第752話
エルフの兵士達は、決死の思いで魔物を偵察して来た
彼等は黒騎士の様子を見て、攻撃したい気持ちを押さえるのに苦労していた
しかしそれは、成功する可能性が低かったのだ
彼等は気付いていなかったが、魔物に発見されていたからだ
兵士達はユミル王に、黒騎士が行った非道も報告した
それは負傷して拉致された兵士達が、黒騎士に殺された事だった
しかも黒騎士は、彼等から生気を奪っていた
その話を聞いて、エルフの兵士達は憤っていた
「何て事だ!」
「くそっ
許されない事だ」
「何でその場で殺さなかった!」
「まあ待て!
見付かってしまえば、この報告も無かったのだぞ」
「それはそうですが…」
「その場で倒せていれば」
「その可能性も低かったのだろう?」
「ええ
屈強な魔物に守られていました」
「それに疲弊していたとしても、躱された可能性は十分にあります」
「我々は離れた場所から見ていましたから…」
エルフの兵士達は、砦の見える樹上から偵察していた。
勿論エルフの兵士なので、正確に頭部を狙う事は出来ただろう。
しかしあれほどの戦士が、簡単に射抜かれるとは思えなかった。
それに周りの魔物も、飛んで来る矢に気が付く可能性は十分にあった。
「兎も角、あの黒い男とはいずれ決着を付ける必要がある
しかしそれは、狙撃などといった簡単な事では無かろう」
「そうですね
そんなに簡単では無いでしょう」
「それよりも今は…」
「そうじゃのう
魔物に再び力を与えてしまった」
「そうじゃな
犠牲者が居た以上、奴等は再び力を手にしておるじゃろう
気を引き締めて行かねばな」
「はい」
「そうじゃやな」
「周辺を警戒しつつ、休める者は休んでおけ」
「はい」
「ユミル王様は?」
「ワシは精霊王に報告しておく
明日の作戦も考えなければならん」
「分かりました
こちらでも何か考えておきます」
「うむ
頼んだぞ」
ユミル王はそう言って、頷いてから城の中に向かった。
精霊王は、この時間なら精霊に加護を祈っている筈だ。
ユミル王は精霊王に会う為に、彼の居室に向かって階段を登った。
精霊王は、彼の予想通り居室に籠っていた。
「ユミルか
どうだった?」
「策は成功した
仕掛けも上手く起動した」
「その割には浮かない表情だな?」
精霊王はそう言って、ユミルに席に座る様に促す。
「どうしたのじゃ?」
「策は上手く…
そう、上手く行ったと思った」
「思った?」
「ああ
多くの魔物を巻き込んでな
ちと勿体無いぐらいじゃが…」
「目標の達成は出来たんじゃな?」
「ああ
五千は倒したと思う」
「良かったじゃないか」
「そうでも無いさ」
ユミルはそう言って、肩を竦めて不満そうな表情を浮かべる。
「何が問題なんじゃ?」
「奴を倒せなんだ」
「奴?
あの黒い男か?」
「ああ
上手く砦には引き留められたのじゃが…」
「逃げられたのか?」
「なら良かったのじゃがな…」
ユミル王は首を横に振りながら、起こった状況を説明する。
「奴は砦の中に居たんじゃが…
剣をこう振ってな…」
「剣を?
あの魔剣か?」
「ああ
それで炎の罠も無効化されてな…」
「そうか!
あの魔剣には、魔力を打ち消す効果もあったな」
「ああ
恐らくその効果で、魔法で作られた炎も切り裂いたのじゃ」
「くっ…
他にも仕掛けを作っておれば…」
「仕方が無いじゃろう?
