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聖王伝  作者: 竜人
第二十三章 甦った勇者
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第751話

黒騎士の攻撃で、ドワーフ達は手痛い被害を受けていた

城壁で弩弓(バリスタ)を起動していた兵士が、多く斬撃の被害に巻き込まれていた

そしてエルフの兵士達も、樹上で斬撃を受けていた

ドワーフほどでは無かったが、それで命を落とした兵士も少なからず居た

黒騎士は斬撃を放って、ユミル王達に手痛い反撃をしていた

それは樹上に居た兵士達も、巻き込んで切り裂いていた

10m近く離れた樹上にまで、強烈な斬撃が届いていたのだ

それは恐ろしく、ドワーフ達の戦意を挫くには十分だった


「飛ぶ斬撃ですか…」

「ああ

 樹上まで届くとは思わなんだわい」

「そうなると、樹上でも安心とは言えませんね」

「ああ

 迂闊には近付けなくなったわい」

「そうですね…」


たった三回とはいえ、樹上に居ても狙われるのだ。

これでは加護が効いていても、下から狙い撃ちされる事になる。

それは黒騎士に対して、迂闊に攻撃出来ない事を意味していた。

加護の中で近付いても、遠距離から攻撃されては意味が無いからだ。


「それで斬撃とは…」

「うむ

 あの黒い男が放つ斬撃じゃ

 当然生気を抜かれて…」

「ああ!

 それでは仲間は?」

「うむ

 負傷した程度では、無事な様子じゃったが…」

「中にはそのまま黒い靄が出て、生気を抜かれておったわい」

「私の友も…

 腕に食らってそのまま…」

「また黒い靄ですか…」

「うむ…」


黒騎士の攻撃を食らえば、高確率で黒い靄が出て来る。

それはその者の魔力や、生命力を黒い靄として引き出す。

そして靄が出た者は、そのまま生気まで抜かれて死んでしまう。

それも生命力を吸われて、身体は塵となって消えてしまう。


「奴の攻撃には、生命力を吸い出す効果がある

 あれを食らっては、後は塵になるしか無い」

「そうですね

 これまでもみな、そうやって殺されていましたね」

「あの攻撃は何なんですか?

 何であの黒い男は、そんな事が出来るんです?」

「それは分からん

 しかしあんな事が出来るからには…

 魔族の可能性が高いのう」


魔族は魔力が生まれつき高く、色々な魔法を使う事が出来る。

特に角持ちの魔族は身体能力も高く、身体強化と魔法の両方が使える。

それで角持ちの魔族は、魔族の中でも貴族になる者は多かった。

ユミル王はそこから、黒騎士が魔族ではないかと推測していた。


「魔族ですか?」

「ああ

 あれほどの力を持っておる」

「そうですね

 獣人なら、そんな魔法みたいな事は出来ませんですよね」

「斬撃を飛ばす…

 獣人ならそんな事はしないでしょう」

「そうじゃな

 そのまま向かって来たじゃろう

 しかし魔族か…」

「複雑ですね」

「魔族の王都は落とされていますね」

「その中の一人だった?」

「どうじゃろうな…」


黒騎士が現れた時期は、魔族の王都が落ちた後だった。

もしかしたら、その前から彼は居たのかも知れない。

しかし黒騎士が見られる様になったのは、王都から南に向かってからだ。

魔物が現れた報告も、王都が落ちた後だったからだ。


「そもそも魔物は、何処から現れたんでしょう?」

「今はそんな事を…」

「いや

 疑問に思うのも当然じゃろう

 しかし時間が惜しいからのう、手短に話すぞ」

「はい」


ユミル王はそう前置きをして、エルフの兵士達に説明をした。

ドワーフ達は事前に、ユミル王から話を聞いていた。

しかし精霊王は、エルフ達には詳しく話していなかった。

それでエルフ達は、ユミル王の話を真剣に聞いていた。


「そうじゃのう

 先ずはワシ等が知っている範囲じゃが…

 最初は魔族の王都、シカゴの東から現れて様じゃ」

「シカゴ…

 その東には平原しかありませんが?」

「うむ

 南東には被害が出ておらなんだ

 じゃから可能性が高いのは、シカゴの北東からじゃな」

「北東となると、湖と湿地しかありませんね」

「ああ

 じゃからワシと精霊王は、その辺りにファクトリーがあると睨んでおる」

「ファクトリー?」

「そういえば以前にも…

 ユミル王様はその名を出されていましたよね?」

「そのファクトリーとは何なんです?」

「うむ

 簡単に言えば…

 魔物を生み出す施設じゃな」

「魔物?」

「生み出す施設?」

「うむ

 そこでは魔物が生み出されて、次々と出て来るのじゃ」

「そんな場所が…」

「恐ろしい…」


実際のファクトリーは、魔物以外にも様々な物が作り出される。

規模次第だが、人間や機械も作られる場所でもある。

しかしユミル王も精霊王も、そこまでは詳しく知らなかった。

彼等は魔王から、その様な場所があるとしか聞いていなかった。


「しかし変ですね」

「ん?」

「魔王はどうしているんです?」

「そうですよ!

