第744話
アーネスト達は、そのまま飛空艇で停泊した
島からも距離を置いて、見付かり難くしてある
そして船内から、外には灯りは漏れていなかった
これは飛空艇が、特殊な木材で出来上がっているからだった
飛空艇の中では、魔石のランタンの灯りが灯されていた
火を焚く必要は無いし、木材なので危険だった
キッチンの機材も、火では無く魔石で温める様になっていた。
魔石の魔力を使って、金属を熱したりするのだ。
「異常は無いか?」
「はい
魔物の姿も見えません」
「ご苦労」
「はい」
イチロとエルリック、アーネストが交代で見回る。
騎士も数人が外に立ち、甲板から周囲を見回していた。
魔物に関しては、レーダーで確認がされていた。
しかし念の為に、こうして歩哨も立っていたのだ。
「今夜は問題無さそうだな…
もう少し回ったら交代するか」
イチロはそう呟くと、懐中時計を出して時間を確認する。
子午線を移動しているので、少し時刻にズレが生じている。
しかしそれも、この懐中時計にはあまり関係が無かった。
時計はあくまで、時刻を見る物だからだ。
「ここに来て、時刻のズレを感じるとはな…」
イチロは元の世界では、そんなに旅行に出る事は無かった。
田舎の祖母の家に、盆や正月に訪問するぐらいだった。
だから今回の様な、時間のズレを感じる事は無かった。
それが異世界に来てから、しかも長い年月を封印されてから経験したのだ。
それは何か、感慨深いものがあった。
「そろそろレーダーを確認するか」
イチロはそう言って、肌寒い甲板から船内に入る。
船内に入ると、そこは既に暖かかった。
火も焚いていないのに、船内は快適なぐらいの暖かさだ。
これは船の素材が、まだ生きているからなのだそうだ。
「暖かいな…」
「そろそろ交代の時間よ」
「うん
イチロが来るまで寝ないって、エレンが騒いでね」
「しょうが無いな…」
「そうなのよ
それなのに少し前に、アナスタシアと抱き合って寝むっちゃって…」
「はははは
仕方が無いな」
「そうなのよ
だからファリスも起きてるわ」
「チセは?」
「すぐに寝ちゃった」
「はは
チセらしいな」
イチロはアーネストに声を掛けて、交代で就寝する事になる。
アーネストは簡単に見回ると、レーダーの見える場所に座った。
そして魔導書や資料を取り出して、レーダーを時々見ながら読み耽っていた。
アーネストにとっては、この時間は研究に持って来いの時間だったのだ。
「本を読んでいるの?」
「ああ
魔導書を確認している」
「あなたはガーディアンなのよ?
ほとんどの魔法は使える筈だわ」
「そうなのか?
しかし使えない魔法は多いぞ」
「おかしいわね…」
「この本の魔法なんだが…」
「ああ
魔導王国の研究者、マクスウェルの魔導書ね
それは仕方が無いわ」
「え?」
「彼の記した魔法は、ほとんど欠陥品なのよ
そんな本なんて何処で見付けたの?」
「いや…
アモンが残した本なのだが?」
「アモン…
そうね
彼は魔法をほとんど使えなかったから、偽物だって知らなかったのね」
「偽物…
使え無いのか?」
「そうね
そのままでは使えないわ
確か写本前の本物が…」
女神はそう言うと、空間収納から本を数冊取り出す。
「こっちが元になった本物の魔導書よ」
「本物って…」
「いい加減に写本したのね、それで呪文や理論に欠陥があるの
アスタロト居れば…」
「そうか
しかしこれを解読出来れば…」
「そうね
少しは魔導の神髄が理解出来るかも?
ついでにこっちも渡しておくわ」
「これは?」
「魔導の神髄
魔法の大系と理論を纏めた物よ」
「良いのか?」
「アスタロトが書いた理論を書いた本ね
エルリックが必要かもって…
この事を予見していたのかしら?」
「エルリックが…
助かる」
アーネストは書物を受け取り、貪る様にそれを読み始めた。
その姿を見て、イスリールは肩を竦めていた。
「全く
アスタロトといい、あなたといい…」
「ん?」
「何でも無いわ
根を詰め過ぎない様にね」
「ああ
見張りの時間だけだ」
「それを…
まあ良いわ」
イスリールはそう言うと、再び艦橋の隅に移動する。
そうして目を閉じると、眠った様に動かなくなった。
それにも気付かず、アーネストは魔導書を読み耽っていた。
それはさっきの魔導書の、問題点を補う様な出来だった。
それでアーネストは、幾つか使えなかった魔法の問題点を確認する。
この調子なら、魔物に効果的な攻撃が出来そうだった。
翌日の朝になると、アーネストは眠そうな目を擦っていた。
「大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題無い」
アーネストはそう言うと、ポーションを取り出してそれを飲み干す。
「おい
ポーションなんて…」
「これは睡眠不足を補うポーションなんだ」
「睡眠不足を?」
「ああ
疲労の回復と、眠気を打ち消す成分が含まれている」
「うわあ…
身体に悪そうだな」
「そうか?
