第749話
魔物達は夜になっても、砦を占拠していた
二日掛かりで攻め落としたので、そのままここを足掛かりにするつもりなのだろう
篝火を焚いて、砦の周囲を巡回している
夜襲こそしなかったが、いつでもここから攻め込める様にしていた
一方でドワーフ達は、その内側にもう一つ城壁を構えていた
一部の兵士達が、そこから魔物の動向を窺がっていた
二重の城壁を構える事で、魔物をそれ以上寄せ付けない様にしていたのだ
しかし砦を押さえられた事で、一見すると不利な状況に見えていた
だがそれも、ドワーフ達の策の一つであった
「魔物は予想通り、砦に集まっています」
「うむ
明日の作戦次第では、大きく削る事が出来る筈じゃ」
「しかしまた増えませんか?」
「増えるじゃろうな
あの黒いのが残っておる」
いくら魔物を倒しても、黒い靄で復活されてしまう。
それに魔物は、どこからか援軍が増えて来ている。
このままでは、策で削っても効果が低いだろう。
妖精の国としては、黒騎士を何とか倒したかった。
「くそっ!
あの黒いのをどうにかせねば…」
「奴も倒せれば良いのだが…」
明日の作戦の成否には、黒騎士も倒す必要があった。
それには黒騎士も、罠に誘い込む必要があった。
そして魔物諸共、黒騎士も倒す必要がある。
それが上手く行くかは、罠を発動してみるしか無かった。
「上手く行ってくれれば良いのじゃが…」
ドワーフ達は、作戦が上手く行く様に祈るしか無かった。
その祈りの対象が、本来であれば女神であるという事は皮肉でしか無かった。
本来は彼等を守る筈の女神が、魔物を寄越しているのだ。
そしてドワーフ諸共、妖精の国を滅ぼそうとしているのだ。
「我々が無事を祈る相手が…
よりによって女神しか居ないとはのう…」
「仕方が無いじゃ無いか
他に神は存在しないのじゃから」
「魔王みたいに、ワシ等にもドワーフの神が居ればのう…」
「それはそうじゃのう
ユミル王様が神ならば…」
「それは不遜という物じゃ
ワシは神では無い」
「しかし魔族では、魔王が神の様に扱われておる
そうではございませんか?」
「それはそうじゃが、それも女神は気に食わんのじゃろう
なんせ神を無視して、他の者を神の様に拝んでおる
そうした事の繰り返しが、選民思想に繋がっておるしな」
「選民思想か…」
「あれが原因とも言われておるからのう」
女神は魔物を放つ際に、選民思想を弾圧すると言っていた。
選民思想が誤った思想を生み出し、奴隷制を助長している。
この世界では選民思想も、奴隷制も認めないと宣言していた。
それに対して、魔族は大いに反発していた。
当時魔族は、獣人に戦争で勝利をしていた。
それで多くの獣人を奴隷として、国に引き連れていた。
その光景に、女神は怒っていた訳なのだが、魔族はそれを理解していなかった。
戦争に勝利したのだから、これは当然の権利だと主張していたのだ。
「魔王も大変じゃったろうな
女神の指示に従わなかったからのう」
「そうですな
なんで魔族は、あんな頑なに…」
「獣人との長い戦争の後じゃったからのう」
「それに獣人達も、魔族を奴隷にしていたからのう」
「なるほど…
報復ですか」
魔族と獣人は、長い間戦争を繰り返していた。
魔王が生まれた理由も、度重なる獣人達の侵攻に対抗する為だった。
獣王がガーディアンに選ばれなかったのは、獣人の方が攻め込んでいたからだ。
これが逆だったら、獣王がガーディアンに選ばれていたかも知れない。
報復とはいえ、魔族も度々獣人の国に侵攻していた。
魔王はその都度、女神から報復を止める様に注意されていた。
しかし魔王も、獣人には思うところがあった。
それで注意や警告を無視して、侵攻を黙認していたのだ。
女神がここで、本気で止めていれば違っただろう。
しかし女神は、既に彼等を滅ぼす事を決定していた。
それで注意こそしたが、これまでは何もしなかった。
魔物が十分に、人間を滅ぼせるまで待っていたのだ。
「しかしそれにしては…」
「魔物の数は多く無いですか?
