第758話
イチロ達は、遂に妖精の国に辿り着いた
そこでは精霊王達が、まさに魔物に囲まれていた
そこへイチロが飛び出して、飛空艇から飛び降りる
彼は単身、魔物の群れに飛び込んで行った
イチロに続いて、アーネストも飛空艇から飛び降りる
それは普通の人間では、考えられない行動だった
地上から数百mも離れた上空から、そのまま飛び降りるのだ
普通ならそのまま、地上に激突して死んでしまうだろう
「操風に乗る」
しかしアーネストは、風を操ってそれに乗って降りた。
風を起こす魔法はあるが、それは突風や竜巻を起こす魔法だ。
風自体を操って、それに乗る魔法など誰も考えなかっただろう。
しかしアーネストは、風の精霊の助力でそれを可能にした。
「ギル?」
「ぐ…
ぎがあ…」
しかし地上で彼を待っていたのは、黒騎士との対面だった。
黒い騎士はその身体から、ギルバートと同じ魔力を放っていた。
そしてアーネストの言葉に、黒い騎士は激しく反応する。
苦悶の唸り声を上げながら、彼は苦しみ始めたのだ。
「ギル!」
「良いから来るんだ!
お前も魔物に捕まるぞ?」
「くっ…
ちくしょう!」
しかしドワーフ王達を守る為に、イチロと共に世界樹の城に向かう事になる。
ギルらしき者を救いたいが、彼は魔物の群れの中だった。
そのまま留まれば、今度はアーネストも捕まってしまう。
そうなってしまえば、黒騎士同様に女神に操られるだろう。
「ギル…」
アーネストは撤退しながら、黒騎士の方を見ていた。
その両目から流れる涙を拭きながら、彼は静かに決意していた。
必ず女神の手から、救い出すと…。
一方で飛空艇も、魔物に囲まれて大変な事態に陥っていた。
黒騎士が苦しみ出したところで、魔物の攻撃は散発的になって減っていた。
しかし依然囲まれていて、ワイバーンやキマイラが襲い掛かって来ていた。
何とかバリスタやビームキャノンを発射して、魔物を退けている。
しかしこのままでは、いずれ魔物に囲まれてしまうだろう。
「ああ!
もう!」
「イチロは?」
「何とか精霊王と、ドワーフ王を救出したみたいよ」
「良かった…」
「それよりもこっちよ!
アーネストは居なくなるし
魔物はまだ襲って来るし」
「私達も向かいましょう」
「向かうって?」
「あの世界樹の方へ」
ミリアはそう言って、世界樹を指差した。
それは他の木よりも大きくて、抜きん出て森の上に広がっている。
そしてその周辺には、精霊の加護が働いていた。
完全には抑えられ無いが、この場に留まるよりは安全な場所だろう。
「チセ!
あそこに向かえる?」
「無理だよう
魔物が多過ぎるよ」
「ミリア!
アイシャ!」
「分かったわ」
「何とかしてみる」
「チセ」
「ううん…
分かったわよ
やってみるよ」
「お願い」
ファリスはそう言って、魔物の塊の隙を探す。
そこに集中砲火を浴びせて、一気に潜り抜けるつもりなのだ。
そしてレーダーをよく見て、その場所を見付ける。
「ここよ!
ここを狙うのよ!」
「任せて!」
「ありったけの矢を…
お見舞いするわ!」
シュババババ!
ドシュドシュドシュッ!
一斉にバリスタが矢を放ち、レーザーキャノンも発射される。
それで大量の魔物が、その場で墜落したり態勢を崩した。
「チセ!」
「分かったわよ!
いっけええええ」
ヒュオン!
飛空艇は不意に、そのまま横向きに滑る様に移動する。
残っていた魔物も、その移動に巻き込まれて吹き飛ばされる。
メキメキ…!
ズドン!
ガシャン!
数体の魔物が、船体の横にぶつかって潰れる。
重力ジャイロを使っているので、その瞬間には強烈な横Gが船体には掛かっている。
それをまともに食らうので、魔物も無事では済まなかった。
地面に叩き付けられた様に、魔物は舷側に叩き付けられて潰れていた。
「いっけええええ」
「わわわ…」
「チセ!
ストップ!
ストーップ!」
「はへ?」
チセはファリスに言われて、操縦桿から手を放した。
その瞬間に、飛空艇は急速に減速して停まる。
その数m先には、世界樹の枝の一部が迫っていた。
「っぶな…」
「やり過ぎだって…」
「でも、そのお陰で…」
「ああ
何とか魔物の群れから抜けられたな」
飛空艇は魔物の群れから抜けて、世界樹の近くに移動していた。
その代わりに、甲板ではハイランド・オーク達が倒れていた。
下部の船倉でも、騎士達がひっくり返って気絶している。
それだけチセの操縦は、無茶苦茶な物だった。
しかし無茶苦茶な操縦のお陰で、魔物の群れからは抜け出せた。
「無事…とはいかないが」
「何とかなったわね」
「船体は大丈夫なの?」
「あれぐらいなら、自動修復で直るらしいわ」
「自動修復…
生きている木だからかしら?」
「ええ
生きている状態だから、そのまま修復するの
それに大して壊れていないわ」
「大して?