眠気が覚めてスッキリするぞ?」
「それがマズいんだって
眠気を誤魔化すなんて…」
イチロは栄養ドリンクを思い出し、アーネストの事を心配していた。
しかしここは、魔法が当たり前の世界なのだ。
イチロが知っている様な、ドリンクとポーションは違っていた。
アーネストは本当に、元気になって生き生きとしていた。
「ほら
こんなに元気になっているんだ」
「本当にか?」
「イチロが想像している物とは違うぞ
あれは本当に身体を回復して、元気にするポーションじゃ」
「本当に?」
「ああ
しかし多用は禁物じゃ
何せ精神までは回復出来ん」
「あ…」
「身体は元気になるがな…」
「お、恐ろしい…」
イチロはその様子を、サラリーマンが栄養ドリンクで無理矢理働く姿を思い出す。
確かに彼等も、見た目は元気になっていた。
しかし次第に精神的に疲れて、死んだ様な目をしていた。
これはもっと、身体を元気にするのだろう。
しかし同様に、精神は疲弊して疲れてすり減らされるだろう。
「社畜…」
「うむ
そこは私も同意じゃ
アスタロトがよく使っておったがのう
次第に死んだ様な目になって行くのじゃ」
「アスタロトも?
ほら見ろ
有効なドリンクなんだぞ」
「ああ
確かに効果はあるだろうが…
話をちゃんと聞けよ」
イスリールもポーションには、危険性が備わっていると知っていた。
アスタロトが既に、その中毒性を証明していたからだ。
彼は研究の為に、ポーションをがぶ飲みしながら数日徹夜を行っていた。
そしてその最後の方では、死んだ様な目でフラフラと仕事していたのだ。
何度それで、ルシフェルが休めと叱っていた事だろう。
「そのポーションの使い方は危険じゃぞ
何せ身体は元気になるが、精神までは回復しないんじゃ」
「そうですか?
寝なくて良いなんて便利でしょう?」
「馬鹿者!
それが既に危険なんじゃ!
しまいには倒れるぞ?」
「はははは
大袈裟な」
「イチロ…
お前の意見の方が正しいかも…」
「そうですね
既に半分中毒になっていますね」
二人は鼻歌を歌う、アーネストを呆れて見ていた。
彼自身は、精神までは回復しない事を気にしていなかった。
それがどれほど恐ろしい事なのか、倒れるまで理解出来ないだろう。
「イチロ
ドワーフの国に着いた際には…」
「ええ
火酒があります
あいつも酒は好きそうですし」
「そうじゃな
そうするしか無いか…」
イチロとイスリールは、コッソリと密談していた。
食事の際に、アーネストは葡萄酒を必ず飲んでいた。
それだけ酒が好きで、欠かせないのだ。
だからこそドワーフの国に着いたら、飲ませて酔い潰そうと言うのだ。
ドワーフ達も酒が好きで、強力な火酒を作って愛飲していた。
それは人間には、強すぎるぐらいの酒精なのだ。
だから無茶をするアーネストを、酔い潰してでも休ませよう言うのだ。
「考えてみれば、こ奴はほとんど寝てい無いのう」
「え?」
「神殿に来る前は知らんが、その後はほとんど寝ておらん」
「まさか?」
「そのまさかじゃろう
あの様子じゃ
普段から使っておるのじゃ」
「既に中毒者か…」
「うむ
その末路はお主も知っておろう」
「ああ
アスタロトだけと思っていたが…
こいつも同じなんだな」
イチロはそう言って、女神の言葉に頷いていた。
飛空艇は既に飛び立ち、島を避ける様に大陸に向かう。
一見すると、アーネストには何も問題は無さそうだった。
しかし彼は、既に貫徹を繰り返している可能性が高かった。
「島国を抜けたわよ」
「ああ
そろそろ陸地が見えるか?」
「レーダーにはまだ…
あ、見えて来たわ」
ようやくレーダーにも、暗黒大陸の東端が見えて来た。
それから少し飛んで、肉眼でも海岸線が見えて来た。
このまま町や集落を避けて、大陸を西へ抜けて行くのだ。
そうすれば妖精の王国に、辿り着ける筈だ。
「アーネスト
もう少し南に向かって」
「こうか?」
「そうよ
町もだけど、集落もあるからね」
ファリスはレーダーを確認しながら、アーネストを誘導する。
レーダーには集落らしい、人工物が並ぶ様子が映し出される。
それに近付かない様に、飛空艇を移動させる。
アーネストはファリスの指示に従って、飛空艇の向きを巧みに変えていた。
「上手いわ
これで暫くは大丈夫ね」
「だが、日が沈むの早い
なるべく進みたいな」
「そうね
この辺りには魔物は居ないのかしら?」
「そういえば…」
ファリスは改めて、レーダーに映る情報に注目する。
そこには確かに、光点が集まる場所は幾つかあった。
しかし人工物が密集しているので、そこは恐らくは人間の町か村だろう。
こうして改めて見ると、魔物の姿は見られなかった。
「どういう事?
