第755話
イチロ達は、再び飛空艇で夜を明かす事になる
このまま進むのは、夜間の暗がりでは危険だからだ
夜の暗闇の中では、高い山や谷間の岸壁を視認し難い
そんな状態で進むのは、目隠しをして進む様なものだ
飛空艇を空中で停めて、一行は中で食事をする
そうして英気を養って、明日の戦いに備える
明日は魔物が集まっている、妖精の国へ到着する予定だ
今頃はその場所では、魔物との激しい戦闘が行われているだろう
「急いで向かいたいけれど…」
「そうね
ミリアが不安になるのはしょうが無いわ
だけど今は無理ね」
「そうよ
アーネストが山に突っ込んだら…」
「おい!
オレのせいか?」
「そうじゃ無いけど…」
「危ないからね…」
「何だかそこだけ聞くと、オレが危ないみたいじゃないか」
「まあまあ
危険なのは本当だ
オレの世界では、夜間は道に灯りが灯っていたが…」
「道に灯り?」
「ああ
オレ達の世界では、車って便利な乗り物があるんだ
しかし夜間は真っ暗だろう?」
「ああ
まるで周りが見えないな」
「ああ
だから危険だからな
まあ、灯りがあっても事故は起こっていたがな…」
「何だ
便利って言っても、危険なんだな」
イチロの言葉に、アーネストは不満そうに答える。
「危険じゃ無いぞ?
本来なら安全な筈なんだ
しかし運転する者が危険だと…」
「ああ
それは納得ね」
「そうだな
あんな危険な操縦だとな…」
ここでみなは、一斉にイチロの方を見る。
「な、何だよ?」
「イチロの操縦はね…」
「ああ
危険だったな」
「そうそう
みんな目を回したわ」
「あれはアーネストが、操縦させてくれなかったから…」
「操縦中に手を離したら、もっと危険だろうが」
「そうよ
そういうところが危険なのよ?」
「イチロ
その車ってヤツも、操縦中に手を離したら危険じゃ無いのか?」
「う…
それは、そのう…」
「ほらな」
「危ないですわ」
「危険ね…」
「やっぱりイチロには任せられないな」
イチロの運転には、みなが危険だと不安視された。
それに対してイチロは、不満そうに不貞腐れていた。
しかし実際に、イチロは危険な行為をしていた。
それで一行は、イチロには二度と操縦させないと決めていた。
「そういえば、車ってどんな物なんだ?」
「イスリール?」
「止めておいた方が良いわ
この世界には、まだ早い物だわ」
「だそうだ」
「早いって…
飛空艇も十分に…」
「これは仕方が無かったのよ
それにアスタロトが管理していたわ」
「そうだな
本来ならば、世には出ていなかった物だ
そう考えるならば、アスタロトだけが知り得ていた物だな」
「それで良いのか?」
「ええ
アスタロトがこの様な状況を想定して、事前に作っていたのよ?
それ以外には使う用途も無かったでしょう」
「だから問題無い…か」
車の存在を教えるのは、この世界の文明に悪影響を与える。
女神イスリールは、そう考えて教える事を禁じた。
それは飛空艇とは、状況が違っているからだ。
飛空艇はあくまでも、アスタロトが独自に研究して開発していた。
それに今回の様な事態が無ければ、そのまま世には出なかっただろう。
また、女神はこの世界に科学が入る事を恐れていた。
魔法と科学が融合すれば、強力な兵器の開発にも繋がる。
現に竜神機という、危険な兵器も開発されていた。
そんな物が増えてしまえば、この世界に悪影響を与えるだろう。
「車はそんなに危険な物なのか?」
「いや、作りは簡単だし…」
「イチロ」
「ああ…」
「ん?」
「アーネスト
この世界は魔法が主になっています」
「ああ
精霊が居るからな
それが何か?」
「魔法に科学…
車の様な科学の力が加わるのが危険なの
竜神機を見たでしょう?」
「あ…」
イスリールに竜神機と言われて、アーネストは思い出した。
確かに竜神機は、便利で強力な兵器だった。
しかし逆に言うと、危険な兵器でもあった。
あれが界の女神や魔物の手に渡れば、人間は間違い無く滅ぼされるだろう。
「界の女神が…
茨の女神が倒れた時にキレていたでしょう?」
「ああ」
「あれは権限のほとんどを、茨の女神から奪えなかった事もあるけど…
竜神機を使えなかった事もあるのよ」
「竜神機を?」
「ええ
あれを界の女神が使っていたなら、あなた達は瞬殺されていたわよ?」
「瞬殺って…」
「間違いは無いわよ
バスターランチャーやハイビームキャノンを使われていたら…
分るでしょう?」
「バスターランチャーってあの?」
「ええ」
「むう…」
バスターランチャーやハイビームキャノンは、アーネストも威力を見ていた。
だからそれを引き合いに出されると、さすがに勝てるとは言えなかった。
恐らくルシフェルやアスタロトが万全でも、あれには勝てなかっただろう。
だからこそ、そんな物に繋がる恐れがあると言われると、納得するしか無かった。
「科学か…
そんなに危険な物なのか?」
「そうでも無いぞ
魔法が無くても、色々と便利な…」
「イチロ!」
「すまない」
「確かに便利よ
だけどそんな便利な知識が、魔法と同様に簡単に使えたら?」
「みなの生活が良くなるだろう?」
「それだけじゃ無いの
それで兵器が作れるから」
「兵器か…
そんなに簡単に作れるのか?」
「あ…
確かに簡単に作れるかもな
最初は大した事は出来ないが…
弓矢が弩弓になるみたいに…」
「あ!
