第743話
イチロ達は食事をしながら、周辺の地図を確認する
それは女神がパネルに映していた、地図を紙に写し出した物だった
それを確認して、ここから近い陸地の地形を確認する
島の向こう側に、ここから1日ほどで着けそうな町が描かれていた
その町は大陸の東端に位置していて、そこにも住民が住んでいると見られる
見られると言うのは、イスリールでは確かめ様が無いからだ
イスリールの権限では、衛星からの地上の様子は見られる
しかし住民の内訳や、国の様子は閲覧出来ないのだ
「住民は居るんだな?」
「ええ
高高度から確認した、衛星写真には人の姿が映っていました」
「人ねえ…
この絵では人間かどうかは分からないな…」
「せめて色が着いていれば、魔族か分かりますのに…」
「そうですね」
「魔族?
どう見ても人間に見えるが?」
「魔族と人間の大きな違いは、その肌の色なんだ」
「魔族の全てが、羽や角がある訳ではありません
多くが人間と変わらない容姿をしています」
「おいおい
それじゃあ人間と…」
「肌の色が青白く、体内に魔石を保有する者が多い
それが魔族の特徴だ」
「肌の色?」
魔族の見た目は、ほとんどが人間とは変わらない。
中には角が生えていたり、蝙蝠の様な翼を持つ者も居る。
しかし見た目の大きな違いは、肌の色が上げられるだろう。
魔族の血液には、魔素を循環する成分が流れている。
それが血液を青くして、肌の色にも影響を与えていた。
「魔族の身体には、普通の人間には無い器官が備わっています」
「人間には無い?」
「ああ
魔石だ」
「しかし魔石なら…」
「ああ
一部の亜人や、獣人も備えている
しかし魔族は根幹から違っている」
「身体の血液の中に、魔素を流す血液が流れているの」
「魔素?」
「ああ
それが食物の栄養の様に、魔族の身体の中に流れている
それが無ければ、魔族は生きられないんだ」
「え?
それって…」
「ああ
だから肌の色が違うし、魔石が自然に形成される」
「赤ちゃんには無いけれど、ある程度育つと魔石が出来るの
そして成長に合わせて、魔石は大きくなるのよ」
「へえ…」
亜人や獣人も、魔力を多く扱う者は魔石を有する。
しかしそれは、魔力の影響で生成される物だ。
魔族は最初から、魔力を必要とした生き物だ。
だから魔石は、ほぼ例外なく生成される。
魔石が生成されない者は、障害者として保護されて生活していた。
魔力を供給されなければ、まともに生活も出来ないからだ。
魔族は魔力を得る事で、身体の活力を得る事が出来る。
その魔力を、身体に補充する必要があるからだ。
「本当は、魔力が無くても生きられるんですがね…」
「しょうが無いだろう?
魔力に甘んじた生活を続けているんだから」
「魔力に甘んじたとは?」
「身体の力を、魔力で補っているんだ
身体強化が常時使われている状態だな」
「何か問題でも?」
「おいおい…
身体強化だぞ?
それが切れたらどうなると思う?」
「あ…」
「何も筋力や耐性だけじゃ無いぞ?
内臓や心臓も恩恵を受けている
それで魔族は、本来は強い種族なんだがな…」
「設計ミスじゃ
まさか子供の頃からだと、成長の妨げになるとは思わなんだ…」
「そうだな
それに頼りっきりになる
それが身体を鍛える妨げになるんだよな…」
人間ぐらいに鍛えてから、常時身体強化が使えれば強いだろう。
しかし鍛える前から強くて、同じぐらいの強さで甘んじてしまう。
そうなると、身体強化が切れるとたちまち弱くなってしまう。
これが魔族が、滅びる原因となってしまった。
「オレの世界では、魔力がほとんど無かったからな…
それが魔族が淘汰された原因だろう」
「そうじゃな
それと人間と交わっていった
それで魔族は居なくなったのじゃろう」
「そうだな
物語には出て来ていた
それがいつしか見られなくなっていった…」
「人間と混ざって行く事で、その特性も失われて行ったのか?」
「ああ
血液も変わって行ったんだろうな
魔素を補充出来ないからな」
「変わって?」
「ああ
多くの生き物には、環境で身体を変化させる能力がある
オレ達の世界では、それを進化と言うがな」
「進化…
進んで変化するって事か」
「そうだ
どっちかと言えば、退化しているがな」
「たいかと言うのは?」
「能力を失う事だ
この場合は魔素を受け入れて流す血液と、それを溜める魔石だな」
「そうか…」
魔族も生活に魔力が無ければ、身体強化も使え無いだろう。
それに血液も、集めるべき魔力が無かったのだ。
それで世代を経る内に、魔石や血液も変化して失われたのだ。
それは進化と言うよりも、退化と言うべきだろう。
「それで?