 何で魔王は、何もしないんですか?」

「そうじゃな

 魔王も所詮は、女神の僕でしか無い

 恐らく逆らえんのじゃろう」

「魔王がですか?」

「彼は魔族の王では?」

「その前にな、彼は女神の使徒でしか無いのじゃ

 魔族を束ねていたのも、女神の指示じゃからじゃ

 じゃから魔王も、女神には逆らえんのじゃろう」

「そんな…」

「魔王が女神の?」

「それでは魔王すら、女神の思いのままに…」

「それどころかあの男も…」

「いや

 あれは魔王では無いじゃろう…」


ユミル王は、以前に魔王と会った事がある。

だからこそ黒騎士が、魔王では無いと確信していた。

しかし雰囲気からして、あの男が魔族であると感じていた。

以前に会った時の魔王に、黒騎士の雰囲気は似ていたのだ。


「魔王では…無いのですか?」

「ああ

 魔王はもう少し…

 身体も大柄じゃったからのう」

「ではあの男は?」

「恐らく魔族じゃろうが…

 魔王の血縁者か?

 或いはそれ以外の魔族なのか?

 ワシ等では分からん」

「そう…ですか」

「ではやはり、王都に居た魔族の貴族ですかね?」

「それか魔王の血縁者か…」

「いずれにせよ、魔王に準ずる様な実力者ですな」

「くそっ

 危険な事には変わりないか」

「うむ

 そうじゃな」


結局ユミル王にも、魔物の出所は詳細には分からなかった。

恐らく湿地帯か、湖のほとりにファクトリーがあるのだろう。

しかし肝心の、ファクトリーの事は何も分からない。

そこから魔物が、生み出されているらしいという事しか分からないのだ。


「今居る魔物も…」

「そこで生み出された可能性は高いじゃろう

 或いはあの男が生み出したか…」

「そういえばあの男、魔物も生み出すんですよね?」

「ああ

 あの黒い靄から、魔物が生み出された光景も目撃されておる

 じゃから黒い靄が出たという事は…」

「折角倒したのに…」

「ああ

 再び増えておるじゃろうな」


城の前の広場から、戦場になった砦は離れている。

だから今あの場所で、魔物がどうなっているのかは分からない。

しかし仕掛けは上手く起動して、数千の魔物が倒されていた。

再び増えていなければ、魔物は半数近くまで減っている筈だった。


「作戦は上手く行ったんですよね?」

「うむ

 三千から五千ぐらいは倒したと思う」

「城壁の仕掛けで、二千は倒した筈です」

「それに砦の仕掛けも、十分に機能していたぞ」

「あれで三千は倒せたと思う

 しかしその後がのう…」

「うむ

 まさか反撃を食らうとは思わなんだ」


黒騎士の斬撃を受けた事で、魔物がどうなったのか確認出来なかった。

魔物は確かに、砦の崩壊で三千以上殺されていた。

そして炎で焼かれた事で、さらに二千以上の魔物が焼き殺されていた。

最初の城壁の下敷きになった魔物も、その炎で焼き殺されていた。

ユミル王は確認出来ていなかったが、実に六千を超える魔物が殺されていたのだ。


「それでは魔物の状況は…」

「うむ

 確認をしなければならんのだが…」

「迂闊に近付けん」

「飛ぶ斬撃ですか…」

「うむ

 危険な事になる」

「それならば我々が…」

「いかん!

 危険じゃぞ!」

「しかし確認しなければ…」

「そうですよ

 我々ならば、樹上を素早く移動出来ます」

「確認ぐらいは出来ます」

「しかし…

 危険じゃぞ?」

「それは重々承知しております」

「大丈夫です

 任せてください」


エルフの兵士達の中から、足の速い者が数名名乗りを上げる。

そうして彼等は、決死隊として魔物の様子を確認する事にする。

彼等は素早く樹上を走って、砦のあった場所に向かった。

彼等エルフからすれば、樹上の道は慣れた足場であった。


「あれだ!

 魔物達の姿が見えるぞ」

「しっ!

 慎重に近付くぞ!」

「ああ

 物音を立てない様に気を付けろ」

「ゆっくりと木を回って近付くぞ」


エルフ達は慎重に進んで、周囲の木々を回り込んで近付く。

そうして彼等は、砦の跡が見える場所まで進んだ。

砦の周りは斬撃で破壊されて、それ以上は近付くのも難しかった。

そこから木々に身を隠しながら、彼等は慎重に眼下の様子を確認する。


「一ヶ所に集まっているな」

「ああ

 あれが黒い男だな」

「ぐったりとしてるな…」

「今のところは、斬撃を放つ様子は無いな」


エルフ達は慎重に身を乗り出して、木の陰から砦だった残骸を覗き込む。

そこには黒騎士が居て、ぐったりと柱の跡にもたれ掛かっていた。

その周りには屈強な、オーガやオークの兵士が身構えている。

彼等も黒騎士が弱っていて、攻撃される事を警戒していたのだ。


「あれなら狙えるな…」

「馬鹿!

