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聖王伝  作者: 竜人
第二十三章 甦った勇者
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第759話

ドワーフ王と精霊王が戻った事で、世界樹の城は大きな歓声に包まれる

一時は魔物に囲まれて、王達の生存も絶望しされていた

それがこうして、無事に戻って来たのだ

エルフ達だけでは無く、ドワーフも喜んでいた

歓声に沸く城の広間で、しかしアーネストだけ浮かない表情をしていた

何かを思い詰めた様子で、アーネストは険しい表情を浮かべる

そしてイチロも、あまり嬉しそうな表情では無かった

しかしそれは、魔物がまだ居るからだと思われていた


「わああああ…」

「ユミル王、万歳」

「精霊王、万歳」


エルフもドワーフも、互いに手に手を取って喜んでいた。

しかし肝心のドワーフ王は、少し硬い表情をしていた。


「精霊よ!

 大いなる精霊よ

 我等を守る加護を与え給え」


精霊王はそう祈って、城の周りに精霊の加護を施す。

こうする事で、魔物は世界樹の城に近づき難くなる。

万能では無いが、精霊の加護には魔物を忌避させる効果があるのだ。

これで少しは、時間を稼ぐ事が出来るだろう。


「みなの者よ

 今は生き残った事を神に感謝しよう」

「食糧庫を解放して、みなに食事を提供しろ」

「はい」


精霊王の命令で、エルフの兵士達が食糧庫に向かう。

備蓄に限りはあるが、今だけは生き残った事に感謝して、みなで祝おうとしたのだ。


「精霊王よ

 良いのか?」

「構わんよ

 どうせ野菜が主だしな

 精霊の加護でどうにかなる」

「しかしまだ魔物が…」

「勇者が助けに来てくれたのだ

 望みはあるのだろう?」

「え?

 ああ…」

「どうした?

 浮かない顔をして」

「いや…

 あの黒い騎士の事だ」

「ああ

 あの黒い男…」

「お前の仲間の知り合いなのか?」

「そんな筈は…

 しかしあの魔力の波動は…」


アーネストは混乱していた。

探していたギルバートが、魔物を率いてエルフを襲っていたのだ。

それにセリアの姿も見られなかった。

何よりも彼が、黒い負の魔力を身に纏わせていたのが気掛かりだった。


「あの男はいつから…」

「ここで話す事では無かろう」

「そうじゃな

 他の者が居ない場所で…

 城内で話そう」

「う…」


ユミル王に促されて、アーネストは彼等に着いて行く。

いつの間に合流したのか、その後ろにはエルリックも着いて来ていた。

彼をエルフ達は、怪訝そうな顔で見ていた。

精霊王程では無いものの、エルリックもまた高い精霊力を身に纏っていたからだ。


「さて

 ここなら良かろう」

「人払いは済ませておる

 先ずはこの状況を確認しよう」


二人に促されて、先ずはイチロが口を開いた。


「私の名はイチロウ

 訳あってアース・シーに…

 っと、その前に…」

「ん?」

「どうしたのじゃ?」

「この場にもう一人、お呼びしたい方が居ます」

「お呼びしたい?」

「その言い方だと、えらい人物の様じゃが…」

「ええ

 今回の遠征を手伝ってくださった方でもあります

 お呼びしてもよろしいですか?」

「それは構わないが?」

「どうしたと言うのじゃ?」

「その方を見られた時に、恐らく騒動になります」

「何じゃと?」

「そのお方とは?」

「女神イスリール様

 もういらっしゃってるのでしょう?」

「ええ」


不意に声がして、柱の陰からイスリールが姿を現す。

女神と聞いた途端、ユミル王は立ち上がって拳を握り締める。

彼は会談を行うとして、武器である大斧は手放していた。

しかし大柄なドワーフ王であるから、その拳でも十分に威力があった。


「めが…みじゃと?」

「おのれ!

 ここに女神を呼んだじゃと?」

「落ち着いて!

 あなた方の知る女神と、この方は違います!」

「我が同族があなた方に、如何様な事をしてきたか知りません

 しかし余程の酷い行いをして来たのでしょう…」


イスリールはここで、先ずは二人に対して深々と頭を下げた。

それを見て、ユミル王も毒気を抜かれていた。

握り締めていた拳を緩めると、不満そうな顔で椅子に座り直した。

精霊王も身構えていたが、姿勢を正して女神を見詰めていた。


「同族と仰られましたが…

 それではあなたは、アノ女神とは別人と?」

「正確には違いますが、人間の感覚では別人と思っていただければ…」

「ふん

 別人とかそういうのはどうでも良い

 問題はその女神様が、何しにここに来たのじゃ?」

「ユミル

 言葉が過ぎるぞ」

「ふん

 女神では無いのじゃろ?

 それなら礼を尽くす必要も無かろう?」

「あのお…

 一応はアース・シーの女神なんですが…」

「アース・シー?」

「何じゃ?

