第761話
イチロは王を連れて、飛空艇の下に向かった
飛空艇の中には、その時は騎士とハイランド・オーク達が残っていた
他の者が艦橋に居ないので、先ずはイチロが飛空艇に乗り込む
そしてハイランド・オーク達や、エレンを伴なって飛空艇を降りて来た
最初はエルフ達も、弓を構えてハイランド・オークを睨んでいた
しかし二人の王は、そんなハイランド・オーク達と和やかに話していた
そんな二人の様子を見て、ドワーフ達も困惑していた
そして先ずはドワーフ王が、自分の民に声を掛けた
「この者達は、外の魔物達とは違う」
「そもそも魔物も、我々人間とは大差は無いのじゃ
しかし女神が…
あの者が女神を狂わせておる」
「あの黒い騎士も、元々は別の国の王だった者じゃ
それが女神に利用されて、魔物を率いて暴れておる」
「そしてここに今、別の女神が訪れた」
「え?」
「女神だって?」
「何だって女神なんかを…」
ここでエルフだけでなく、ドワーフ達も騒ぎ始める。
しかし二人の王は、そんな民を制して話を続ける。
「静まれ!」
「みなの者よ
先ずは話を聞いて欲しい」
二人に促されて、女神が転移でその場に姿を現す。
これは彼等を黙らせる為の演出で、わざわざ転移を使って姿を現せたのだ。
転移で突然姿を現せた事で、城の前の広場は静まり返る。
そこで女神が、その静寂を破る様に語り掛ける。
「私の名は女神イスリール
この大陸の他にある、アース・シーという世界の女神です」
「アース・シー?」
「他の世界の?
ここ以外に世界があるのか?」
これには多くのエルフやドワーフも驚いていた。
彼等はこの世界意外には、世界が無いと思っていたからだ。
西の果てには陸地が無くなり、ずっと水だけの場所がある。
そして船で進もうとしても、果てが無いと思われていた。
「この世界には、元々アース・シーがありました
このあなた達の大陸も、そこから後に移動しました
つまりアース・シーが元の世界なのです」
「何だって?」
「それじゃあここは、その後に出来たって言うのか?」
「いいえ
元々大陸はありました
しかし住む者が居なかったのです」
「住む者って…」
「それじゃあ我々の先祖が?」
「ええ
界の女神…
今はゾーンと名乗っていますね
女神ゾーンが、ここにあなた達の祖先を連れて来ました」
暗黒大陸には、元々は人間は居なかった。
この大陸は、アース・シーよりも開発が遅れていた。
それは女神が乗ったポッドが、アース・シーに降下した為だ。
これが暗黒大陸であったなら、先に暗黒大陸が開発されていただろう。
その当時には、まだアース・シー全域も開発し切れていなかったのだ。
「それではこの大陸は…」
「その当時はまだ、野生動物すら少ない場所でした
それから女神の一人が、この地の開発に送られました
それが女神ゾーンです」
「女神ゾーン…」
「あの女神はそんな名前だったのか…」
「しかしそれが本当なら、女神は複数人居るのですか?」
「そうですね
この世界以外にも、他の世界もあります
この世界を任されたのは、イシュタルテと呼ばれる女神です
私達はその女神の一部です」
「女神の一部?」
「それではゾーンという女神も?」
「ええ
彼女もイシュタルテの一部です」
人間が住めそうな星に、一体ずつ女神が派遣されている。
その女神をサポートする為に、女神の端末が作られていた。
これは何体かの女神が、試験的に行っていた物だった。
手探りで行っていた物なので、前例も無かった。
だからこそ今回の様な、女神が離反する行為が起こる事も予想されていなかった。
「女神の一部って事は…」
「ええ
真の女神は他に居ます
しかしゾーンは、その女神を裏切り離反したのです」
「女神の僕が…
女神を裏切ったという事ですか?」
「その様に考えていただいても良いでしょう」
「そんな…」
「それじゃあオレ達は…」
「そうですね
女神の役目を仰せつかった物が、裏切ってこの世界を終わりにしようとしています
ですから私が、この地にやってまいりました」
本当はもう少し、状況はややこしかった。
しかしイスリールは、細かい箇所を端折って説明する事にした。
全ての妖精達に、理解させる事は困難である。
今はハイランド・オーク達を、仲間として受け入れさせる事が先決だった。
だからイスリールは、それを可能にする為に話を続けた。
「さて、話を戻しますが…
魔物と呼ばれる彼等も、元は人間と変わりありません」
「え?」
「魔物が人間と変わらない?」
「大きく違うじゃ無いか」
「そうですか?
