第750話
激しい地鳴りの様な音がして、地面を揺り動かす様な衝撃が走る
音は魔物が籠っている砦の、外壁の周りから鳴り響いていた
そして地面に亀裂が走ると、地面から何かが飛び出す
それは外壁を押し込むと、砦を外側から押し込んで行った
地面から飛び出した杭は、そのまま城壁を内側に押し込む
城壁は頑丈に作られていたが、それはこの仕掛けの為でもあった
城壁はそのまま倒れ込んで、内側に居た魔物を叩き潰す
3mを超える城壁は、そのまま兵器として魔物を圧し潰したのだ
ズガン!
ドガガガ…!
グギャアアア
グガッ…
ゴギャ…
城壁の近くに居た魔物は、そのまま倒れた城壁に圧し潰される。
潰されなかった魔物も、崩れた城壁に押し倒される。
中には逃げようとする仲間の魔物に、押し倒されたり踏み潰される魔物も居た。
そうして城壁の周りに居た魔物は、その一撃によって命を失う。
「今じゃ!
もう一つの起動をしろ!」
「へいへいほ~♪
へいへいお~♪」
ガタン!
ガシャン!
ギリギリ…ガタガタ!
再び音が鳴り響き、今度は砦の建物に振動が加わる。
しかし城壁や仲間の魔物が邪魔になって、外に逃げ出す事が出来ない。
今度は三階建ての建物が、外側に向けて崩れ始める。
しっかりと組んであった建物も、簡単に崩れてしまった。
ガラガラガラ!
ズシン!
ドガッ!
グギャアアア
ゴフッ…!
再び魔物の絶叫が聞こえて、砦だった建物が崩れる。
建物は石組で、木の柱を多く使っていた。
その建物柱が、外側に向けて一気に倒れて行ったのだ。
それで組み上げられた石が、外側に向けて一気に崩れていた。
しかし仕掛けは、それだけでは留まらなかった。
砦が崩れると同時に、地下に埋め込まれた魔石が反応する。
それは火を噴き上げながら、地面から炎を吐き出していた。
予め魔石に、炎を噴き出す様に細工をしていたのだ。
ゴウッ!
ボオオオオ!
ギャヒイイイイ
グギャアアア…
再び魔物の叫び声が、噴き上がる炎の中で響く。
使われていた木材が、その炎で激しく燃え上がる。
こうなる事も想定して、あちこちに木材が組み込まれていたのだ。
それで燃え上がった炎に巻かれて、生き残った魔物達は焼かれて行った。
「あ…」
「何と酷い…」
「これは…」
あまりの光景に、ドワーフやエルフは呆然と見詰めていた。
最初の城壁の一撃も、結構な数の魔物を巻き込んでいた。
しかし岩が降っただけなので、正直そこまでの殺傷能力は無かった。
しかし負傷して動けないところに、炎が迫って来ている。
これが止めとなって、多くの魔物が生きながら焼かれて行った。
「何を呆けておる!
今じゃ!
追撃の矢を射掛けよ」
「は、はい」
「あ…
うわああああ」
「魔物を殺せ!」
「生き残りを狙うんだ!」
ユミル王の言葉に、呆けていたエルフ達は矢を番える。
そうして次々と矢を放ち、生き残った魔物に矢の雨を降らす。
「お前らも弩弓を使え!」
「はい」
「少しでも多くの魔物を倒すのじゃ!
さすがに焼かれれば、復活する魔物も減るじゃろう」
「おう!」
「撃て撃て!」
バシュッ!
ドガッ!
ドワーフ達も枝に仕掛けられた、弩弓を起動して矢を放つ。
砦を囲む様に作られた城壁からも、弩弓や投石が行われた。
そうして生き残った魔物も、次々と倒されて行った。
この仕掛けだけで、数千の魔物が命を落としていた。
ユミル王の檄で、多くの魔物が倒されて行った。
しかしその燃え盛る炎の中で、黒騎士は無傷で立っていた。
彼は剣を振るうと、降り注ぐ岩を切り裂いていた。
そして噴き上げる炎も、彼は躱して無事だったのだ。
「魔物を残すな!
少しでも多く…」
「ああ!」
「ひいいい!」
「どうした?」
「あの男です!」
「あの黒い奴…
炎の中に立っています」
「何?
ぬう…」
ここでユミル王も、黒騎士が無事なのに気が付いた。
彼は自分の周りの、降り注ぐ矢や炎を切り裂いていた。
それで黒騎士の周りには、無事な魔物が集まっていた。
そして放たれた弩弓の矢も、彼は切り裂いて防いでいた。
「くっ
奴には弩弓も効かんのか…」
「炎も切り裂いています
何て奴なんだ…」
「ぬう…
またしても奴は倒せなんだか」
「ユミル王様
このままでは再び…」
「さすがに燃やされた奴までは、生き返る事は無かろう
見てみろ」
「そう…みたいですね」
「しかし奴が無事では…」
「ううむ…」
さすがに燃やされた魔物は、黒い靄になる事は無かった。
黒騎士もその死体には、剣を翳す事はしなかった。
そういう意味では、この仕掛けは大いに役立っていた。
しかし肝心の黒騎士を、倒す事は出来なかった。
黒騎士はゆっくりと、剣を掲げて身構える。
ユミル王は、その時嫌な予感で背筋が震え上がった。
それはここまで、斬撃が飛んで来るイメージだった。
ユミル王は叫んで、部下達に逃げる様に指示を出した。
「いかん!
