第766話
イチロは、黒騎士の攻撃を必死に防いでいた
黒騎士は狂気に駆られて、執拗にイチロを攻撃して来た
それはイチロに嫉妬して、狂気に駆られていたからだ
彼はイチロが、アーネストの隣に居た事が気に食わなかったのだ
黒騎士は狂気に駆られて、不自然な体勢から攻撃して来る
目も紅く輝いて、負の魔力に染められていた
嫉妬の心を利用して、負の魔力で操っているのだ
だから黒騎士は、身体に負担の掛かる様な攻撃もしていた
「くうっ
こなくそ!」
「ひゃはははは」
ガギン!
イチロは攻撃を防ぎながらも、このままではマズいと感じていた。
自身の身体にも傷が入っていたが、何よりも黒騎士の身体が危険だった。
不自然な体勢からも、跳ねる様にイチロに切り掛かって来る。
その不規則な攻撃は、イチロでも防ぐのがやっとだ。
そして普通の人間なら、数回で関節を壊してしまうだろう。
「イチロ!」
「どうしよう?
このままではマズいわ」
「そうね
だけど、どうすれば…」
アイシャ達もその様子を見て心配していた。
しかし樹上からでは、黒騎士を狙う事も難しい。
しかも足元には、再び魔物が迫っていた。
魔物を倒さなければ、世界樹の城も危険だった。
「アイシャ!
ミリア!」
「イチロ!」
「どうするの?」
「そこから…ぐうっ」
「ぎゃっはああああ」
「危ない!」
ギャリン!
アイシャ達の方を向くのは、イチロも危険な行為だった。
黒騎士は踏み込んで来て、足元から剣を振り上げる。
イチロは剣を腕の前で構えて、何とかそれを逸らした。
そしてそのまま、黒騎士を蹴り飛ばした。
「こいつの…
こいつの頭を狙え」
「え?」
「無茶よ!
下手したら…」
「それならそれで、仕方が無いだろう?
それよりも今は…ぬおっ」
「ぎゃっはあ」
チィン!
イチロはすれすれのところで、剣先を躱していた。
黒騎士は剣を片手で持って、そのまま背後に振り抜いたのだ。
そんな事をすれば、右腕の筋を痛めるだろう。
しかし黒騎士は、そこからさらに剣を振り回す。
「げりゃ
へりゃあああ」
「こんのおおおお
調子に乗るな!」
ガキン!
イチロはその攻撃を、躱しながら剣を弾く。
しかし黒騎士は、しっかりと握って剣を離さなかった。
「隙は…
オレが作る」
「出来るの?」
「ああ
やるしかない
このままでは、こいつの命も危ない」
「分かったわ」
「アイシャ?」
「やるしかないのよ
ミリアは魔物を…
お願い」
「仕方が無いわね…
こうなったら聞かないんだから」
ミリアはそう言って、弓を引き絞った。
「精霊の矢」
シュバババ!
ミリアは5本の矢を、同時に引き絞って放つ。
それは途中で、軌道を変えて飛んで行く。
精霊の力を借りて、矢は正確に魔物の頭部に突き刺さる。
ミリアは続け様に、精霊の矢を放って行く。
「精霊の加護を得た矢か…
お前達も腕を見せるんじゃ」
「は、はい」
「しかしここまでの腕は…」
「それは無理じゃろう
それに精霊を呼べるか?」
「いえ…」
「ならば自らの腕で、正確に射てみせろ」
「はい」
エルフ達も精霊王の檄を受けて、魔物に向けて矢を放つ。
それはミリアの様に、纏めて数本を放つ様な器用な技では無い。
しかし確実に、彼等は魔物に当てていた。
後は魔物の、急所に当たるかどうかだった。
「くっ」
「私達では…」
「当てるのが精一杯です」
「貸してみろ」
精霊王は弓を取り、矢も一気に5本手にする。
そして4本を咥えて、残りの1本を引き絞る。
「久しぶりじゃからのう…」
「精霊王様?」
「まあ見ておれ」
シュバッ!
グギャン
先ずは思いっきり引き絞り、1体のオーガの頭を射抜く。
その隙に2本目を引き絞り、続け様に5本を撃ち切る。
それはどれもオーガの頭に当たり、一撃で絶命させる。
「凄い…」
「ふむ
腕は落ちておらんのう」
「全部当たっています」
「それも致命傷です」
「しっかりと引き絞れば、矢は安定して飛ぶ
それに引き絞れば、威力も上がるからのう」
精霊王はそう言って、弓を兵士に返した。
彼も昔は、エルフの兵士として戦っていた。
玉座に着く前には、獣人と戦った事もある。
そしてその時の渾名が、強弓のエルダートと呼ばれていた。
「これなら精霊王様が…」
「それは無理じゃわい
ワシも年でのう
精々が10回が限度じゃ」
精霊王も、万全な体調とは言えないのだ。
年を取った事もあり、今では弓をまともに引ける回数は減っていた。
今は試しに、5発だけ放っていた。
しかし本気で放ったら、ギガースでも倒せただろう。
その代わりに、そう長くは戦えないのだ。
「イチロ
魔物は何とかなりそうよ
後はそっちの…」
「ああ
何とかしてみせる」
イチロは覚悟を決めて、目の前の黒騎士を見詰める。
黒騎士は再び剣を構えると、サイドステップからイチロに迫る。
横向きに倒れる様に、身体を倒してから切り込む。
その様な不規則な動きなので、黒騎士の身体は軋んでいた。
「ぬおおおおお…」
「ぎゃっはああああ」
カキン!
