第748話
ドワーフ王ユミルは、妖精の国に来ていた
彼はドワーフを引き連れて、精霊王に加勢していた
ここを決戦の地として、女神の率いる魔物を討伐するのだ
その為に、この地に砦も築いていた
ドワーフ達は、近くの鉱山を採掘して素材を集めた
そうして砦を建築すると、一部の者を残して城へと帰還した
ここに残っている者は、王と共に戦う決意をした者達だった
なのでここで、死ぬ覚悟までしていた
「ユミル王
魔物は?」
「今は砦の一部を占拠しておる
しかし想定内じゃ」
「おお
では罠にも気付かづに?」
「うむ
恐らく気付いておらん」
「そうなれば、明日の戦いが楽しみですな」
「ああ
奴等に目に物見せてくれる」
前線の砦には、ドワーフ自慢の仕掛けが施されてある。
それに掛かれば、数百の魔物は道連れに出来るだろう。
しかしその仕掛けを隠す為に、数十名の犠牲が出ていた。
何としても、仕掛けで手痛い打撃を加えたかった。
「ワシは精霊王に会って来る」
「はい
ここの警戒はお任せください」
「うむ
頼んだぞ」
ユミルは兵士達に警戒を任せて、城の中に入って行く。
ここの仕組みに気が付けば、アーネスト達は驚いただろう。
世界樹の城は、生きた木を組み上げて作られていた。
それはちょうど、飛空艇の素材と同じだった。
城の外壁は木製だが、火に強い性質を持つ。
そして見た目に反して、鉄よりも強固な壁に仕上がっている。
だから魔物が攻め込んでも、そう簡単には壊せないだろう。
しかしそれも、並みの魔物である事が前提だが…。
ユミル王は、先ずは城の入り口のホールに入った。
そこから階段を登れば、二階に謁見の間がある。
下の階には兵士の間があり、そこにエルフの精鋭達が控えている。
精霊王の居る居室は、そこからさらに上がった三階にあった。
ユミルは階段を登って、精霊王の居る王の寝室に向かった。
精霊王は寝室の隣の、執務室に籠っている。
ここで精霊に祈り、助力を乞うているのだ。
「精霊王よ!」
「おお
ユミルか
待っておったぞ」
「待っておったって…
精霊から報告を受けていたのか?」
「ああ
作戦は上手く行った様だな」
「上手く行ったが…
そのせいで少なからず犠牲が…」
「仕方が無い事だろう?
それに彼等も、最初っから犠牲になる気だったんだ」
「それはそうなんじゃが…」
犠牲になった兵士達は、最初から死ぬ気だった。
彼等は病や戦闘の負傷で、手足が不自由になっていた。
それで今回の戦闘での、囮として志願したのだ。
多くの魔物を引き付けて、砦の入り口に集めさせる為に。
「彼等は自分の使命を全うしたのだ
悲しんでやるな」
「分かっておる!
分かっておるがのう…」
「そうじゃな…」
精霊王は溜息を吐くと、棚から瓶を取り出す。
結界を張るには、この部屋で精霊に祈る必要がある。
しかし部屋から出なければ、この中ではある程度自由に出来る。
精霊王は瓶から、グラスに緑色の液体を注いだ。
「これでも飲んで、気を紛らわせろ」
「ん?
何じゃこれは?」
「世界樹の樹液から作った酒じゃ」
「ソーマか?
こんな希少な物を…」
「希少でも無いさ
本来なら年に数回の収穫が出来る」
「しかし万能薬の原料じゃろうが!