彼等は魔族なのか?」
「この絵だけでは何とも…」
「そうだな
写真は白黒だからな、肌の色は分からないな」
「人間でも魔族でも、どちでも良いじゃない」
「ファリス?」
「問題はどうするかよ
接触するの?」
「話を聞くか…
しかし協力的か…」
「止めておけ
危険だ」
「アーネスト?」
ここでアーネストは、彼等に接触する事を止めろと進言した。
それはアーネストが、彼等の様子を多少なりとも知っていたからだ。
彼は先日のオウルアイでの会談で、奴隷の男性から話を聞いていた。
それでここが、どういった国か知っていた。
「何故だ?」
「実は少し前にな、奴隷から話を聞いたんだ」
「奴隷?
奴隷制は無いって…
どういう事だ!」
「アーネスト?
クリサリスには奴隷制は無かった筈だが?
何が起こったんだ?」
「イチロもエルリックも落ち着け
クリサリスの奴隷では無い
ここの奴隷だ」
「ここの?」
「一体どうやって?」
「ああ
話を戻すぞ」
アーネストはそう言って、男との会談で得た内容を記した書類を出す。
「場所はハッキリとしていないがな
恐らくこの大陸から流れ着いたんだ」
「流れ着いたって…」
「この大陸でな、大きな戦争が起こっているらしい
それでこの奴隷も、主人に従って東に移動していた」
「戦争ってまさか…」
「そうね
界の女神が、魔力を集める為に人間を殺して回っていたのね
それで逃げ出したのでしょう」
「ああ
東に向かって逃げていたらしい
らしいと言うのも、彼が奴隷だったからな」
「そうだな
奴隷なら詳しい事情も知らないか…」
アーネストは頷くと、話を続ける。
「彼の乗っていた船は、魔物に襲われて沈んでしまった
彼は運よく、流された小舟に乗り込んだ
しかしその後に嵐に遭い…」
「それで流されて来たと?
エジンバラやフランシスでは無いのか?」
「言葉が違っていた
彼が話す言葉は、古代帝国語だった」
「ああ…
それは無いか」
「古代帝国語?」
「アース・シーに昔あった国の名前よ
今の帝国…
これも滅びてしまったわ
その国はその前にあった帝国よ」
「なるほど
昔の言葉に共通していたのか
しかし何故?」
「それは今は関係無いだろう?
兎も角その奴隷は、小舟に乗って流されて来たんだ」
「偶然にか?」
「そうだな
しかし他に考えられ無いだろう?」
「そうだな
アース・シーでは考えられない
ならばこの暗黒大陸なんだろう」
「そうか…」
イチロは、手渡された資料に目を通した。
そこには男が、魔族に支配された国に住んでいた事が記されていた。
魔族は他の種族を支配すべく、繰り返し戦争を行っていた。
彼はその戦争で、母親共々魔族に捕らえられていた。
「ううむ…
母親も捕まったのか」
「え?
母親はどうなったの?」
「若い母親だったのだろう
この先は話す事は出来ないな」
「あ…
アナスタシアやエレンには見せないで」
「分かっている」
「何で?」
「私達も見たい」
「見ては駄目!
善くない事が書かれているの」
「うう…」
「気になる…」
「碌な事じゃ無い
読むな!」
「はあい…」
イチロ達は、子供であるアナスタシアとエレンには資料を見せなかった。
それは母親が、その後に魔族の慰み者になった事も書かれていた。
彼は理解していなかったが、アーネストが聞いた限りではそうだった。
そして病死とされていたが、それも怪しいと感じていた。
「こんな場所に向かったら…
どうなると思う?」
「しかし、ここでは無いかも知れないだろう?」
「同じ暗黒大陸の町だ
魔族の支配下だったらどうする?」
「それは…」
「人間だけでは無い、獣人も狙われているんだぞ」
アーネストの言葉に、イチロはアイシャの方を見る。
彼女は獣人にしては、人間に近い姿をしている。
可愛らしい狐の獣人は、奴隷としては格好の獲物だろう。
そう考えれば、この町には近づかない方が良いだろう。
「しかし妖精の国もあるんだろう?
