第747話
魔物の群れは、妖精の国に攻め込んでいた
そこでは多くの生き物が、魔物によって殺されていた
そしてその亡骸は、黒騎士の黒い剣に集められていた
そうして争いの跡には、生き物の死骸は残されていなかった
魔物の侵攻によって、妖精の国の近くの森は荒らされていた
しかし人間の被害は、思ったよりも少なかった
それは妖精の国の手前に、ドワーフ達が砦を作っていたからだ
そこには自動で斉射される、弩弓が設置されていた
「ユミル様!」
「ユミル王!」
「大丈夫じゃ
かすり傷じゃ」
「しかし王が傷を負うなんて…」
「ふん
あの黒いの、人間のくせにやりおるわ」
「へ?」
「人間?」
「ああ」
「人間ってあの?」
「魔族では無いのですか?」
「いや、魔物だろう?」
「いや、あれは人間じゃ」
ユミル王は、砦で黒騎士と切り合っていた。
そこでユミルは、彼が負傷したのを見ていた。
恐らくこれが、黒騎士が戦場で初めての負傷だった。
そして負傷した傷からは、赤い血が流れていた。
「魔族ならば、青白い肌に紫の血が流れておる
しかしあの者は、赤い血を流しておった」
「それでは他の種族では?」
「そうですよ
人間があんなに強いなんて」
「そうですよ
人間って弱いんですよ」
「そうじゃがな
あれは人間じゃ
恐らくはワシや、精霊王などと同じ存在じゃろう」
「ユミル王と?」
「そんな恐ろしい者が、魔物の手先に?」
兵士達の言葉に、ユミルは静かに首を横に振った。
「恐らくは女神じゃ
女神が従えておるのじゃろう」
「女神…」
「あの悪魔め!」
「我々や魔族に飽き足らず、人間までも」
「そうじゃな
人間も襲われたのじゃろう
その中から使えそうな奴を、ああして従えておるのじゃろう」
ユミル王は、黒騎士をガーディアンであると考えていた。
それほどまでに、彼の強さは異常だった。
確かに装備には、破格な加護や付与が行われている。
しかしそれだけでは、あれほどの力を発揮出来ないだろう。
「ともあれ、先ずは精霊王と相談じゃな
砦を壊されてしまったわい」
「すいません
我々が力及ばないばかりに…」
「そうではない
あれほどの数とはな…
一体何処に隠しておったんじゃ?」
魔物はここに来て、一気に攻め込んで来ていた。
その数は今までの数倍、数万を超える軍勢だった。
それが黒い海の様に、妖精の国に向かって攻め込んで来た。
「魔物の数が多過ぎるわい
ワシが数十人居っても、ここは守れんじゃろう」
「え?」
「ユミル王が数十人?」
ユミル王の言葉に、兵士達は困惑した表情になる。
ユミル王はエルダードワーフと言って、通常のドワーフとは違っていた。
背丈も人間よりも大きく、筋骨隆々とした2mを超える巨漢だ。
そんなユミル王が数十人も居たら、それこそ魔物だって逃げ出しそうだった。
「何じゃ?
何かおかしいか?」
「いや、ユミル王が数人でも…」
「ええ
魔物が逃げ出しますよ」
「そんな訳は無かろう
現に魔物は、今もこちらに向かって来ておる」
「それは表現ってもので…」
「それにユミル王もお一人でしょう?」
「うむ?
そうじゃな
わっはっはっはっ」
ユミル王は豪快に笑って、戦場の様子を眺める。
ここは妖精の国なので、樹上に通り道が作られている。
ユミル王もこの通路を使って、黒騎士から何とか逃げ出していた。
通路は精霊の加護で形成されているので、魔物は近付けないのだ。
「ううむ
もう少し減らしたかったのう」
「それは贅沢という物でしょう
これでも十分に削れていますよ」
「しかしじゃな、数万の軍勢の数千程度じゃろう?
このままではもたんぞ」
「そうですね
精霊王様も何かお考えの様子ですし」
「そうであって欲しいのう
このまま滅びるにはあまりにも忍びない」
妖精の国の樹上都市は、他に並ぶ物も無い絶景である。
自然と妖精達の暮らしが混ざり合い、美しい景観を作っている。
特に中央にある、世界樹の姿は圧巻だった。
他の樹木と絡み合い、その通路を遥か上空まで伸ばしていた。
「逃げるだけなら簡単なんじゃがのう
この上に居れば、奴等は手出しが出来ん」
「そうでも無さそうですよ…」
「ほ!