足りなくなったら…」
「だから大丈夫じゃって
在庫は十分にある」
世界樹の樹液には、豊富な栄養が含まれている。
なのでそのまま飲んでも、解毒や体力の回復の効果がある。
それを漬け込むと、神の雫と呼ばれる酒になる。
このソーマには、様々な効果が秘められている。
その代表が、色々な病を癒すと言われる万能薬の原料だ。
「こんな希少な酒を…」
「死んで行った仲間を弔うには、最上の酒じゃろう?」
「それはそうじゃが…」
「今頃は下でも、兵士達に振舞われておる」
「勿体ないのう…」
ユミルはそう言いながらも、チビチビとソーマを味わっていた。
一気に飲み干すには、あまりに恐れ多いと感じたからだ。
それで少量を舌の上に転がし、芳醇な香りを味わっていた。
そこには新緑の爽やかさと、芳醇な生命力を感じさせる味わいが込められていた。
「ふむ
これがソーマの味か…」
「そんなに美味く無いだろう?」
「う…
それは…」
「はははは
どちらかと言えば、其方達には青臭いじゃろう
しかしその青臭さが、このソーマの力でもあるのじゃ」
ドワーフとしては、喉を焼く様な辛さも感じられない。
そして蜂蜜酒の様な、芳醇な薫りも感じられなかった。
だから酒としては、少し物足りなく感じていた。
しかし身体は、その酒精を受けて火照っていた。
ソーマはその見た目や味の割りに、酒精はとても高いのだ。
「これで魔物達が、撤退してくれれば良いが…」
「それは無かろう
奴等の様子を見れば…」
「そうだな」
「バリスタを引っこ抜いて、使おうとしておる」
「少しは頭も回る様じゃな」
「うむ
あの黒いのが原因じゃろう」
ユミル王も精霊王も、魔物の動きには黒騎士が関係していると睨んでいた。
魔物単独では、ここまで組織立って動く事は無いだろう。
それに魔物は、少しずつではあるが知恵も身に付けていた。
それも恐らくは、あの黒い靄が絡んでいると考えていた。
「恐らく黒い靄が鍵じゃろうな」
「うむ
あれは魔物を強化しておる
そう考えるなら、知恵を付けているのにも納得が行く」
「うむ
それに黒い奴自身もな」
「何者なんだろうな?」
「お主にも判断出来んか?」
「ああ
精霊の力も阻害されておる
あの黒い鎧は、相当に厄介な代物じゃぞ」
「そうだのう…」
黒騎士の鎧に関しては、ユミル王も色々と試していた。
しかし魔法だけでは無く、精霊の力も打ち消していた。
完全では無いものの、精霊の力を行使しても防ぐのだ。
精霊も力を削がれては、黒騎士を調べ様が無かった。
「魔石に魔力を込めても駄目じゃった
恐らく抵抗力を上げておるのじゃろう」
「うむ
精霊の力をも弾いておる」
「それで正体も見えんか…」
「ああ
さすがに弾かれてはのう
精霊もお手上げじゃと言っておった」
「そうか…
何とかせねばな」
目下の問題は、魔物の数を減らす事と、黒騎士をどうにかする事だった。
魔物を減らしても、黒騎士が再び増やしてしまう。
それに黒騎士が前に出ると、魔法を防がれる可能性もあった。
そう考えると、早目に黒騎士をどうにかする必要はあった。
「あれも罠に嵌りそうか?」
「どうじゃろうな?
魔物では無いからのう」
「ううむ
人間であるなら…
罠も想定するか」
「ああ
しかし何者なんじゃろうな
人間である事は確かじゃが…」
「女神にミハイル以外の、信奉者が居たとはな」
「ああ
何処にあんな強力な兵士を隠していたのか…」
過去の女神との戦いで、精霊王もミハイルは見ていた。
そしてユミル王も、ミハイルと一戦交える事があった。
結果としては城に籠って、何とかやり過ごす事は出来た。
しかしその戦いでは、黒騎士の様な者は居なかったのだ。
「或いは新たに作ったか…」
「人間をか?
いくら女神でも…」
「さすがに無いか?」
「とは思うが…」
女神も制約や権限の問題があって、そうそう簡単には人間を生み出せない。
いや、正確には魔物も、生み出す為には制約があるのだ。
だからこそ足りない分を、黒騎士を使って補充しているのだ。
そうで無ければ、今頃は魔物の数が半減していただろう。
「人間である事は確かじゃ
しかし種族が何なのか…」
「それすら分らんか?」
「ああ
精霊の話では、人間か魔族の可能性が高いらしい」
「人間って…
あの人間か?」
「ああ
ワシ等亜人や獣人では無く、人間じゃ」
「そんな馬鹿な!
人間があれほどの力を…」
「出せないとは限らんじゃろう?
