第767話
世界樹の城の前には、エルフやドワーフ達が集まっている
その周りには、力無く座り込む騎士やハイランド・オーク達の姿も見られた
一部は未だに、下の広場で警戒をしている
魔物は逃げ出したが、まだ油断は出来ないからだ
彼等の中心では、アーネストのすすり泣く声が響いていた
彼は動かなくなった、黒騎士の亡骸を抱えていた
彼は涙を流しながら、必死にその遺骸を揺すっていた
しかし黒騎士は、何も応える事は無かった
「何故だ!
何故なんだ?」
「アーネスト…」
「イチロ!
一体何が起こった?」
「彼は…
負の魔力に食われていた…」
「ごめんなさい
その魔力は祓えたけど…」
「人間の…
私達の身体では耐えられなかったのね…」
「耐えられない?
それでギルは死んだと?」
「ええ…
既に負の魔力に侵されていて…」
「嘘だ!
ギルはマーテリアルなんだろ?
それが何で?
何でそんなに簡単に…」
「アーネスト…」
「うおおおおおお…」
アーネストは滂沱と涙を流しながら、黒騎士の亡骸を抱き締める。
しかし黒騎士は、何も答えずに動かなかった。
「何故だ!
何故なんだああああ」
「アーネスト…
すまない…」
「謝るなよ!
オレはお前を…
殺したくなる!」
「すまない…」
「だからあやまる…
うおおおおお」
「アーネスト…
既に手遅れだったの…」
「他に…
他に手立ては無かったのかよ?」
「無理よ
既に魂は打ち砕かれていたの
魂を失った身体は…」
「ファリス?
本当か?」
「ええ
少なくとも、イチロと戦う前に…
彼の心は死んでいたわ」
「それじゃあどうして?」
「残留思念よ
残された思いが、その身体を突き動かしていたの…」
「アーネストへの…
友への思いか…」
「じぐじょおおおお…」
アーネストは悔やんでいた。
気絶していなければ、魔力枯渇をしていなければ…。
しかし彼が起きていても、この悲劇は避けられなかっただろう。
既に黒騎士は、魂を失っていたのだから…。
「そうね
アーネストへの思いが、彼の死体を負の魔力で動かしていたの」
「しかし変じゃ無いか?」
「え?」
「彼には妻が居たんだろう?」
「そ、そういえば…」
「オレがああなったら…
お前達を先ず探すぞ?」
「イチロ…」
「だけどそうね…
どうしてアーネストに執着を?」
「もしかしたらイーセリアさんはもう…」
「止めろ!
ふざけるな!」
「エルリック?」
この言葉には、エルリックは猛烈に反発していた。
彼はイーセリアの兄であり、妹を溺愛しているのだ。
彼からすれば、ギルバートへの好意は妹の夫だからだ。
その妹が既に、死んでいるとは納得出来ないのだ。
「妹は精霊女王だぞ!」
「だからそれは…」
「それに精霊女王だって、女神にはさすがに…」
「そうね
それにギルバートさんだって、そのイーセリアさんを探そうとしなかったわ」
「だからって…
勝手に妹を殺すな!」
「分かった分かった
だけど不思議だ…」
イチロの思いも、当然だっただろう。
潜れないという条件はあったが、ギルバートはイーセリアは連れて行った。
それがここでは、それだけ愛した妻を連れていないのだ。
そして黒騎士は、友であるアーネストに執着していたのだ。
「何でアーネストなんだ?」
「それは他に、心を惹く人物が居なかったから?」
「しかしそれなら、先にイーセリアを探すだろ?
それが魔物を引き連れて、人間を襲っていた
そして突然、友であるアーネストに執着したんだろ?」
「確かに…」
「魔物を襲っていたのは、女神に操られていたからでしょう?」
「だが、それなら何故…
何でアーネストを?」
「そうよ
それなら先ず、イーセリアさんを探すでしょう?」
「既に魂が消耗していたのよ?
それで懐かしい友達の姿を見て…」
「アーネストを見たから、執着したのか?」
「そうじゃないかと…」
「だけど何で?」
「そうだよ!
それだけ意識が残っているのなら、何で操られていたんだ?」
そこで大きな疑問が生じていた。
アーネストに執着して、あれだけ攻撃的になっていたのだ。
それほどの意志力があるのなら、そもそも操られていたのかも疑問だった。
「何で?」
「だって意思があったんだろう?
それなら操っていたにしては…」
「洗脳は?