彼等も女神の生み出した子供達です
多少生き方や見た目は違いますが、あなた達の兄弟ですよ?」
「オレ達の?」
「魔物が?」
「しかしそんな魔物が…」
「ええ
今ではこの世界を滅ぼそうとしています
しかし気が付きませんか?」
「え?」
「何がです?」
「彼等は身体から、どす黒い靄を出していた
そうですよね?」
「あ…」
「そういえば、黒い靄が出ていた」
「そこの魔物達からは、何も出ていない…」
「そう
それこそが女神ゾーンが、魔物を操っている力です
狂暴にさせて、暴れさせる、それがあの黒い靄の正体です」
「黒い靄が…」
「そうなのか?」
ここで妖精達は、魔物から出ていた靄を思い出す。
確かに魔物は、あの靄の中で狂った様に暴れていた。
あれが狂わせる物ならば、とても恐ろしい存在だった。
「それではあの靄に触れると…」
「そうですね
もしかしたら、あなた達も狂ってしまうかも知れません」
「そんな…」
「そんなに危険な物なのか?」
「思い出してください
似た様な現象を、少し前に見ている筈です」
「似ている…」
「狂ってしまう靄?」
「あ!」
「そうです
獣憑きと呼ばれた病です」
「そんな!」
「あれが同じだと?」
「あれをゾーンが、実験として撒いた物だと考えています
人間を狂わせて、同士討ち出来るか試す為に」
「そんな馬鹿な!」
「あれを女神が撒いただと?」
「しかし考えてみろ
今も平気で我々を滅ぼそうとしている
そんな女神なんだぞ」
獣憑きの病が、実験の為に撒かれたと聞いて妖精達は驚く。
しかしゾーンの行動を顧みれば、確かに行っていてもおかしくない。
しかもそれが失敗したから、魔物で直接滅ぼしにかかったのだ。
そう考えれば、確かに病の発生の元凶は、女神ゾーンで間違い無かった。
「それではその魔物…
彼等は大丈夫なんですか?」
「直接黒騎士と戦えば、危険でしょう」
「そうだよな…」
「あの黒い男は、黒い靄を発生させている」
「それじゃあどうするんだ?」
「そこで彼等には
ハイランド・オーク達には人間の騎士と、この世界樹の城の地上を守ってもらいます」
「なるほど」
「確かに地上を襲われれば、この城も危険だ」
「しかし黒い男は?」
「あいつはどうするんです?」
「そこで彼等が来てくれました」
ここでアーネストやイチロ達が、女神の前に集まる。
「あ!
さっきの女神様」
「あの方達が戦う?」
「しかし勝てるのか?」
「この者達は、嘗てアース・シーを守っていた勇者です」
「え?」
「守っていた?」
「そうです
この地を救う為に、彼等はここに集まってくれました」
「その者達は…
人間も居ますよね?」
「強いんですか?」
「確か人間は、力も魔力も無くて…」
「大丈夫です
勇者の力は、一部の妖精達は見たでしょう?」
「確かに」
「ああ
物凄い雷を操っていた」
「それに黒い男を、王達の前から退けていた」
「そんなにか?」
「人間なのに、そんなに強いのか?」
ここで再び、妖精達はざわつき始める。
妖精からすれば、人間はひ弱で役に立たない存在だった。
しかしそれは、奴隷にされた力を持たない人間である。
「忘れたのですか?
獣憑きの人間はどうでしたか?」
「あ…」
「確かに…」
「しかしあれは、狂っていたぞ?」
「それは魔石の中に、負の魔力…
黒い靄と同じ負の力を込められていたからです
彼等はその黒い靄を、打ち払う力を持っています」
「おい、イスリール
大丈夫か?」
「大丈夫です
ガーディアンの身体は、負の魔力に耐えられます
それにファリスやアナスタシアも居ます」
「ああ
要は負の魔力を、神聖魔法で討ち払えば良いんだ
お前も使えるだろ?」
「そりゃあ使えるが…」
「おお…」
「勇者は黒い靄を討ち払えるのか」
「それならばあの黒い男も…」
アーネストは自信無さそうだったが、イチロには勝算があった。
それはイチロが、聖なる斬撃で切り払えていたからだ。
アーネストも僅かながら、神聖魔法を身に付けている。
それにファリスから、飛空艇で幾つか教わっていた。
本気で神聖魔法を使えば、十分に戦力となるのだ。
そして妖精達も、そんな話を聞いて期待していた。
黒い靄を討ち払えるのならば、黒騎士も怖くは無い。
それに靄が無くなれば、魔物の脅威も低くなるだろう。
そうなれば、魔物を追い返す事も出来るだろう。
「彼等はある目的で、あの黒騎士を追っています」
「ある目的?」
「それは何です?」
「おい!
イスリール」
「ここで話しておかなければ、黒騎士は殺されますよ?
