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聖王伝  作者: 竜人
第三章 新たなる領主
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第76話

夜が明けてから、フランドールは朝食を取るとすぐに武装を整えた

剣は結局そのままにする事にしたが、昨夜教わった陣形や戦術を反芻してみる

武器の強化も重要だが、それを扱う人の強化も重要だと改めて思ったからだ

例え剣術で劣っていても、兵士の指揮で勝れば勝てる

それはこれまでの王宮での訓練でも実践してきたからだ

フランドールは早朝から城門へ赴き、東の城門を見上げていた

今日は快晴だったので、朝日が城門を照らして輝いていた

城壁は崩れた跡が残っていたが、補強と魔法の強化で以前より頑丈になっていた

二段になった城壁の内側は、先の戦いで崩れた階段も補修されていた

その階段を登り、朝日に照らされたノルドの森を眺める


城門の外の広場から、公道は南北と森の中へと続いている。

その森の中へ続く道には数匹の小鬼がうろついていた。

こちらの様子には気付いておらず、鳴き声を上げながら周囲の木の根元や茂みを探している。

恐らく食用の香草や茸を集めているのだろう。


「フランドール様

 何か見えますか?」


いつの間にか城壁を登って来た兵士が、熱心に森を見ているフランドールに尋ねた。


「ああ

 そこに小鬼が出て来ている」


フランドールが指差した先を、兵士は熱心に見詰める。


「ええ…っと

 ふむ、あれですな」


兵士は小鬼の姿を確認し、下の兵士に合図を送る。

弓を持った兵士が数人上がり、森の入り口の小鬼に矢を向ける。

その弓は王宮で見掛けた物より大きく、番えた矢も何かの骨を削った物であった。

兵士は力強く弓を引き絞り、狙いを小鬼へ向ける。

先の兵士が合図を送り、一斉に矢が放たれる。


ヒュン!ヒュン!

グギャ

ギャヒュッ


矢は全て命中し、遠くから断末魔の声が聞こえる。


「お見事!」

「いえいえ」

「これぐらいは出来ませんと、奴らに近付かれます」


フランドールの素直な称賛にも、兵士は謙遜しながらも2矢を番えて放つ。

それも全て命中し、見える範囲での小鬼は全滅した。

小鬼はこちらに気付く暇もなく、あっという間に片付けられた。


「ここの弓兵の練度は高いんだね」

「ええ

 散々やられましたから、我々も弓の上手い者は訓練をしました」

「しかし、それでも先日は城壁をやられました」

「あの大型の魔物の前には、我々の弓も歯が立ちません

 せいぜい小鬼や犬、豚の駆逐ぐらいです」


フランドールに褒められたのは嬉しいが、実際に弓は牽制程度にしかならなかった。

大型の魔物の前には、一部の強力な騎馬兵士ぐらいしか太刀打ち出来ず、その事が悔やまれた。

騎士団でもスキルの習得が急がれているが、肝心の人数が減っている為に難航していた。

先の襲撃での損耗が大きく響いていたのだ。


「我々の弓に、もっと強力な力があれば…」

「そうすれば領主様をお救い出来たのに」


「そうか…」


弓兵達が一番悔やんでいたのは、目の前で領主を守れなかった事だ。

何とか牽制は出来ていたが、結局は倒せなかった為に城壁は崩された。

それが原因では無いが、領主は城壁から侵入された魔物にやられてしまった。

自分達の力がもっとあれば、領主を守れたのにと悔やんでいるのだ。


「でも、君達は必死に戦ったのだろう?