そこはエルフの王国で…」
「イスリールの話では、そこは大陸の西なんだよな」
「ええ
かなり南西に進んだ場所と聞いています」
「他にもドワーフの国も…」
「そこは何処なんだ?」
「恐らくはこの西でしょう
しかし精霊達の話では…」
「その国も魔物が攻め込んだそうです
今は居ない様ですが…」
「ううむ
ここでは無いんだな」
「ああ
聞いた限りでは、魔族の国とはここの事だろう」
「そうか…
このまま西に進むしか無いか」
「ああ
ドワーフの国までは、近付かない方が良いだろう」
「そうだな」
ドワーフの国ならば、魔族の国よりは協力的だろう。
それに話を聞く限りでは、ドワーフ王も妖精の国に留まっているらしい。
情報を得る為に立ち寄るなら、ドワーフの国まで向かうしか無いだろう。
それまでは危険なので、町や村は避けて進むしか無かった。
「かなり厳しいが、先に進むしか無いな
情報を求めるのは…」
「そうだな
ドワーフの国だろう」
「それじゃあ町を離れて進むのね」
「ああ
情勢が分からないからな」
「そうね
奴隷にされるなんて真っ平よ」
「ねえねえ
奴隷ってなあに?」
「私もよく分かんない」
「知らなくても良い
いや、知らない方が良いだろう」
「そうね
少なくとも、もっと大きくなってからね」
「え?」
「何で?」
「良いの
みんなも教えないでね」
「ああ」
「そうね
悪影響でしか無いもの」
アナスタシアやエレンは、まだ10代前半の幼い少女だった。
そんな少女達に、奴隷制度やその内容は悪影響でしか無かった。
ましてや今回の件では、慰め者となった女性の話もあった。
それは他の女性にとっても、聞きたくも無い様な話だった。
「なあ」
「ん?」
「これはどうやって作った絵なんだ?」
「それは衛星からの高高度撮影で…
話しても大丈夫なのか?」
イチロはイスリールの方を見て、話しても良いか確認する。
「そうね
話しても問題は無いでしょう
どうせ女神にしか使えませんもの」
「そうか
衛星と言うのは…」
イチロは食事をしながら、自身が知っている衛星の話をする。
それは月の様な星の周りを回る衛星の話から始まる。
衛星の説明をするには、それは不可欠だったからだ。
星の説明が終わった後で、イチロは人工衛星の話をする。
「人工?
どういう事だ?」
「人間が自分で、衛星を作って打ち上げたんだ」
「そんな事が出来るのか?
だって星には引っ張る力が…」
「それを上向きに引っ張る力を…
この場合はジェット噴射でな」
「ジェット噴射?
それは何だ?」
イチロの世界の話に、アーネストは興味を持って食い付いて来た。
そうしてややこしい理論も、質問して詳しく聞いていた。
イチロは当時学生だったので、そこまでは詳しい理論は知らなかった。
だから分からないところは、曖昧に誤魔化して話していた。
「そのエネルギーはどうやって…」
「それはオレには分からない
専門の職人みたいな者が居てな
そんな人が詳しく知っているから…」
「じゃあその人が作って?」
「いや
その人はエンジンの理論だけだな
他の理論や製作は、それぞれ別の者が担当するんだ」
「へえ…
ややこしいな」
「そうか?
専門の者が専属でするんだぞ
新しい発見もあるし…」
「そうか?」
「例えば、今まではここまでしか飛ばなかったとするだろ?
それが他の専門家が、新しい理論を発見して…」
「しかし情報の共有が出来るのか?
みんな近くに居るのか?」
「それはインターネットがな」
「インターネット?
ああ
アスタロトがやっていたって言う…」
「アレの本来の使い方はな…」
「イチロ楽しそう…」
「ああ
アス様もああだったよね」
「そういえばそうね」
「男の人って、ああいう話が好きなのね…」
アイシャ達は呆れながらも、二人の議論する様子を眺めていた。
こうした議論を毎夜の様に繰り返したので、アスタロトは飛空艇も作り上げた。
そう考えれば、いずれはアーネストも何か作り上げるのかも知れない。
尤も戦争が終わって、アーネストがガーディアンとして神殿に入ったならばの話だが。
アーネストはクリサリスで、宰相の仕事を任される予定である。
ギルバートを連れ帰って、国王にする為だった。
だからこそアーネストは、ガーディアンになるという話は断っていた。
興味深い話だが、今はクリサリス聖教王国を守る事が大事だったのだ。
「それじゃあ魔石を使えば?
魔石で動力を作って…」
「どうやって飛ぶんだ?」
「それこそ、この飛空艇の動力を応用すれば…」
「馬鹿!
それじゃあ大き過ぎるだろう?」
「そこまで大きな物じゃ無くて良いだろう?
それこそその機械?
そいつを飛ばせば良いんだ」
「しかし後はどうする?」
「だって、宇宙だったか?
星の海の中では無重力?
引っ張られないんだろう?」
「それはそうなんだが…」
「ふふふ
あの様子では、何か飛ばしそうね」
「ああ
先ずはこの戦いを停めてからだね」
「そうね
そうなったら、チセも忙しいわよ」
「面白そうだから良いよ」
アイシャ達はそう言って、二人の様子を眺めていた。
まだまだ続きます。
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