ

 お前はエミリアの…」

「それは明確な未来では無いのだよ?

 未来はいつでも変えられる事が出来るんだよ」

「未来?

 何を言って…」

「そうね

 今はどうするかが重要ですね」

「ああ

 魔物は再び向かって来るだろうからな」


アーネストは二人の会話の中の、未来という言葉を気にしていた。

しかしイスリールは、その事に触れて欲しく無さそうだった。

魔物をどうするか、その話に切り替えようとしていた。


「あれだけの黒い渦巻きだ

 さぞかし魔物が増えているだろう」

「そんな…」

「必死に減らしたのに?」

「まだ向かって来るのか?」

「残念ながら…そうなる」


エルフやドワーフ達は、イチロの言葉を聞いて動揺する。

既にエルフ達は、住民の半数近くの二千名が亡くなっている。

さらにドワーフは、ここに来た半数の千名が亡くなっていた。

これだけの被害を出して、ようやく襲撃が終わったと思っていたのだ。

しかし再び、魔物が向かって来ると言うのだ。

それも今までよりも、さらに強力になって向かって来ると言う。


「もう…

 駄目だ…」

「精霊王様」

「うむ…

 さすがにこれでは…」

「我々が前線に出ます

 その間に精霊王様は、妖精の隧道を使って…」

「ならん!

 それはならんぞ!」

「そうじゃな

 ここが落ちれば、どの道妖精達の未来は無い」

「しかしここで命を落とすのは…」

「世界樹が失われれば、どの道ワシ等は力を失う

 それにワシ等が逃げ出せば…」

「うむ

 ワシ等は一緒に逃げられんでな」

「どうして?

 妖精の隧道は…」

「さすがにこれだけの人数を、同時に進ませる事は出来ない」

「そうじゃ」

「妖精であるエルフでも、数千の移動は危険なのよ?

 ドワーフではそこまでの精霊力は無いわ」

「え?

 それじゃあ…」

「ああ

 ドワーフや騎士、ハイランド・オーク達の逃げ場は残されていない」

「そんな中で、ワシ等だけ逃げられるか」

「しかし精霊王よ…」

「言うな!

 どの道世界樹を失っては、ワシの力も失われる」


妖精の隧道とは、この世界の隣にある精霊界に存在する道の事だ。

精霊の世界に入り込んで、そこを通り抜ける訳だ。

さすがに女神は誤魔化せないが、魔物はそこには入れない。

つまり妖精の隧道に入れば、魔物から逃げ出す事は出来る。


しかし妖精の隧道には、精霊の助力と精霊力が必要になる。

一度入れば、精霊力も必要にはならないが、入口を開けるのに必要なのだ。

そして隧道と言うからに、そこまでの大きさの物では無いのだ。

そこに数千人のエルフやドワーフが、一度に入る事は出来ないのだ。


「恐らく数百名が限度じゃな

 ここはお前達を…」

「それこそ馬鹿な事を言うなじゃ!

 ワシは何の為にここに来たんじゃ?」

「しかしお前達は…」

「友を置いて行けるか!

 それにどの道、世界樹が無くなれば精霊力も失われるのじゃろう?」

「むう…」

「逃げている途中に、世界樹が失われればどうする?」

「…」


精霊王も、そこまでは考えていなかった。

精霊の助力が無くなれば、隧道も不安定になるだろう。

ただでさえその中は、時間の流れが違っている。

それに加えて、出口が不安定になっては、無事に出る事は出来ないだろう。


「良いのか?」

「良いも悪いも無い

 なあ!

 お前等!」

「おう!」

「そうですぜ」

「死なば諸共です」

「なあに

 少しでも多くの魔物を、道連れにしますよ」


ドワーフ達はそう言って、ニカっと笑ってみせる。

どうやら彼等は、既に覚悟は決まっている様だった。

それを見て、エルフ達も精霊王の前に跪く。


「王よ

 精霊王よ」

「我等は精霊に仕える、真なる妖精の子」

「この身を世界樹に捧げるは、最上の栄誉です」

「さあ

 この地を守る様に命じてくだされ」

「さすれば我等は…」

『この命捧げて戦います』


最後は一同が、声を揃えて頭を下げる。

その光景に、精霊王は涙を流しながら頷いた。


「うむ

 其方らの覚悟は受け止めた」

「はい」

「この命を賭けても…」

「この地を守ります」

「うむ

 頼んだぞ」

「はい」


エルフ達は頷くと、早速準備に取り掛かった。

今日の激しい戦いで、矢も多く消耗している。

それに弓も、戦いの中でガタが来ているだろう。


「矢の製作は任せろ」

「弓の弦を張り直せ」

「バリスタの弾も作らないとな」

「それはワシ等に任せろ」


ドワーフ達と協力して、彼等は武器の手入れと補充を始める。

それを見ながら、ユミル王はイチロの肩を掴んだ。


「少し付き合ってくれんか?」

「何でだ?」

「この中で近接戦が出来るのは、お前だけじゃろう?」

「む?