逃げろ!」
「へ?」
「王様…?」
「すぐに避難しろ!
奴は何かする気だ!」
「へ?」
「う、うわああああ」
「ま、まさか?」
「逃げろ!
早くし…」
ブオオオオオン!
ザン!
ユミル王は叫びながら、黒騎士の剣が振るわれる方向から身を躱す。
咄嗟に飛び退いて、部下を数名抱えて木の幹の後ろに回った。
寸でのところで、彼は斬撃の軌道上から身を躱した。
しかし部下の数名は、逃げ遅れて斬撃の餌食となった。
先ずは城壁に目掛けて、強烈な衝撃が縦に走る。
城壁の上に居た兵士は、その多くが王の言葉を聞いていた。
しかし左右に別れて逃げ出しても、その衝撃は城壁に目掛けて放たれていた。
そのまま城壁は縦に切り裂かれて、その周囲の兵士が巻き込まれる。
「う、がああああ」
「ごがああああ」
「ぐぎゃあああ
て、手がああああ…」
「ぐぼあ…
ぐへっ」
腕や脚を切り飛ばされて、数名の兵士がそのまま城壁から落下する。
しかし彼等は、まだマシな方だった。
中には身体ごとへしゃげて、砕け散った者も居た。
そして生き残っても、身体から生命力が黒い靄となって引き抜かれる。
「ぐがががが…」
「ごぼあ!
ぐごはっ…」
「がああああ
く、苦じ…」
身体から黒い靄が出て、兵士達はみるみるやせ細っていく。
そして身体は崩れて、塵となって消えてゆく。
その力は強力で、兵士は苦しみながら絶命して行った。
ユミル王は木の幹の裏から、その光景を見ていた。
「ぐうっ
く、くそっ!」
「駄目です!
ここも危険です!」
「王は出ないでください」
「しかし!」
「気持は分かります」
「しかし今は耐えてください」
「ぐううっ…」
ユミル王は怒りで、部下の身体を掴んでいた。
彼等は王に掴まれて、そこは強く握られて痛かった。
しかしその痛みに堪えながら、彼等は王を庇う様に前に立っていた。
そんな彼等の目の前にも、斬撃で出来た亀裂が走っている。
「がああああ…」
「ユミ…お…」
「ごぼあ…」
「くそっ!
くそっ!」
王の目の前で、逃げ遅れた兵士達が生気を抜かれて行く。
彼の目の前で、兵士達の身体から黒い靄が抜けて行く。
しかしユミル王ですら、それを防ぐ手立ては無いのだ。
だから部下が苦しみながら死んで行っても、何もしてやる事が出来なかった。
「何で!
くそっ!
苦るしんで…」
「王よ!
堪えてください」
「今あなたに死なれては…」
「そうです
ワシ等に代わりは居ますが、あなたはお一人なのです」
「ここは堪えて…」
「ぐがあああ…」
「ユミ…おう…」
中には王の方に振り返り、無理矢理笑顔を作ろうとする者もいた。
しかし苦痛に堪え切れず、苦悶の表情を浮かべながら果てて行った。
彼等は王に助けを求めながら、その身を塵と化して消えて行った。
それでも王は、幹の陰から見詰める事しか出来なかった。
「くそおおおおお!
黒い奴め!」
「王よ、抑えてください
ぐうっ…」
「今は、今は…くっ」
ズガン!
再び剣が振られて、衝撃波がすぐ側を通り抜ける。
しかし頑丈な木の幹のお陰で、ユミル王達は斬撃から守られていた。
その代わりに逃げ遅れた兵士が、斬撃の力で生気を奪われて行く。
今では喜びに沸いていた兵士達は、恐怖で樹上を逃げ惑っていた。
「くっ
逃げろ!
このままでは危険じゃ!」
「うわあああ…」
「ど、何処へ?」
「城に向かって逃げろ!
さすがにそこまでは届かない筈じゃ」
「は、はい」
「逃げろ!」
「世界樹の城へ逃げ込め!」
ユミル王の叫びを聞いて、生き残った兵士達は樹上を駆け出す。
さらに斬撃が飛ばされてが、今度は被害は無かった。
兵士達は逃げながら、黒騎士の斬撃の軌道から逃げていたのだ。
そして黒騎士も、さすがに斬撃を飛ばせなくなっていた。
三度目の斬撃の後、黒騎士はふらついて膝を着いていた。
強烈な斬撃を飛ばすだけあって、消耗も激しいのだろう。
そして黒い靄は、黒騎士の周りの魔物に吸い込まれる。
その度に黒騎士は、苦痛で身体をビクビクと震わせていた。
黒い靄を引き抜いたり与える行為は、黒騎士にも苦痛を与えていたのだ。
ユミル王は黒騎士の様子を見て、今が逃げ出す好機だと判断した。
部下を先に送り出して、自身もその後に着いて撤退を開始する。
黒騎士もユミル王に気が付いたが、彼はそれどころでは無かった。
黒い靄を魔物に分け与えて、傷を癒す必要があったのだ。
「今の内じゃ」
「王?」
「早く行け!