従わないから用意したにしては…」
「そうじゃな
事前準備していたとしか思えんな
或いは本気になれば、女神はここまでの力を持っているか…」
「どちらもあり得ますね」
「準備していたとすれば、やはり以前から?」
「うむ
魔族に限らず、獣人の行動にも警告しておったからのう
それにワシ等にも…」
「神殿の件ですか?」
「それもじゃが、他の種族との関わり方もじゃ
ワシ等は…
妖精もじゃが、長く引き籠っておったからのう」
「若い世代は知らないだろうが、今から100年ぐらい前に、大きな争いがあったんだ」
「ユミル王が玉座に着かれた戦争でしょう?」
「それぐらいは知っておりますよ」
「しかしその理由は知らないだろう?」
「先王が他の種族に戦争を仕掛けたからでしょう?」
「うむ
そうではあるが…」
今から100年近く昔に、大規模な戦争が行われていた。
ドワーフの王国は、当時はアトランタの北側にあった。
しかし戦争で多くの者が亡くなり、それで洞窟に移動したのだ。
その際に、先王は戦の傷で命を落としていた。
色々と誤解はあるが、先王が亡くなったのは傷の悪化であった。
「あれは侵略戦争であった事になっておる
しかし真相は逆じゃ」
「逆?」
「侵略戦争で無いのなら…
まさか攻め込まれていた?」
「そうじゃ
王は敗けて負傷した
じゃから全てを自身の責にして、そのまま亡くなった」
「先王が愚王というのは、あくまでもユミル王の為なのじゃ」
「氏族を纏める必要があったからのう」
「それでは先王が愚王と言うのは…」
「うむ
少なくとも愚王では無かったのう」
「まあ賢王でも無かった様ですが…」
「そうじゃのう
引き際を誤ったからのう」
最初は魔族が、人間の国を滅ぼした事が始まりだった。
魔族は人間を集めて、奴隷として働かせ始めた。
そこへ獣人が攻め込み、人間を開放した。
ここまでは正しい行いであった。
そのまま獣人が引けば、問題は大きくならなかっただろう。
今度は獣人が、人間や魔族を奴隷にしたのだ。
そして勢い付いた獣人は、ドワーフや妖精の国も襲い始めた。
これが最初の戦争の始まりだった。
ドワーフと妖精は、個々で獣人達に対抗した。
ここで人間や魔族と協力していれば、状況は違っていただろう。
しかし個々で戦った為に、より多くの犠牲者が出てしまった。
その結果が、ドワーフの国の崩壊だった。
「戦争は失敗じゃった
それで先王は、自身を愚王として名を残す様に命じた
それが真相じゃ」
「まあ、他の種族との協力を蹴りましたから、愚王と言われても…」
「それは仕方が無いじゃろう?
誰が敵で、誰が味方か分かっておらなんだったんじゃ」
「あの当時は混乱しておりましたからな」
先王の失敗から、ユミル王は精霊王と交流を持つ事にした。
それは魔王を介して、一部の穏健派の魔族との交流も生み出した。
しかし魔族は、次第に他の種族を見下し始める。
選民思想が原因で、やがて交流は断たれる事となったのだ。
ここで魔族が、ドワーフや妖精と交流を続けていれば状況は違っただろう。
しかし魔族の大多数が、選民思想を推し進めてしまった。
その為に交流も断たれて、女神からも目を付けられる事となる。
女神はこの時に、ドワーフにも責任があったと判断している。
それが今回の、妖精の国を攻める要因にもなっていた。
交流を閉ざして、二つの種族が引き籠った事にも問題があるという事なのだ。
「しかし我々が悪いのでは…」
「そうじゃな
しかし止めなかった事にも問題がある
女神はそう判断しておる」
「それは言い掛かりじゃあ…」
「そうじゃな
言い掛かりに等しいのう
しかし相手は神じゃ
女神の言う事を聞かなかった、そこが問題なんじゃ」
「そんな!」
「完全に言い掛かりではありませんか?
女神は何でそんな…」
「或いはワシ等全てを、一度滅ぼすつもりなのかもな…」
「我々…」
「人間の全てをですか?」
「うむ
そう考えると納得出来る」
ユミル王は知らなかったが、東では生き残りも多く存在していた。
しかしこのまま魔物が増えれば、人間はいずれ滅ぼされるだろう。
それほど魔物の増え方は、常軌を逸していた。
だから人間の全てを滅ぼすとは、あり得ない事では無かった。
問題は、女神が何を考えて行っているのかだった。
「しかし何故?」
「分からん」
「人間を滅ぼして、魔物の世界でも創るつもりなんでしょうか?」
「そうじゃな
そうなのかも知れんな」
「魔物の世界…」
「確かに魔物のが増え続けている
あり得ん事では無さそうじゃ」
「女神は我々人間に、絶望されたのか?」
「そうじゃな
何度言ってもワシ等は、争いを続けておる」
「それに選民思想や、奴隷制度もありますしな」
「このまま人間が増えても、問題ばかり起こすからか…」
「ワシ等は起こしておらんのに?」
「起こしておらんが、止めもせなんだ
それが気に食わんのじゃろう」
ユミル王の言葉は、説得力があった。
実際にドワーフも妖精も、魔族や獣人の争いを放置していた。
その内に諦めて、争いも収まると考えていたのだ。
しかし何年経っても、争いはなかなか収まらなかった。
女神からすれば、それが気に入らなかったのだろう。
「魔族や獣人の争い…
本当にそれが原因なのでしょうか?」
「女神はそう仰っておる」
「しかしそれだけにしては…」
「それでも十分じゃったのじゃろう?