もし彼が、本当にギルバートなら…」
「あれはギルだ!」
「だったら救うべきでしょう?」
「それはそうなんだが…」
「彼はアーネスト
女神ゾーンによって、友である国王夫妻を連れ去られました」
「国王夫妻?」
「もしかして…」
「そうです
あの黒騎士は、その国王である可能性が高いのです」
「何だって!」
「それじゃあ彼は…」
「何て卑怯な!」
「救う術は無いのですか?」
「我々も協力します」
「そんな非道は許されない!」
ギルバートの事を聞いて、妖精達は怒りを露わにする。
友を連れ去られて、悪行を行う為に使われている。
それに止める為には、その友を殺さなければならない。
そんな非道な事を、どうにか止められ無いかと思ったのだ。
「そうですね
黒騎士は操られている可能性が高いです」
「それならばあの黒い靄を討ち払えば?」
「そうですね
その可能性もあります
しかし奥方が…」
「あ!」
「そうか、夫妻で捕らえられたと…」
「人質か?」
「何て卑劣な!」
婦人が捕まっていると聞いて、妖精達は憤っていた。
彼等は排他的だが、それは他の人間が選民思想などを掲げていたからだ。
こんな非人道な行いに対しては、彼等も怒りを覚えていた。
そして夫妻を救う為に、共に戦うと言い出していた。
「我々も協力するぞ!」
「そうだ
彼等も被害者なんだ」
「それにオレ達の王を救ってくれたんじゃ」
「ワシ等も救う為に、共に戦うぞ」
その声は大きくなり、怒号の様に城の中庭を震わせる。
その様子を頼もしそうに、二人の王は眺めていた。
一頻り声が上がったところで、女神は手を挙げて声を抑える。
「あなた方のお気持ちは嬉しいです
しかし危険です」
「何が危険だ」
「もう黙っていられない」
「そうだ
これからは攻勢に出るぞ」
「止めんか!」
「そうじゃぞ
ワシ等では魔物も満足に倒せん」
「う…」
「それはそうですが…」
ここで二人の王が、民の興奮を抑えさせる。
「気持ちは嬉しいのですが、やはり危険です」
「でしたらオレ達は?」
「何をすれば良いのですか?」
「ここを守ってください
ここはこの大陸の、人類の最後の希望の砦です」
「ここを?」
「城をですか?」
「ええ
戦いは私達に任せてください
黒騎士も必ず、女神の手から取り戻しますから」
この言葉に、妖精達は騒ぎながらも何とか納得する。
そもそも彼等が出ても、魔物に襲われるだけだ。
それよりは樹上から、地上に迫る魔物を攻撃した方がマシだろう。
それに女神には、もう一つの案もあった。
「兎も角
今は彼等を受け入れてください
彼等もまた、悪しき女神ゾーンと戦う戦士達なのです」
「分かりました」
「そうだな」
「見た目はドワーフよりも厳ついが…
よく見たら優しそうな顔をしている」
「ワシ等より厳ついとはどういう意味じゃ?」
「いや
はははは」
「この野郎!」
「その顔が厳ついって」
「まだ言うか」
「はははは」
広場は明るい笑いに包まれて、ハイランド・オーク達もその輪の中に入って行く。
彼等もクリサリスで暮らす内に、他の種族との付き合い方を学んでいた。
無理に踏み込まず、少しずつ打ち解けて行く。
それに笑顔を絶やさずにいれば、その内に打ち解けるだろう。
「さあ
今日は宴席じゃ」
「そうじゃ
新しい仲間に
新しい友に」
「ドワーフが仕切るなよ」
「そうだぞ
彼等はオレ達の友でもあるんだ」
「それに食事や酒は、この城の物だぞ?」
「ケチケチすんなよ」
「この
はははは」
笑い声が響き、ハイランド・オークも含めて宴席が作られる。
その中にはドワーフ王も座っていて、ハイランド・オークと酒を酌み交わしていた。
その様子を、イスリールは輪の外から眺めていた。
「良かったな」
「え?
そうね…」
「子供達が笑い合える世界を創る
イスリールがよく言っていた言葉だ」
「ええ…
イスリール様…」
イスリールは亡き先代のイスリールを思い出し、目を瞑っていた。
その目には涙の様に、静かに雫が流れていた。
真に優秀なロボットは、人の様に涙を流すだろう
感情の模倣は、優秀なコンピューターがあれば可能だ
しかし涙を流す事は、ロボットには出来ない
イチロはふと、前の世界での言葉を思い出した。
それは何かの番組で、学者がインタビューに答えた場面だったか?
イスリール
あんたは真の女神なんだな
イチロはそう思いながら、イスリールの涙を見ていた。
まだまだ続きます。
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