 そのおかげで、城壁は無傷では無かったが街は守られた

 違うかな?」

「いえ…

 はい」


「悔やむ気持ちがあるのなら、次に生かそう

 次にそいつらが来たら、目に物を見せてやれ」

『はい!』


フランドールの言葉に嬉しそうに頷くと、兵士達は階段を下りて行った。


「さすがですね

 彼等の気持ちを汲んでくださり、ありがとうございます」


見張りの兵士が礼を言った。


「いや

 そんな大した事は言えてないさ」


「それに…

 彼等には私も頑張って欲しいからな」


フランドールはそう言うと、照れ臭そうに階段を下りて行った。

見張りの兵士はそれを見詰め、良い上司になりそうだと微笑みながら見送った。


フランドールが城壁から下りると、丁度彼の私兵が集まっていた。

点呼を取って確認し、今日の行軍に備えての装備の確認をする。

人数は20名集まり、フランドールの号令を待っていた。


その隣にはギルバートと守備部隊の兵士が集まり、こちらも20名来ていた。

装備はレザーアーマーと長剣を携え、5名は弓も背負っていた。


「朝早くからすまない」

「いえ

 こちらも準備は万端です」


フランドールの挨拶に、ギルバートは笑顔で応える。

その横には部隊長も控えていた。


「私は守備部隊の第2騎兵部隊長を務めますアレンと申します

 よろしくお願いします」


アレンと名乗った青年は、ペコリとお辞儀をして後ろへ下がる。

今回の行軍ではあくまで補助として参加しており、余計な発言は控えている様子だ。

それを見て、私兵の数名が不快そうに鼻を鳴らす。

フランドールは鋭く睨むが、私兵達はそっぽを向いて誤魔化していた。


不味いな

これから連携して街を守って行かないといけないのに、彼等を舐め切っている

このままでは遠からず衝突するだろう

昨日の手合わせで理解出来なかったのだろうか?


フランドールの心配を他所に、私兵達は相変わらず馬鹿にした態度を取っていた。

それに対して、当然ながら守備部隊の方でも不満そうにしている者が居た。

だが、そちらは実力差を把握している様で、多少の余裕を見せていた。


「ん!

 これから魔物の討伐に向かうわけだが…」


フランドールが前に出ながら、私兵達に向けて声を掛ける。


「そこ!

 何か不満があるのか?」

「え?

 いえ…あの…」


明から様に態度の悪い私兵を指差し、フランドールは声を掛けた。

その様子に動揺したのか、兵士はしどろもどろに答えに詰まる。

しかし、その横の兵士が不満を漏らす。


「そうは言われても

 こんな田舎者に着いて来られても邪魔になるだけです

 オレ達がこいつらを守って行く必要が…」

「守る?

 誰が誰を守るって?」

「え?

 ですから、オレ達がこいつらを守って」


「違うだろ!

 逆だぞ

 彼等が私達を守ってくれるのだ」


「え?

 こんな田舎者が?」

「どうせ怖くなって逃げ出すだけですよ」

「それとも、オレ達がこいつ等に劣ると言うんですか?」

「そうだろう?」


私兵達は守備部隊を馬鹿にした発言をしていたが、フランドールはそれをあっさり切り捨てた。


「昨日の模擬戦を忘れたのか?」


「あんなの、こいつらが何か卑怯な手を使ったに違いありません!」

「そうだそうだ!」

「オレ達がこんな田舎者に負ける筈がない!」


文句を言っているのは半数にも満たない7名だが、それでもこの現状を見て、フランドールは頭が痛くなる思いだった。

王都の若者が地方を侮っているのは感じていたが、まさかこれ程とは。

いっそ彼等を反省させる為に、独房にでもぶち込もうかと思っていた。

しかし、そんな思いを汲んでか、ギルバートは予想外の提案をした。


「それではこういうのはどうですか?

 こちらと魔物の狩った数で勝負するとか」

「え?」


フランドールは驚き、真意を掴みかねた。


「ええ

 そちらは全員で構いませんよ

 こちらは護衛に人数を裂きますから…

 アランは何人居れば大丈夫そうだい?」

「そうですね

 私でも大丈夫そうですが、4人回してもらえますか?」

「では5人で頼むよ」


「ふざけるな!」


ギルバートが暢気に話していたら、私兵達が怒りだした。


「こっちと勝負するとか言うのもふざけてるが、5人だと?」

「オレ達を舐めるな!」

「まあまあ」


怒る私兵達を宥めながら、フランドールはギルバートに目配せをした。

それに対して、ギルバートは大丈夫だと頷いてみせた。


「分かった

 こちらは20名で挑戦させてもらおう

 私は別で試してみたいからね」

「そんな!」

「フランドール様!」


フランドールの言葉に、私兵達は不満を露わにした。

しかしフランドールは既に決めており、余程の事が無い限り勝負をする事と宣言した。


「兎に角

 お前達が彼等より強いんだと言うなら、それ相応の結果は出せるだろ?