あんなに激しく魔物と衝突したのに?」
「激しく壊れる音がしたわよ?」
「そ、そう?
多分大丈夫よ?」
「本当に?」
「はははは…」
チセは笑って誤魔化していたが、実際には被害は出ていた。
しかしチセが言った様に、破損は自動修復で直る程度だった。
そしてこうしている今も、穴が開いた箇所は修復されていた。
その様子を、騎士達は驚きながら見ていた。
「これは…」
「この船は生きていると言っていたな?」
「ああ
確かにそういう話だった」
「立ち小便しなくて良かったな」
「馬鹿!
本当にする訳が無いだろう」
「え?
お前…立ち小便したのか?」
「してないって
ちゃんとトイレもあるだろ」
「そうだろ?
そんな事するなよ」
「そうだぞ」
「だからしてないって!」
騎士達は、船が生きている事を実感していた。
そして生きているからこそ、不遜な真似は出来ないと感じていた。
立ち小便云々に関しては、仲間の冗談である。
しかしそんな事をしていたら、船で無くともイチロ達に怒られていただろう。
「停まれ!」
「そこの…船?」
「船なのか?」
「ああ
昔見た事がある」
「しかし船が飛ぶのか?」
「良いから!
そこの者!
何しにこの地に現れた」
チセの無茶な運転で、飛空艇は世界樹の近くに停まった。
しかしエルフからすれば、それは新手の敵が現れた様にしか見えなかった。
その異様な物体に、彼等は恐怖していた。
そもそも空を飛ぶ船など、普通は見掛ける事は無いからだ。
「何者だ!」
「ここに何しに来た!」
「武器を下げてちょうだい」
「怖くて姿を見せられ無いわ」
ここで代表として、エルフのミリアが甲板に出る。
ハイランド・オーク達は、魔物なので船室に下がってもらう。
下手に姿を見せれば、エルフ達をより警戒させるからだ。
ミリアの隣には、人間の代表としてアナスタシアも一緒に姿を見せる。
「な、何者だ?」
「私達は別の大陸から、精霊に乞われてこの戦場に来たの」
「私達はこの妖精の国?
ここが魔物に襲われていると聞いて来たの」
「人間?」
「しかしあれは同族だぞ?」
「いや…
見た目はエルフだが…
精霊王様に近い精霊力を持っているぞ?」
「一体何者だ?」
エルフ達はミリアを見て、一瞬安堵する。
しかしその佇まいから、彼女が並みならぬ精霊使いだと感じていた。
実はイチロの仲間である者達は、みなガーディアンと同等の力を秘めている。
そして魔王ルシフェルやアスタロトから、直々に訓練も施されていた。
それでここに居るエルフ達よりも、強い精霊力を秘めていた。
「私は勇者イチロの妻の一人、エルフ族のミリアーナと申します」
「私は人間のアナスタシアだよ
私もイチロの…むぐむぐ」
「あなたは黙ってなさい
話がややこしくなります」
「酷いよ
ボクもイチロの…」
「今はまだ、養女でしょ?」
「むう…」
アナスタシアとエレオーネも、イチロの妻候補ではある。
しかしイチロは、二人が幼いからと養女として引き取っていた。
二人はイチロの事が好きで、妻になると言ってはいる。
しかし妻になるという事の意味を、彼女達はまだ理解していないのだ。
「勇者イチロだと?」
「ええ
もうすぐ精霊王と、ドワーフ王が戻って来ます」
「お二人は無事なのか?」
「ええ
何とか間に合いました」
「それではその勇者とやらが?」
「そうです
精霊に乞われて、この地にやって来ました」
「おお!」
「精霊様が仰っておられた、援軍というのは貴殿達の事か?」
「恐らくそうでしょう」
「おお…」
「助かった…」
援軍が現れたという事で、エルフ達は安堵の笑みを見せる。
何よりもイチロが、精霊王とドワーフ王を救ったのが大きかった。
彼等も王が魔物に囲まれた時に、救出に向かえなくて不安になっていたのだ。
あまりにも多い魔物の群れに、彼等は城を守る事で手一杯だったのだ。
「それでは魔物が退いたのは、貴殿達が倒してくれたからか?」
「もう魔物に怯えないで済むのか…」
「良かった…」
「いいえ
それは違います」
「何?」
「さっき確かに、援軍に来たと…」
「勇者が王を助けたと…」
「ええ
確かにそう申しました
しかし魔物が引いたのは、恐らく別の理由でしょう」
「別の理由?」
「それは何だ?」
「分かりません
しかし今は、そんな事はどうでも良いでしょう?