 それは?」

「私達の居た大陸です」


ここでイチロは、女神に会談の主導権を渡す。


「先ず最初に…

 私達女神は、本来は一つの存在です」

「ならばアノ女神と…」

「ユミル!」

「その女神は界の女神と申します

 本来はこの大陸で、あなた達を見守る存在でした」

「見守る?」

「それが何で、ワシ等を滅ぼそうと?」

「そもそもそこが間違いなのです

 女神は人間を生み出し、見守る存在なのです

 つまり存在はしますが、基本は何もしないで見守るべきなのです」

「それで見守ると?」

「しかし攻め込んでおるではないか?

 それも魔物を使って」

「ユミル…」

「はん

 言い訳は誰でも出来る

 問題は何しに来たのかじゃ」


ユミル王はそう言って、不満そうに鼻をほじり始めた。


「私は何もしません

 いえ、何も出来ないのです」

「ほら見ろ!

 こいつ等…」

「ユミル!」

「だってよお…」

「申し訳ございません

 しかしそれが事実なのです

 この地は界の女神の支配する場所なのです」

「ですが…

 それなら何をしに?」

「彼女を止める為です」

「止めるじゃと?

 何も出来ないのに?」

「私ではありません

 ですから勇者を呼びました」

「そういう訳なんで…」

「はん

 全てこいつに任せて、あんたは高みの見物か?

 あのクソ女神と同じじゃねえか」

「ユミル!」

「しかしよお

 こいつもアノ女神みたいに、命じて見てるだけなんだぜ

 勇者?

 それと魔物の違いしか無いだろう?」

「ユミル王

 発言を許していただけますか?」

「ん?」


ここでイチロは、激昂するユミル王に声を掛ける。


「女神はその力の、ほとんどを封じられています

 あなたが両手両足を縛られていたら…

 どうします?」

「そりゃあ

 しかし力を封じられる?」

「ええ

 本来は女神は、人間を生み出して見守るだけの存在です」

「何もしないと言うのか?

 しかしアノ女神は…」

「ええ

 魔物を生み出したり…

 場合によっては、天変地異すら起こせます」

「ならばそれを…」

「使えたとしても、さらなる魔物を生み出すか…

 天変地異であなた達も巻き込まれますよ?」

「うぐ…」

「ははは

 これは一本取られたな」

「うぬぐぐ…」


ユミル王は顔を赤くしながらも、取り敢えずは納得していた。


「そもそもなんですが…

 アース・シーの女神は他に居ました」

「ん?」

「その方では無いのですか?」

「ええ

 界の女神は、アース・シーも狙っています

 それで先代の女神も…」

「女神が殺された?

 そんな事があり得るのか?」

「ええ

 残念ながら」

「ふん

 それこそ嘘では無いのか?

 仮にも神なのだろう?」

「先にも申しましたが、女神は見守るだけです

 まさか他の大陸の女神が、力を使って攻めて来るとは…

 普通は考えないでしょう?」

「ううむ…」

「そんな物なのか?」

「ええ

 そして界の女神は、その際に先代の女神の力を奪いました

 それでイスリールも…」

「お恥ずかしい話ですが、権限の一部を奪われました」

「な…」

「それではそちらの大陸が…」

「ええ

 このまま界の女神に攻め込まれれば、危険な状況です」


イチロとイスリールの説明は、最悪のシナリオを想定してだ。

そもそもそこまでならない為に、イチロ達がこの地に来たのだ。

しかし界の女神を止めなければ、それは現実に起き得る事なのだ。


「お主達の世界も…

 危ないと言うのか?」

「そういう事です」

「ううむ…

 これは益々、アノ女神を止めなければ」

「しかしどうやって?

 アノクソ女神は、あれから姿を見せんぞ?」

「ユミル

 言葉が悪いぞ」

「そうですね

 ですが魔物を倒せば…」

「そうか!

 女神が姿を現すかも知れんのか」

「じゃが魔物を倒すと言っても、あの黒い男が居るぞ」

「黒い男?

 あの黒い騎士ですか?」

「ギル…」

「ああ」

「奴は危険じゃ…」


ここで今度は、ユミル王が話の主導を取る。


「そもそも、あの男は何者じゃ?」

「ドワーフ王よ

 我々はそもそも、あの男の事を何も知らないんですよ?」

「しかしそっちの小僧が…」

「アーネストです

 彼の親友にしてアース・シーの国王が、界の女神に攫われました」

「攫われた?」

「どうしてそっちの大陸に…

 そうか!

 先代の女神を倒した時に…」

「ええ

 その時にその人物も、女神の近くに居ました

 その後界の女神を追って、そのまま行方不明に…」

「その際に拉致されたと?」

「しかしあれでは、人間と言うには…」

「ええ

 彼は国王であり、同時に大きな力を持っていました」

「まさか魔王?」

「それと同等か…

 それ以上の力です」

「信じられん!」


ユミル王からすれば、そもそも人間が大きな力を持つ事が信じられなかった。

しかし今は、実際にイチロやアーネストが目の前に立っている。

その力は、ユミルから見ても魔王以上だった。


「そもそも人間が、何でそんなに力を持っておる?」

「ユミル

 私達が知る人間は、限られた者達だけだ

 獣憑きを見ただろう?」

「獣憑き?