 話を聞いていなかったのか?」

「そうだぞ

 斬撃でここまで…」


エルフの兵士の一人が、斬撃でズダズダに引き裂かれた枝を指差す。

そこはユミル王が隠れていた場所で、幹も半分近くまで削られていた。

その様子からも、斬撃の威力が想像出来た。

この場所に居ても、攻撃されたら一溜りも無いだろう。


「しかしあんなにぐったりしているぞ?」

「だからと言って、攻撃して来ないとは限らないだろう?」

「それに周りに居る、魔物も油断出来ないぞ?」


攻撃を提案した兵士は、仲間の言葉に頷く。

確かに狙撃したところで、倒せるとは限らないだろう。

それで反撃されて黒い靄にされては、敵である魔物を強化する事になる。

今はこの状況を確認して、報告する事の方が重要だった。


「兎も角状況を確認しよう」

「ああ

 あの男は…

 負傷している様子は無いな」

「ああ

 恐らく力を使い果たしたんだろう」

「それなら好機では?」

「いや

 避けられる可能性もある

 それに周りの魔物も…」

「ああ

 油断がならないな」

「それではこの状況を…」

「待て!

 何かしているぞ?」


音は聞こえないが、魔物達は何人かの負傷者を引き連れて来た。

それは城壁や木から落ちた、ドワーフやエルフ達だった。

彼等は拘束されており、黒騎士の前に引き連れられていた。

そうして黒騎士は、ゆっくりと身体を起こした。


「何だ?

 何をするつもりだ」

「きっと処刑する気だな

 仲間を殺された報復か…」

「それだけじゃ無そうそうだ…」


黒騎士は剣を引き抜くと、それを負傷したドワーフに突き刺した。


「ぐはっ!

 がああああ…」

「止めろ!

 こんちきしょう!」

「殺すなら一思いに殺せ!」

「ああ…

 ジョーダン…」

「げはっ…

 ああ…ああああ…」


剣で貫かれたドワーフは、最初は苦悶の表情を浮かべていた。

しかし次第にその表情は弛緩して、恍惚とした表情に変わって行く。

そうして黒い靄が身体から出て来て、全身をビクンビクンと痙攣させる。

やがてドワーフは、恍惚とした表情のままにやせ細って行った。


「な、何を…」

「しっ

 ユミル王が言っていただろう?

 あれが生気を抜いているんだろう」

「しかし様子がおかしいぞ?」

「ああ

 苦しむというより、喜んでいる様だ…」


そうしてドワーフは、生気を抜かれて死んでしまった。

その身体は干からびた様に萎びて、やがて塵となって消えて行った。


「くそっ

 許せねえ」

「慌てるな

 全員が殺されるだろうな」

「どうにか助けられ無いのか?」

「無理だな

 全員で攻撃したとしても、まず無理だろう…」

「そんな…」

「くそっ!」

「行くぞ

 これ以上は見るに耐えられない」

「ああ

 見ていられない」


彼等は再び樹上の道に出て、そのまま立ち去ろうとしていた。

オーガの1体が、そんな彼等の行動に気が付く。

そこで槍を構えるが、黒騎士がそれを制止した。

彼は首を横に振ると、そのまま逃がせとオーガに命じた。

その様子を、エルフの兵士達は気が付いていなかった。

見つからない様に逃げようと、意識を集中していたからだ。


そのままエルフの兵士達は、樹上を慎重に走って逃げ出した。

黒騎士が止めていなければ、一人は槍で串刺しになっていただろう。

彼が何を思って止めたのか、それは分からなかった。

しかし黒騎士が逃がした事で、エルフの兵士達は無事に帰還する事が出来た。

彼等は息を切らせながら、その光景をユミル王に説明した。


「戻って来たぞ」

「おお!

 無事だったか」

「はあ、はあ

 はい…」

「何とか戻って来ました」

「して、奴等はどうしていた?」

「それが…」

「黒い男は最初、疲れ果てている様子でした」

「何だって?」

「それでは攻撃を…」

「いや

 出来なかった」

「何でだ?」

「屈強な人食い鬼が周りに居たんだ」

「あれでは無理だ」


エルフの兵士達は、そう言ってその状況を説明する。

中には納得出来ない者も居たが、ユミル王がそれを諭す。


「無理を言うでない

 彼等は決死の思い出偵察してくれたのだ」

「しかし…」

「絶好の好機だったんですよ?」

「そうでは無かったかも知れんぞ?

 いずれにせよ、早まらなくて良かった」


ユミル王はそう言って、エルフの兵士達の判断を褒めた。

彼もまた、その状況で攻撃するのは危険だと判断していた。

攻撃が防がれる可能性が高く、彼等も無事では済まなかっただろう。

だからそのまま帰って来た事を、ユミル王は素直に喜んでいた。


そしてエルフの兵士達は、その後の事も話し始めたのだ。

まだまだ続きます。

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