あの砦だって、突貫で何とか間に合わせたんじゃ
外の城壁も、その後に何とか作ったからのう」
「むう…」
砦に関しては、たったの数日で作り上げていた。
ドワーフの工夫が作ったからこそ、何とか魔物が来る前に完成していた。
そうで無ければ、魔物が迫っても半分も出来上がっていなかっただろう。
その後に砦を攻撃出来る様に、城壁も建造される事になった。
城壁は魔物が現れた頃に、何とか完成する事が出来た。
「魔物の接近が遅れたからこそ、城壁も作る事が出来た
そうで無ければ、砦の完成も怪しかったじゃろう」
「そうじゃな
魔物が侵攻を遅らせた事が、準備の時間を稼ぐ余裕を生んでいた
しかし結果としては…」
「そうじゃな
あれほどの仕掛けでも、奴は生き残っておった
じゃからもっと大掛かりな仕掛けでも、倒せたかどうか…」
「そうか…
やはり手強い存在じゃな」
「ああ
奴はガーディアンなのでは?」
「先にも話したじゃろう
それはワシ等にも分からん
精霊が知っておるのは、奴が急に現れた事だけじゃ」
「そうか…」
精霊王にしても、黒騎士の情報はほとんど持ち合わせていなかった。
精霊に確認しても、精霊ではガーディアンかどうかは分からないのだ。
魔力の大きさからは、黒騎士はガーディアンの可能性を秘めている。
しかしガーディアンかどうかは、女神しか知らないのだ。
「魔力の大きさで言えば、十分な素質はある様じゃが…」
「精霊達は?」
「精霊があの男を、ガーディアンでは無いかと疑っておる
しかし確証が無くてのう…」
「そうか…
確証が無いか…」
「ああ
じゃから可能性は高いとは思う
それに魔物の群れも…」
「女神が放ったからのう」
「うむ」
魔物が現れたのは、女神の仕業とは確信されていた。
精霊達も、女神以外にはあり得ないと話していた。
それに自然発生するには、魔物の数は多過ぎるのだ。
ファクトリーを使う以外に、あれほどの規模はあり得ないだろう。
黒騎士が増やしたにしては、最初の数も多過ぎるのだ。
「女神が魔物を先導する為に、あの男を作った…
そういう事か?」
「その可能性が高い
精霊達もそう考えておる」
「そうか
それならばガーディアンの可能性も…」
「ああ
高いじゃろうな
じゃが、先にも言った様に確証は無い」
「そうじゃのう」
確証は無いが、条件は十分に揃っている。
恐らくは黒騎士は、女神が新たに用意したガーディアンである。
そして魔物を先導して、人間を滅ぼそうとしている。
それは精霊からも、警告として伝えられていた。
「女神は本気でワシ等を…」
「精霊はそう考えておるな
そもそも何度も、それらしき兆候はあったじゃろう?」
「それはそうなんじゃが…」
「魔族と獣人の戦争
人間を滅ぼす為の謎の病」
「しかしあれは…」
「確かに人間と、一部の魔族にしか効果は無かった
それに収束してはおる
しかしその原因がのう…」
「うむ…
確かに不自然な流行り病じゃった」
暗黒大陸では、数十年前に大規模な流行り病が流行していた。
人間が少なくなったのも、この流行り病が原因であった。
突如倦怠感に襲われて、全身が猛烈な痛みに襲われる。
そして生き残れても、狂暴な獣人化を起こす病であった。
病に掛かった人間や魔族は、不定期に急激な飢えに襲われる。
その飢えを満たされなければ、獣化して周りの人間を襲うのだ。
特に重症な者は獣化しては、周りの人間に襲い掛かった。
それで病に掛かった者は、殺されるか国を追放されていた。
東にある魔族の国は、その時に追放された者達の国なのだ。
「あれも女神の?」
「うむ
精霊はそう睨んでおる」
「しかし何でまた…」
「分からん
じゃが明らかに不自然じゃ」
「それはそうなんじゃが…」
「あんな病は、今まで無かった
しかも急に発症しだしたからのう」
「そうじゃな
じゃから祟りなどとも言われておった」
病は不意に広まって、あっという間に被害者を増やした。
しかも罹る対象が、奴隷や平民である魔族だけであった。
それで罹った者達は、国外に追放されるか殺されていた。
そうして追放された者達が、東に抜けて国を興したのだ。
この病に罹った者は、定期的に急激な飢えに襲われる。
それがこの病の恐ろしさであり、獣化する兆候だった。
しかし飢えに襲われなければ、獣化する事も無かった。
東に逃れた者達の多くが、この飢えに襲われる事が無かった。
獣化する者が目立って、この病の症状は詳しく究明されていなかった。
だから薬も無ければ、予防する方法も無かった。
罹った者を追放する内に、罹る者が現れなくなったのだ。
だからこそこの病を、呪いや祟りと言う者も少なく無かった。
「祟り…
本当にそうであれば良かったのじゃが」
「そうじゃな
精霊の加護が予防になるとは、奴等には予想出来なかったのじゃろう」
病の原因になる物は、魔力を帯びた寄生虫が原因だった。
これは魔力を糧にするので、魔族で被害が大きかった。
人間が襲われたのは、人間も僅かながらに魔力を持っているからだ。
魔族の方が魔力が大きいので、より多くの被害を生んでいた。
妖精やドワーフには、精霊が身近に住んでいる環境だった。
この精霊の加護が、寄生虫である魔物を抑え込んでいた。
寄生される事が無ければ、発症も獣化も起こらない。
それで彼等には、この病は無関係であった。
その事がさらに、病が呪いや祟りと言われる原因となっていた。
「よく考えてみれば、あれが魔物が現れる兆候じゃったのじゃろう」
「魔物?」
「ああ
考えてみろ
あれが普通の病じゃと思っておったのか?」
「いや、そうじゃが…
原因が魔物?」
「ああ
ワシ等は詳しく調べる機会があった
じゃから寄生虫を発見した」
「寄生虫…」
寄生虫と聞いて、ユミル王は顔を歪めて嫌そうにしていた。
見た目は強面の王なのだが、その様な虫は苦手なのだ。
特に地中に潜むワームは苦手で、今も寄生虫と聞いて背中がむず痒くなっていた。
それで嫌そうな表情で、背中をぼりぼりと掻いていた。
「虫は苦手じゃ」
「これ
寄生虫はその様な虫では無いぞ」
「虫は虫じゃ
どうせ細長くて…うにょうにょと
ああ!」
ボリボリ!