奴は今なら何も出来ん」
「は、はい」
兵士達は走って、崩れて半壊した樹上の道を走る。
斬撃はあちこちを切断して、樹上の道も切り裂いていた。
視線を移せば、砦の周りにあった城壁の残骸も見えて来る。
それは斬撃に切り裂かれて、縦に切り裂かれていた。
「あの城壁が…」
「ああ
樹上まで届いたんだ
下に居た奴等は…」
「逃げ出せていれば良いのだが…」
城壁の上に居た兵士の、半数近くが斬撃によって亡くなっていた。
中には下に落ちて、負傷して動けなくなった者もいた。
しかしそうした者達を、回収する余裕すら無かった。
無事だった者達は、逃げる事しか出来なかったのだ。
逃げ遅れて負傷した者達は、その場で生気を吸われる者もいた。
そして難を逃れても、魔物に取り囲まれてしまっていた。
後は黒騎士の前に連れて行かれて、改めて生気を抜かれる事になるだろう。
しかしエルフもドワーフ達も、彼等を救う術は無かった。
魔物に取り囲まれている事もあるが、何よりも黒騎士が恐ろしかった。
再びあの斬撃を食らえば、犠牲者が増える一方となるだろう。
そんな危険を冒してまで、救助には向かえなかった。
それで兵士達は、そのまま世界樹の城まで避難していた。
「何なんじゃ、あの轟音は?」
「一体何が起こった?」
「黒い奴が…」
「あの黒い男が、斬撃で城壁を…」
「城壁を?
城壁がどうしたんじゃ?」
「一体何が起こったんだ?」
城の周りでは、負傷した兵士が運ばれて行く。
斬撃で飛び散った破片で、負傷した兵士も多く居たのだ。
彼等はポーションを与えられて、薬草で傷を癒していた。
エルフ達は神聖魔法を使えないので、ポーションや薬草を使うしか無かった。
しかしエルフの作るポーションは、多少の欠損なら修復出来る。
それに世界樹の葉を使った薬草は、打ち身を癒す効果も高かった。
それで負傷した者達も、逃げて来られれば助かっていた。
逃げて来られれば…だったが。
「黒い男が、剣を振るったんだ」
「そこから斬撃が…」
「城壁も破壊された」
「な、何を言っているんだ?」
「剣で城壁を?
馬鹿な事を言うな」
「本当なんだ
斬撃で城壁だけでは無い
道も破壊されてしまった」
「何を馬鹿な事を…」
「斬撃で?
そんな事が出来る訳…」
「本当じゃ」
「ユミル王様」
「ご無事でしたか」
「うむ」
城の入り口で騒ぐ兵士達の元に、ユミル王も合流する。
彼等は負傷していなかったが、その顔色は悪かった。
目の前で多くの仲間を失って、ショックを受けていた。
「ユミル王?」
「どうされました?」
「うむ
多くの者が…」
「え?」
「あの男…
斬撃で樹上まで攻撃して来おった」
「え?」
「樹上まで?
そんな…まさか?」
ユミル王の言葉でも、兵士達はなかなか信じられなかった。
相手は砦の中に居て、仕掛けで多くの者が亡くなっている筈だ。
それが樹上まで攻撃して、多くの者が殺されたと言うのだ。
それは俄かには信じられない事だった。
「ユミル王
樹上まで攻撃と言うのは?」
「文字通りじゃ」
「そんな事が…」
「うむ
こう…剣を振るって斬撃をな」
「剣で?」
「斬撃を…
確かに魔族にも、斬撃で壁を切り裂く者は居ましたが…」
「うむ
ワシも信じられんかったわい」
ユミル王からしても、斬撃を飛ばすという行為は信じられなかった。
彼も斬撃で壁ごと、敵兵を切り倒した事はあった。
しかし斬撃を飛ばして、離れた場所を切り裂く事は出来なかった。
それはもはや、魔法の攻撃に近かっただろう。
「斬撃は離れておった、ワシのすぐ側まで切り裂きおった
あれは魔族なのかも知れん…」
「斬撃を…」
「王は城壁に居られたのですか?」
「いや
ワシは樹上に居った
じゃから幹に隠れて難を逃れたが…」
「樹上の道も切り裂かれておったわい」
「あれでは城壁の上に居た者は…」
「逃げ出せた者も居るが、負傷をしていました」
「あんな攻撃まで出来るだなんて…」
「幸いな事に、三回が限度の様じゃな
奴は膝を着いておった」
「三回って…」
「三回も放てるのか…」
「ううむ…」
ここは精霊の加護が効いていて、すぐには攻め込まれない。
しかし斬撃が飛んで来るのならば、ここでも安心は出来なかった。
黒騎士が迫れば、ここも斬撃の範囲内に入るからだ。
これにはエルフの兵士達も、唸る事しか出来なかった。
まだまだ続きます。
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