それなら時間が掛かった事にも納得が…」
「いや…
女神が本気なら、洗脳よりも他の簡単で効率の良い…
いや
そもそも何で、ギルバートがここに居たんだ?」
「それはマーテリアルだからでしょう?」
「攻撃力も高いし…」
「そうじゃない
魔物を操るだけなら、負の魔力を持った器で事足りる
それを何で…
何でわざわざギルバートを?」
「ん?」
「分からないわ」
「それに…」
「ああ
アーネストに会ったのは偶然だろう
じゃないと説明が付かない」
「だけど…」
「説明が付かない事が多過ぎる…」
アーネストが号泣する横で、イチロ達も困惑していた。
ギルバートが黒騎士になっていた事も驚きだが、その理由も不可解だった。
ギルバートを使う理由が、いまいち納得の行く物が無いからだ。
わざわざそんな事をしなくても、魔物を従える事が出来るからだ。
「力が強いからじゃ…
駄目?」
「それだけでか?」
「そうね
理由としては…
弱いわね」
「偶々ギルバートさん達を捕まえたから?」
「その可能性はあるな
しかし…」
「そこまで手間を掛けて?
女神がそんな事をするかしら?」
「それはそうだけど…」
「何を騒いでいるの?」
そこへイスリールが、城の中から出て来て問うて来た。
彼女は戦う力が無いので、城の中に籠っていたのだ。
ギルバートの事があって、みんなそのまま広場に集まっていた。
そしてイスリールの事は、みな忘れてしまっていた。
「イスリール?」
「どうしたの?」
「どうしたのも何も…
魔物はどうしたのじゃ?」
「あ…」
「忘れてた…」
「私はずっと城の中に居るのじゃぞ?
魔物はどうなった?
それにこの騒ぎは?」
「実は…」
「魔物は退けました」
「ほう?
それで件の黒騎士は?」
「それが…」
「負の魔力に耐えられなくて…」
「ギルうううううう…」
「ん?」
イスリールはアーネストの絶叫を聞いて、首を傾げる。
「黒騎士は…
ギルバートが亡くなってしまって…」
「何じゃと?
そんな筈は…」
「いえ
そこに…」
「負の魔力を祓いましたが…」
「既に魂は打ち砕かれて…」
「馬鹿な!
あれはマーテリアルじゃぞ?
そんな簡単に…」
「いえ、実際にそこに…」
「うおおおおおお」
イチロ達の後ろで、アーネストは絶叫していた。
イスリールはそこに近付いて、アーネストの抱く人物を眺める。
そして不思議そうに、その遺骸を覗き込んだ。
「へ?」
「イスリール?」
「ふむ?
何を泣いておる?」
「い、イスリール?
何を…」
「ギルが…」
「はあ?
これがか?」
「な!
このっ…」
「何を言っておる
この馬鹿者が」
「はあ?」
イスリールは黒騎士の、遺体をジロジロと観察する。
見開かれた目を、開けられた口を確認して、それから立ち上がった。
「よく出来ておるのう」
「はへ?」
「イスリール?
何を言って…」
「イチロ…
お前が居てこれか?
お前なら気が付くと思ったが?」
「え?
どういう意味…」
「アスタロトは何をしていた?」
「アスタロト?
そこで何で、奴の名前が…」
「アス様は飛空艇を作ったでしょ?
それと何の関係が…」
「はあ…
それだけか?」
「え?」
「他にあ奴は、何を生み出しておった?」
「あ!」
ここでイチロは、驚いた表情で固まる。
そして顎に手をやり、ブツブツと呟き始める。
「いや、しかし…
そもそもオレの世界でも、あれは未完成な…」
「何を言っておる
女神ならば、そもそも生み出す事も出来る」
「そうですが…
そもそもコストが…」
「じゃからコレじゃろう?」
「これって…
イスリール!」
「何を怒っておる?
そもそもコレは、ギルバートでは無かろう?」
「はあ?
ギルはオレの名を呼んで…」
「記憶は植え込む事が出来る
時間さえあれば、無理矢理詰め込めれるぞ」
「はあ?」
「アーネスト
それはギルバートでは無い」
「イチロまで…
何を言って…」
ここで女神が、驚くべき言葉を呟く。
「クローン」
「え?」
「それってアス様の…」
「ああ
その通りだ…」
イチロが肯定して、短く首を頷ける。
「え?
クローン?」
「ああそうじゃ
出来損ないの不完全な物じゃがな」
「ギルじゃ…無い?」
「ああ
記憶を無理矢理定着させた様じゃが…
ガーディアンとしても不完全な覚醒じゃ」
「不完全…
それであの強さか?」
「ふむ?
それほど強かったのか?」
「ああ
オレでもやっとだった」
「しかしそれも、この光の欠片を使ってじゃろう?
それなら不完全なままでも…」
「待て!
光の欠片だと?」
「うむ
これは光の欠片じゃ」
「馬鹿な!
これは負の魔力を集める、器に使われて…」
「書き換えられておるが…
これは確かに、光の欠片じゃ」
「馬鹿な…」
「チセ?