ワシ等には分からんからのう」
「女神は神じゃからのう
相手が神では、ワシ等で判断する事は出来ん」
「じゃな
何を考えておるか…
ワシ等では判断出来んからのう」
ユミル王の言葉に、集まっていたドワーフ達は言葉を失う。
周りで聞いていた、エルフ達も言葉を失って沈黙していた。
一見すれば他種族の行いが原因なのに、こちらにまで飛び火しているのだ。
しかも当の女神からは、こちらにも非があると言うのだ。
「ワシ等はどうすれば?」
「このまま滅びろと?」
「まあまあ
ワシもそれには納得しておらん
じゃからここに居るんじゃ」
「しかし相手は神なんですよ」
「神だから…
黙って殺されるのか?」
「それは…」
「ワシは反対じゃぞ!
このまま黙って殺されるつもりは無い」
ユミル王は拳を握り締め、静かに呟いた。
「しかし魔物の数は増える一方ですぞ?」
「そうです
既に2万を超える魔物が迫っております」
「それにさらに増えているという報告も…」
「やはりあの黒い男が…」
「それだけでは無かろうな
恐らくはファクトリーも…」
「ファクトリー?」
「それは一体…」
「詳細は…
説明が難しい
しかし負ける訳にはいかん」
「ですがこのままでは…」
「そうです
想定した数を既に超えています
このままではもちませんよ?」
「彼等が…
本当に間に合うのか?」
「彼等?」
「それは?」
ドワーフ達は、ユミル王の呟きに反応する。
しかし王は、それ以上は何も言わなかった。
王としても、精霊の説明に納得していなかった。
この世界に他の大陸があり、そこに多くの人間が生きているという。
それが向かっていると言うのだが、来るのが人間だからだ。
「兎も角今は、作戦の成功を果たすのみじゃ」
「彼等とは誰なんです?」
「ユミル王様!」
「今は目の前の事に集中しろ!
魔物が動き始めたぞ!」
「くっ…」
「やるしか無いのですか?」
「ああ
生存者はみな殺された
あそこには誰も残っておらん」
「しかしあれを動かせば…」
「魔物とはいえ、大量に殺戮する事になります
そうなれば後には引けませんぞ?」
「やるしか無いのじゃ
ワシ等が生き残る為には…な」
ユミル王は決断を下し、部下のドワーフ兵に命令を下す。
「ワシ等の力を見せつける時じゃ!
仕掛けの作動を用意しろ!」
「は、はい」
「やるしか無いのか…」
「こうなれば徹底的に、魔物を倒すだけだ」
「やってやる
やってやるぞ!」
兵士達も覚悟を決めて、あちこちの仕掛けの起動の為に移動する。
それに併せて、エルフの兵士達も移動を開始する。
彼等はドワーフの警護と、討ち漏らした魔物を掃討する役目がある。
背中に矢筒を背負うと、ドワーフと共に枝の上を移動し始めた。
「良いな?
機会は一度だけじゃ!
よく狙って起動するぞ!」
「おう!」
「任せてくだされ」
「「掛け声を上げろ!
鬨の声を響かせろ!」
「へいへいほ~♪」
「へいへいお~♪」
「ワシ等はドワーフ
陽気な建築家」
「へいへいほ~♪」
「自慢の工作機械で、兵器も起動させるぞ」
「へいへいお~♪」
ドワーフの歌声が響き、森の中に木霊する。
魔物達は驚き、慌てて砦の中に入り始める。
ドワーフの攻撃が来ると判断して、砦の城壁の陰に隠れようとしたのだ。
しかしそれも、ドワーフ達の作戦の内だった。
「それ!
奴等は逃げ込んだぞ!」
「今こそ起動するタイミングじゃ!」
「さあ!
仕掛けを起動しろ」
「おう!」
「へいへいほ~♪
へいへいお~♪」
ガシャン!
ガコン!
ギリギリギリ…!
ドワーフ達が一斉に声を上げて、木の幹に引かれていた綱を引く。
それに合わせて、あちこちで滑車や何かの機械が起動する音が鳴り響いた。
そしてその音は、地面を伝って城壁の周りにも鳴り響く。
そして不気味な地鳴りを響かせて、城壁が揺れ始めた。
「食らえ!
ワシ等の叡智の力を!」
「この地より消えて無くなれ!
魔物共よ!」
「ワシ等はドワーフの力を、思い知るが良い!」
ガガン!
ズガガガガ…!
ゴゴゴゴゴゴ…!
ドワーフの声が響いた直後に、大きな音が鳴り響いた。
まだまだ続きます。
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