そういう事か」
この比喩は、アーネストにも分かり易かった。
つまり科学を使えば、弓矢を弩弓に変える様な事が簡単に出来るのだ。
科学は知識なので、その度合いによって大きく変わって来る。
より多く科学を身に付ければ、竜神機の様な物が作れるという事なのだろう。
「つまり科学を学べば、それを力に変えれる可能性がある
だからこの世界では、科学は危険な物なのだな?」
「そうね
その考えが正しいわ」
「イスリール…」
「イチロ」
「分かったよ…」
イチロはさらに、何か言いたそうだった。
しかしイスリールに止められて、イチロはそれ以上は発言出来なかった。
実はイスリールが最も恐れたのは、科学と魔法の融合だった。
科学で不完全だったエネルギー源を、魔法で補える可能性がある。
現に飛空艇が、その可能性を示していた。
飛空艇のエンジンを竜神機に組み込めば、半永久的に破壊活動を行えるだろう。
それこそが女神達が、最も恐れている事だった。
「さあ
明日はいよいよ魔物の居る場所よ」
「そ、そうだな」
「早く休みなさい」
「あ、ああ…」
イスリールはそう言って、話を終わらせる事にした。
アーネストはイチロの、何か言いたげな様子には気が付いていた。
しかし女神が止めるぐらいなので、良く無い内容だと推察出来た。
だからアーネストも、それ以上は聞く事はしなかった。
翌日は早朝から、イチロ達は起き始める。
早く妖精の国に向かう為に、朝から飛ばすつもりだったのだ。
既に騎士も起き始めて、装備の点検を始めていた。
ハイランド・オーク達も起きて、自身の装備と弩弓の準備を始める。
「さあ
急いで妖精の国に向かうわよ」
「ああ
可能な限り急ごう」
「そうだな
しかしこの先は…」
「そうね
恐らくは魔物の群れに突っ込む事になるわ」
「アイシャは弩弓を、ミリアはレーザーキャノンの準備をしてくれ」
「分かったわ」
「弩弓の弾は用意されているわ
後はレーダーを見ながら、照準を合わせるだけよ」
「うむ
頼んだぞ」
「ええ」
「任せて」
飛空艇の武装の用意も出来て、ハイランド・オーク達も甲板に出て待機する。
ファリスはレーダーを確認して、アーネストが操縦桿を握った。
全ての準備が整って、一行はイチロの方を見る。
「準備は出来たわ」
「いつでも行けるぞ」
「よし!
飛空艇エリシオン号、発進!」
「おう!」
イチロの号令で、アーネストが操縦桿を押し込む。
飛空艇は最初、ゆっくりと西に向けて動き始める。
西に向けて進み始めると、アーネストはさらに操縦桿を押し込む。
それで飛空艇は、速度を上げて西に向かって飛び始めた。
「魔物の群れは?」
「今のところは居ないわ」
「周囲の地形は?」
「問題になる様な山や谷は無いわ
あ!