 それとも負けるのか?」

「いえ…」

「決してそんな事は」


私兵達は口籠りながらも、守備部隊に負けないという自負を示す為にも渋々従った。


ギルバートは念の為兵士に周囲を見回させて、周辺に魔物が居ない事を確認させた。

周囲には先ほどの小鬼以外には魔物は居ない様で、兵士達は安全を確認して門を開放した。


「それでは、魔物を探しに森へ向かいます」

「ああ

 森に入れば魔物は見付かりそうかい?」


「そうですねえ

 探せばそんなに掛からずに見付かるかと

 先ほども小鬼が居たみたいですし」


ギルバートはそう言うと、何事も無かった様に暢気に森へと入って行った。


「え?

 一人で大丈夫なのか?」

「ええ

 周囲には大型の魔物の気配はありません

 殿下ならそこらの魔物には負けません」


そう言って、アレンは慌てる様子も無く部下を引き連れて森へ入って行く。

それを見て、フランドールも私兵を連れて向かう。

残りの守備部隊は周囲を警戒しながら後へ続く。


フランドールは普通の森と思って入ってみたが、中は静かで不気味な雰囲気がしていた。

普通の森なら野鳥の声や動物の立てる音がするのに、ここでは繁みを掻き分ける音もしていない。

時折聞こえるのは、兵士が立てる音か咳払いぐらいであった。


「これは…

 静かだな」

「ええ

 静か過ぎるぐらいですね」

「魔物も居ないんじゃないですか?」


「静かにしてください

 魔物に気付かれてしまいます」


フランドールが私兵と話していると、守備部隊の兵士が小声で伝えた。


「何を!

 こっちは…」


私兵が大きな声を出していたのでフランドールが手を出して制した。

私兵達は気付いていなかったが、魔物が声に気付いて近付いて来ていた。

フランドールが黙らせた直後から、少し先の茂みが音を立てていた。


フランドールが無言で合図をして、私兵達は音を立てない様に注意して動く。

慎重に抜刀し、距離を空けて戦闘の準備に掛かる。

この辺りの動きは洗練されており、さすがは王都の兵士といった感じではあった。


繁みを掻き分ける音と、犬の様に鼻を嗅ぐフゴフゴという音が聞こえる。

そして正面の茂みを掻き分けて、犬の様な頭が首を出した。

しかし私兵達は虚を突かれたのか動けず、フランドールだけが素早く動いた。


「ふっ」

ザシュッ!

グギ…


フランドールは鋭く踏み込んで首を刎ね、魔物もほとんど声を出さずに倒れた。

続いて3匹が顔を覗かせたが、さすがに私兵達は動き出し、素早く首を刎ねていった。


「ふう

 コボルトか」

「合わせて4匹」

「他は居ませんね」


他の私兵達も魔物が居ない事を確認し、緊張感が解けて溜息を吐いていた。


「はあ…

 いきなりコボルトか」

「オレ…初めてで緊張したよ」


「さすがにコボルト程度では問題無さそうですね」


守備部隊の兵士がそう言うのを聞いて、再び私兵達が睨み付けるが、兵士は平然として魔物の死体を一ヶ所に集めた。


「後で毛皮と魔石を取る為に回収します

 引き続き奥へ向かいましょう」

「え?

 まだ探すのか?」

「はい?

 今日は魔物を狩りに来たんでしょう?」


「向こうは既に小鬼を10匹とコボルトを12匹狩っていますよ?」

「このままでは負けてしまいますよ?」


「何だと?!」

「そんなバカな!」


私兵達がゴチャゴチャしている間に、向こうでは既に狩が始まっている様であった。

しかも結構な数を狩っている。

驚く私兵達を放って置いて、フランドールは先に向かう事にした。


「私は更に奥へ向かう

 お前達はどうするんだ?

 もう負けを認めて帰るか?」

「そんな」

「いえ!

 このままでは帰れません」


慌てて数人の私兵が答え、剣を仕舞って後へ続く。

他の私兵達も仕方なくといった様子で後へ続いた。


慎重に音を立てない様に、先頭に立つ私兵達が繁みを掻き分けて行く。

その先はギルバート達とは違う方角を向いており、新たな魔物の気配がしていた。

草叢を掻き分け、頭を覗かせたのはゴブリンであった。

その数は8匹居た。


フランドールは合図を送り、私兵達が囲む様に移動する。

ゴブリンはコボルトに比べると、鼻が利かない分索敵能力は劣る。

音に気を付ければ、回り込んで倒す事も容易ではある。

しかも知性が低い普通のゴブリンなので、周りの様子も気にしていなかった。

私兵達は回り込み、タイミングを合わせて奇襲を掛けた。


「せやあ!」

「ふん!」

ズバッ!