魔王やミハイルの事がある」
「しかし…」
精霊王の言っているのは、ガーディアンである可能性だった。
それならば、人間であっても十分に能力を高めれる。
しかし暗黒大陸に於いては、人間は最弱の種族だった。
それ故に奴隷狩りに遭い、散々狩られていたのだ。
「あの人間が…
あそこまでの力を?」
「勿論単独での力では無かろう
あの魔剣や鎧の力もあるじゃろう」
「ううむ
確かにそう考えれば…
しかし」
「ああ
容易では無かろう
じゃからあの黒い男も、時々苦しんでおる」
「そうじゃな
確かにワシも目撃した」
ユミル王は、何度か黒騎士と対峙していた。
王が無事だったのは、兵士が盾になっていた事もある。
しかし一番大きな理由は、黒騎士が途中で戦えなくなっていたからだ。
それでユミル王は、何とか撤退する事が出来ていた。
「あれが鎧や剣の副作用ならば…」
「その隙に倒すしか無いじゃろう」
「しかし機会が訪れるのか?」
「そうそう上手くは行かんじゃろうな」
「それよりは援軍を待って…」
「そっちも確実では無い
本当にこちらに向かっておるのか…」
精霊達は、飛空艇が飛び立った事は感知していた。
しかし具体的に、飛空艇がどの辺りに居るかまでは把握していなかった。
精霊の力でも、飛行している飛空艇を捉えられないのだ。
いや、その術を思いつかないという方が具体的だろう。
「別の大陸から、こちらに向かっているらしいが…
今頃何処に居るのかまでは…」
「精霊でも分からんか?」
「そうらしい
そもそも短時間で、この大陸に渡って来れるのか…」
「そうじゃな
どうやって来るつもりなのか」
ユミル王達は、飛空艇の事を知らなかった。
そもそも精霊すら、飛空艇の事を理解出来ていなかった。
だから空を飛ぶ船で、こちらに向かっているとは理解出来なかった。
それで精霊達も、飛空艇の位置を見失っていた。
風の精霊の力を使えば、見付ける事が出来た筈なのに、そこまで思い至らなかったのだ。
「間に合うのか?」
「どうじゃろうな
しかしどの道ワシ等は、与えられた役目を全うするだけじゃ」
「すまんのう
ワシ等の…」
「言うな
精霊も絡んでおるのじゃ
ワシ等にも関りがある」
精霊王としては、本来は自分達の力だけで戦いたかった。
ドワーフ達を巻き込む事は、王としても不本意だったのだ。
しかし魔物の侵攻は、想像の数倍の数で行われていた。
このままでは、ドワーフが全軍揃っていても変わらないだろう。
魔物を半数でも減らせれれば、それでも十分な戦果だと言えただろう。
それ程までに、魔物の数は多かったのだ。
「あの手前の2万を削っても…」
「黒い奴を倒さねばな
また復活するじゃろう
連中はそれ込みで動いておる」
「じゃろうな
減らしても減らしても、増えるのではな…」
彼らが生き残るには、魔物を滅ぼすか退けるしか無かった。
しかし魔物は、退く事は無さそうだ。
そうなれば、後は滅ぼすしか無いのだ。
「ワシが単騎特攻して…」
「駄目だ!
今日もそれで、奴を倒せなかったんだろう?」
「あれは部下達を…」
「お前が死んで…
それで何とかなるのか?」
「何とかする!」
「何とかするって…
具体的な策はあるのか?」
「砦に仕込んだ…」
「それは数を減らす為の策だろう?
それで黒い男も倒せるのか?」
「それは…」
ユミル王としては、策が決まれば多くの魔物を倒せると踏んでいた。
数百から数千の魔物を、仕掛けで一気に葬れるだろう。
しかしその仕掛けで、黒騎士を倒せる保証が無いのだ。
むしろ今までの戦いを見ていて、そんな策では躱される恐れも十分にあった。
「あれは地上を歩く、大型の魔物だから効果がある
黒い男には効くとは思えん」
「しかい巻込めれば…」
「その為にお前が、生餌となるつもりか?」
「ああ
ワシぐらいになれば、向こうも飛び付くじゃろう」
「そんな訳が…
むしろ警戒されるのでは無いか?」
「いや
今日の事があるから
向かって来るじゃろう」
今日の戦いでも、魔物はあと数歩のところまで迫っていた。
そう感じる様に、ユミル王も魔物をギリギリまで引き付けておいたのだ。
その効果で、一時大量の魔物を倒せていた。
しかし魔物は、再び黒騎士によって増やされていた。
ユミル王が前に出れば、魔物を引き付けれる可能性は十分にあった。
「今日の様に十分に引き付けて
そこで仕掛けを起動すれば…」
「危険じゃ!
そもそもお前が生きて戻る事を考慮しておらん!」
「ワシなんぞ居なくとも…」
「馬鹿者!
ドワーフ達はどうする?
お前が居なくなって…
どうなると思っているんじゃ!」
「ワシが居なくとも…」
「実際にはそうでも無かろう?
誰がドワーフの軍を指揮するのじゃ?」
精霊王のいう事も、尤もだった。
ユミル王が先頭に立っている為、士気が高揚していたのだ。
それが王が亡くなっては、ドワーフ達の士気は一気に下がるだろう。
そうなれば、作った砦を守る事も難しくなる。
「ワシは認めんぞ!
お前がどうしても行くと言うなら、ワシも一緒に行くぞ」
「何を馬鹿な事を!
お前が居なくなったら…」
「それはお前も一緒じゃろう!
勝手に死のうとするな!」
精霊王はそう言って、ユミル王を正面から見詰める。
その真剣な眼差しから、ユミル王は視線を逸らせられなかった。
「どうあっても…」
「ああ
お前一人で行こうとするな
その時はワシ等も一緒じゃ
共に魔物を巻き込んで、派手に散ってくれるわ」
「そう…じゃな」
ユミル王は精霊王の説得を受けて、何とか思い留まる事となる。
しかし依然として、妖精の国の危機は去ってはいない。
早く援軍が来て、どうにかするしか無いのだ。
ユミル王はそう思いながら、グラスを空にするのだった。
まだまだ続きます。
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