ワシ等の真似をするか」
魔物達は、ドワーフの砦を破壊していた。
その際に弩弓を、そのまま引っこ抜いて来ていた。
詳しい構造は分からないのだろう、そのまま弦を引いて放って来た。
それでも強力な弦を使っているので、矢は樹上近くまで飛んで来ていた。
「ユミル様」
「慌てるな
奴等は使いこなしておらん
問題は…」
「や、止めろ!」
「ぐわああああ」
下の方で、ドワーフの兵士と妖精の兵士の断末魔が聞こえる。
今日も数人が捕まって、黒騎士の剣に吸収されていた。
その行為にどんな意味があるのか分からないが、どうせ碌な事では無いだろう。
樹上の兵士達は、悲鳴を上げる仲間から、視線を逸らしていた。
「あの黒いの…
一体何をしておるんじゃ?」
「ユミル王が分からない事を、私らが分かると?」
「そうじゃがな
何かヒントは無いかなと…
やはり吸収しておるな」
「そうですね」
「何の目的があって…」
逃げ遅れて捕まった者達は、黒騎士の魔剣の靄に吸収されていた。
その靄は一定量に膨れ上がると、魔物や周囲に拡散していた。
魔物は靄を吸収し、その他の靄は魔物に姿を変えていた。
その事から、ユミルはある程度の確証は得ていた。
しかしそれを表現するには、この場ではマズかった。
「魔物に与えていますよね?」
「それに魔物が現れるのも見ました」
「もしかしたら…」
「うむ
その可能性は高いじゃろう…
しかし確証が無いのう」
「ですがあれでは!」
「そうですよ?
どう見ても…」
「うむ
そうじゃろうな」
ユミルは唸りながらも、その光景を見詰めていた。
しかしバリスタの矢が、彼等の足元にも向かって来た。
あまり長居していては、ここも狙われそうだ。
ユミルは合図をして、その兵器の破壊を命じる。
「敵に渡ると厄介じゃのう
破壊しろ」
「はい」
「投擲用意!」
ドワーフ達は、斧やハンマーを構えて下方を睨む。
そうして振り被ってから、手にした斧やハンマーを放り投げる。
それはクルクルと回転して、下方の弩弓に直撃する。
そうして魔物に鹵獲された、弩弓は簡単に破壊された。
「うむ
いつ見ても見事じゃな」
「あれぐらい大きな物なら簡単です」
「そうですぞ
奴等動かないし」
そうは言っても、相当な重さの斧やハンマーだ。
それをドワーフ達は、軽々と放って命中させていた。
彼等は何も、命中させる事は苦手では無いのだ。
ただドワーフ達にとっては、弓では軽すぎて扱い辛いのだ。
「ある程度重たい物なら…」
「そうですな」
「しかし鉄が勿体無い」
「木製なら良いのですが…
今度は軽くて狙い難い」
「そうじゃな
ワシ等は斧やハンマーの方が扱い易い」
ドワーフ達はそう言って、周囲に用意してあった斧やハンマーを投擲した。
その様子を、エルフ達は呆れて見ていた。
彼等からすると、その様な重たい物を投げる方が異常だった。
彼等は軽い弓を装備して、一気に数発の矢を斉射する。
その辺が、エルフ達とドワーフ達の違いであった。
「あんな重たい物を…」
「やはりドワーフの頭の中も、筋肉で詰まっていると言うのは本当だな」
「ああ
あんな事を…」
「我等は優雅に、この弓で狙い撃ちするのが常道
あんな戦いは出来んな」
あの様な力任せの戦いをするので、エルフからの評価は孫辣だった。
しかしそれは、ドワーフを馬鹿にしている訳では無い。
彼等もドワーフの戦い方には、思うところはあるのだ。
自分達では出来ない、泥臭い戦い方を出来るからだ。
「ふふん
どうじゃ!」
「お前等ひょろっこい腕では、こんな真似は出来んじゃろう?」
「何を?