先ずは負傷した者達の収容を…」
「そ、そうだ!」
「魔物に襲われた者達はどうなった?」
「魔物が近くに居ないのなら、今が好機だ」
「救える者は収容するんだ」
エルフ達は枝を伝って、世界樹の周りを確認に向かう。
精霊王達がはぐれた時に、戦場に出ていた兵士は多く居たのだ。
そんな彼等も、魔物に襲われて負傷するか命を落としていた。
まだ息がある者で、救えそうな者は居ないのか?
エルフ達は枝を器用に渡って、下の様子を確認に向かった。
「私達の中にも、神聖魔法を使える者が居ます」
「それにポーションもあるよ」
「助かります」
「負傷者を集めてください」
「はい」
神聖魔法に関しては、神官であるファリスが使う事が出来る。
アナスタシアも少し扱えるが、まだまだ初歩的な回復魔法しか使えない。
そこで大きな傷を負った者は、ファリスが看る事となった。
今回は女神が起こした戦争なので、イスリールも大幅に許可を出していた。
それで部位を欠損した者も、神聖魔法で回復させられていた。
「え?
欠損した腕が?」
「ここまでの回復が出来るのか?」
「まるで奇跡だ…」
「本来は使ってはいけない魔法なの
だけど今回は特別よ」
「今回って?」
「そうね
それは後で話があるわ
先ずは精霊王とドワーフ王と話してからね」
女神の事は、未だに伏せられていた。
そして魔物が味方して、船に乗っている事も隠されている。
彼等だけに話しても、余計な混乱を生むからだ。
「聖なる癒しの力よ
この者の傷を癒し、再び歩ける力を与え給え」
「お…
おお!」
「足が!
足が元に戻った」
「良かったな」
「ふう…」
さすがに数十人の負傷者を看ていると、ファリスも疲れて来ていた。
しかし軽い負傷はポーションで癒せても、欠損や抉れた傷は高位の魔法でしか治せなかった。
「こんな事なら、あのお姫様も連れて来れば良かったわ」
「無理じゃ無いの?
ファリスはアス様に教えてもらったんでしょう?」
「そうよ
アスタロト様は厳しかったわよ」
「でもあのお姫様、そんな人は居ないでしょう?」
「それもそうね…
知らない可能性もあるわね」
「でしょう?」
アナスタシアの考えは、正鵠を射ていた。
今のアース・シーでは、そこまでの神聖魔法は伝わっていなかった。
そもそも女神が、高位の神聖魔法を禁じていたのだ。
それは暗黒大陸だけではなく、アース・シーでも同じだった。
イスリールや茨の女神のふりをして、界の女神が禁止していたのだ。
「それより次の人が来たわよ」
「すいません
こいつ、オレを庇って…」
「ドワーフなんだが、死なせたくない」
「頼む」
「どいて」
「腹を…
魔物に切り裂かれて…」
「ポーションで血止めはしたが、抉られていて…」
「良いから!
聖なる光の精霊よ
我が声に耳を傾けて
聖なる癒しの光よ…」
ファリスは懸命に精霊に祈り、神聖魔法を行使する。
抉られた箇所は、出血自体はポーションで止まっていた。
しかし内臓も激しく損傷していて、このままでは数時間ももたないだろう。
ファリスの祈りが届き、聖なる光がドワーフを包む。
「この者を癒し、生きる力を与え給え」
「おお!」
「傷が塞がって行く…」
「ふう…」
「もう大丈夫だから
向こうに運んで休ませてあげて」
「傷は塞がったけど、血を多く失っているわ
ポーションを飲ませて、意識が戻ったら食事をさせてあげて」
「ああ…」
「助かったのか?」
「良かった」
「女神様だ」
「止めてよ
本当の女神は別に居るのよ」
「そうよ」
「すまなかった」
「感動してしまってつい…」
「あんな性悪女神なんかと一緒にされたら、気分が悪いよな」
「それは…」
「ファリス
今は駄目だよ」
「そ、そうね…」
「ん?」
エルフ達はファリスの言いかけた言葉が気になったが、仲間の事の方が大事だった。
そのままドワーフを抱えると、休ませる為に城の一室に運んで行った。
こうしてファリス達は、エルフやドワーフ達の負傷者を助けた。
この事が後に、大きな意味を持って来る事になる。
そして負傷者を治療している内に、ドワーフ王達が戻って来た。
その傍らには、イチロとアーネストの姿もあった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