 確かに…」


イチロは肩を竦めて、ユミル王と広場の一角に向かった。


「ワシの力を試してみたい」

「年寄りの冷や水だぞ」

「年寄り?

 馬鹿にするな」

「どうかな?」

「むううん」

ブオン!


ユミルは大きな戦斧を、軽々と振り回す。

しかしイチロは、それなりに実戦経験がある。

その中には勿論、ドワーフと戦った経験もある。

それで軽々と戦斧を躱すと、素早く剣をユミルの喉元に突き付ける。


「言っただろう?」

「むう…

 ここまでの差が…」

「あんた等ドワーフは、力は確かにある

 しかし素早さがな…」

「それならどうすれば?」

「大型の魔物だな

 それなら素早さも無いし、力任せの攻撃だ」

「ぬう…

 確かにそうじゃな」


イチロのアドバイスを受けて、ユミル王は戦い方を再び考える。

やはりドワーフは、バリスタか地上で戦うのが向いているのだろう。

それも小型の魔物では無く、大型の魔物を相手にするのが良いだろう。


ユミル王は、その後も何度かイチロと手合わせをする。

その間に、ユミル王はイチロに質問をする。


「ところで…

 未来とは何じゃ?」

「やはりそれか…」

「ああ

 この状況ならば、他の者にも聞こえまい」

「ふん

 考えたな…」


イチロはユミルの斧を受けながら、質問に簡単に答える。


「オレの妻の一人…

 魔族の妻だったのだが…」

「何と?

 魔族の妻も居ったのか

 しかし姿が見えんのう?」

「ああ

 既に亡くなっている」

「む?

 それはすまなんだった…」

「良いんだ

 彼女も死を決意していた」


エミリアは魔族で、美しい娘だった。

アイシャの次に、イチロが好きだった女性だ。

しかしエミリアは、その短い生涯を閉じていた。

イチロを庇って、人間達の凶刃に倒れたのだ。


「妻は…

 エミリアには予言の力があった」

「予言?」

「ああ

 未来の光景を見られる力だ」

「そんな便利な力があったのに?」

「ああ

 オレかエミリア…

 どちらかが亡くなる光景だ

 エミリアはそれを見て…」

「そうか…」


エミリアは、人間が裏切る事を知っていた。

そして説得しようとしても、イチロが信じない事も知っていた。

それで止む無く、自身の身をもって庇ったのだ。

その死も、彼女の未来視の能力で見えていた光景だったのだ。


「彼女は…

 エミリアはその後の世界の光景も見ていた

 女神の一部が裏切っており、こうなる事も予見していた」

「予見していた?

 それならば何故?

 何故止めようとしなかった?」

「未来は大筋は変わらない

 そして変えようとしても、道筋が変わるだけだ」

「どういう意味じゃ?」

「そうだな…」


イチロは剣を振り上げて、ユミル王に問うてみた。


「これからオレは、あんたに切り掛かる」

「むう?

 それを知っておれば…」

「例えば…

 右から切り掛かると宣言する」

「ぬ?」

「そうすれば、あんたは右に構えるだろう?」

「それはそうじゃ」

「しかしそうなれば、左から切り掛かれる」

「むう…

 それは…」

「そういう事だ

 だから止めようとしても、別の形で実現していたのさ

 そうなれば本来の形と、違った形になるだろう?」

「そうじゃな」

「そうなれば、オレ達では先を予想出来なくなる」

「それで止めなかったのか?」

「ああ

 勿論、被害が抑えられる様にはしていたぞ?

 しかしそれでも、この出来事は必要だったんだ」

「それではこの先も?」

「ああ

 ある程度の事は知っている

 しかし教える事は…」

「出来ないのか?」

「ああ

 知ってしまえば、未来が変わってしまう可能性がある

 それは避けたいんだ」

「それは結果が…」

「ああ

 最悪に変わる可能性がある」

「そうか…」


ユミル王は、それ以上は問い掛けなかった。

問い掛けたところで、イチロはそれ以上は話さないだろう。

そして下手に勘繰れば、未来は変わってしまうかも知れない。

そうならない為にも、今はイチロの提案に従うしか無いのだ。


「未来か…」


ユミル王はそう呟いて、苦い表情を浮かべていた。

まだまだ続きます。

ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。

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