人間の町や村しか無いわ
魔物なんて居ないわよ」
「え?」
「そんな筈は無い
確かに精霊達も、あちこちで魔物に襲われたと…」
ファリスの発言に、イスリールは首を横に振って否定する。
魔物の情報は、精霊達からももたらされていた。
しかしこの辺りには、魔物らしき姿は見当たらなかった。
「なあ
その妖精の国へ向かっているからじゃ無いか?
ここらに来ていた魔物も、西に集まっているんじゃ…」
「その可能性もあるが…
それにしては少ないな
本当に魔物の被害は無いんだな」
イチロもレーダーを見て、集落等が健在なのを確認する。
これだけ町や村が無事なら、魔物はこの辺りに来ていない事になる。
そしてそれは、実際に魔物達の行程でもそうだった。
魔物はアレクサンドリアまで来たが、そこで向きを変えたのだ。
「どうする?
本当に魔物が居るのか?」
「確かに居る筈じゃ
しかし私には…」
「そうだよな
ここからでは確認出来ない」
「このまま進むしか無いだろう?」
「そうだな
もしかしたら、この辺には魔物は来ていないだけかも知れない」
「そ、そうじゃな…」
アーネストの意見に、イチロも賛同していた。
可能性は低いが、魔物がここまで来なかった可能性はあるのだ。
そうなれば、今も妖精の国が襲われている事になる。
逆にそうなれば、なお一層に急ぐ必要があるのだ。
「兎に角情報が欲しいな…
この辺りで降りて…」
「駄目じゃ!
アーネストも言っておったじゃろう?」
「だよな…」
飛空艇は暗黒大陸の、真ん中を東から入って来ていた。
これより北は、実はあまり生物は住んでいない未開の地だった。
ここはアレクサンドリアやボルチモアよりもさらに北を進んでいた。
だからここには、魔物の痕跡は無かったのだ。
「どうする?
このまま西に進むので良いのか?」
「そうじゃな
この辺りは分からぬ事も多い…」
女神はパネルを操作して、暗黒大陸の地図を映し出す。
「今はこの辺りじゃな」
「ちょうどアメリカの北か…
ドワーフの国は?」
「もう少し南じゃな」
「そうか
それならこう進んで…」
「ここに大きな街がある
それにこっちには城塞都市もあるぞ」
「分からないんじゃ…」
「衛星写真で見たからのう
大きな街の場所は、何とか分かる」
「そうか
逆に小さな集落は…」
「うむ
これでは分からん
じゃから注意する必要がある」
女神は地図上に、大きな街を避ける様に印を付ける。
それを可視化出来る様に、進路のマーカーをアーネストにも見える様に出す。
「この青い印を目指して、進む様にするのじゃ」
「大丈夫なのか?」
「なあに
レーダーで集落は発見出来る」
「そうね
細かい調整は私が指示するわ」
「分かった
そのまま進むぞ」
アーネストは女神が出した、マーカーに従って南西に向きを変える。
そうして集落を避ける様に、飛空艇を進めて行った。
しかし西に向かうので、どうしても日の陰りが早くなっていた。
飛空艇はそのまま暫く進んだが、やがて周囲が茜色に染まり始めた。
「今日はここまでじゃな」
「周囲に集落や町は?」
「この辺には無いわ
そのまま停めても大丈夫よ」
「そうか
それではここで停めるぞ」
アーネストは舵輪を引いて、飛空艇の進行を停めた。
そうして一行は、大きな湿地帯の上空に飛空艇を停めた。
この辺りは見渡す限りの湿原で、人間が暮らせそうな場所は少なかった。
それが逆に、魔物を近付けない要因になっていたのだろう。
「ここは湿原なんだな」
「湿原?」
「ああ
あちこちに沼が在って、小さな水場が点在しているだろう?」
イチロはそう言って、この辺りの地形について説明する。
しかしそれは、イチロが知っている範囲での知識だった。
それはあくまで、テレビの特番で知った程度の話だった。
そしてアーネストは、この地が死の沼地に似ていると感じていた。
「何も無ければ…
良いのだが」
アーネストは、そう呟いて沼地を見ていた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