チセは居るか?」
「呼んで参ります」
ドワーフの一人が、頷いて走り去る。
「書き返って…」
「無理矢理性質を書き換えて、負の魔力に馴染ませたのじゃ
その負の魔力を集める力は、これには無い」
「しかしワシ等は…」
「そうですよ
確かに彼は、黒い靄を集めて魔物を…」
「黒い靄か…
影の支配者かその上位種か?
いずれにせよ他の魔物の力じゃろう」
「そういえば…
倒れた黒騎士から黒い影が…」
「うむ
それが影の支配者で間違いないじゃろう」
「あれが魔物…」
「影が操って?」
「ああ
恐らくその黒騎士も、そいつの支配下にあったのじゃろう」
「確かに…
あれに操られていたのか…」
「ふん
覚醒したガーディアンなら、操られる事も無かったじゃろう
じゃからこそ操ったのかもな」
女神の言う通り、黒騎士は不完全な存在だったのだろう。
だからこそシェイドを使ったし、シェイドの力で戦わせていたのだ。
そう考えると、確かにこの男はギルバートでは無いのだ。
「しかしこんなに…
見た目はギルにしか見えない」
「そうじゃな
イチロの世界では、整形という技術もある」
「成形?」
「うむ
姿形を似せるのは、何も女神の力で無くとも出来る」
「そうだな
道具と技術さえあれば、人間でも行える」
「だが…
記憶は?」
「先も申したが、記憶はその者が生きて来た歴史
記録さえあれば、どうにでも移植出来る」
「では本当にこいつは…」
「ああ
精巧に似せておるが、ギルバートでは無いじゃろう」
「そんな…」
ギルバートだと思っていた黒騎士が、実は精巧に似せた偽物だった。
それだけでも、アーネストには十分ショックだった。
「だが…
それなら本物のギルは?
ギルは何処に居るんだ?」
「恐らくはゾーンの住む神殿じゃろう
クローンには元になる細胞のデータが必要じゃ」
「そうだな
それも失敗しても良い様に、新鮮な生きた細胞が必要だろう」
「それじゃあギルは?」
「生きている可能性は高いな」
しかしそれは、あくまでも可能性である。
死んだ肉体からでも、細胞は摂取出来る。
それは量に限りがあるが、不可能では無いのだ。
「そのクローンってのは…」
「そうじゃな…
書物を書き写す時に、元になる書物が必要じゃろう?」
「あ、ああ…」
「それと同じじゃ
ギルバートの身体から、新鮮な細胞…
この場合はそうじゃな、皮膚や体液を摂取する」
「血や皮膚を取るのか?」
「そうじゃ
そこからギルバートを念入りに調べて、その姿を形作る物を用意する
女神であれば、ファクトリーを使えるから簡単なんじゃが…」
「しかしゾーンは、権限の一部しか持っていませんよね?」
「うむ
じゃからこそ、そう簡単には造れなかったのじゃろう
それで時間が掛かったのかも知れん」
「ギルの偽物…」
「うむ
よく似せておるが、所詮は偽物
それに戦闘のデータ等が不足したのじゃろう」
「なるほど
それで覚醒していないのか」
黒騎士は、まだガーディアンとしても覚醒していなかった。
あれで覚醒していたら、イチロでも勝てなかっただろう。
もし本物のギルバートだったら、イチロでは勝ち目が無かった。
それほどまでに、マーテリアルの力は強いのだ。
「マーテリアルで無くて良かったな
もしマーテリアルに覚醒しておったら…」
「覚醒していたら?」
「そうじゃな
そこの騎士達を1とすれば…
エルフやドワーフは2じゃな」
「ん?」
「どういう…」
「アーネストがガーディアンじゃから
おおよそ20ぐらいか」
「そうですね
そしてアイシャ達でも30は行かないでしょう」
「そうじゃな
覚醒したガーディアンでも、精々が50といったところか?」
イスリールはここの居る者の、おおよその戦力を数値にする。
「そして覚醒したマーテリアルが、100と言えるじゃろう」
「100って…」
「そうだな
それほどの差があるんだ」
「イチロの倍なのか?」
「そうなるな」
「オレの…
オレでは勝てない?」
「そうじゃな
ギルバートが必ずしも、100の力を出せるとは限らない
しかしイチロが頑張っても、精々50を超えるのがやっとじゃろう」
「そんなに差が?」
「ああ
じゃから最強なのじゃ」
イスリールはそう言って、複雑な表情で首を横に振る。
本当はもっと、厳密な計算が必要である。
しかし分かり易く表現するには、これぐらいで十分なのだ。
「マーテリアル…」
アーネストは再び、ギルバートとの差を思い知らされていた。
どんなに頑張っても、彼の隣に立つ事はもう出来ないのだ。
それは悲しい現実であった。
まだまだ続きます。
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