ユミル王は想像して、再び背中を掻き始めた。
「お主は全く…」
精霊王はそんなユミル王を見て、嘆息を漏らしていた。
「まあ、この寄生虫が病の原因でな
ワシ等もじゃが、お主らもノームが側に居ったじゃろう?」
「ん?
精霊に関係があるのか?」
「精霊が側に居れば、寄生虫も魔物じゃ
恐ろしくて近付けんのじゃ」
「精霊を恐れてって…
それじゃあまるで、精霊の加護じゃ…」
「ああ
まさにその通りじゃ」
「それじゃあ本当に魔物が?」
「ああ
寄生虫と言われておったが、あれは魔物じゃ
寄生虫の魔物じゃな」
「そんな気持ちの悪い物まで…」
「ああ
普通ではあり得ん生き物じゃ
それに魔力を糧にしておった」
精霊や精霊王からすれば、この当時から女神が画策していたと考えていた。
実際に魔族では混乱が起こり、内乱の火種が生まれていた。
そしてこの災いは、獣人が原因だという妄想まで生まれていた。
この事が原因で、魔族は獣人の国を攻める事になる。
「獣化に内乱…
それに祟りか…」
「ああ
もっともそれが無くとも、いずれ魔族は獣人と戦っておったじゃろうがな」
「そうだな
女神はそれを望んでおった」
女神は表では、魔族と獣人の戦いを嘆いていた。
しかしその後の行動は、どちらかを滅ぼそうとしている様に見えた。
獣人には魔族の選民思想を非難し、魔族には獣人の奴隷制を止めさせる様に訴えていた。
それで魔族と獣人は、長い戦争を無為に行い続けていた。
「あ奴等は気付いておらなんだが…
あれは互いに消耗させる為じゃったな」
「ああ
今ならハッキリと分かる
それを狙っておったのじゃろう」
魔族と獣人は、20年前に一先ずの和解を果たしていた。
それも女神が間に入って、両者に和解する様に求めたのだ。
この時にはさすがに、精霊王も女神を褒めていた。
その裏にどんな策略があるのか、誰も気が付いていなかったのだ。
和平が結ばれた事で、大きな戦は行われなくなる。
それで作られていた城塞も、一部が放棄される事となった。
それが魔物が攻め易くする為の、作戦とは気付かなかった。
そうして魔族も獣人も、国境への防備が手薄になっていた。
「なるほどな
全体の数を減らしてから、国境に隙を作らせたのか」
「そう睨んでおる
そうで無ければ、あまりにも都合が良過ぎるじゃろう?」
「そうじゃな
確かに場所が良過ぎる…」
魔物が現れた場所は、ちょうど魔族と獣人の国境付近なのだ。
両者が和解して数年が経ち、ちょうど油断しているところだったのだ。
そこまで計算していたのなら、両者を和解させる意味もあるだろう。
「そもそもの話
戦の原因も女神だったと言う訳か?」
「そうじゃと思っておる
獣化する者を、獣と呼んで国外に追放させたのじゃ
獣人達が怒るのも当たり前じゃろう」
「そしてその病の原因が、獣人の呪いという訳か?」
「そういう事じゃ
これで魔族と獣人が、双方を憎んで戦う
これも女神の考えの一部だったのじゃろう」
「そう考えれば、相当長い時間を掛けて用意したんじゃろうな」
「そうじゃな
あれだけの魔物も作っておる
長い計略じゃったのじゃろう」
「しかし…
一体何故じゃ?
選民思想や奴隷制も女神の扇動の可能性があるのなら…
何が原因なんじゃ?」
「分からん
そこまではワシ等にも分からんのじゃ」
女神は今、選民思想や奴隷制を批判している。
そしてそれを行う者に、天罰を下すと託宣をしていた。
そうした託宣の直後に、魔物が現れて襲い掛かって来たのだ。
しかしその理由すら、女神が誘導した可能性があるのだ。
「一体何が気に食わんのじゃ?」
「さあのう…
しかし今回は、ワシ等も滅ぼす気なんじゃろう」
「そうじゃな
でなければあの様な、危険な者は作らんじゃろうな…」
黒騎士は彼等にとって、それほどに恐ろしい存在であった。
単なる魔物を先導するだけでなく、彼自身が危険な兵器であるのだ。
彼等はその恐るべき、黒騎士への対応に苦慮するのであった。
まだまだ続きます。
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