ザクッ!

ギャッ

グギャア


奇襲は成功し、難なく魔物は全滅した。

守備部隊の兵士達はゴブリンの遺骸を運び、一ヶ所に集めた。


「こいつ等の死体も回収するのかい?」

「いえ

 さすがにゴブリンでは魔石も期待出来ません」

「その代わりこうします」


言うなり兵士達は、ゴブリンの遺骸の首や腕を切り落としていった。


「なん!」

「うげえ」


あっという間に首や腕が切り落とされた。

それを見てフランドールが質問する。


「なんでわざわざ死体を損壊するんだ?」

「え?」


「いくら魔物でも非道ではないのか?」

「ああ

 そうですか」


慣れた様子に、私兵達も不信感を抱く。


「知らない様ですが、魔物は死体になっても危険なんです」

「そうそう

 だから亡者になっても危険が少ない様に、こうして腕や首を切り離します」

「そうなのか?」


フランドールも亡者の話は聞いていたが、魔物でもなるのかと驚いた。


「ええ

 寧ろ人間より亡者になり易いですよ」

「奴等は闇の勢力ですから」

「現に以前に大量発生した事もあります」


「こうしておかなければ、それこそ焼くしか手段が無くなります」

「ですから魔物を倒した後は、放置するなら手足や首は刎ねてください」

「可哀そうとは思わないで

 後々街が襲われる原因になりますから」


兵士達はそう言うと、再び私兵達を守る様に配置に戻った。


「むう

 私達は知らない事が多過ぎるな」

「はい

 まさか魔物が亡者になるとは…」


再びフランドールは私兵を集めると、森の中を進んで行った。


その後はゴブリンやコボルトの群れに遭遇したが、数も数匹程度で難なく倒せていた。

それに気を大きくしたのか、私兵達は次第に油断して大きな音を立てたり、周囲を確認するのを怠り始めていた。

数人の私兵は危険視して警戒していたが、私兵の大半が雑な行軍をしていた。


「いい加減にしろ

 魔物に待ち伏せされたらどうするんだ」

「そうは言いましてもね、魔物なんて容易く倒せるじゃないですか」

「それとも、フランドール様は魔物が怖いんですか?」

「そうそう

 怖いんなら後ろで見ていれば良い」

「ヒヒヒヒ

 怖いんならすっ込んでな」


一部の調子付いた私兵達は、主であるフランドールを小馬鹿にした発言までしていた。

これは立派な不敬罪で、場合に依ってはその場で切り殺されてもおかしくない。

それなのにここまで増長するのは、ある意味異様な事であった。


「くっ

 貴様あ!」

「止せ」

「しかし、フランドール様」


フランドールは抜刀しそうな私兵を止め、増長した私兵達とは距離を取り始めた。


「不味いですね…」

「うん

 どうやら兆候が見られる」


守備部隊の兵士達も異変に気付き、フランドールを守る形に陣形を変更する。


「いくら増長するにしても、これは異様だ」

「フランドール様

 よろしいですか?」


兵士達はこっそりフランドールに近付き、ヒソヒソと話し始めた。

さいわいにも、増長した私兵達は先を急いで離れており、話し声は聞こえていなかった。


「どうしたんだい?」

「少し話があります」


兵士達は以前の魔物に対しておかしくなった兵士の話をした。

スキルの所持はしていても、精神面で未熟な者が戦闘中に狂気に侵されるというものだ。


「以前にも我々の仲間にも起きました」

「彼等も恐らくその症状が出ています」

「そうなるとどうなるんだい?」


「興奮状態になり、戦闘を欲する様になります

 血に飢えた様な…」

「悪化すると敵味方関係無く暴れます」

「不味いな」

「ええ」


そして、その話をしている間にも私兵達は前進を続けており、遂に魔物と遭遇してしまった。


「ヒヒヒヒ

 魔物だ!

 魔物だー!」

「殺せ、殺せー!」


私兵達は我先に飛び出し、抜刀しながら魔物に向かって行った。

そこは30ⅿほどの開けた場所で、豚の頭をした魔物が6匹集まっていた。

そして待ち伏せしていた様で、オークは既に手斧と棍棒を構えていた。

森の中で、フランドールにとっては初めてのオークとの戦いが始まった。

すいません

腰を痛めて暫く休んでいました

それと用事もありましたから時間がなかなか取れませんでした

これから年末に向けて書き始めます

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