何度目かの攻撃を防ぎながら、イチロは再び聖光輝を纏った。
そして聖光輝で、黒騎士の黒い靄を打ち消して行く。
負の魔力も、聖光輝とは相性が悪かった。
それで触れてしまうと、互いに打ち消し合って消えていた。
バチバチバチ!
「ぐぎぎぎ…」
「ははっ
少し余裕が無くなって来てるぞ?」
「ぎゃはああ」
ギャリンガキン!
黒い靄が減った事で、黒騎士の顔に苦悶の表情が浮かぶ。
彼は必死になって、剣を左右に振って切り掛かる。
しかしイチロは、それを防ぎながら笑みを浮かべる。
思ったよりも聖光輝が、黒騎士の負の魔力を抑えているからだ。
「この調子なら…」
「ぎゃひいいい」
「しかし難しいか?」
「ひゃはああああ」
キンカキン!
次第に黒騎士は、変則的な動きが少なくなる。
負の魔力を押さえ込まれると、狂気も少し和らいだ気がする。
しかしその瞳は、依然として紅く輝いている。
正気に戻すには、やはり剣と兜の破壊が必要なのだろう。
「ひぐうっ
いやあああ」
「どうした?
余裕が無いのか」
「う…る…さ…」
「ふん
アーネストを取られただ?
お前が離れただけだろう?」
「やか…まし…」
「何がクリサリスの国王だ?
国民を守らんで…」
「があああああ!
うるさい!
うるさい!」
ブンブン!
遂に黒騎士は、剣を振り回して喚き散らした。
ここを好機と踏んで、イチロは深く踏み込んで胸元を掴む。
そして黒騎士が剣を振る前に、左手でそのまま地面に引き倒す。
そしてその隙を突いて、魔剣に聖光輝を叩き込んだ。
「今だ!
アイシャ!」
「わ、分かったわ
当たってよ!」
ギリギリ!
バシュッ!
アイシャの放った矢は、鋭く黒騎士に向けて飛んだ。
そのまま兜の額の上に、矢は深々と突き刺さる。
イチロは一瞬、失敗したかと思った。
それほど矢は、深々と兜に刺さっていた。
「え?
おい…」
「ぐぎゃああああ…」
「上手く当たった筈よ」
「そ、そうか?」
黒騎士は頭を抱えて、地面にのたうち回る。
しかしその手は、それでも剣を手放そうとしなかった。
そこでイチロは、もう一度聖光輝を強く放つ。
そしてありったけの力で、その魔剣に叩き付けた。
「うおおおおお!
食らえええええ」
ガシン!
ウヴォオオオオオ…
次の瞬間、耳をつんざく様な悲鳴が響き渡った。
それは黒騎士では無く、彼の手にした魔剣から放たれていた。
「な!
ぐうう…」
「きゃあ!」
「な、何なの?」
「ぐがあ…」
「これは…」
それは魔剣が放った、最期の悪足搔きだったのかも知れない。
負の魔力を帯びた絶叫が、聞く者の心に絶望と恐怖を与える。
このまま聞き続ければ、イチロでも危険だった。
イチロは再び剣を振り上げると、魔剣に叩き付ける。
「いい加減に…
くたばれ!」
バキン!
ヴォオオオオ…アアア…
魔剣から靄が溢れ出し、それは人の形をする。
そして苦悶の表情を浮かべて、頭を抱えて叫ぶ。
しかし次第に薄らいで、その姿は消えて行く。
そして魔剣からは、負の魔力は感じられなくなった。
「イチロ
魔力は消えたわ」
「黒い魔力は消えたのよ
やったわね」
「あ…
ああ…」
「おお!
遂に黒い騎士を…」
「うわあああああ
勇者が黒い騎士を倒したぞ」
「よし!
このまま魔物を…」
「ああ
後少しだ!」
「魔物を追い返せ」
エルフ達は歓声を上げて、魔物に向けて矢を放つ。
魔物も黒騎士が倒れた事で、黒い靄を失っていた。
それで戦意を失ったのか、ほとんどの魔物が敗走をし始める。
残った魔物も、エルフやドワーフ達が攻撃を加える。
それで敗走するか、その場で絶命していた。
「やった
やったのね」
「女神の企みを破ったのね」
「あ…ああ…」
「イチロ?」
「どうしたの?」
しかしイチロは、その場で立ち尽くしていた。
足元には先程まで、苦しんでいた黒騎士が倒れている。
しかし黒騎士は、恐怖の表情を浮かべたまま動かない。
いや、彼は既に、その場で事切れていたのだ。
「イチロ?」
「オレは何て事を…」
「どうしたの?」
「ミリア
降りるわよ」
了承も得ずに、アイシャは素早く樹上から飛び降りる。
そこは10m以上の高さがあったが、平気なのはガーディアンだからだろう。
彼女は素早く駆け寄り、イチロの隣に立った。
しかし状況を把握して、彼女も絶句していた。
「あ…
ああ!