 あの化け物か?」

「止めろ!

 その言い方は私が許さんぞ」

「精霊王…

 分かったよ…」

「獣憑き?」

「ああ

 魔物の様になる人間だ」

「獣化か?

 獣人では無いのか?」

「違う様だ

 ある日病に罹って、それから症状を発症する」

「病気の様な物か?」

「まさか…」

「イスリール?」

「ん?」

「何か心当たりでも?」


イスリールは病と聞いて、他の女神の話していた事を思い出す。

それは病を起こす元となる、ウイルスに魔石を発生する因子を組み込む事だった。

その病の影響で、その世界には居ない筈の魔物が現れていた。

人間を元にする事で、魔物を生み出していたのだ。


「いえ

 私の思い違いの可能性もありますから」

「そう…か?」

「それで?

 精霊王よ、獣憑きがどうしたと言うのじゃ?」

「ああ

 獣憑きに罹った人間は、大きな力を得ていた」

「力って…

 化け物になっただけじゃあ…」

「ユミル!」

「いや、悪い悪い

 がはははは」

「全く…」


精霊王の話では、人間が獣憑きという病に罹る。

そうして病を発症した者は、時々狂った様に獣の様な姿になって暴れるのだ。

それで罹った者は、処刑されるか追放されていた。


「処刑って…」

「仕方が無い事じゃな

 奴等は魔族の奴隷じゃった

 危険な奴隷を飼っておくほど、魔族はお人好しでは無い」

「ユミル…」

「あ…

 ははは…」

「つまり魔物の様に暴れるから、追放するかしょけいしていたのか」

「そうじゃ

 追放された者達は、東の湿原を抜けて去って行った

 今頃生きておるのか…」


イチロはここに来る前に、湿原の東で小さな町や集落を見ていた。

もしかしたら、あれが獣憑きの者達の集落かも知れない。

しかし確証が持てないので、イチロはそのまま黙っていた。


「話を聞く限りでは、それって魔石が形成されたんじゃ…」

「魔石?」

「何じゃと?」

「人間に魔石じゃと?

 そんな事はあり得ん」

「あり得ない事は無いさ

 現にイチロやオレも、体内に魔石を持っている」

「何じゃと?」

「ううむ…

 確かにそうじゃな」

「魔石か…」

「ああ

 魔石の制御が出来なければ、暴走して発狂する

 その際に魔獣の様な、獣化を発症しているのでは?」

「確かにあり得るな

 魔石は危険な諸刃の剣だ…」

「諸刃の…何だって?」

「あ、いや

 これはオレの世界での諺だ

 危険だから武器にもなるが、自身をも傷付ける…

 そういう意味だ」

「なるほど

 確かにそうだな」

「それでは獣憑きになった人間は、魔石を持っていたと?」

「確かめた訳じゃ無いが、その可能性が高いな」

「それでは制御が出来れば…」

「ああ

 暴走する恐れは無くなるな」

「そうか…」

「ううむ

 これは良い事を聞いたぞ」

「しかし喜ぶのは早い

 そもそも何で、そんな病が発症したんだ?」

「それは…」

「界の女神だな」

「何?」

「何じゃと?」


アーネストはその話を聞いて、ギルバートや魔物の狂暴化を思い出していた。


「恐らくは実験だったのだろう

 多くの者が狂暴化すれば、直接手を下さずとも…」

「滅びるか…」

「ああ

 そのつもりで実験したんだろう

 他にもデータを取って、何かに使おうとしたんだろう

 例えば魔物の狂暴化とか…」

「黒い靄か!」

「そうか!

 確かに黒い男は、負の魔力を黒い靄から集めていた

 あれが魔石を生み出させて、回収させる物ならば…」

「黒い靄?」

「ああ

 あの黒い男は、剣で人や魔物から黒い靄を集めておった

 それを使って、魔物の強化や魔物を生み出しておった」

「そもそも不自然じゃったんじゃ

 剣で黒い靄を作るなんぞ…」

「なるほど

 先の病の原理を応用して、無理矢理負の魔力を生み出していたのか

 それが黒い靄になって見えていたと…」

「ううむ…」

「考えれば考える程

 アノ女神が恐ろしい存在に思えるわい」

「実際にそうなんだ

 アノ女神一人のせいで、我々の世界は危機に瀕している」

「そうじゃな

 最早他人事では無い訳じゃな」

「ああ

 だからこそこうして、この地に来たんだ」

「何もあなた達を救う為では無い

 共にアノ女神を止める為に戦って欲しいんだ」

「そういう事なら…」

「うむ

 ワシ等も協力させてもらう」


ユミル王も精霊王も、そう言って頷いていた。

まだまだ続きます。

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