アーネスト
そこを少し右に曲がって」
「右だな?」
「ええ
そこの谷を抜けるわよ」
飛空艇は速度を上げて、険しい山脈の麓の谷を抜けて行く。
谷を抜ける事で、山脈の上を迂回して進む事が出来る。
ファリスは意識していなかったが、その進路は間違っていなかった。
そのまま山脈の上を通っていれば、空気の薄い場所を通過する事になっていただろう。
いくら精霊の加護があっても、山脈の上を通るのでは事情が違って来る。
空気が薄くなるので、高山病に罹る可能性もあるのだ。
飛空艇は高い山脈を避けて、谷間を抜けて西へ進む。
そうして暫く進むと、今度は南へ向かって進路を変更する。
「ここから少し、左に曲がって」
「左か?」
「ええ
谷間を抜ければ、今度は平原が続くわ
このまま西に進むと、進路が違ってしまうわ」
「分かった
左だな?」
「ええ
指標に従って、そのまま進んで」
詳細な地図は無かったが、魔力の集中している方角は確認出来た。
それで飛空艇は、その魔力の集まる場所に向けて進む。
そのまま魔力の集まる方角に進むと、次第に地面に焼け焦げた跡が見られる様になった。
それは魔物が、見付けた人間を襲った跡だった。
「これは…」
「襲撃の跡ね」
「集落以外にも、逃げ出した者達も襲ったのだろう…」
「酷いわ」
「これ以上の凶行は許されないな」
「ええ
急ぎましょう」
飛空艇は速度を維持して、そのまま南西に向かって進む。
それから一度、西に向けて再度方角を変更する。
このまま後は、魔力の集まる場所に向かうだけだった。
そのまま飛空艇は、妖精の国に向かって進んで行った。
「魔力反応!」
「魔力反応赤
魔物の群れだわ」
「来たか…」
「飛行型の魔物…
ワイバーンが20体
キマイラも12体居るわ」
「魔物の群れとの前哨戦だ
アイシャ!」
「任せて」
「イチロ
私は?」
「ミリアはそのまま、魔物が接近するまで待て」
「分かったわ
近付いてから撃ち落とすのね」
「ああ
レーザーキャノンでは飛距離が短いからな」
イチロの説明は、実は少し誤りがあった。
実は弩弓の方が、飛距離では短かった。
しかしレーザーキャノンは、大気中で霧散してしまう。
イチロはその事を知っていて、長距離では威力が出ないと判断していた。
「魔物が近付いて来るわ」
「そのまま進むんだ
素材の回収は考えなくて良い」
「ええ!」
「チセ!
今は妖精の国に向かう事が優先だ」
「うう…」
ドワーフのチセとしては、魔物の素材は魅力的だった。
しかし素材を回収するには、飛空艇を停める必要があった。
それに魔物を、飛空艇の甲板上で倒す必要もあった。
今は妖精の国に向かっている途中なのだ。
だからここで、無駄に時間を費やしている暇は無かった。
「照準を合わせたわ」
「距離…
30…20…攻撃範囲内に入ったわ」
「撃て!」
「弩弓発射!」
シュバババ!
ドスドスドシュッ!
グギャアアアア
ギャオオオ
バリスタの矢は魔物に刺さり、そのまま数体のワイバーンが墜落する。
キマイラは警戒したのか、少し離れた場所に待機していた。
ワイバーンだけが向かって来るので、アイシャはワイバーンを狙ってバリスタを撃った。
そうして首や胴に矢を受けて、ワイバーンは次々と墜落する。
「さらに増援が…
ワイバーンが群れで来ます」
「くそっ
しつこいな」
「大丈夫よ
弩弓の弾は十分にあるわ」
アイシャはバリスタを操作して、次々とワイバーンを叩き落す。
しかしここで、キマイラも飛空艇を敵と認定した様子だった。
吠え声を上げると、キマイラの周辺に黒雲が発生し始める。
それは電気を帯びていて、周辺に放電して光っていた。
「くっ
キマイラの落雷か…」
「大丈夫よ!
シルフの子供達が居るわ」
「精霊の子達か?」
「ええ
加護を使ってくれているわ」
ゴガアアアア
パチン!
ドゴン!
その直後に、キマイラの咆哮に合わせて落雷が起きる。
キマイラは魔法を使って、落雷を落す事が出来る。
肉弾戦以外にも、こうした遠距離の攻撃手段も持っているのだ。
しかし落雷は、飛空艇の周囲を素通りして地面に落ちた。
精霊の加護の力で、落雷は飛空艇の周りを通り抜けた。
シルフの加護なので、風の結界が張られているのだ。
落雷はその結界に阻まれて、飛空艇の直撃を避けていた。
そうして飛空艇を避けて、地面に落ちた行った。
「ふう…
凄いな」
「ええ
だけどこれで、キマイラの魔法も怖く無いわ」
「後は咆哮と、尻尾の毒液だな」
「だけど近付いて来ないわ
ワイバーンが落とされたのを見ているのね」
「ううむ
少しは知恵が回るか」
キマイラはワイバーンが落とされたのを見て、飛空艇に近付くのを危険だと判断していた。
それで魔法を使って、飛空艇に落雷を落していた。
しかし肝心の落雷も、飛空艇の周りの結界に阻まれていた。
まさかキマイラも、落雷を防がれるとは思ってもいなかったのだ。
そもそもキマイラの、落雷の魔法は強力だった。
金属に通り易く、周辺に続けて落雷を落せる。
そういう意味では、キマイラの落雷は強力な魔法だったのだ。
今回は精霊の加護があったので、防ぐ事が出来ていた。
「キマイラが近付いて来たわ」
「ここは私の番ね
食らいなさい」
キュイイイイン!
バシュバシュバシュッ!
ミリアは引き金を引いて、レーザーキャノンを発射した。
まだまだ続きます。
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