そんな!」
「何?
どうしたの?」
「オレは…
オレは何という事を」
イチロは膝から崩れ落ち、地面を激しく叩いた。
「え?
嘘?」
「私が失敗したの?」
「違うわ
矢は確かに刺さっているけど、身体には届いていないわ」
「だけど彼は…
ギルバートは…」
「うおおおお!
これではアーネストに、何と報告すれば!」
黒騎士は負の魔力に、身体が耐えられなかったのだ。
最後の戦いで、彼は身体を負の魔力に蝕まれていた。
イチロやアイシャの攻撃が無くとも、いずれは命を失っていただろう。
ただそれが、早いか遅いかだけだった。
「くそっ!
こんな結末だなんて!」
「イチロ
違うわよ」
「そうよ
私が失敗してしまったから…」
「いいえ
アイシャのせいでも無いわ
この子…
身体が食われているの」
「食われてる?」
「ええ
あの靄を見たでしょう?
あれで人の精神や、魔力を食っていたのよ?
それが使用者だけ平気な訳無いでしょう?」
「それは…」
「魔力の痕跡も、生命力も何も残されていない
文字通り食いつくされたのよ」
「だからって…
これで女神を封ずる手段は失われたんだ」
イチロは悔しそうに、地面を叩いていた。
思わぬ結果となり、アイシャもミリアも言葉を失っていた。
アーネストはギルバートとの、再会を望んでいたのだ。
しかしこれで、その望みは絶たれてしまった。
「くそっ!
どうして!」
「イチロ
彼はあの剣に…
負の魔力に食われたのよ」
「そうよ
イチロも不気味な人影を見たでしょう?」
「だからって…
救う術はあった筈なんだ
なのにオレは…」
「無理よ!
あの時点で既に、彼の魂は食われていたのよ?
だから私達の索敵にも、彼の反応は無かったわ」
「確かに…
彼の生命力は感じられなかったわ」
「でしょ?
あれでは生きている…
というか、動けるのもおかしいぐらいよ?」
「だからって…
だからって殺してしまっては…」
イチロの言葉に、二人は再び沈黙する。
下の異様な雰囲気を察知して、兵士達はファリスを呼んで来る。
黒騎士がアーネストの、親友だという事は伝わっていた。
だから黒騎士が解放される際に、怪我をしたと思ったのだ。
「イチロ!」
「何が起こったんですか?」
「ファリス…
すまない」
「え?」
イチロはそう言って、静かに黒騎士の前から離れる。
ファリスも神聖魔法の使いてなので、一目で大体の状況を把握した。
黒騎士は既に絶命して、その命の炎は消えていた。
それはエルフの兵士にも、分かる事だった。
「え?
ええ!」
「死んで…
いるの?」
「ああ
救えなかった」
「だけど…
そんな事ってあるの?」
「しかしこれが事実だ
もうどうしようもない…」
「それは…」
「そうね
いくらファリスでも、死者は生き返らせれないわ」
「アス様も仰られていたわ
ふくみず?」
「覆水盆に返らずだ…
使い方が少し違うが…」
黒騎士は恐怖で、絶叫したままの姿勢で死んでいた。
その顔は目を見開き、口も大きく開けたままになっていた。
イチロはその亡骸を、静かに寝かせようとする。
しかし全身の筋肉が強張り、腕一本を動かすのも難しかった。
「くう…」
「可哀想に…」
「最期まで苦しんでいたのね」
「許せないね
その女神って奴は」
三人が手伝って、何とか身体を横にする。
しかし握られた拳や、顔の表情はそのままだった。
イチロは自分のマントを外すと、それを黒騎士にかけてやった。
その頃になると、さすがに樹上の兵士達も気が付いた。
まだ多くの者は、魔物を追い払う為に矢を放っていた。
しかし黒騎士は寝かされて、その頭にマントがかけられる。
その意味を理解して、彼等は騒然とし始めた。
「え?」
「あれって…」
「精霊王様!」
「むう?
死んだ…のか?」
「そうですね
ピクリとも動きません」
「しかしあの騎士は…」
「そうじゃな」
精霊王はそう言いながら、眠っているアーネストの方を見る。
兵士達も不安そうに、アーネストと黒騎士の方を見ていた。
友である彼を救う為に、イチロは懸命に戦っていたのだ。
しかし結果は、残念な物になってしまった。
「酷い事をする…」
「アーネスト殿…」
「うう…ぐずん」
世界樹の城の広場は、いつの間にか歓声も止んでいた。
そして事情を知って、多くの者が悲しんでいた。
敵とはいえ、彼もまた操られていた被害者なのだ。
そして今、その短い生涯を閉じていた。
それを悼む気持ちで、彼等は静かに黙祷をした。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