こっちはこうしてやるだけだ」
「そうだぞ
一撃なら負けん!」
挑発されたエルフの戦士達は、一斉に矢を番えて放つ。
それは弩弓も周りに立っていた、魔物達の頭を射抜いていた。
オーガやオークぐらいなら、一撃で屠る事も出来るのだ。
その光景を見て、今度はエルフ達がドヤ顔になっていた。
「どうだ!」
「こっちの方が倒しているぞ」
「うぬぬぬ…」
「くそっ
威力ではこっちが上なのに」
「仕方が無いさ
ああも容易く射抜かれてはな」
「そうじゃのう
命中率ではあ奴等の方が上じゃ」
ドワーフ達も、エルフ達の腕は認めていた。
彼等は仲は良く無いが、対立している訳では無いのだ。
生活様式や、考え方があまりにも違うだけなのだ。
そして今は、利害を超えた関係で共闘しているのだ。
「くっ
悔しいがここは、あいつ等のテリトリーじゃからな」
「そうじゃのう
森では敵わん」
「しかしあんた等も凄いよな」
「そうだぜ
あんな威力は出せないよ」
あんな威力とは、一撃で弩弓を破壊した事だった。
さすがに大きなハンマーが直撃しては、頑丈な弩弓ももたなかった。
一撃で打ち砕かれて、ただの木片と化していた。
それを可能に出来るのは、ドワーフの膂力があってこそだろう。
「さあ
そろそろ引き上げるぞ」
「そうですね
魔物が集まっています」
「これ以上は加護があっても危険です」
現状で彼等の周りには、精霊の加護が働いている。
しかし加護は、魔物に忌避感を抱かせるだけの代物だ。
魔物の遠距離攻撃や、間合い外からの投擲までは防げない。
弩弓の矢が飛んでいたのも、加護がそこまで万能では無いからだ。
「魔物は接近出来んが、それだけじゃ
投擲されれば危険じゃ」
「そうですね
それに弓を扱える魔物も…
鬱陶しいですね」
エルフはそう言いながら、ゴブリン・アーチャーを狙い撃っていた。
この距離からならば、ゴブリン・アーチャーの腕では狙えない。
しかしエルフなら、ここからでも十分に狙撃出来た。
それでエルフ達は、弓を担いだ魔物を狙い撃ちする。
「少し減らしましたが…」
「また増えていますね」
「うむ
あの靄が厄介じゃな」
黒騎士の靄から、再び魔物が生み出される。
以前はオーガやギガースが生まれていたが、最近では上位種も生み出されている。
そして厄介なのが、そうして生み出された上位種であった。
個々に特殊能力を持っているので、中々に侮れないのだ。
「ゴブリンでも結構な弓の腕ですからな」
「あれがオークやオーガになれば…」
「上位種が生まれると?」
「可能性はありますね」
ユミルの言葉に、エルフは苦々し気に頷く。
先日までの様子ならば、大丈夫でしょうと言っていただろう。
しかし今日の戦場では、見慣れない新たな魔物も加わっていた。
この調子で増えるのならば、何が現れても驚かないだろう。
「あの馬の…」
「そうですね
あの魔物は厄介だった」
「弓矢も扱えていた
あれに動き回られると…」
馬の魔物とは、セントールが召喚されていたのだ。
数こそ少なかったので、それほどの被害は出ていなかった。
しかしあれが数が揃っていたなら、ユミル王も囲まれて逃げられなかっただろう。
数が少なかったからこそ、エルフの支援で切り抜けられたのだから。
「うむ
油断は出来んな…」
ユミル王も頷くと、木の枝を伝って移動を始める。
その場に留まっていては、再びアーチャーに狙われるだろう。
数を少々減らしても、黒騎士が再び召喚するのだ。
そうなれば、魔物を殺しても切りが無いのだ。
黒騎士は配下の魔物が殺されても、その死骸を魔剣に吸収していた。
そうして再び、新たな魔物として呼び出すのだ。
だから少々殺されても、全体の数はそう変わらない。
むしろドワーフやエルフが捕まって、数は増えている可能性すらあった。
ユミル王達は、そのまま枝を伝って移動する。
そうして一際大きな、天を突く様な巨木の方へ向かって行った。
それこそが妖精の国の中心である、世界樹の幹であった。
妖精の国の城は、その世界樹の幹に作られている。
「ユミル王
お帰りなさい」
「みんな無事に戻ったか?」
「魔物め…」
ユミル王達が戻って来たのを見て、エルフやドワーフ達が声を掛ける。
ここは妖精の国の樹上都市で、世界樹の幹の周りに作られている。
世界樹から伸びた枝を、加工して建物に作り変えているのだ。
そうした家々が立ち並んで、広場の様なスペースが出来上がっている。
この様な広場が世界樹の周りに、無数に作られていた。
それが枝で繋がれて、他の木にも移動出来る様になっている。
そうして多くのエルフ達は、樹上で生活をしているのだ。
だからこそ彼等は、樹上を巧みに走り回る事が出来るのだ。
「精霊王は?」
「城の中心にいらっしゃいます」
「また加護を強化しておるのか?」
「はい」
「そうしなければ魔物が…」
「いずれ破られるというのに…」
精霊王は、城の中心で加護の結界を張っていた。
一度作れば、それは数日はもつ筈なのだ。
しかし万全を期す為に、精霊王は毎日の様に結界を重ねて張っていた。
それは我が子である、エルフ達が魔物に襲われない様にする為だった。
重ねて張ったからと言って、結界の効果が高まる訳では無い。
しかし精霊王は、それでも結界を張り続けているのだ。
少しでも我が子達が、無事で過ごせる様に張っているのだ。
それが単なる気休めでも、精霊王には重要な事だったのだ。
「しょうの無い奴じゃのう」
ユミル王はそう言いながら、精霊王が居る城の中心に向かうのであった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。